神々の祭日



「レオン。――レオン」
 名を呼ばれながら、大きな手で優しく背中をさすられる。
「レオン、そろそろ起きろ……」
 ハッとして目が覚めたが、涙で腫れてしまったのか目が開き辛い。
 部屋の中は差し込む白い光ですっかり明るくなっている。
 身体を起こすと、純白の礼服に身を包んだオスカーがベッドのそばに立ち、微笑みをたたえて自分の顔を覗き込んでいる。
「お早う、可愛い眠り姫」
 唇に啄むような優しいキスをされて、驚いて声も出ない。
「昨日は結局帰れず悪かった。寂しかったか?」
 半ば夢かと疑いながら相手の姿を上から下まで眺める。
 白地に素晴らしい金糸の刺繍を施した高襟の上衣は、まるでどこかの国の王子だ。
 その姿は光を発して輝くばかりに美しい――だが、眺めていても心が全く晴れない。
 あの2人きりの暖かな屋敷で、何も繕わない、黒衣のカインに会いたいとだけ思う。
「さあ、下で会議が始まるぞ。お前も私の騎士として来るのだろう」
 その言葉を聞いて、自分でも意外な程冷静に、今この場所でするべき事を思い出した。
 起き上がり、機械的に身支度を始める。
 盥に溜めた水で顔を洗い、僅かに伸びるようになった髭をナイフであたった。
 カインの力が及んでいる時には髪も髭も爪もずっと伸びなかったものが、少しずつまた成長を始めて、聖騎士だった時のように手入れを必要とするようになっている。
 人間として歳を重ね、短い寿命を1日ずつ消費している事を毎日自覚する。
 あれ程普通の身体に戻る事を望んでいたのに、一度でも幸福を味わうと、時が過ぎゆくのが切なくなる事を知った。
 素早く黒い軍服を着て、剣とソードベルトを身に付け、姿見に全身を映す。
「これほど美しい騎士を従えている貴族はいないな」
 ずっとそばで見守っていたオスカーがレオンの腰を抱き寄せた。
「私のレオン……」
 口付けられそうになって、反射的に彼の身体をグッと押して避けた。
 今は少しでも動揺すると、我慢して作り上げたよそ行きの表情を粉々に壊されてしまいそうだった。
「会議に行くのだろう」
 無表情でオスカーの美しい瞳をじっと見る。
「? 何かあったのか?」
 その問いに答えずに、レオンは彼に背中を向けて2人の部屋を出た。


 会議は神殿の長い身廊の中央に置かれた大きな円卓で始まった。
 円卓が用意されたのは、非常事態の続いている現況で、身分の高低を出来る限り意識せずに、座した誰もが等しい距離で意見を交わす事が出来るよう配慮された為だ。
 椅子の数は10ほどで、各地の現在の要人が席に着き、神官長から各位の簡単な紹介がなされた。
 昨日往来で見かけたハゲ頭のボルツ大公の姿を目にとめる。心なしか、昨日より酷く顔色が悪い。
 その対面には、痩せて目玉の落ち窪んだ神経質そうなギレス公が座っている。
 オスカーは2人の貴族と等間隔の場所に座っているが、レオンには勿論座席はない。
 主人の背後から少し離れた場所で只管立ち続け、彼に何かあった時には護衛する騎士が自分の役目となる。
 貴族や、地方から来た知らない神官たちが不躾な視線でオスカーと自分を盗み見るのを感じた。
 まるで物語から抜け出たような美しい貴公子は、見た目だけはこの場の誰よりも若い。
 外見ばかりの青二才と、そのお飾りの騎士――とでも思われているのだろう。
「それでは、神の見守られているこの場で、我が国の行く末について話し合いましょう」
 祭壇のある内陣に近い場所に座した老神官ベアリットが会議の始まりを宣言する。
 そして彼から『王都周辺の旧王領地と王位の後継者』の推薦が主題として提示されると、途端に、円卓はオスカーを挟んで左右真っ二つに別れた。
「……新しい王に相応しいのは当然、ボルツ様だと考えている。南部エルカーズ軍は伝統的にボルツ家の旗印の下にある。その武力と財力から言って、他の選択肢はあり得ない」
 南部に近い所領を持つ、撫で付けた黒髪と口髭の貴族がそう主張すると、
「待って下さい、血筋からいえばギレス様が正当な王位継承権者ではありませんか」
 別の地方の代表の神官が血相を抱えて反論する。
「血筋だと? 言うまでもないことだが、ボルツ様は血筋の点でも全く問題ない。後は王としての器だ。聞くところによると、神官殿の神殿は代々ギレス家から多額の寄進を受けているそうですな。本当にこの国の行く末を案じてのお言葉ですかな」
「聞き捨てならない! このわたくしを侮辱しているのか」
「まあまあ、ギレス様」
 とうとう候補者本人も顔を真っ赤にしてテーブルに乗り出し始め、議論が最初から全く進まなくなった。
(カイン、お前はどちらにつくんだ……?)
