理想の結婚


 犬塚さんはあの後、俺とどうにか連絡取ろうと動いてたみたいだった。
 というのも、月曜に蛇の目さんから電話が来て「犬塚さんがあなたと会いたがってるけど、何かトラブルでもあったの」って言われたりしたから。
 俺は交際終了の事実を淡々と伝えて電話を切った。
 どっちかの意志で仮交際が終わったら、相手に執着するような行為はルール違反になる。
 はっきり蛇の目さんにも言ったし、俺と犬塚さんとの縁はこれきりのはずだ。
 ……そんな訳で、俺の婚活は振り出しに戻った。
 とはいえすぐに前向きに歩き出せる訳もなく。
 三日間ぐらいは仕事も家事も手につかねぇくらい激しく落ち込んだ。
 けど、新学期と共に大学の講義も始まって学務が忙しくなって来ると、気持ちが紛れて、どうにか立ち直れてきて……。
 しかも生協に行く為に構内歩いてたら、新入生の女の子から学生に間違われたりしてさ。
 33のオッサンだけど、俺まだまだイケる!? なんて舞い上がって、少し元気を貰ったり。
 ちょっとずつ、また婚活始めなきゃなー、なんて思えてきた。
 犬塚さんとの事はほんと残念だったけど、何だかんだ言ってもここ1ヶ月間の話だ。
 もう三年も婚活してると立ち直りも無駄に早くなるんだわ……全く自慢にならねぇけどな。
 しっかし、またイチからマッチングする相手を探さなきゃならねーのは本当に参る。
 ホントは犬塚さんと仮交際してる間もシビアに並行活動すべきだったんだ。珍しく上手くいってたもんだから浮かれてついサボっちまった。馬鹿だなー俺……。
 金曜夜中の11時過ぎ、お袋が寝てる横でラップトップのパソコンを文字通り膝に乗せて立ち上げ、BLネットのサイトにアクセスする。
 ホントはまた相手を探す為の条件を検索しなきゃいけねぇんだけど、ついつい魔が差して犬塚さんのプロフィールを検索してしまった。
 「人類」のチェック項目を外して、年収と職業、家族構成なんかで絞り込んで行くと、あの可愛い犬の写真の「ナギサ」のプロフィールに辿り着く。
 情報欄のログイン状況は24時間以内になってる。
 つまり、犬塚さんがつい最近このBLネットにアクセスして、誰かを検索したり、メッセージのやりとりをしたか、イベントへの申し込みとかの会員活動をしてたってことだ。
 うーん……あの人、まだ婚活諦めてねぇんだな。
 相変わらず可愛い犬写真の真っ直ぐな瞳に胸が痛くなって、すぐにブラウザを閉じた。
 ……俺も頭切り替えて、前向きに生きねぇと。
 取り敢えず、今のまんまじゃ一生マッチング相手ゼロだから、自分のプロフィールか相手の条件、どっちかを変えねぇとどうしようもない。
 俺の場合はアレだ。出産NGってとこがネックになってる訳で。
 元はと言えばオメガの俺がこれを押し通そうとした事で色々と拗れたんだもんな……。
 子供が欲しいって思うんなら、「俺は産みたくねぇ」なんてワガママ言ってられねえってことは蛇の目さんとのやり取りでよーく分かった。
 産む時死ぬほど痛いかもしれねぇけどそこは頑張る。
 でもなー、男と結婚するのはな……やっぱ少し無理がある。俺メンクイだし、犬塚さんレベルでやっとエッチな事デキるかなーって思うくらいだもんな。
 あんな人もうこの先絶対いねぇと思うし……。
 うん、俺が産んでもいいけど、女性希望は外さない。あと人類希望もな。獣人はちょっとトラウマだから。
 さて、お袋に孫の顔見せてやる為にいっちょ覚悟決めよう。
 ――と、思ったまでは良かったんだけどな……。


「……オメガさんですよね。専業主夫希望ですか?」
「いや、俺は共働きがいいかなーと……」
 夏の予感も近付いてきた6月末のとある日曜日の昼、自主的に組んだ新たなる見合いの席で、俺は既に婚活に疲弊し切っていた。
 ここは相手に指定されたデート場所の某西洋美術館の優雅なラウンジ。
 で、目の前の白いソファに座ってる黒ずくめファッションの女性は、国立大卒インテリ女教師だ。ちなみに、属性はアルファ。
「じゃあ、あなたのお母様というのは、同居するからには家事や子供の面倒は全てやって下さるんですよね?」
 黒ぶち眼鏡の奥のつり目が俺を値踏みしている。
 なにこの状況。尋問?
「いえ……母はだいぶ年で……それはちょっと無理かと……」
 しどろもどろ答える俺に被せて、相手はピシャリと言い放った。
「私、家事も育児も絶対できませんから。自分の時間を奪われたくないんです」
 あちゃー……。こりゃ、地雷な感じの女性に当たったか。
 どうやってこの場を切り上げるか考え始めたところで、これ以上話していても時間の無駄とばかり、相手の方が席を立って去って行く。
 気分的には助かったけど、同時に俺の中でお見合い失敗記録がまた更新されて、一気に肩がガクンと萎えた。
(えーと……これで、今年度10連敗……?)
 負け続き過ぎて既に頭の中の記憶も怪しい。
 ……出産NGをプロフィールから外した俺は、あれから片っ端からちょっといいかなと思うオメガOKの女性に申し込みをし続けたんだけど……どうもオメガと結婚したい女性っていうのは、なかなか一筋縄ではいかないものらしい。
 たわい無いメッセージのやり取りまでは良いんだけど、実際、結婚がらみの話になるとなぁ……。
 最初に会ったのは確か、漫画家の女性だったかな。
 見た目オタクっぽくねぇし、ハイテンションで可愛い感じの人で、胸もでかいしちょっといいかなって思ったんだよ。
 結構人気がある漫画家さんらしくて、自分が子供産んでると連載が途切れちゃうんだって言ってた。
 でも、2回目に会った時に、急に「実は仕事とは別に、趣味で男同士がイチャイチャする漫画を描いてる」ってカミングアウトされて。
 子供は是非、自分の目の前で男性とセックスして妊娠して欲しいって言うもんだから、その時点で丁重にお断りした。
 趣味に偏見はねぇけど、浮気セックス前提の結婚はどうなのかと思って……。
 あと、ふつうにすごく優しそうな女性だなーと思って会ってみたら、極端な金銭感覚の持ち主で、男の俺の給料や貯金を生活費に充てて、自分の給料は全額貯金に回したいっていう生活設計を聞かされた、なんていう事もあった。
 俺が産む前提だと、出産後しばらくは流石にそれだと無理です、って言ったら仮交際切られたんだよな。うーん、あれは今考えても理不尽だった。
 あと、お尻に入れさせて欲しい、みたいな事をはっきり言ってきた女性もいたな。何を入れるつもりだったんだろう。よく分からねぇけど断ったら終了した。
 という具合でだなー、3ヶ月近く一人で頑張った結論としては、オメガと結婚したい女の人と、俺の結婚観がさっぱりマッチングしねぇってことだったわけで……。
 やっぱり俺、ここは原点に立ち返り、一度蛇の目さんに相談するべきなんだろうか……。
 でもまだ、泣きつくには少し早い気もするし――。
 それにしても、これだけ「合わない」っていうのを繰り返すと、疲弊しすぎて自分が本当に結婚したいのかどうかさえ分からなくなって来る。
 俺の運命の相手なんて何処にもいねぇし、今やってる事も時間の無駄なんじゃねぇかって気がしてきちまって仕方ない。
 ……そういえば犬塚さんは、どうして俺を運命の相手だって思ってくれたんだろう?
