俺、人間とお見合いします


 お見合いのプロフィール写真で鳩羽さんを見た時の印象は、クールで気が強そうな美人……だった。
 長めの前髪をフンワリ後ろに流した、理知的な綺麗な額と、涼しげな目元。細身のスーツは身体にピッタリ合ってて、見た目にさり気なく気を使う人なんだと分かる。
 オスのオメガだから、美人て言うのは少し語弊があるのかもしれないが、その言葉が相応しい佇まいの人だと思った。
 こんな綺麗な人が会いたいって申し込んでくれたと聞いた時、俺はちょっと耳を疑った。
 これだけ容姿に恵まれてる人なら、わざわざ自分が申し込まなくたって男が列を成して求婚しそうなものだと思ったからだ。
 ――結婚詐欺じゃないよな?
 BLネットを信頼はしているが気になる。
 PC画面をスクロールして、もう一度蛇の目さんから貰ったプロフィールにくまなく目を通した。
 ああ、これか……。備考のところに出産NGと小さく書いてある。
 でもさっき、子供が好きか?ってとこには「大好き」にチェックが入ってたから、きっと身体の事情だ。
 こんなに綺麗な人なのに……。
 人間社会は、特にこの日本は、核家族で暮らす事が前提となっているらしく、健康な子供を産めるかどうかが妻を選ぶ時の重要な要素になっていると聞いた事がある。
 俺たちの一族にはあまり無い考え方だ。
 子供はあくまで群れの子供であって、両親の所有物ではない。年老いた者の世話も当たり前に群れ全員で看るから、子供が居なくてはという感覚も無い。
 産めるかどうか、そんな基準で妻を選ぶなんて……人間の文化と習性だから否定するつもりはないけれど、勿体ないとは思う。
「お兄ちゃん」
 背後でコンコンと自室のドアがノックされた。
 俺とそっくりな獣面に、明るいピンク色のニットとタイトスカートを着たメスの獣人が尻尾を振りながら入ってくる。
 同じマンションの別のフロアに住んでいる従姉妹の夏美だった。
 従姉妹とは言っても、群れで一緒に育ったので獣人の感覚では妹に近い。
「またパソコンやってるの?」
 懐くような声を出して、デスクの前に座っている俺の脇から夏美が画面を覗き込む。
「わっ。……これ、もしかして婚活……?」
 夏美が画面を食い入るように眺めている。
「お兄ちゃんこういうのが好みだったの……?」
 好み……。そう言われると困るが、好みと言われれば好みかもしれない。
「本気で婚活するつもりなんて無いんだと思ってた……。しかも男じゃん、これ……」
 夏美の声のトーンと尾が一緒に下がっている。
「男だけど、オメガだよ。綺麗な人だし」
「あたしの方が美人だよ。こんな人と結婚するの!?」
「失礼な言い方は止しなさい。まだ会ってもいないよ」
「でもこれから会うんでしょ! お兄ちゃんなんか嫌い!」
 夏美は身を翻し、バタンとドアを開けて出て行った。
 うーん、難しい年頃はとっくに過ぎた筈なんだけどな……。


 蛇の目さんにオーケーを出してからすぐにお見合いの日が決まった。
 ところが当日俺は都内の大イベントの警備計画状況を視察する仕事が入っていて、到着がギリギリになった。
 もっと余裕をもって、相手の人にいい印象を持って貰いたかったがこればかりは仕方がない。
 初めて顔を合わせた鳩羽さんは、最初戸惑ったような表情をしていた。
 そういえばプロフィールの写真は獣身だったから、少し驚いたのかもしれない。でも、この格好じゃないと喋れないしな。
 それはともかく、鳩羽さんはやっぱり綺麗な人だった。切れ長の大きな目は色素が少し薄くて、ビー球みたいに舐めたくなる色をしている。
 前髪が写真とは違って下りていて、幼くて可愛らしいけど、どこか自信が無いようにも見える。
 でも蛇の目さんにせっつかれて堂々と自己紹介を始めた時の彼は、凄く好印象だった。
 クールで綺麗で、一見人を寄せ付けなさそうなのに、中身はざっくばらんで大らかで、話しやすそうな……そんな印象。
 あと、俺のこと見ながら凄くニコニコしてて、そこも嬉しかった。
 獣人ってだけであからさまに嫌な顔する人間も多い。特に動物嫌いな人は……人面の時でもクシャミしながら睨まれる事だってある。でも、鳩羽さんは違うんだな。
 嬉しいのに、一緒に外を歩き始めると何も話す事が思い浮かばない。
 なにか気の利いた事を言いたいが、昔から口が上手くない。何しろ獣人どうしだと、大体態度だけで相手が何を考えてるのか分かってしまうし(夏美に関してはちょっとよく分からないけど)。
 コミュニケーションも会話するよりも獣身になってじゃれあった方が早いし、気心が知れやすい。
 なので、人間と会話だけで仲良くなっていく……というのは、俺にとってはかなりハードルが高い。
 仕事相手だったら話すことは決まってるから全く困らないんだけどな……。
 でも、そんな俺にも鳩羽さんは何かと色々話しかけてくれて、少しずつ緊張が解けていった。