 オスカーの美しい横顔を覗くが、その表情からはどんな感情も読み取れない。
「そもそも、ギレス様は魔物退治の為沢山の傭兵を雇い、当地の防衛と街の存続に大変な貢献のあった方で……」
「そんな事を言えば、ボルツ公は自ら兵を率いて魔物退治を……」
 堂々巡りの言い合いが延々と続く。
 黙っているだけのレオンも嫌気がさし、ぼんやりとしながら恋人の背中を見た。
 何故彼はこんな会議に出ようと思ったのだろう。
 こういった場では何を口にしても、人間の醜い争いに関わることになる。
 同じ人間のレオンですら、こんな場所からは逃げ出してしまい気持ちになるというのに……。
 カインが何を考えているのか分からない。何故自分をここに伴ったのかも。
 一緒に来るべきでは無かったのかもしれない。
 たとえ寂しくてもあの平和な館で、大人しく待っていれば良かったのだ。
 そうすれば肌を合わせられない苦しみも、昨日のような裏切りも知らずに済んだ。
 同じくこの場に耐えているカインを前にして、こんなことを考えるなどと騎士失格かもしれないが、そう思わずにいられなかった。
(帰りたい……)
 その場の誰もが同じような疲れを感じているのか、徐々に会議に沈黙が続き始めた頃。
 ――目の前で、オスカーが初めてその口を開いた。
「私はタールベルク伯爵家のオスカー。あくまでも中立派として、一つの意見を述べさせて頂きたい」
 張りがあり、堂々とした声が神殿の高い天井に静かに響く。
「今エルカーズの人民は、王という存在そのものに恐れや反発を抱いているものも少なくない。そんな中で、右から王がたてば左の者が反発し、左から王が立っても同じことが起こる。であれば一端、王権を神にお返ししてはどうか」
 疲れ切っていた神官達が顔を上げ、貴族達も怪訝な顔で一斉にオスカーを見た。
「神に?どういうことだ。また前王の二の舞をしようというのか」
 最初に口火を切ったボルツ派の貴族が馬鹿にしたように食ってかかる。
 だが貴公子は相手の言葉を予想していたかのような態度で平然と言葉を続けた。
「そういう事ではない。ここにおられるベアリット神官長殿に法王として即位頂き、数年の間、神の代行として王領地を統括頂き、王権を留保して頂く――と言うことだ」
 レオンは驚いてオスカーとベアリットとを交互に見た。
 ベアリットに驚いた様子は無いので、この話は事前に彼と握っていた内容なのだろう。
 だが老神官はかなりの高齢だ。本当にそんな事が可能なのかとレオンですら思ってしまう程突拍子もない提案に思えた。
 オスカーが説明を繋ぐ。
「勿論、ベアリット殿はご高齢だ。長期政権は想定はしていない。数年の間だけ神の名の下に皆で協力して王都の復興を進め、然るべき時に王権を相応しいものに授与するのだ」
 オスカーの提案に、貴族も神官も唖然とした。
「それではただの問題の先送りではないか」
 口髭の貴族が尚も異議を唱えると、オスカーは毅然と首を振った。
「これはただの王位継承の先送りではない。その数年の間に王都の復興費用を各地域の領主殿に分担して寄進頂き、その費用等の貢献度の1番高かった方に、神の名の下に王位を渡すと決めれば良い。誰か1人の王を選んでからでは、その王1人の私的な財力で王城などの修復を賄うことになる。そうなれば、百年かかってもエルカーズの首都は他国に追いつくことが出来ない」
 その言葉には、誰もが口を閉ざした。
 王の後継問題の後に話し合われる筈だった問題にも彼が視野を広げさせたからだ。
 王と領主たる貴族の間に臣従の関係はあれど、国家の恒常的な財産と呼べるものはこの国には無い。
 王は必要に応じ臨時税を各地から徴収する権利はあるが、この会議の有様では新しい王がその権利を行使した所で、何処まで金が集まるかは未知数だ。
「だが、王になれる可能性のない領主は税金の取られ損ではないか」
 別の領主の意見に、間髪入れずオスカーが答える。
「そうならぬよう、単純に資金だけを集めることはしない。家も故郷もとうになく、各地で問題を起こしている元魔物の兵士を、この王都に集め、復興を担わせる。一種の公共事業として職と住居を彼らに提供するのだ。神の名の元に労働を行うことは、魔物として罪を犯してきた彼らにとって贖罪にもなる」