 今頃は別の相手にも会ってみて、あぁ、あれは勘違いだったなって思ってたりして……。
 ――あーあ。
 ……実は俺、最近時間に空白があると、妙に犬塚さんの事を考えちまうんだよな。
 次のデートの約束があって、オハヨウとオヤスミのメッセージが毎日あった頃よりも、今の方が頻繁に思い出してるかもってくらい。
 つい先週来てた発情期の時だって、俺はアホかと思うほど犬塚さんの事ばかり思い出してた。
 触られた手の独特の感触や、キスを思い出して何度も抜いたし、その上……。
 記憶でしか抜けなくなるのヤバいと思って、夜中にネットで女の子のエロ動画探したんだけど……、そうすると、気が付いたらつい犬獣人が出てくるジャンルの動画ばっかり探しちまうんだ。
 シェパードの犬頭の獣人二匹が、でっかいちんちんを女の子の前と後ろに入れてる激しいヤツとか……。
 単にラブラブな、シベリアンハスキーの獣人と女の子の交尾とか。
 しかも前は男優側に自分を投影して見てた筈なのに、今は画面の中で犬男優に犯される女の子の気持ちになって動画を見てる事に気付いて、かなりショックだった。
 俺、犬塚さんと会って、自分の中の何かを残酷な程変えられちまったんだ。しかも永遠に。
 もう、彼とは二度と会わないのに。
 それに気づいてから発情期の間中、本当に惨めな気分だった。
 前だけじゃなくて後ろが濡れて仕方ねぇのも辛くて。
 前回までは、発情の時だってそんな事無かったんだよ。
 でももう、仕方なくて……初めて自分で指入れて、拙いながらもそこを慰めた。それから、乳首も触った……。
 今まで頑張って保ってきたものがズタボロになったような気分だったけど、ヤバい程気持ち良かった。
 それで自分はやっぱり、普通の男じゃなくてオメガなんだと思い知った。
 男の気持ち良さは前から知ってたけど、敢えて目を背けて触らないようにしてた部分が今更目覚めて、訳が分からねぇくらいそれが気持ち良くて……絶望した。
 そんな状況に、さらにお見合い失敗も重なって――頭の中で何かがキレたのかもしれない。


 美術館のカフェラウンジでの見合いの帰り、俺は到底家に帰る気になれず、スーツ姿のままフラッと電車に乗り、地元とは反対方向に向かった。
 行ったのは、いつか犬塚さんと待ち合わせした東京駅。でも、丸の内とは反対方向の八重洲方面の改札に足を向ける。
 以前デートした皇居側は綺麗に整備されててお洒落な感じなんだけど、南側に出ると小さい雑居ビルみたいなのが立て込んでて、カラオケやら飲み屋やらがひしめいてる辺りがある。
 その中の立ち飲み屋の一つに入って、俺はお見合い10連敗を祝ってしこたまビールを呑んだ。
 一緒に呑んだり、クダを巻いたり出来る友達がいねぇのが俺の寂しいところだな。
 で、夕方頃にはすっかりいい気分になって店を出て、それでもまだ家に帰りたくなくて……、東京駅の北を通ってる永代通りを、まーっすぐ、日本橋方面に歩き始めちまった。
 その先をず――っと歩き続けたら何があるかっていやあ……隅田川だ。犬塚さんのマンションが建ってるすぐ隣に流れてる川。
 極度の方向音痴だからマンションの場所なんかは忘れちまったけど、とにかくまっすぐ歩いて川まで行きつけば、犬塚さんに会える気がしたんだろうなぁ……俺。
 ……すっかり頭がおかしくなってた。
 諦めたはずの犬塚さんのことばっかり浮かぶし、婚活は上手くいかねぇし、発情期はあけたばっかりだったし、酒も飲んでたし。
 でも、思ったより東京駅から隅田川までは遠い。
 歩いても歩いても全然たどり着けねぇの。おおよそ二駅分だもんな。そりゃ遠いよ。しかも酔っ払ってるし……。
 素直に犬塚さんちの最寄駅に行きゃあ良かったのにって?
 それじゃあ偶然会ったことにならねぇじゃん……。
 いわゆる「飲んだ帰りに偶然遠目からチラッと見かけた」みたいな感じだったらルール違反にならねぇかなと思ったんだ。運良く遠くから一目チラッと見られたら帰る、みたいな。
 それなのに――。
「ここ、どこだ……」
 さっき証券会社の看板が沢山並んでるのは見た。多分、あの辺が兜町だろぉ……アレ、ほんと俺今どこに居てどこに向かってんだ。
 だんだん酔いが覚めてきて、これといって特徴のない建物ばかりが並ぶ周囲の状況に狼狽し始める。
 しかもすっげートイレ行きたくなって来た。
 なのに日曜の都心の恐ろしいところで、コンビニすら見あたらねぇ。
 地元じゃあ三歩歩けばすぐ見つかるぐらいの勢いなのに……。
 革靴で長く歩いてたから足も痛ぇし、日が暮れ始めて人通りもあんまりねぇしで、だんだん泣きが入って来た。
 目的の隅田川は見当たらないけどちっちゃい川みたいなのには出られて、そこの橋から暗い水面を見下ろす。
 この水だけはきっと繋がってるんだろうけどな……犬塚さんちの近くと。
 はーっと溜息をついて、欄干に寄りかかって休んでいると、どこからか微かに犬の鳴き声が聞こえてきた。
 こんな場所で、まさか幻聴かと思ったけど――。
 急いであたりを見回す。
 そして俺はついに目にした。
 橋の向こう側から――異常にでっかいゴールデンレトリバーが尻尾振りながら凄い勢いでこっちに向かって駆けてくるのを。
「いっ……犬塚さん……!!」
 嬉しくて懐かしくて涙が出る。
 大きな犬はあっという間に間近まで迫ってきて、最後は前脚を上げて胸の中に飛び込み――びっくりする程の熱烈さで俺をアスファルトに押し倒した。
 ビッチョビチョになるほど頬や額を舐められて、俺も激しく犬の首筋にスリスリする。
「犬塚さん、犬塚さん……!!」
 もう二度と会えねぇと思ってたのに、嬉しすぎて危うく俺が漏らしそうだぁ……。
 スーツが汚れるのも構わず、泣きながら道端にゴロゴロ転がってモッフモフの犬をギュウギュウしてたら、ちょうど橋を通りがかったジャージのオッサンが驚いて声を上げた。
「うわっ犬が人襲っとる! 警察呼ばな」
 慌てて声を上げて否定した。
「ちっ、違います! この人犬じゃないんです! ヒトなんですっ!」
「はぁ? どう見ても犬やがな」
 オッサンは見ちゃいけないモノを見てしまったような顔で立ち去っていく。
 でも俺はもう気にしない。
 だって、本当はずっと会いたかった犬塚さんに、やっと再会出来たんだから……。
 夢見心地で、二度と離すまいと必死に犬にしがみ付いた。
 ところが――。
「キャーッすみません! うちのバカ犬が……! こらっ、何やってんのよっもう!」
 女の人の叫ぶ声が上から降ってきて、ハッとした。
 えっ……犬?
 目の前のカワイイ顔をよくよく眺める。
 ウッ。
 確かによ〜く見ると……ヘッヘッと呼吸しながら舌を出しているその犬は、記憶の中の犬塚さんとかなり違っていた。なんか、凛々しい顔してるというか?
 ちょっ……これ確かにゴールデンレトリバーだけど別犬じゃねーか。
 はっ、……恥ずかしぃ……。
 ただの犬を犬塚さんと勘違いするなんて……。
「全くあんたは、綺麗な人ならすぐ誰にでも懐くんだからー! ほら、離れなさいってば!」
 俺の上にのしかかっていた犬が首根っこを引きずられて離される。
 その後ろから、飼い主さんと思しきデニムと犬シルエットのTシャツを着た女性が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
 ポニーテールでノーメイクだけど、すごい美人だ。
「大丈夫ですか? あらまーっ、ステキなスーツが埃まみれ……っ! ごめんなさいねークリーニング代出しますから……っ」
「イヤイヤそんなのいりませんって! 俺が勝手に倒れただけですし!」
 恐縮しつつ慌てて立ち上がり、パンパンと背中や尻から埃を払う。
「でも……あっ」
 俺と話して油断していた飼い主さんの横で、またゴールデンがダッと走り出した。やって来た方向に引き返すように、あっという間にその後ろ姿が消えてゆく。
「あ……んのバッカ犬! ナオト! 待ちなさーい!!」
 女の人は全速力で飼い犬を追いかけてゆき、その背中も瞬く間に橋の向こうに消えてしまった。
「……。犬塚さんじゃ、なかった……」
 逢えたと思ったのにな……。
 心の底からガッカリして、それから落ち込んだ。
 俺、本当にあの人のこと忘れられてねぇんだなって。
 忘れられるどころか、時間が経つにつれて思いが強くなってるなんて……。
 こうなってくると、あの当時は色んなことで混乱してよく分かってなかった俺も流石に気付くよ。
 思いっきり犬塚さんに恋してたんだなって。
 婚活で恋できる相手に会うなんて、本当に俺の人生の中の百分の一の奇跡だった。
 サヨナラした後で、今頃そんな事に気付くなんてホント馬鹿だけど。
 夏美さんのこととか何もなけりゃ、結婚したかったよ、犬塚さん……。
「……。帰るか……」
 もうどうにもならねぇ事に執着してる自分が一気に虚しくなって、俺は肩を落とした。
 ――一瞬だけだけど、また逢えた、相手にも受け入れて貰えた……と思えたのが、婚活頑張った俺へのご褒美かな。
 明日からまた努力しよう。
 帰らねーとな……。
 いつのまにか太陽が沈みきってて、周りも真っ暗になってる。
 心細くなり、とにかく今来た道を戻るために踵を返そうとして――俺は、自分の身体に異変が起きていることに気付いた。
 何もしていないのに鼓動が凄く早まってきて、呼吸が酷く乱れてる。
 犬とじゃれて転がったせいかと思ったけど、時間が経っても治まらない。
 身体が熱い……?