「なぁなぁ犬塚さぁん、もう一回ボン・ジョヴィ歌って、お願い!」
「もう喉が枯れそうなんですけど……というか何で鳩羽さんは歌わないんですか?」
 お見合いの日の真夜中、何故か俺は初対面の鳩羽さんと一緒にカラオケ屋の一室に居た。
 俺も鳩羽さんもベロベロに酔っ払い、暗い部屋の中で対面のソファに凭れている。何でこうなったのかよく分からない。昔の洋楽の話で盛り上がったんだっけか。
「俺下手なんだもん。犬塚さん凄いよな、地声低いのに下から上まで自由自在で」
「何歌うんです」
「さっきのやつ。リヴィンオンアプレイヤー」
「はいはい」
 静かにはじまる前奏をかけ始め、マイクを片手に俺が歌い始めると、ちょっともしない内に鳩羽さんがゲラゲラお腹を抱えて笑い出した。
「アハハハッ、ヒーッ、もー、犬塚さん! なんでイントロのウオウオ言ってるとこまで歌ってんの!? すげぇウケる!」
「えっこれ歌詞じゃ無かったんですか!? すみませんカラオケなんてプライベートでは全く来ないもので……」
「そこ声っぽいけど歌詞じゃねぇよ、そこまで歌わなくていいんだってば。もう、犬塚さんカッコいいのに面白過ぎだろー!?」
 俺が歌わされてるのは昔大ヒットしたらしい洋楽で、同年代の人はあまり知らないんだけど、鳩羽さんは好きらしい。
 俺は叔父から借りたCDで好きになったんだけど、叔父もイントロ、ウオウオ言いながら歌ってたけどなぁ……。あれは単に、鼻歌にかこつけて吠えたかっただけだったんだろうか。
 鳩羽さんは見た目と違ってすごい笑い上戸みたいで、俺が普通に歌詞歌ってる時もソファにうずくまりながら肩ブルブルさせて笑ってた。
 かと思うと歌い終わった後は本気で「カッコいい」「ゾクゾクする」と褒めちぎってくれるので何だか嬉しくなってしまう。
 暑いのか、ネクタイを取ってシャツのボタンを三つも外していて、赤く染まった彼のうなじと鎖骨が色っぽかった。
 前髪を掻き上げる仕草も綺麗で見惚れる。
 けど、誘ってるとかいやらしいとか、全然そういう感じではない。
 彼の接し方はいかにも「男同士」って感じで、嫌味がなかった。気のおけない友達みたいな感じだ。
 そこが不思議な感じがする……婚活で出会ったのに、一線を引かれているみたいで。
 まあでも、お見合いなんてそんなものなのかも知れない。彼が俺に申し込んでくれた訳だけど、初対面でお互いをそういう対象に見られるかって言ったら少し違うだろうし……。
 でも俺はもう今既に鳩羽さんにじゃれついてみたいと思ってるし、あの笑い上戸の唇を舐めたらどんな顔をするんだろうと考えてる。
 お見合いを受けた側のはずなのに、何だか俺の片思いみたいで少し変な感じだ。
 ――地下鉄の改札で鳩羽さんを見送ったあと、別の路線のホームで自分の電車を待ちながら、急に凄く寂しくなった。
 もっと話がしたかったし、もっと彼の奥まで触れてみたかった。天真爛漫なのにどこか自信なさげで、親しげなのに何故か遠い、ミステリアスな鳩羽さんを本当は引き止めたかった。
 明日は月曜なのに……。
 スマホの画面を立ち上げて、教えてもらったIDにメッセージを送る。
 一瞬で既読がついて嬉しくなった。
 もしかしたら鳩羽さんも今、メッセージをくれようとしてたのかなと思って。
 思わず笑顔になりながら、俺は迷いなくもう一つメッセージを送り始めた。

 『次は、いつ会えますか』



end