 シンとなった場を前に、オスカーが華やかな笑顔と共に付け加える。
「――などと、若輩者が偉そうに語ってしまって申し訳なかった。実を言えばこの考えは、私個人のものではなく、ボルツ様のご提案なのです」
 言葉と態度を柔らかくし、彼は円卓を見回した。
「以前からボルツ様と私は個人的にお手紙をやり取りする関係。もしも王の後継問題が紛糾するようであればと……と、こういったお考えをお伺いする機会がございました。それを私の口から代弁させて頂いたまで」
 レオンは反射的にボルツ大公の方を見た。
 相変わらず顔色が悪く、心なしか震えている。そういえばこの会議で、彼は自分自身では一言も意見を発していない。
 何か仕組まれたものを薄々と感じながら、固唾を呑む。
 オスカーが渋面を浮かべた人間達を一人一人笑顔で睨め付ける。
 彼の暖かなペリドット色の瞳を、初めて恐ろしいと思った。
「――反対意見のある方はいらっしゃいますか。これ以上の案があればお伺いしたい」
「ーー待って下さい。その案自体に異論はないが、元魔物の兵士といえば、素人ばかりを集めることになる。本当に彼らの手で神殿や王城の修復など出来るものか……」
 別の貴族が不安気に手を挙げる。
 オスカーは余裕ある態度を崩さず頷いた。
「確かに、下働きの人足はともかく、やはり石造建造物の修復に当たっては、有能な建築家と熟練した石工を招く必要がある。しかしその点も既に半分は解決済……実際に皆様の目でご覧頂ければ納得頂けるかと思いますが」
 意味深な言葉とともに彼はベアリットに目配せをした。
「ティモ、建築家殿をお連れして貰えるかな」
 老神官が指示すると、黒衣のティモが内陣の方へ下がり、そこにある扉口から1人の人物を連れてやって来た。
 その人物は、見たこともないほど大きな羊皮紙の束を抱え、祭壇のある方から歩いて来る。
 大きな紙束のせいで顔も様子も隠れてよく見えない程だったが、近づいて来るにつれ、その風体に見覚えがあることにレオンは気付いた。
 様々な工具を仕込んだベルトだらけの黒衣、あちこちに飛び跳ねた黒髪――そして青白い肌。
 そして今は仮面を外しているその端正な顔立ちは、瞳の色が黒いが、どこか女性的でカインに似ていた。
(屋敷で留守番をしていたはずなのに、いつの間に……)
 やはり彼らは人間ではない、と確信する。
 カインが2人を召喚で呼び出したに違いない。――恐らく、自分の兄弟神を。
 よくよく考えれば、ずっと以前に古文書を調べた時、彼らの名を見た事がある。
 カインは騎士の神、彼らは確か……。
(建築を司る神、マルファスとハルファス……俺はうっかり神に畑仕事を頼んで来てしまったのか……)
 唖然として成り行きを見守る。
「建築家のマーラー殿です。彼はボルツ様のお知り合いで、大公に大変な恩義を感じていらっしゃるとかで、このエルカーズの王都の為に、無報酬の奉仕として働いても良いとまで仰って下さっております」
 恐らくマルファスと思われる男は老神官の紹介にコクリと頷くと、円卓の中央に大きな羊皮紙を広げた。
 オスカーが自ら立ち上がり、わざとらしく驚きながら説明を始めた。
「ほう、これは王城の正面の図面か……こちらは1番損傷の酷い玉座の間……」
 鮮やかな色彩で塗られた、玉座の間の設計を詳細に描いた正確な図面に皆が目を見張った。
 その下部にはエルカーズ語でサインが記入されている。
 ――マル&ハル。
 それを目にして、レオンは密かに溜息をついた。
 一介の南部の貴族が「神」の個人的知り合いであるはずがない。
 マルファス達が恩義を感じている人物がいるとすれば、前王によって囚われていた彼らを元の世界に返した、弟に対してだろう。
 カインは何らかの手段でボルツを黙らせ、自分の思い通りに事を運んだのだ。そして今この会議は恐らく、完全にカインのシナリオに乗った茶番と化している。
 単なる屋敷の留守番ではなく、この見世物をする為にカインがあの2人を呼んできたのだという事は、今更説明されなくても明らかだった。
(明らかだが、なぜ俺にはいつも、事前に何も言ってくれないんだ……)
 胸の痛みと共にオスカーを見る。
 だが彼はそんなレオンの視線に気付くことなく、今度はギレスの方向に顔を向け話し始めていた。