 何だかこの感覚には覚えがある。
 前に……犬塚さんに触られるたびに俺、こんな風になってた……。
 ……嘘だろ。
 発情期は先週半ばで終わったはずなのに。
 犬塚さんと会わなくなってから乱れるような事も一切なくなってたから油断していた。勿論薬もない。
 まさか俺、似てるってだけの犬と会っただけで発情したのか……。
 獣人を通り越して犬に発情するとか、とうとう完全にヤバい人の領域だ。
 かっ、帰ろう。
 でも、どっちへ……?
 急いでジャケットのポケットからスマホを出し、地図アプリを立ち上げる。
 俺に限ってはあんまり頼りにならねぇけど、最寄りの駅はどうやら茅場町かやばちょうっぽい。
 そこに駆け込んで抑制剤貰う……?
 誰にも会わないで行けるだろうか。
 体の感覚が、なりかけとか、漏れるとかどころじゃない、一気に発情のピークに引き戻されたような感じになってるのが分かる。
 ここまでになると、どこか屋内に入らない限り、匂いが空気に拡散してとんでもない事になる。
 もう、泣きたいぜ……!
 橋を渡って戻ろうとして、向こうから人がやって来るのに気付いた。
 若い男性の二人組で、話しながらやって来たのに急に会話が途切れる。
 ヤバい、気付かれた……!
 俺は橋を戻るのをやめ、やむなく反対方向に逃げ出した。
 走って、走って。硬くなった股間が擦れて痛い。乳首も勃ってシャツの生地に当たってる。
 俺、こんな街中で……完全に発情丸出しの変態みたいになってる。
 このままだと最悪、犯されるか警察に捕まるか、どっちかになりかねない。
 人のいない方にと闇雲に逃げる内に、だんだん狭い路地に入りこんでしまってるような気がして来た。
 前からも後ろからも誰かが来るのが見える。
 人通りがねぇ日曜の都心の筈なのに、何でこんな時に限って。――いや、もしかすると俺の匂いが引き寄せてるのかもしれない。
 抑制剤一切服用無しで発情すれば、アルファもベータもひとたまりもなくこの匂いにやられちまうと聞いたことがある。
 心臓がバクバクと高鳴る。
 取り敢えず建物の狭い隙間みたいな所に入り、やり過ごそうと決めた。
 夜中まで待てば、もっと人通りが少なくなる筈だ。
 その時を狙って出るしか……。
 身体を横にして、ギリギリの隙間に入り込む。
 奥まで行って小さくうずくまり、ガタガタと震えていると、小さな物音がした。
 ハッとして顔を上げると――どう見ても浮浪者な、ベッタリした髪とボロボロの格好したおっさんが、今入って来た建物の隙間からコッチを見てニヤニヤしている。
「あれ〜……いい匂いさせて、どうしたのぉ……」
 俺の喉がヒッと鳴った。
「おじさんが、慰めてあげようかぁ」
 相手はズリッズリッと無理やり建物の隙間に体を入れてきて、俺とは別の意味でキツイ臭いが辺りに充満する。
「ひいっ! 結構です……!」
 ここを出ようと反対側を振り返るが、行き止まりになっている事に気付いた。
 おっ、俺、袋のネズミってやつじゃねーか!
 ヤダヤダ、こんなおっさんになんか死んでも犯されたくねぇ。
 ここはもう、刺し違えてでもオッサンと戦うしか……っ。
 鼓動がおかしくてハアハア息を切らしながら周囲に何か武器になるようなもんはねえか探した。
 ダメだわ、タバコの吸い殻みたいなゴミしか見当たらん……。
「はっ、入ってくんじゃねぇ! 股間蹴っ飛ばすぞこの野郎……!!」
 せめて凄んで見せたけど、フェロモンでおかしくなってる浮浪者の耳には入ってねぇみたいだった。
 頭がグラグラする。身体に力が入らない。
 別に大事に守って来た訳じゃねぇけど、俺の処女、33にして汚ねぇオッサンに犯されて散るのか。そんなの、嫌すぎるだろ……っ!
「あっ、あっち行けバカァっ……!」
 涙声で叫んだ時だった。
 オッサンの背後から、激しい犬の吠える声が上がり――それが、空気を震わせて俺の耳に届く。
 続いて獰猛な唸り声と共に、垢じみたボロを着た身体が狭い建物の隙間の汚れた地面にドスンと倒れた。
 その向こう側で、キラキラした黄金の毛の塊がすっくと頭をもたげる。
 可愛いくて優しい顔をした、普通の犬よりずっと大きなゴールデンレトリバー……。
 犬塚さん……! と叫ぼうとして、ハッと口を噤んだ。
 ……また、犬違いかもしれない……。
 俺が戸惑っていると、犬はまるで自分についてこいと言わんばかりに、出口の方へ首を振った。
「う……うん……」
 ただ頷いて、ふらつく足で前へ踏み出す。
 俺が動き始めたのを確認すると、犬は頭を返して道へ出て、四つ足でゆっくりと進んだ。
 ここを出てしまって大丈夫か不安だけど、今はあの犬を見失いたくない。
 そんな一心でおっさんを飛び越えて俺が続くと、彼は一定の距離を保ちながら俺を街中へと先導し始めた。
 上手いこと人が通らないような道を選び、誰かが来そうになったら大きく吠えて脅かして足を止める。
 堂々巡りとかではなく、確実に目的がある感じで先へ先へと案内されている感じだった。
 この犬、相当土地勘があるし、多分俺の状況が分かってる……。
「犬塚さん……犬塚さん、だよな……?」
 声に泣きが入りながら、勇気を出して尋ねた。
 けど、彼は俺と二十メートルくらい距離を保ったまま、聞こえてるようなそぶりも見せずにただ淡々とアスファルトを蹴っている。
 やっぱ、違うのかな……。それとも、あんなに仲良くなったのに、あの時俺が一方的に交際終わらせたことを怒ってんのか……?
