悪魔の銀盤


 アビゴール・カインには最近お気に入りの人間がいる。
 現世に召喚されたはいいものの、退屈に蝕まれていた時に出会った一人の人間。
 その名は、レオン・アーベル。
 鍛え抜かれた美しい肢体と、後ろを短く刈った絹糸のような黒髪、軍人とは思えぬ白い滑らかな肌、そしてあどけないその美貌。
 純朴で、人間の心の機微に関することには悪魔よりも疎い。
 見ていてとてもあぶなっかしいこの男は、周囲が彼の為に色々な種類の感情を掻き立てられていることに全く気付いていないようだ。
 異形の姿となり果てた人間達を元に戻す事を人生の目的とし、そして彼らの内魔物化してしまったものを人命のためやむを得ず倒し続けているレオン。
 彼は今、ヘズの傭兵集団に身を寄せているらしい。
 狭い屯所で育ちの悪い粗野な男たちに囲まれ、大部屋の雑魚寝で寝起きをしている。
 そのせいか、聖騎士時代には他人に肌を見せることが無かった彼も、近頃はガサツな周囲に影響され、人目のある場所で平気で服を脱いだり着替えるようになってしまった。
 その事がカインには不愉快かつ心配でならない。
(あいつ分かっているんだか……同室の男共からどんな目で見られているか)
 時々カインは、エルカーズの荒野にある自分の城の寝室からレオンの様子を覗く。
 銀盤に張った水に魔法を掛け、そこに彼の姿を映し出すのだ。
 不思議な水は人間の目に見えるもの以外もそこに映す。
 レオンの身体には、いつも男達のほの暗い欲望が黒い霧となって貼り付いているのが見えた。
 そんなこともつゆ知らず、純朴な騎士は無防備にシャツを脱ぎ、ピンク色の乳首を露わにした上半身素っ裸でヘズの蒸し暑い気候をやり過ごしている。
(あの暑がりめ……!)
 カインは苦々しく心中で呟いた。
 本当はレオンが自分のものであることを彼らに対して主張してやりたいくらいだが、この異形の姿を人に見られれば一悶着が起きる。
 レオンは安易に旅への同行を希望するくらい気にしなくなっているようだが、此方としてもこの風体で人間のそばに現れるということは、かなり不愉快な目に遭いかねない行為なのだ。
 何より、レオンの生活を一瞬でぶち壊しにしてしまうのだから。
 それでなくとも何かにつけて悪魔、悪魔と罵られるのだから、これ以上のマイナスは避けたい。
 勢い、気にはなるものの遠隔で監視したり、姿を消して側に立つ事が多くなった。
 無論当事者のレオンはこちらの気遣いには全く気付いてはいない訳だが。
 カインは銀盤の水に指を入れてかき混ぜ、波紋を起こした。
 レオンに纏わり付いている霧の出所を検索する為だ。
 すると、傭兵たちが住む屯所の裏路地で、何か良からぬ事を相談しているらしき三人の男達が水面に映った。
 指で水面に一度波紋を起こし、音声をこちら側に聞こえるようにする。
 すると――。
「おい、あの計画今晩どうだ。俺があいつを呑みに誘うから、酔っ払わせてヤッちまおうぜ」
「いいな。あいつ毎晩あのいやらしいピンク色の乳首見せ付けやがって、絶対男を誘ってるとしか思えねえからなあ。今日こそヤレるのか。ゾクゾクするぜ」
「しかし、滅法馬鹿力だろあいつ。剣の腕も化け物みてぇだし、それに、何でも元修道士だとか言う堅物じゃねえか。抵抗されたらやべえんじゃ」
「バーカ、そういうヤツ程ナニに弱いんだよ」
 男たちのレオンに対する感想については終始同意できるが、その企みに同意することは到底できなかった。
(こいつら、豚に姿を変えて屠殺場に放り込んでやろうか)
 本気でそう思うが、純粋な私利私欲で力を使えば自分の中の魔が強くなってしまうので、それは出来ない。
 ただでさえこの世に留まっていることで人間の無意識に生み出す負の欲望に蝕まれ、自分の神性が脅かされている。
 イライラしながら指を抜き銀盤を見ると、彼らは裏路地から屯所に戻り始めた所だった。
 内の一人、髭面の中年男がレオンを誘いだしている。
 レオンは困ったように断っている感じだったが、そのうち、肩を抱かれて無理やり連れだされた様子が見えた。
(気安く触りやがって)
 豚に変えるどころではない措置を取りたくなってきたが、それでも自分を抑える。