「ボルツ大公殿が王都修復にこれほどの貢献をされるつもりがあるようですが、ギレス様は如何ですか。聞けば、ご自身の治める都市に優れた職人を多くお抱えになっていらっしゃるとのこと」
 プレッシャーを掛けるような慇懃無礼な物言いに、プライドの高いギレスが顔を真っ赤にした。
 暫く唸った後で、渋々と図面を手に言葉を吐き出す。
「私の所からも費用と石工を派遣する……」
 その返答にこの上なく華やかな笑顔を浮かべ、オスカーは頷いた。
「流石はギレス様」


 その日の会議は結局、それ以上の議題には触れることなく終わった。
 明日以降も話し合いは続く予定だが、以降の他の問題も道筋が付いてしまったようなもので、恐らく今日以上に紛糾することはないだろう。
 争点があったとしても、オスカーがベアリットと共謀して今日のように上手く己の思う通りに方向付けるに違いない。
 しかし――。
「あんなものは、本当に会議と言えるのか……? 全てお前が事前に仕組んだのだろう」
 オスカーに対し、レオンはどこか不機嫌なまま呟いた。
 ――日が沈み、会議が終わった後、2人は大通りにある酒場の一つで食事を取っていた。
 他の会議のメンバーも出席する神殿での晩餐を断り、二人きりで街に降りたのだ。
 周囲は人々の笑い声とけたたましい音楽が鳴り響き、どんな事を話していても紛れてしまう程の喧騒である。
 しかも会話がエルカーズ語でないとあれば、誰もその内容を知ることはない。
 素朴な木製のテーブルを挟み向かいに座しているオスカーは、既に派手な礼装は脱ぎ、元の地味な深緑の軍装に着替えている。
「……会議というのは単に、皆の同意を得たという形を作り、それを全員に周知させる場でしかない」
 平然とオスカーが言い放ち、レオンの色素の薄い瞳を覗き込んだ。
「私はお前が朝から不満そうな顔をしている理由を聞くためにここに来た。――だが、お前はそんなつまらない話をしたかったのか?」
 「オスカー」にしては酷く棘のある言い方に傷付き、レオンは眉根を寄せながら視線を落とした。
「そんな言い方はないだろう」
 控えめに抗議し、そして続けた。
「……俺は、お前が何も話してくれないまま1人で色々なことを決めてしまう事が不満だ」
 正直に言ったその言葉にオスカーがふっと笑む。
「政治的な事には興味が無い方なのだと思っていたが? 私が家で仕事をしている最中にも、抱かれたがってばかりいたくせに」
 その物言いに屈辱を感じてカッと頬を赤くし、レオンは思わず拳でテーブルを叩いた。
「お前は俺を一体何だと思ってるんだ……! 抱いてやりさえすれば黙る馬鹿な愛人だとでも思っているのか……っ」
 怒りを露わにして言い返すと、オスカーは整った顔立ちを曇らせた。
「悪かった……酷い言い方だった」
 宥めるように向かい側から手を握られ、その温もりに何故か涙が出そうになる。
 しかし、周囲からどう見られるか分からないので、すぐに手を引いた。
 オスカーが気遣うように言葉を繋ぐ。
「……私は今、少し気が立っているのかもしれない……お前をしばらく抱いていないせいだ……許してくれ」
 そんな風に言う恋人の言葉は、恐らく真実なのだろう。けれど心がまだ血を流している。
「お前が聞きたいことがあるなら、包み隠さず全て話す。何でも聞いていい」
 いかにも真摯に言われて、レオンはしばらく逡巡した後、のろのろと口を開いた。
 1番聞きたいことはあったが、最初にそれを聞く勇気は出ない。
「……。お前は、どういうつもりで元魔物の兵士をこの北部で受け入れると決めたんだ……街の皆が不安がるだろうに」
 最初の質問に、オスカーは淡々と答えた。
「それは簡単な話だ。兵の本分はなんだ?」
 言われてハッとした。
 彼が、単に交渉や慈善だけでリスクを負って人間を集めるとは思えない。
「お前、戦争でも始めるつもりか……」
 レオンが気色ばむと相手は笑って首を振った。
「そこまでは考えて居ない。ただ、集めた元兵士どもの中で、見所がありそうな者を神殿の配下の独自の兵力として密かに配備していく。お前のもといた聖騎士団と同じ、言うなれば神殿騎士として――別に純潔を強制しはしないが」
 予想だにしなかった彼の考えに絶句した。
「……。一体、何のために」