 こうして守ってくれてることは凄く有り難いのに、不安で心が締め付けられて堪らない。
 一目会いたいとは思ったけど、もしもこの犬が犬塚さんなら、こんな形で会うなんて本当に最悪だし、申し訳なかった。
 小さな川を渡り、オフィスビルの並ぶ大通りの一本裏道へ出る。
 並びの建物の中の一つ、特になんの変哲も無い白いビルの通用口の前に犬が立った。
 カチっという音がして戸がひとりでに内側から開き、中にさっと彼が吸い込まれてゆく。
「ま、待ってくれ……!」
 その姿を追って走り、閉じかけた扉に飛び付いた。
 中に滑り込むと、入り口近くにガラスの張られた受付窓口のようなものがあり、そこに警備員の制服を着た眼鏡の男性が座っているのに気付いて一瞬ギョッとする。
「すぐそちらの階段から地下一階の休養室にどうぞ。抑制剤も置いてありますので」
 ごく事務的に告げられて、ただ頷いて言われた通りに階段を降りた。
 あの助けてくれた犬はもう見当たらない。どこに行ってしまったんだろう……。
 胸が締め付けられるほど寂しくなりながら地下一階に降りてゆく。
 自販機のぼんやり光る地下の踊り場から、薄暗く長い廊下に出た。トイレの表示と、それにドアが外側に大きく開いた一室がある事に気付く。
 ヨロヨロ歩いて行って開いている部屋の中を覗くと、無機質な白いパイプのベッドが見えた。
 休養室というのはここのことだろう。この建物はどこかの会社なんだろうか……。
 部屋の電気を点け、グラグラする頭を抑えながらベッドに腰を下ろす。
 ジャケットを脱いでベッドヘッドに掛けた時、サイドボードに置かれた電気スタンドの隣に、空のコップと見慣れた薬が置いてあるのに気が付いた。
 良かった……助かった。
 手に取り包装シートを破りかけて、水がないことに気づく。
 水、くんでこねぇとな……。
 しばらく呼吸を落ち着けていると、トイレに行きたかったことを思い出した。こんなバッキバキに勃ってるような状態で行くのやだけど、漏れそうだから仕方ない。
 ――水貰うついでに行ってくるか。
 ヨロヨロしながら廊下へ出ていって、少し離れた男子トイレの戸を開けて中に入る。
 洗面所にコップを置き、小便器に向かうと、狙いが定まりづらいのをどうにか誤魔化して用を足した。
 誰もいなくて本当に助かる……。
 相変わらずギンギンになったままの息子をスラックスにかろうじて収め、コップに水を汲んでまた廊下に出た途端、何かにつまづきそうになって驚いた。
 足元にさっき助けてくれたゴールデンがいる!
「あっ……!」
 相手も俺がトイレから出てくるとは思ってなかったのか、ギョッとして一歩飛び退いた。
 はずみで俺の手からコップが滑り落ち、水が飛び散って廊下に伝う。
 でも、俺はそれどころじゃなかった。
 天井に一個おきに点灯した電気の下、至近距離でその犬の顔を見て、俺は確信した。
「犬塚さん……!」
 名前を呼ぶ。なのに、相手は肯定も否定もしてくれない。自分はただの犬ですって言うみたいに。
 フイっと顔を背けて去ろうとする彼に、俺はもう一度叫んだ。
「待ってくれ! ……お願い……だ……」
 両脚が震えて立っていられなくなって、俺はその場にうずくまるように崩れた。
 もう、体が熱くて立っていられない……。
 額に当たる床が冷たくて気持ちいい。
 犬が俺のそばに戻り、起きるのを手伝うように頭を俺の顎の下に入れて持ち上げようとする。
「うん、ごめん、……ごめんな……」
 そっとその背中を撫でて、懸命に立ち上がり、休養室に向かった。
 良かった、彼も後ろを付いて来てくれてる気配がする。
 嬉しくてたまらねぇけど、同時にもっと発情が酷くなるのが分かった。
 絶対に、……今度こそ絶対に逃がしたくない……。
 俺の本能の真っ黒な部分が、耳の奥でこだまするように叫ぶ。
 倒れこむようにしてベッドに仰向けに横たわり、どうにか革靴を床に脱ぎ落としながら、荒い呼吸の下で俺は彼に懇願した。
「なぁ……行かないで……」
 犬は既に部屋を出て行こうとしていた所だった。
 その後脚の間から充血した大きな性器が露出して、見え隠れしている。
 不用意に俺に近付いたからそうなったんだ……やっぱり、誤魔化してるけどこの人は犬じゃない……俺の、好きな人。
「どうして犬のふりすんの……俺の事怒ってる……?」
 首元のネクタイの結び目に手を掛けて、しゅるりと解く。
 シャツのボタンを上から順に外して開き、乳首が浮き上がってる下着を晒した。
 袖を抜きシャツを落とした後で、腕を交差させてインナーの裾を掴み、頭を通して素早く脱ぐ。
 俺の理性が、何やってんだ、やめろと頭の中で叫ぶ。早く、水なしでもいいから薬を飲め、と。
 でも、抗えない衝動がその声を押し潰し、俺にわざとらしいストリップを続けさせた。
「……熱くて死んじゃいそー……俺ね、身体がおかしいんだ……なぁ、見て……?」
 目の前の犬が鼻に皺を寄せ、グルル……と威嚇するように唸り始めた。
 それ以上はやめろと言っているみたいに。
「ごめんな……発情管理も出来ねぇダメなオッサンで……」
 匂いの染み付いているであろうインナーとシャツを彼の頭の上に被せるように投げた。
 相手はブルブルっと体を振って布から逃れたけど、濃い匂いを吸って目の色が変わり、やがて夢中になってシャツに鼻を突っ込んでそれを嗅ぎ始めた。
「いい匂いする……?」
 ヒトをフェロモンで操るような残酷なことをしているのに、嬉しくて唇から笑みが溢れる。
 普通の犬なら、俺のフェロモンなんか効かないはず。
 犬塚さんだよな……? もし違ってても……もう、やめられねぇけど。
 相手が一心に匂いを嗅いでいる隙に、俺はベルトのバックルに手を掛けて外し、緩めたウエストを素早く下にずらした。
 両脚からスラックスを抜くついでに靴下も脱いで、全てを点々と床に放り投げていく。
 すると、証拠を辿る警察犬みたいに、ゴールデンが一つ一つの衣服の匂いを嗅ぎながら少しずつ俺に近付いてきた。
 でも、俺自身の所へ来るのはまだ理性が邪魔してるのか、最後の所で唸りを上げながらグルグルその場を回って耐えている。
 ――あと俺が使えるのは下着だけ……。
 ベッドの上で太腿を開き、濡れている布の上から硬い竿を握る。
「ンッ……、は……」
 何度か擦ってシミを広げてからゴムに手を掛け、スルスルと足先に向けてボクサーパンツをずらした。
 ベッドのすぐ下にそれをそっと落として、全裸で横向きになって相手の反応を待つ。
 犬は匂いに操られるみたいに俺のパンツの捨ててある場所まで来て、濡れた部分にクンクンと鼻先を押し付け始めた。
 もう、手が届く場所にいる……。
 柔らかい毛に覆われた首筋にそっと指先を触れさせると、長い舌がベロベロと俺の指を舐め始めた。
 嬉しい……拒絶されなかった。
「はぁっ……もっと……」
 堪らない感触に幸福感を味わいながら、一度手を引いて自分の股間に手を伸ばす。
 鈴口から溢れてる甘い匂いのする体液を掬い、また彼の口元に持って行って舐めさせた。
 ビチャビチャ水音を響かせて舐めさせているうちに、長い毛の生えた前脚がベッドの上に乗ってくる。
 あぁ、後もう少しで……。
 もうエロいこと以外何も考えられない。
 どうしたらこのゴールデンと交尾出来るのか、それだけが俺の意識を支配して全てを操る。
 犬の唾液でべっとりと濡れた指で、俺は自分の乳首をなぶり始めた。
「……ここっ、すっげぇ気持ちいいんだ、最近……。……犬塚さんが教えてくれてから、ずっと触ってる……」
 充血して恥ずかしいほど勃ってるその場所を自分でつまみ、先端を強めに揉む。
「はぁ……っ、ほら見て、発情期んときに触りすぎて、おっぱいの先っぽの皮膚、荒れちゃってんの……」
 綺麗な黒い目が俺の胸をじいっと見てる。呼吸音が激しくなって、やがて――ギシイッと音を立て、でかい犬の四肢全体が俺の体を上から覆うように乗って来た。
「嬉しい……やっと来てくれた……」
 毛並みに指を埋め、首筋を抱き締めて垂れ耳の中に囁く。
「いっぱいじゃれて遊ぼう……?」
 犬の腹側にふっさりと生えてる毛が、俺の全身の上側をフワフワとくすぐる。
 堪らなく気持ちよくて、腰を浮かせてそれに股間を押し付けた。
 毛の鞘がめくれて剥き出された長くて赤黒いモノにも俺のが当たって、その熱にビクリとなる。