 レオンもレオンだ。
 頑固者のくせに、相手が多少強引な態度に出るとすぐに流される。
 そこに一番つけこんでいるのはカイン本人なのだが、そんな自分のことは省みる気はない。
 銀盤の中でレオンが酒場に連れ込まれている。
 二階に娼婦を連れ込める小部屋があるような、如何わしい店だ。
 席に着き、酒を勧められて断っている。
 カインは少し安堵した。
 そう、この純朴な男は未だに神のそばにいた頃の戒律を守っていて、酒一つ飲まない生活を送っているのだ。
 理性さえ大丈夫なら不埒な男たちが束になって掛かってもレオンには敵わない。
 安心して銀盤の画像を閉じようと水の中に指を入れたところ、誤って音声をまたオンにしてしまった。
「大丈夫、こいつは酒じゃねえ。バルドル特産のブドウジュースだ」
「そういう事なら少し頂こうかな」
 カインの尻尾が無意識に上がり、その根元から先までタテガミのように鋭い針がジャッと飛び出た。
「レオンおっまえ、んな古典的な手口に易々とひっかかりやがって……!!」
 思わず声に出てしまい、レオンが怪訝そうな顔でキョロキョロと辺りを見る。
 音声を通すとこちらの音も見ている相手に筒抜けになってしまうのだ。
 カインは慌てて銀盤から指を抜いた。
 レオンが何の警戒心もなくワイングラスを手に取り、赤い液体をその官能的な厚めの唇に煽っている。
 男たちの視線が集まり、その身体に纏わる黒い霧が濃くなる。
 淫らに上下する喉元に、豊かな胸板に、淫靡な股間に、歯を立てたくなるような太腿に、ネットリと絡みつくように。
 その白い肌はワイン一杯ですぐに薔薇色に染まって、ヘイゼルの瞳が眠たげにトロンとし始めた。
 更に男たちがワインを勧め、それも断り切れずに口にする。
 肩を抱かれ、顎を掴まれて濡れた唇を開かされ、酒を流し込まれる。
 その内に完全にレオンは酔いつぶれてテーブルにうつむいてしまい、男たちが彼の脇腹に手を入れて引き摺り、酒場の階段を上がって二階へと運び始めた。
 ――もうこれ以上は限界だ、見ていられない。
 カインは銀盤に両手を突っ込み、短く呪文を唱えた。
「我を運べ」
 指先から少しずつカインの姿が消え始める。
 映像と違い、体の転送は質量が多いので時間がかかるのだ。
 その間にも銀盤の中でレオンが服を脱がされている。
 シャツを剥かれ、ズボンを脱がされ、あの清楚で淫らな素晴らしい体が惜しげもなく男達の手に落ちて行く。
(早く、早くしろ!)
 決断が遅かったせいで、転送はまだ手足の途中までしか進んでいない。
 男たちの無骨な手がレオンの胸筋をまさぐり、指で乱暴に乳首を引っ張っている。
 半端な転送状態のせいで音声が漏れ聞こえ始めた。
「あッ……カイン……それ、ダメだ……」
「カワイイ声出すじゃねえか。やっぱりこいつ、男は初めてじゃねえな」
「カインて誰だ? こいつの男か?」
「普段から咥え込んでンなら、こっちの具合も相当良さそうだな」
 どうやらレオンは、触られているのをカインにされているものと勘違いしているらしい。
 益々、マズい。
 脳の血管がブチ切れそうになった瞬間、頭の天辺まで一気に転送が進んだ。
 目の前にベッドの上で下着まで剥ぎ取られたレオンと、三人の屈強な傭兵達が現れる。
「――俺を呼んだか!?」
 狭い部屋に怒気を含んだ低い声を響かせ、カインはわざと男達を振り返らせた。
「ギャああっ、化け物……!!」
 男達の顔色が恐怖に染まり、腰を抜かして床に這いつくばる。
 そのまま這うように部屋を逃げようとするのをカインは許さなかった。
 素早く尾をしならせ、男達の神経の中枢に次々と太い針を刺していく。
 声も出せず、動くこともできないが、目と耳は聞こえ意識はある状態にする為に――。
「俺は悪魔アビゴール・カインだ」
 不本意ながらそう名乗り、男達を煽る。
「こいつに手を出してみろ。お前らを豚に変えて屠殺場に送ってやるぞ」
 赤く冷たい瞳でそう言い放つと、男達は極まった恐怖の為に気絶せんばかりの顔で泡を吹いた。
 その情けない顔を見てもまだ昂った感情は収まらない。
「だいたい、お前が無防備だから悪いんだ。分かってんのか!?」