「そもそも、前王が神官を操って神を次々と召喚させ、暴走を始めたのは、神官が王の言いなりだったからだ」
 オスカーの瞳に紅く冷たい光が宿る。
「今後誰が王になろうとも、神官達が王とは独立した意志を持つことのできるよう、彼らに最低限の武力と、王位の授与者としての地位を与えるのが私の目的だ」
「……」
 驚いたまま何も言うことが出来ず、レオンは相手を見つめた。
「私の元いた世界の者たちもあの様な事はもう金輪際起こって欲しくないと願っている。出来れば今のように神が人間に関わり続ける形ではなく、人間の中で牽制し合う形で抑止するように仕向けたい」
 その言葉が、胸の内側に暗雲を巻き起こした。
「……。お前……この世界にもう一度来たのは、もしかしてそれが目的だったのか……」
 裏切られたような気持ちになり、声が枯れる。
「何を言っている……何故そんな話になる」
 訳が分からないと言った態度を取られ、不安が確信に近づいた。
 感情をギリギリの場所で抑えながら、震える唇を開く。
「……お前は、やっぱり悪魔だ……嘘をついて、沢山の人間の心を操って……昨夜だって娼館にいたくせに、何でもない顔をして俺の前に現れて……っ」
「……? 何故それを知っている」
 オスカーが表情を失う。
 レオンは傷つき果てた心のまま、わざと暗い笑みを浮かべてみせた。
「俺も娼館にいたからだ」
「何だと……」
 無表情になっていく相手の顔を見据える。
「お前に放って置かれたから、慰めの為に」
 ――オスカーが娼館に居たのは恐らく昨日そこに居たであろうボルツと接触する為だろう。女を抱いたのかそうで無いのかは、分からない。
 けれど昨夜自分が酷く惨めな気持ちになったのは事実だ。そして今も……。
 同じ気持ちを味わわせようとするなど、騎士の風上にも置けない行為だと分かっている。
 それでもこの無神経な恋人に、自分が何も説明なく行動する事でどれだけ他人が傷つくのか少しは分かって貰いたかった。
「嘘だと言え、レオン」
「……」
 冷たく詰問され、視線を外す。
 そのうちに、ガタンと音を立ててオスカーが向かい側の席を立った。
 乱暴にテーブルの上に紙幣を投げ、こちら側へ周って来る。
 自分は無視して椅子から離れずにいると、無理やりに腕を掴まれた。
「い……っ」
 肉に指が食い込んでいる。強引に犯されていた時にすらそんな風にされたことは無いというくらい、恐ろしく強い力だ。
「何をするんだ、やめろ……!!」
 抗うも有無を言わさず立ち上がらされ、混雑した椅子とテーブルの間を引きずるように出口の方へ連れていかれる。
 ――下手に抵抗すれば関節が抜ける……そう確信する程の人間離れした力に恐怖が湧く。
「なんだ、喧嘩か?」
「店の外でやれ、外で」
 酔っ払いたちが野次を飛ばす中、店先を出ると、そのまますぐ傍にある狭く暗い路地裏に強制的に連れ込まれた。
 酒場の冷えた外壁に乱暴に背中を押し付けられ、逃げ場のないように両腕の間に閉じ込められる。
「何のために私がお前を抱くのを我慢していたと思っている……」
 怒りのせいか、その瞳が完全なルビー色になっている。
 こんな事態でもなお、その色が懐かしくて愛しくて堪らず、視線を逸らした。
「――知るか……っ」
「私が人間どもの茶番にこれだけ長く付き合っているのは一体何の為か、お前は分かっているのか……!」
 大きな手がレオンの顎を強く掴み、無理矢理前を向かされる。
「そんなものっ、お前の世界の神々の為だと、今お前が言ったじゃないか……っ」
 最後は殆ど涙混じりの声になりながら言い返すと、相手は整った顔立ちに更に怒りをあらわにした。
「それだけではない! ……――分からないなら、分からせてやろうか……!」
 炎のような怒りに燃えている彼の瞳が近付き、荒々しく唇を奪われる。
「っンう……」
 久々のキスを拒み切れず、唇を僅かに開いた途端に喉奥まで蹂躙を許してしまった。
「んぐ、うゥっ……」
 噛み付くように深く貪られ、口の中を彼の熱と唾液で満たされる幸福感を思い出させられる。
 ――これが欲しくて堪らなかったのだということも。
 ヒクヒクとペニスが充血して疼き、意志に反し、身体中が相手を求めて開こうとする。
 口付けを奪われながらオスカーの逞しい肉体が迫り、衣服を通して体温が密着した。