「ガチガチに勃ってんね……辛い……?」
 わざと擦り合わせるように腰を揺らすと、本能的に犬が腰を激しく振り始めた。
「ンァ……っ! こら、まだだめ……」
 身を捩って制止し、首筋を撫でて落ち着ける。
「たくさんイチャイチャしてぇから、ゆっくりしよ……な……?」
 俺は唇を彼の口元に近づけると、舌を伸ばして、牙と牙の間に差し込んだ。
 舌と舌を触れさせて、キスするみたいに。
 すると誘われるみたいに相手も舌を出して俺の唇を舐め始めた。
「ふふっ……嬉しい……なぁ、他んとこも……」
 ねだると、犬舌が少しずつ下がって色んな気持ちいい所をネトネト這い回る。
「あーっ……、ペロペロされんのイイ……っ、好き……っ」
 顔や首筋をべちょべちょにされて、やらしい声が止まんなくなる。
 脇の下の毛にも鼻突っ込まれて匂い嗅がれながらザラザラ舐められて、恥ずかし過ぎるのに女の子みたいな声が出た。
「そこぉっ……、すげぇ感じる……っ」
 身体を仰け反らせながら、舐めて欲しい所に犬の頭を誘導していく。
「ンッ……、オッパイもっ、舐めて……?」
 乳首を差し出すように手の平で胸筋の下あたりをグッと抑えると、薄い舌がヌルヌルそこを集中的に責め始めて、それだけでイキそうになった。
「んぁア……! やばぃくらいクる……っ、変になる……っ」
 自分で触んのとは全然違う白熱する刺激に、やらせときながら後悔する。
 無理ってなってうつ伏せになろうとすると、ググッと前脚が体重かけて来てそれを許してくれず、もう片方の乳首も執拗になぶり倒された。
 快感が許容量オーバーして、悲鳴みたいな声が止められない。
「あーっ、……もっ、許して、そこっ、皮膚薄くなってっからっ……ひぃっ」
 最後には興奮した相手にオッパイの色が付いて膨らんでる辺りをガジッと甘噛みされて、情けない悲鳴が喉から漏れた。
「ったぁ……! ダメだって、噛んだら取れちゃうだろぉ……!? 悪い子……っ」
 仕返しとばかりに相手の股座に手を伸ばして、赤黒いちんぽを優しく握る。
 他人の……っていうか、犬のチンコなんてマトモに触ったの初めてだけど、獣人モノアダルト動画とかで見てたせいか、思ったより違和感ない。
「舐めるだけ……な……?」
 指で輪を作ってゆっくり扱きながら耳元に囁くと、キュウンと可愛い鳴き声が上がった。
  しばらく毛並みにキスを繰り返しながら相手のをゆっくり手コキし続ける。
 だんだん先端からネトネトした体液が溢れて指にくっついてきて、思わず微笑んだ。
「……俺の指で感じちゃった……?」
 わざと指先を唇に持って行って舐め取ってみせると、塩っぽい味がする。
 その手もすぐに長い舌で沢山ペロペロされて、指の間までベトベトになった。
「はぁ……っ」
 俺は膝で犬の身体を挟むように両脚をM字に開き、唾液でグチョグチョに濡れた指先を下ろして自分の後ろの穴を撫でた。
 襞がヒクヒク震えてて、中から溢れ出た体液で濡れそぼってる。
 身体を丸めて興味津々にそこを覗き込もうとする可愛い顔に、思わず笑みがこぼれた。
「最近さぁ、ここがすっげぇ濡れんの……犬塚さんも言ってたけど、俺の身体エッチなんかな……?」
 指先を浅く入れてツプツプとかき混ぜて遊び始めると、犬の身体が俺の上でグルンと方向を変えた。
「わぶ……」
 口ん中に後ろ足が入りそうになって避ける。
 毛足の長い尾が額を撫でて、俺の顔が跨がれた。
「何……ッあ……、ン……ッ」
 ビチョビチョの俺の尻の間に鼻先が突っ込まれて、薄くてざらっとする長い舌がピチャピチャ水音をたてて狭いとこをいやらしく舐め回し始める。
「あーっ、も……っと……」
 指を突っ込むのをやめ、自分で膝を胸に付く程抱え上げて相手が舐めやすい体勢を取る。
 目の前をチンコがブラブラしてたので、お返しって感じで俺も舌で掬うみたいにして舐め始めた。
 フェラなんて初めてなのに、匂い立つ獣臭とやらしい味に興奮して、俺まで犬になったみたいな気分になる。
 慣れないなりに懸命にしゃぶり続けながら、お尻も口も同時に触れ合ってるのが気持ちよくて、嬉しくてウットリと目を閉じた。
 あったかい大きな舌が、濡れそぼった尻の表面を這って、タマを転がして、さっき用を足したばっかのちんこの先も容赦なくねろねろと繰り返し愛撫してくる。
 こんな恥ずかしい場所まで舐めてもらうようなセックスした事ないし、気持ち良すぎるのと甘い罪悪感で身体の震えが止まらない。
「ふっ……くぅっ……」
 ちんぽの先の穴とか、くびれをいっぱい舌先で擽られる度に何度も腰が跳ねた。
 同時に下腹に激しい絶頂感がせり上がってくる。
 俺は首を振って硬い犬ちんぽを離し、両脚を抱えた恥ずかしい格好のまま首を左右に振った。
「ふぁアッ、イッちゃう……先っぽペロペロするの気持ち良すぎていっちゃう……っ!」
 ビクッビクッと腰が痙攣して、全部ベトベトになってる下腹部にさらに精液が飛ぶ。
「はぁーっ、はぁぁっ……」
 腹に出たものも一杯舐めてもらって、夢心地でくたぁっとなりかけた時、犬の舌が容赦なく俺の鈴口の中に突っ込まれた。
「ふあアっ!? あッ、ちょっ!」
 そうか、精液にもフェロモンが濃く出てるから……。
「い、イッたばっかでそれはっ、ヒぁあっ!!」
 かなり深いところまでジュポォっと舌を突っ込まれて、強すぎる愛撫に目の前に火花が散る。
「もっ、無理ぃっ……、ゆ、許して、……!」
 俺は涙ぐみながら腰を捩り、四つ足の下で身体を反転させた。
 うつ伏せになってまだビクビクしてるチンコを守ると、諦めたみたいに犬が背中の上からベッドの後ろに一度よける。
 ところがすぐにくるっと頭の向きを変えて、今度はヌルヌルに濡れた無防備な尻の穴の方を舌で責め始めた。
 びっくりして尻が浮いたけど、どう避けようもなくそこに熱い感覚が入ってくる。
「あっ……アふ……っ」
 セックスではまだ使ったことがないはずのソコが柔らかく開いて、疼きながら舌を受け入れて悦ぶ。
「な、中まで……入って……ァア……っ、かき混ぜたら……っ」
 自分の拙い指で弄るのと全然違う……。深く舐めて奥まで愛してもらう程、ソコがグズグズに熱く蕩けていくのが分かった。
 なんで俺の穴こんな柔らかくなってんの。
 ここ、尻の穴じゃねぇの……?
 濡れて、ニュルニュルに柔らかくなって、こんなのって、……すっげぇ感じてるときの、女のコのアソコみてぇになってんじゃん……。
 じゅぷっと舌を突っ込まれるたびに奥がゾクゾク震えて、もっと深いところまでえぐって欲しくなる。
「はぁ……っ、あー……ッ」
 尻だけ高く上げてシーツにすがって、犬舌を締め付けるみたいに収縮を繰り返す。
「気持ちいい……尻ん中、とけちゃう……っ、あ……!?」
 中をジュルジュルと犯し続けてた舌が抜かれて、開きっぱなしのそこからトロォ……と体液と唾液が大量にこぼれ出た。
「なんでやめんの……なぁ、もっと……っ」
 あけすけに懇願する俺の背中に前脚がどっと乗ってくる。
 爪が脇に食い込んで痛みが走ると同時に、俺の蕩けきった尻の狭間に、先端の尖った熱い肉が強く押し付けられたのが分かった。
「あ……!」
 自分で望んだこととはいえ、メチャクチャに動揺した。好きなヒトとはいえ、俺、犬に犯されちゃう訳で。
 でも、熱の先端が俺の中にじゅぐ、と入り始めると、もう幸福感と充足感しか無くなって、雌犬になりきって自分からも尻を上げてヌルヌルの雄を受け入れた。
「ふぁ……入っちゃってる……俺ん中に、犬塚さんの……っ」
 切ないくらい嬉しくて堪らない。
 発情をどんなに自分で慰めても、こんな満足感はなかったってくらいに。
 ヤワヤワになっちまってるせいか痛みは少しだけで、根元まで突き刺されると、尻の奥でギュンと何かが疼くのが分かる。
「……っあ……」
 俺の、オメガの部分……。
 赤ちゃんが出来るところに届いてる。
 激しい幸福感に涙が溢れた。
 本能的な何か、なんだと思うけど。
 ――なんて、そんな処女喪失の感慨に浸ってたのも束の間、俺に乗っかってる毛皮の腰はすぐに情け容赦ない激しい動きを始めてくれた。
「あ――っ……!」
 人間じゃあり得ねぇくらいの激しいピストン運動に、俺の穴が凄まじい勢いで犯され始める。
 ちょ、俺処女……っ、もうちょい手加減とかできねぇの……!?