 カインは身を翻し、レオンが横たわっているベッドの側へと長靴を運んだ。
 全裸の騎士は無防備にぐったりと手足を投げ出しているが、そのペニスは可愛く半勃ちになっている。
「ン……、カイン……?」
 目の前に現れた男を見て、そのヘイゼルの瞳が嬉しそうに輝いた。
「来てくれたのか? 嬉しい……」
 はにかむようにそう言われて、カインの心臓が跳ね上がった。
 素面のレオンはいつもカインが来るたびに悪魔と罵り、冷たい顔で追い返そうとするのに、今日の彼は……。
「自分が何言ってるか分かってんのか……? お前」
 そっとそばに近づいてベッドの枕元に斜めに腰を下ろし、腕を伸ばす。
 髪を撫でてやると彼は嬉しそうに頭をずらしてカインの膝に乗せ、甘えるような視線でこちらを見上げて来た。
「……ずっと逢いたかった……お前が居ないと寂しいのに、いつも俺を一人にする……」
 その可愛らしく責めるような口調に、カインの中で理性という理性が全て駆逐されて行く。
「そんなに俺と居たいなら、望み通り一晩中、孕むくらい犯してやる」
 唇を塞ぎ、腕を伸ばして色素の薄い乳首を乱暴に指先で捏ね回す。
 しなる尾はレオンのペニスに絡ませ、引っ張り上げるようにキュムキュムと握ってやると、膝の上の騎士は途端に淫らな表情になり、甘い声を零し始めた。
「ッん……! っカインん……カインの手、すきだ……っ」
 その台詞がレオンの頭の下の股間をズキュンと痛い程突き刺した。
「お前な!! 準備もせずにブチ犯されてえのか……っ」
 イライラとムラムラが頂点に達し、カインの怒りが爆発する。
 時間を掛けてやりたかったが仕方なしに尾をペニスから解き、レオンの後孔の中の浅い部分にそれを素早く潜り込ませた。
 ヒダ周りの筋肉を針で突いてやり、程よく弛緩させる。
 いつもなら自分からじわじわと濡れるように仕込むのだが、そんな暇は無い。
「ほら、濡らしてやるからケツ向けろ!」
「ん……」
 レオンは眠たそうにくたりとしたまま、どうにかゴロンとベッドに横転してうつ伏せになった。
 引き締まった形のいい尻が徐々に持ち上がり、膝が伸びる程高い位置――カインの目の前に来るまで持ち上げられる。
「こう、か……?」
 確認に答えてやる代わりに、その尻の狭間に唇を埋めてやった。
 舌先で襞を押し開いてやり、唾液を中に満たすようにヌプヌプと舌を奥まで出入りさせると、自らの肩越しに背後を振り返ったレオンが涙ながらに喘ぎ始める。
「あうぅっ……はぁっ、カイン、嘘、やめろ……っ、汚い……っ」
 洗ってもいない排泄孔を舐められたショックで流石に酔いが覚めたらしい。
 ヒクヒク痙攣し始めた孔から抜いた舌を突き出し、唾液の糸が引いているのを見せ付ける。
「今更何言ってんだ、お前が煽ったんだろうが」
 もう一度それを後孔深くまで突っ込んでやると、レオンがブルブルッと一瞬大きく身体を震わせ、痛い程強く舌を締め付けてきた。
「で……出たあ……っ」
 見れば確かに、両脚の間からビュクビュクとレオンが精液を漏らしている。
「穴舐められただけでイッちまったのかよ。エロい奴」
 思わずクスッと笑みが漏れる。
 常に禁欲しているせいか、この男は一度目はいつも思わぬ所で絶頂するのだ。
(あー、食っちまいたいくらいクソ可愛い……)
 心の中だけで呟くと、カインはブーツのまま粗末なベッドに上がり、ズボンの前だけを解いて今にも弾けてしまいそうな怒張を取り出した。
「そのまんま尻落として上に乗れ」
「……え……っ、あ」
 あまり状況が見えていないレオンの腰を掴んで引き寄せ、尻もちをつかせるような体勢でペニスの上に誘導する。
 唾液で濡らし、外側を弛緩させただけのアヌスはやはりいつもよりもキツく、挿入に痛みを伴った。
 恐らくレオンも相当な痛みを覚えているはずだが、我慢強く目を閉じて唇を引き結び、耐えている。
 その様がまた狂おしい程愛らしく、そして苛めて泣かせてやりたくなる。
「さあ、ちゃんと目を開けろレオン。不埒な野郎共に、お前の穴が誰のモノなのか教えてやれ」
 耳元に吹き込むように言ってやると、ビクンと腰の上の体が跳ねた。
「っ……ひ……! う、そ……」