 圧迫されるように身体が強く石壁に押し付けられ、その手が身体の線を強く擦りながら降りる。
「っぁあ……っ!」
 布越しの温もりと手の感触が堪らなくて、背中が仰け反り、濡れた唇が外れた。
 切ない悦びに身がよじれて、触れられているだけで達してしまいそうだ。
 そしてその手が乱暴にズボンの前立てに掛けられると、レオンは激しく動揺して首を振った。
「ッはァ……っ!  なっ、こんな場所で何考えてっ……っ」
 叫んだ声は無視されて、尻の下まで下着ごとそれが激しく掴み下ろされる。
 ぶるんとペニスが跳ね、キスだけでそこが恥ずかしい程いきり立って濡れているのをルビー色の瞳に見下ろされた。
「いっ、いやだ……っ、こ、こんな場所では……っ」
 路地裏には酒場の男たちの声が響いてくる。
 どうにか彼の身体を押し返そうとするが、腕に力が入らない。
「イヤ……? 可愛い私のレオン、お前の心はずっと『早く抱け』とせがんでいるのに……」
 その男らしい顔立ちに浮かんだ笑顔が今は恐ろしい。
 オスカーの指がレオンの股座の間に差し込まれ、陰嚢を掴んできた。
 裏側を確かめるように二つの球をその綺麗な指先で転がされ、淫らな触診に下腹部がブルブルと震える。
「ふっ、ゥンっ……」
「精液が溜まって、張っているぞ……」
 指摘されて羞恥に頬が熱くなる。
 当たり前だ。もう、我慢が既に限界を超えて久しいのだから――。
 娼館にいったなどと、すぐにバレる詰まらない嘘をついてしまった事を後悔する。
 玉の裏側を更に指先でくすぐるように弄ばれて、堪え難い性感にブルブルと腰が震え始めた。
「んふぁ……ッ、そっ、それはぁっ……」
 やめて欲しいのに、続けて欲しい。
 心が引き裂かれながらも、彼の手に性器をなすりつけてしまう。
 もっと、もっと、イくまで――と。
 だが恋人はレオンの性感のツボを知り尽くしていて、決定的な快楽を与えてはくれない。
「『こんな場所』でオネダリしているのはどちらだ……?」
「ねっ、ねだってなんかないぃ……っ」
 口では必死に否定するが、その声は淫らに甘い。
 玉裏から更に後ろに指先が遡り、蟻の門渡りからその裏にある快楽の中枢を指の腹で圧迫され、後孔の疼きがヒクヒクと止まらなくなる。
「あぁぁっ! 出る、出そうだからぁ……っ」
 ペニスの先から透明な涙がこぼれ落ち、ダラダラと止まらない。
 そんなレオンの様子を熱を含んだ視線で観察しながら、オスカーはレオンの火照った体から手を引いた。
「さあ、尻をこちらに向けろ。雌犬のように尻を突き出して、いつも私を誘う時のように……」
 乱れた蜜色の金髪を掻きあげ、オスカーが挑発する。
 レオンは息を乱しながら強情に首を振った。
「嫌だっ、絶対……っ! ……大体、その姿では抱かないと自分で言っていたくせに……!」
 オスカーが眉を吊り上げ、肘が強く掴まれた。
 強引に身体を操られ、壁の方を向かされる。
 火照った頬とペニスに冷たくゴツゴツした切石の断面が押し付けられた。
「あうっ……っ」
 そんな刺激すら今は飢えた身体を苛む。
 背後で衣擦れの音がして、オスカーが自分の下衣をずらし、凶暴なほどに怒張した雄を取り出すのが視界の端に入った。
 ――まさか、本当にするつもりか。
 心も体も準備ができないまま、足先が浮くほど腰を強く両手で掴まれて持ち上げられ、尻の狭間に真っ赤に膨張した亀頭が押し付けられた。
「う……そ……あぁあ……ッ……!!」
 尻を突き出した形で、ミチミチと穴が強引に開かれて行く。
 熱を持った長大な雄が肉襞を押し拡げて中を犯している事を実感した途端、レオンは悦びに痙攣しながら壁に向かって白い体液を射精していた。
「は、ぁ……っ、あ……っ!」
 痛みと苦しさに吐き出す息にも甘さが混じり、情けなくて涙が出る。
 毎晩これが欲しくて狂いそうだった――。
「……入れられただけで射精したのか? 私の騎士は本当にふしだらだな……」
 グッグッと中を拡げるように腰を進められながら、揶揄を含んだ言葉を投げ付けられる。
 彼を受け入れた粘膜は嬉しそうに痙攣し、吸い付くようにその形を確かめる。
 声も姿も全く違うが、「それ」だけは毎晩のように慣れ親しんだ恋人の形をしていることを確信して、また激しい快感が全身を襲った。