 一瞬発情のフワフワした気分も吹っ飛んだ。しかも、動いてる最中なのに既になんか、じょわぁって何か出てる感じするし……っ。
 でも、それがどんどん穴の中をなめらかにしてくれて、凄く気持ちよくなってくのには驚いた。
 激しくされても、全然痛くなったりしなくて、奥をズコズコ突かれる陶酔感だけが俺の中で膨らんでいく。
 背中には長い腹毛がザワザワ当たって、気持ち良くてあったかかくて、気が付けば何もかもどうでもいいくらい、エッチな律動に浸っていた。
「はぁっ、気持ちいよ……っ、犬塚さん、……どうしようお尻すげぇきもちいい……っ」
 あまりに激しく突かれてるせいで、俺の喘ぎ声まで変な感じに震えてる。
 そんな中で、少しずつ、柔らかくなった穴を拡げるように、突き立てられたものの根元が膨らんでくのを感じた。
「あっ……なんか、ヤバい……中、キツくなってる……っ?」
 以前犬塚さんのを見たときに、コブがあったのを思い出した。
 あれ、入れられてる……!?
 ちょっと焦り始めた時にはもうガッチリそこは固定された状態になってて、なのに小刻みな腰使いと中に精液注がれる勢いは止まらない。
 その内に腹の奥が何度か痙攣して、尻の中が勝手にキュウンと大きく収縮し始めた。
「……!? 何これ、なに……」
 経験したことのない、体の内側が順番にひっくり返るみたいな凄い快感がそこから巻き起こる。
 出されてる体液を吸い上げるような動きを繰り返しながら、身体がブワあっと浮き上がるみたいな長くて深い絶頂感が俺を包んだ。
 射精する時の何倍も気持ちよくて、後ろから受け入れたまま意識と感覚がメロメロになり、息も絶え絶えに喘ぐ。
 四つん這いでいることすらキツくなって斜めに崩れてしまって、俺の背中にしがみ付くみたいにしてた犬もひょいとシーツの上に降りた。
 とはいえ、下の方がまだガッチリ繋がってて、俺もまだヒクヒクしながらイキ続けてて、……しかも中ではまだ出されてる。
 相手は俺と繋がったまま静かに反対向いてシーツの上で身を伏せ、舌を見せてハッハッと呼吸しつつ動きを止めてしまった。
 俺は俺で、激しくて長いオーガズムがどうにか耐えられる範囲に収まるのを待ちながら、ぼーっと壁を見る。
 ……何か……よく考えると今、人間同士だとまずあり得ねぇようなおかしな状況な気がすんだけど……ダメだ、頭にモヤがかかってて何も考えられない。
 これ、いつまで続くんだろ……。
 犬の射精って長いんだな……。
 ってか、さっきのって俺、女みたいに入れられてイッたってこと……? 
 ちんぽ入れられるの、気持ち良かった。いや、まだ入ってるっちゃあ、入ってるけど。
 中メチャクチャに突いてもらうのも、死にそうなくらい感じた。
 けど、初めてでナカイキするとか、俺そんな淫乱だったのか……?
 オメガはみんなこうなんだろうか……。
 それとも……。大好きな犬塚さんだから……?
 中に入ってるのをまだキュンキュン締め付けながら、夢見心地で目を閉じる。
 思春期越えてからずーっと体のどっかにあった渇望感が、20年越しくらいでやっと全部満たされてくれた感じで、こうして不思議に繋がってるのもただただ幸福だった。
 発情で完全にアホになってる俺には、目の前のこと以外何一つ見えないから。
 ――数十分が過ぎて長い射精がようやく終わる頃には、俺はすっかりウトウトして、裸のままうずくまって眠り込む寸前になっていた。
 中を埋め続けて、まるでもう自分の一部みたいになってたのが抜かれた時には凄く寂しかったけど、足元に現れた誰かが、そこからこぼれ落ちた液体と一緒に身体を優しく拭ってくれて、凄く嬉しかった。
 そしてその少し後に……優しい手に腰を抱かれて新しい下着を着せられ、ベッドの下の方に溜まってた布団をちゃんと上に掛けて貰った気がする。
 最後には、あったかい腕にそっと抱きしめて貰って……天国にいるみたいな満ち足りた気分で眠りについた。
 その人の気持ちも、この後のことも、何一つ考えもせず……。



 翌朝、俺は人生で初めて味わうようなスッキリとした爽快感で目が覚めた。
 さて出勤すんぞ、とやる気マンマンで布団をはねのけて、見た事ねぇ新品のパンツ一丁の自分に目が点になる。
 しかも周囲はなんだか見慣れない部屋だし、病院みたいなベッドだしで、一瞬にして混乱に陥った。
 あれ? えーと……? 俺はなんでここにいるんでしたっけ。
 すっかり健忘症になっちまってるのを順を追って思い出す。
 お見合い失敗して、東京駅出て飲んで、勢いで歩きはじめて、……その後……。
「あっ……」
 凛々しい犬と可愛い犬の顔が交互に思い浮かんで震撼した。
 全身からざーっと血の気が引いていく。
 俺……。
 勝手に犬に発情した挙句、……助けてくれた犬塚さんを……無理矢理、発情期オナニーの道具みたいにしちまった……っ……。
 というか、フェロモンで、逆強姦……?
 確か強姦罪はヤられたのが女性とオメガしか適用されねぇから捕まりはしねぇだろうけど、一回終わらせた関係なのに発情したからってあんな風に誘うとか、そもそもそれが犯罪以上に人としてヤバい。
 ただ一目会いたかっただけだったのに……メチャメチャに発情してた時の俺、何考えてんだよ……。
 最悪過ぎて、正直死にたい……。
 けど、死んでもやっちまったもんは取り返せない。
 とにかくいなくなっちまった犬塚さん探して、謝るしか……。
 服を探してたら、枕元にスラックスとシャツとインナーがキレイに畳まれてるのに気付いた。
 なんか埃っぽいし、何よりフェロモン臭ぇけど、それしか着るもんがねぇから仕方なく高速で穿いていく。
 しかも今日何曜日だっけ……げ、月曜!?
 最後に羽織ったジャケットのポケットから電池死にかけのスマホを出したら、朝の四時だった。
 良かった、家帰って着替えたとしても出勤時間にはまだ余裕がある。
 犬塚さんを探して、土下座してからでも帰れるんじゃないか。
 いや、待てよ。
 そもそもよく考えるとあの犬……本当に……犬塚さんだったか……?
 俺は酔ってたし、発情もしてるし、何せもう最後に会ってから何ヶ月も経ってんのに、なんで犬塚さんだって確信できたんだ?
 そう思うとゾッとして恐ろしくなった。
 発情ヤバ過ぎて、単なるフツーの犬の顔が彼に見えただけかもしれない……?
 もしそうなら、俺が処女を捧げた相手は、犬……。
 いやいや、それはねぇよっ……。
 ……でも、いっそその方がいい気がしてきた。
 だって……俺、取り返しがつかないような事した。
 ――段々冷静になって来ると、色んなことを思い出す。
 助けてはくれたけど、彼は最後まで俺と距離を取ろうとしてた。名前呼んでも、うんともすんとも反応してくれなかったし。
 ずっと犬のままだったのは多分、……犬のふりをして、俺と話をしたくなかったからだ。
 それで、全部が終わって俺が寝落ちる時に感じた人の気配は、朦朧とはしてたけど……多分あれ、犬塚さんだったと思う。
 セックスの後で人間に戻って、俺に布団を被せて、この部屋を出て行った……?