 床に転がって微動だにせず、だが、股間をギンギンに勃起させて視線だけこちらを見ている3人の男たちに気付き、レオンが絶句する。
「ま……待てカインっ、待……っ!」
 待てと言われて待てる訳がない。
 カインは背後のベッドに片肘を突く形で少し倒れ、腰を突き上げる為の支えを作ると、白い尾をレオンの引き締まったウエストに巻き付けて固定した。
「あいつらにいいズリネタをくれてやろうぜ」
 悪戯っぽく囁き、膝をM字に開いてしゃがんだ格好の相手をそのまま下から激しく突き上げ始める。
「いや、だ、見られて……っ、あはアっ、アアあッ」
 顔を隠して真っ赤になって嫌がっているのに、後孔はギュウギュウにカインを締め付けて離さない。
 結合部の淫らな動きを見せ付けるようにわざと緩めに大きなストロークで突き上げると、被虐的な快感に襲われるのか、レオンの内側は更に大きな反応を見せ、ペニスに絡みついてきた。
「あァアあ…っ、イヤだぁ……っ」
「イヤって、見られてキュンキュン感じまくってるじゃねえか」
「そんな訳あるか……っ」
 からかうと即座に否定するが、身体の反応は正直だ。カインも押し上げるたびに吸い付く肉壁を掻き分けるのを途中までは楽しんでいたが、段々射精を我慢するのが辛くなってきた。
「ああもう……、キツくて動き辛えから一回出すぞ」
 そう告げて一方的に動きを乱暴に速めていく。
「アふッ! そんな、速くしたらあっ、またイクッ……」
「良いじゃねえか、ついでに元聖騎士様の清純なイキ顔も見せてやれ」
「イヤだ、嫌、……ッア! んあァ……!」
 中がひときわ内側を絞り上げるような動きを始め、絶頂の兆候を見せ始める。
 カインは彼の感じる場所を奥まで強く抉り込むように突いてやり、先にオーガズムへと導いた。
「ンあ、イくうぅ……ッ」
 自らの膝を掴みしゃがんだ姿で前方に精を飛ばし、レオンが淫らに呼吸を乱す。
 直後にカインもその直腸深くに精を放ち、彼の内側に存分に熱を注ぎ込んだ。
「あふっ、はふ……」
 レオンがペニスを呑み込んだ場所をヒクッヒクッと淫猥に痙攣させる。
 未だ萎えないペニスを中から抜くと、閉じ切らない後孔から収縮の度に白い精液が漏れ出した。
「お前のいやらしい穴、中まで見られちまったなあ?」
 わざとそう言ってやると、レオンが顔を覆って泣き出してしまった。
「カイン……っもう……無理だ……こんなこと、死んだ方がマシだっ……っ」
 その姿に、少し……いや大分苛めすぎてしまったかと初めて後悔が生まれた。
「悪い、悪かったよ」
「もう2度とお前とはしないっ……こんなこと……!」
 そこまで言われてしまってはこちらも深刻に受け取らざるを得ない。
「そんなこと言うなよ、な? ほら、キスしてやるからこっち向け」
 そう言って振り向かせた途端、カインは相手の固めた拳で思い切り殴られていた。
 油断していたせいで体がベッドの上から思い切り吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられる。
 ――剣で刺されても死にはしないが、質量を持っている以上物理の法則には従うほかない。
 レオンが人間離れした膂力を持っているということをすっかり忘れていた――。


(……普通グーで殴るか? 今迄気持ち良くセックスしてた相手を……)
 自分の城に戻ったカインは、頬を抑えながら、ベッドに横たわっていた。
 一晩中するつもりだったのに一回だけで強制的に帰らされて、心身ともに不完全燃焼のモヤモヤを抱えているが、仕方がない。
 俯せになり、ベッドサイドに置いたままだった遠見の銀盤を引き寄せる。
 そこに映るレオンは屯所で急いで荷造りをし、傭兵集団を出奔しようとしている状況のようだ。
 その表情には一点の迷いもなく、選ぶ荷にも全く無駄がない。
(死にたいなんて言ってるからもっとずっと落ち込んでんのかと思ったら、立ち直りの早い奴)
 もうレオンは以前の彼とは大分違う。そしてこれからも少しずつ違って行くのだろう。
 その、段々と逞しくなっていく生をこれからも見届けたい。
 そんな気持ちを胸の内側で温めながら――カインは銀盤の水を指で掻き混ぜ、映像をそっと掻き消した。

end