 飢えきった肉襞が久々の逢瀬に歓喜し、キュウキュウとよじれて彼に吸い付き歓迎する。
「はぁっ、アッ! んっ、くぅっ」
 狭い路地裏に自分の恥ずかしい喘ぎ声が響き、誰かに見られたらどうしようと思うのに、止められない。
「こんな体で女を抱いたなどと……下手な嘘も大概にしろ……!」
「くふぁっ……!」
 ズプッと最奥まで突き込まれながら、耳元で囁かれる。
「……お前、気づいていたか? お前の体は私に慣れすぎて、最近は中を刺さなくても、女のように濡れるようになっているんだぞ」
「……!」
 尻たぶを両手で掴んで広げられ、わざとグチョッグチョッと水音をさせながら激しく出し入れを繰り返される。
「ぁ……うそ……俺のっ、中っ……!」
 タラタラと太腿を体液が伝い、ペニスを受け入れている場所が恥ずかしい程に濡れそぼっている事を自覚させられる。
 こんなに体を変えられているなんて、気付いていなかった。自分の肉体も魂も全てがカインに馴染み、彼の形を完璧に覚え、更に自らの穴を浅ましい雌に変えるほどとは。
 身も心も悲しいほど一途に彼を愛していることを自覚させられ、犯されながら涙が溢れてきて止まらない。
「さあ、正直に言え……! 何故、お前は嘘を吐いた……!」
 後ろから羽交い締めに抱き締められて小刻みに奥を愛され、涙交じりの甘い喘ぎの中で自白を促される。
「っア、あの店のっ、前を通ったときっ……お前が中にいると聞いて……っ、寂しくて、辛くて……っ!」
「――ッ……。……俺が、信じられなかったのかよ……っ」
 背後から聞こえた悔しさの混じる声は久々に聴く恋人のそれで、また身体の奥がキュウンと熱く昂り、ひと突きごとに絶頂するような感覚が止まらなくなった。
 つま先立ちで壁にすがって尻を突き出し、前後に揺れる淫猥な動きで一番気持ちのいい場所をペニスに擦り付ける。
「っ、ハァッ……あッ、っだ、だってお前はっ、俺に、冷たいのにっ、俺ばっかり、こんなっ、好きでっ……はぁぁっ、いくっ、カインっ、っ好き、…んあっ、も、……っ……む、無理、ぁ、アぁ……っ!」
 後ろの穴だけで射精を伴わない甘美な絶頂を繰り返し、息も絶え絶えになる。
「っお前、中が……凄い事になっている……、っ」
 止まらない痙攣と収縮に、犯している方の雄も限界を迎えたのか、大きく脈打ちながら盛大に白濁を放ち始めた。
 いつまでも勢いを失わず吹出るそれはレオンの腹をいっぱいに満たし、後孔から溢れ出る程だ。
 その量が経験したことがないほど尋常ではない事に気付いて、戸惑いと歓喜に悲鳴を上げて仰け反る。
 彼は、娼婦を抱いてはいない――多分、自分と同じく自慰すらしていない……。
 それを身体の内側で分からされて、安堵に膝がガクンと崩れた。
 ペニスが抜け、地面に落ちる前に腰を受け止められて、背中から強く抱き締められる。
「……昨夜私が娼館に行ったのはボルツを脅すためだ。年端もいかぬ少女を買い、素っ裸で眠っているボルツに、神の姿で迫ってやった。神罰で豚にされるのと、明日の会議で何が起きても黙り続けることのどちらがいいかと……子供を犯すことはこの国でも大罪だからな」
「……」
「だから、――詰まらない誤解をするな」
 その言葉に、また悔しくなって言い返した。
「元はと言えば、お前が、何も説明してくれないから……! 俺は……っ、飽きられたのかと、……」
「……冷たいとか飽きたとか、人の気持ちを勝手に決めつけて――」
 振り向くと、酷く傷ついた表情をしたオスカーが、その顔立ちに似合わない暗い笑みを浮かべていた。
「分かった。お前のその体に、本当の私の愛を一度、分からせておかなければな……」


 そして次の日から、レオンはオスカーのそば付きの騎士として会議に出席出来なくなった。
 貴公子が会議に出ている以外の時間を、昼夜を問わず、神殿の一室でずっと犯され続けて過ごす事になったからだ。
 ――窓は鎧戸が締め切られ、太陽が出ているのかいないのかも分からない。
 ただカインがベッドを降り、オスカーとなって会議に出て行くときに、今が昼なのだと悟るだけだ。そしてその間だけは、泥のように眠る。
 それ以外の時間、カインは何日も一睡もする事なくレオンを抱き続けた。