 ベッドを立ち上がると、サイドボードに薬が残ってるのが目に入った。昨日俺は結局最後まで、わざとこれを飲まなかったんだ。それで、誘惑した……。抗えないって分かってて、一度は自分からサヨナラした犬塚さんを……。
 今のところ発情は完全に終わってるけど、俺は薬を握りしめてポケットに放り込んだ。
 自分のやったことの罪深さが、改めて重く身体にのしかかる。
 もしも犬塚さんがちゃんと言葉を話せる人間の姿だったら、あんな卑怯なこと俺、出来ただろうか。
 もしかしたら、婚活でもう、新しい恋人がいたかもしれないのに。
 もしそうだったら、俺……。
 彼が別の人といるのを想像して、申し訳ないってよりも寂しい気持ちが溢れて涙がこぼれ落ちた。
 あー……もう、頭の中グッチャグチャだ。
 何からどう手を付けたらいいのかわかんねぇ。
 でもとにかく、探さなくちゃってことだけは分かる。
 犬塚さんを……。
 涙を拭って歩き出す。
 休養室を出て階段を上り、俺は一階の受付に行った。
 昨日の人とは違う、金髪のお兄さんが制服着て座っている。
 その人の整った顔を見て、ここが犬塚さんの職場だと確信した。――この人、どう見ても犬塚さんの親族だ。確か、家族で会社やってるって言ってたもんな。
「すみません。昨日ここの地下で休ませて頂いた者です。お世話になりまして、有難うございました」
 声を掛けると、ハンサムな相手がニコッと朗らかに微笑んで頷く。
「昨日? ああ、緊急でいらしたオメガのお客さんですね」
 続いて、俺は畳み掛けるように訊ねた。
「あ、あのっ……昨日、俺をここまで連れて来てくれた犬は……っ」
 すると、目の前の警備員さんの顔から、スッと笑顔が消えた。
「昨日あなたをここに連れてきた犬、ですか?」
「はい。犬、というか、犬の格好したヒトです。あの人、犬塚渚さんだと思うんですが……その、連絡を取りたいんです……っ」
 必死に訴えると、相手は凄く辛そうな表情で首を振った。
「申し訳ございません。当社にはそのような人間は所属しておりません」
 ごくっと息を呑んだ。
「あ、あの、失礼ですが御社の名前聞いてもいいですか……」
「犬塚警備保障です」
 やっぱり、犬塚さんの会社だ。
「犬塚……。渚さん、ここで働いているはずじゃ……」
「申し訳ありませんが、お引き取り願えますか? そろそろ早朝勤務の人間も増えますので」
 こうまで言われてそれ以上粘る訳にもいかず、俺は最後に駅の方角だけ辛うじて聞いて、呆然と通用口を出た。
 多分、これって……わざと、だよな……。
 犬塚さん本人が、俺に会いたくなくて手を回したとしか思えない。
 頭、殴られたみたいなショックだ。
 俺、……完全に、犬塚さんに嫌われた。
 いや、犬のままで口も聞きたくないほど嫌われてたのが、顔も見たくないほどに変わったというか……とにかく、一目も会いたくないて程に。
 そりゃそうだよな……。もう何の縁も無い人間を親切で助けて、俺にうっかり近づいてあんな目にあったんだ。もう二度と接触禁止って、普通に思うよな。
 それを俺はまた、会って謝るとか……どんだけ考え甘いんだよ……。
 二度目の失恋をした気分だ。それも最初より悲惨なやつ……。天国から地獄に引きずり落とされた分だけ、この前よりもっと辛かった。
 止まんない涙をボロボロこぼして、でも声は上げないように、誰もいない早朝の街を俯きながら黙って歩き続けて、ふと……気付いた。
 このまんまだと俺、妊娠してしまうんじゃないかって事に。


 その日結局、俺は仕事を休んだ。
 病院に行くためだ。
 緊急避妊薬、アフターピルを処方してもらいに……。
 昨日なし崩しにあんなことになって、勿論避妊してなかったし、あれだけ中で出されたら俺、かなり高い確率で妊娠しちまうと思って。
 ――でも、心情的には行きたくなかった。
 もしあれで俺の身体の中に犬塚さんの赤ちゃんが来てくれんなら、それでもいいってくらいの気持ちだったから。
 だけど、それがどんなに甘い考えか、母子家庭で育った俺には何となく分かる訳で……。
 病院で、アフターピル下さいって言うのは流石に勇気がいることだった。
 いつも俺を見てくれてる掛かりつけの男の先生は平静な感じで受け止めてくれたけど、やっぱり心配はされたよな。「数ヶ月前に発情が乱れてましたよね。今でも続いていたんですか?」って。
 どう答えたらいいのかわからなかった。
 だって俺の発情が乱れる原因は全部ひとりのヒトが原因なわけで。
 ピルを出してもらって、説明を受けて飲んだ後、吐き気で立ち上がれなくて、午後から出るつもりだった仕事にも行けなくなった。
 受精卵の着床を阻害する薬……。
 病院のベッドで横になって休ませてもらいながら、出来ればもう、二度とこんなものは飲みたくないと思った。


 ――それから、また婚活始めようという決心がつくまでには、たっぷり2ヶ月は時間がかかった。
 自分の蒔いた種とはいえ、まあショックがデカかったんだ。あんなちょっと、相手に申し訳ない感じで処女も失っちまったし。
 でも、俺にとってはそれが結果的には有り難かったというか……お陰でようやく踏ん切りついたというかさ。
 男!ってことへのこだわりっつーのか、そういう、意味もなく後生大事に守ってきたもんをあの時失ってみて……それって、そんなに大事なもんでもなかったわ、って気付いて。
 ……心の底から思ったんだ。
 あの時みたいにかえってドツボにハマるくるいなら、男とか女とかに拘るのはやめようって……。
 そういう意味では、この際人類じゃなくてもいい。
 トラウマなんて贅沢なこと言ってられん。
 俺みたいなどうしようもないのは、誰でもウエルカムになんねーと多分、結婚できねぇわ。
 もう、何でも来やがれだ。
 いやむしろ俺が行く方か。
 ……若干ヤケクソ気味かと言われれば正にその通りだ。
 ヤケクソになってでも、もう終わったこと――犬塚さんのことを未練がましく考えるのをやめたかった。
 俺のしたことは消えないしチャラにしようなんて思わねぇけど、この思いを断ち切らないと、またどこかで彼に迷惑を掛ける事になるかも知れないから。
 その代わり……なんて言ったら失礼かもしれねーけど、念願の犬を飼おうと決意した。
 俺、落ち込んでる間にやっと人生最初の引越しの意志を固めたんだ。
 標的はペットオーケーの新築マンションだ。
 ……大人になってからいつの間にか、新しいこととか、今までと違うことをするのに極端に臆病になってた。
 俺が臆病じゃなかったら、婚活ももっと早くから始めてたし、夏美さんに対して自分から身を引くこともなかったし、犬塚さんとあんなに拗れることもなかったんだと思う。
 ……その後で、後悔することも……。
 いい加減、俺も変わりたい。
 いきなりガラッと性格変えんのは無理だから、せめて家庭環境から……?
 引っ越し物件の方はここ数日で大体固まったから、次は婚活を頑張る番だ。
 けどちょっと、こっちの方はもう俺一人でやるには限界かなと思う。
 そんなわけで、新生・鳩羽湊は、再びBLネット池袋支店の門を叩いた。
 あの人にもう一度会うために。


 アスファルトも煮えそうな夏真っ盛りの日曜日。
 BLネット池袋支社のパーテーションに仕切られた相談ブースの中で、俺はまたいつかのように蛇の目さんに泣きついた。
「蛇の目さ〜ん。俺、婚活行き詰まりました。しかも今月で34になっちまうし……どうしたらいいと思います?」
 蛇の目さんは相変わらずの貫禄で、対面の椅子から肩がはみ出る感じで座っている。
 丸テーブルを挟んで向かい合う俺は、さながら名医の前に出てきた患者だ。
「……鳩羽さん……」
 ピンクの上下スーツを身に付けた化粧した鬼瓦が、身を乗り出して鋭い視線で俺の全身を上から下までチェックする。
「……あなた、色気が出たわね」
「いっ!? いろけ!?」
 相談に行っていの一番にそんな反応が来るとは思っておらず、椅子からズリ落ちそうになった。
「ガードが、かった〜〜い感じだったのが、いい意味で隙が出たってことよ。……外見もまだまだ老けてないし、幾らでもチャンスはあります。――貴方にオススメなのは、一対一の条件マッチングよりもこれね」
 筋の発達した手がテーブルの上に置かれた透明なファイルをビャラッと開く。
 そこには数々の婚活パーティーのチラシが入っていた。
 医者限定とか、公務員限定とか、そんな謳い文句もチラッと見える。
「鳩羽さん。あなた、今はどういう条件でお相手を探してらっしゃるの」
「うーん……。しばらく女性って条件で探してたんですけど、うまくいかなくて……」
「そうでしょうね」
 そうでしょうね!?