 そうして、彼が自分とは次元の違う「神」なのだということを嫌と言うほど分からされた。
 今は有限の命となった身とはいえ、その気になれば、彼は眠ることも食べることもなく、レオンの命が尽き果てるまで犯し続けることも出来るのだ。
「……神官は来ない。俺とお前でいにしえの儀式をすると言ってあるからな」
 その言葉通り、会議の前後に彼が食事を持って現れるほかは、誰もノックすらしなかった。
 けれどきっと、神官たちには気付かれているに違いない。毎晩止まることのない、自分の淫らな喘ぎ声に……。
 だがもう、そのことを気にする気力すらレオンには残っていない。
「……ん、あ……おかえ、り……まって、た……」
 最後の会議を終えたオスカーを、レオンはとうとうまともに起き上がることも出来なくなって、迎えた。
 ベッドに仰向けに倒れ、全裸のまま朦朧として喋ることすら覚束ない。
 そんな自分を心底愛おしげに眺めながら、目の前で正装の貴族の青年が、裸身の異形の神の姿へと変化して行く。
 流れるような蜜色の髪は、輝く銀髪に。
 巻角と蛇のような尾を備えた、彫刻のように完璧な逞しい身体を持った、たった1人の為の神へと。
 その青白い指が、淫らな吸い痕が全身に残るレオンの下腹に触れる。
「はあ……っ」
 ピクンと震えながら、条件反射のように太腿を大きく開いていく。
「カイン……ここ、に……ほしい……」
 相手に見せつけた後孔は紅く熟れた襞が閉じずに開いていて、中の粘膜までが見える状態になっている。
 カインの視線を感じて奥がヒクヒクと搾られると、溜まっている白い精が溢れ出てシーツに流れ出した。
「はは……穴が閉じなくなっちまったのか? ヤッてる時間の方が長えもんな……」
 消耗しきってもなお自分を求める恋人の痴態に、カインのペニスは相変わらず凶悪な程に硬くそそり立っている。
 レオンの性器は、もうとっくに出し尽くしてしまって、柔らかく萎えてしまっているというのに。
「これから俺とお前は、しばらく王都に仮住まいになる。けど、その前に荷物を取りに屋敷に一旦戻らねえとな」
 カインはベッドに腰掛け、ギシリと音を立てて膝で乗って来た。
「だから、俺とお前の『儀式』は一旦これが最後だ……」
 憔悴した身体がゆっくりと優しく抱き起こされる。
 腰が縦になると、開いた穴からトプトプと大量の白濁が漏れ、レオンは泣きそうな顔で眉を下げた。
「あ、こぼれ、て……せっかく、なか……くれたのに」
「これから新しい新鮮なのを入れんだろ……、ほら……!」
「ア……あー……!」
 望み通りに熟れた穴で太く熱い神を受け入れ、そこが塞がれた事に淫蕩な安堵の表情を浮かべる。
 カインはすぐには動かない。胸や腹を密着させて膝の上に抱きかかられたまま、髪から背中、尻までを優しく撫でられた。
「カイン……すき……」
 朦朧とした意識のまま、素直に肩口に顎を乗せて凭れる。
 その耳元に囁くように、カインは話し始めた。
「――本当は、毎日こんな風にお前をあの屋敷に閉じ込めて、四六時中抱いて俺だけの事を考えさせて。……俺以外の誰にも、お前を見せない……そうしてえよ」
 そのストレートな言葉が堪らず、胸が切ない幸福に満たされる。
「けど、そんな事すればお前はまた孤独に泣くんだろ……」
 うつらうつらと閉じかけていた瞼をハッと開き、レオンは顔を上げた。
「だから俺は、お前を包む人間どももみんな、纏めて幸福にすると決めた……お前が二度と、泣かねえように……」
 乾ききった唇が驚きに震える。
 王都へ向かう為に旅を始めた時、黄金の麦畑で見たオスカーと、子供たちの笑顔が蘇る。
 カインが人間に関わり続ける理由……。
 それがやっと分かって、まなじりに勝手に涙が溢れ出てきて止まらなくなった。
 名前を呼ぼうとするのに、声も出ない程に。
「……っ、……ぅ……っ」
「なのに、何でお前は分かんねえんだよ……。俺はもうずっと昔からお前だけを、この命も惜しくねえ程……」
 激しい嗚咽が止まらなくなり、疲れ切った身体の何処に残っていたのか分からないほどの力で強く、レオンはカインの逞しい肩を抱き締め返した。
「――誰よりも、愛してるのに……」
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