 蛇の目さん、結構酷くね!?
 あなた俺のアドバイザーでしょ!?
「おっ、俺っ、前ほどワガママ言ってません。ちゃんと出産NGも外したんですよっ、偉くないっすか!?」
「そんなことは普通ですよ。あなた、産めるっていうのは婚活市場では強い武器なんですから、自分から捨てちゃうなんて勿体ないのよ」
「は、はぁ……。でも、中々、性格の合う人がいなくてですね……」
「鳩羽さんはそんな見た目と性格なのに、じつは引っ込み思案でらっしゃるものね」
 分かっていらっしゃる……。
「だけど、理想の家庭への憧れは強いから、自分の思い描くご結婚像に合わないようなお相手はダメなんでしょう?」
 どきっとした。
「は、はぁ……」
「従来の結婚の枠には当てはまらないような家庭を望むのが、オメガと結婚したいと思う女性達なのよ。でも、あなたはそうではない」
 そうか……。思い出すと、確かにそうだ。
 家事は絶対にしたくないとか、子供を産まずに仕事をして、その種も家庭外の男性に外注したい、みたいな考え方は、別に間違ってるわけじゃない。俺自身が無理だと思っただけで。
「……貴方にはきっと、あなたを引っ張ってくれるような直情的な方で、なおかつある程度古典的な家庭観念を持つ、男性の方が合っていると思うの。……前にご紹介したのも、そんな方だったわね?」
 コクンと頷いた。
 蛇の目さん、そこまで考えて俺に犬塚さんを紹介してくれたんだ……。
 しかも、あんな引く手あまたそうな人の初めての相手に、優先的に回してくれた訳で。
「すみません……犬塚さんのことは、全部俺が悪かったんです。ほんとは交際解消したくなかったけど、色々あって……」
 蛇の目さんの付けまつ毛に囲まれた瞳が一瞬、優しく光ったような気がした。
 けど、すぐにサバサバっとした口調で話しながら目の前のファイルをめくり始める。
「サヨナラした人のことなんて考えても仕方ないわ。鳩羽さんはお辛かったかもしれないけど、お陰であなた、どんなお相手となら合うのかが、ご自分でやっと分かったんでしょう? 凄い進歩じゃないですか。しっかり反省して、次に同じような人を見つけた時は絶対離さないのよ!」
「はい、師匠! 俺頑張ります!」
 拳を握って返事をする。
「あら〜、いい心意気じゃないの。じゃあ、そんな鳩羽さんにオススメのイベントを紹介するわ」
 蛇の目さんの太い指が、ファイルから一枚の紙を取り出した。
「獣人男性と、オメガ男女限定!の婚活パーティーよ」
 可愛い犬の絵が描いてあるチラシに思わず目が点になる。
「……獣人……パーティ……。そこ行かなきゃダメっすか……」
「犬獣人のような方がタイプなんでしょう。効率よく色んな人にお会いできるし、鳩羽さんみたいに容姿のいい人は強いわよ」
「……。わ、わかりました。婚活パーティー申し込みします」
 パーティとか俺の性格ではどうかと思うけど、アドバイスを求めた立場では今更文句は言いづらい。
「オーケーよ。申し込みはWEBからしてちょうだい。追加料金は五千円ね」
「了解っす」
 引っ越し近いのに月会費にプラスアルファの出費は痛ぇーけど、歳も食っちまったし四の五の言ってられんか。しかし蛇の目さん商売上手だなぁ。
「苦しいかもしれないけど、今この瞬間の頑張りがあなたの一生を変えるのよ。頑張って」
 まるでスポ根鬼コーチみたいな感じで蛇の目さんが俺の目を熱く見つめてくる。
「蛇の目さん……っ。有難うございます、俺頑張ります……!」
 宣言させて貰い、早速スマホを出して申し込みを始めた俺だった――。


 翌週日曜の夕方五時ごろ、俺は地元から電車を乗り継いで銀座の某デザイナーズビルへと向かった。
 とにかく初めての場所は迷いやすいから、かなり早めに行ったんだけど、銀座はタテヨコに大通りが複数走ってて、自分が今どの通りに居るのか分かんなくなりやすいんだよな。
 まあ、方向音痴の言い訳かもしれねぇけど……。
 日曜は歩行者天国になってる一番大きな通りに出て、目的のビルを探す。もうすぐ車が入ってくる時間なのか、警察がしきりに「そろそろ歩道に戻れ」とアナウンスをしていた。
 目的のオシャレなガラス張りビルに辿り着いたのは、開場の十五分前。
 黒と金で内装キンキラな感じのエレベーターに乗り、最上階パノラマラウンジに向かう。
 万が一を考えて、念の為に抑制剤を手前のトイレで服用してから受付に行くと、デスクの前がもう参加者の列で混雑していた。
 並んでしばらく順番待ちした後、スタッフさんに名前を言うと、「7」のナンバー入りのバッジと未記入のプロフィールカードを渡される。
「番号のお席にお着きになった後、プロフィールカードのご記入をお願いします」
 案内に頷いて中に入り、夕暮れ時の銀座を一望するやたら眺めのいい全面ガラスのラウンジで自分の席を探した。
 座席は壁際と窓際を囲むように四角く配置されていて、既に座ってる人達の様子を見る限り、獣人が内側で、オメガがテーブル挟んで外側という配置みたいだ。
 真ん中の空いたスペースには軽食が準備されていて、フリータイムに食べられるっぽい。
 俺もスーツだけど、来てる人はみんな場所相応に着飾っていた。
 獣人ぽい人は髪の毛の色とかが派手なので分かる。
 頭に生えてる耳からすると、大体犬とか猫だな。
 地方には馬とか羊の獣人とかもいるらしいけど、都会だからそんな感じなのかもしれない。
 やっばり俺は犬派かな〜。猫も捨てがたいけど。
 そういや、申し込みの説明の所には「獣人の方は人面人身でのご参加をお願いします」て書いてあった気がする。だからみんな普通に人間ぽいのか。
「失礼しまーす」
 自分の席を見つけて椅子を引くと、目の前にいた獣人の男性が声を掛けてくれた。
「こんにちは! 今日はよろしくお願いします」
 対面の席は、中肉中背のスポーツ刈りで顔立ちの整った、メチャクチャ爽やかな感じの好男子だ。髪の毛の色は金茶で、毛にサクッと指を入れたくなるような感じの三角の耳がピーンと頭から突き出している。
「こんにちはーこちらこそ宜しく……!」
 ナデナデしたい衝動に駆られながらテーブルの上の相手のプロフィールカードをチラッと見たら、柴犬の獣人だった。
 そりゃあ可愛いわ。洋犬もいいけど日本の犬もほんと捨てがたい。
 俺、引っ越したら飼うの柴犬にしようかなー。
 幸先の良いスタートを感じながら、座席についてプロフィールを書き始めた。
 氏名、鳩羽湊。
 年齢、34。性別男性、属性オメガ。
 住所……千葉県船橋市っと。学歴は大学卒、血液型O型、身長178センチ。職業は大学職員、勤務地は千代田区。年収はチェック式か。350〜500万にチェック。
 自分の性格……真面目だけど大雑把。
 趣味は……平日夜のジム通いと、料理とたまーに釣り、あと昔の洋楽。
 デートに行きたい場所は、広い公園。
 好きなタイプは……。
 そこで手が止まってしまった。犬塚さんのことが思い浮かんでしまって。
 もう考えねぇって決めたのに……。
 ――好きなタイプ、優しくて真面目な人。
 そこまで書き掛けた時に、上から声をかけられた。
「鳩羽、さん……?」
 聞き覚えのある、甘くて低い声にハッとする。
 ちょうど左斜め前の席に座ろうとしていた男性を見上げた。
 高級そうなスーツ姿に、金髪をウルフカットにした目の覚めるような美青年。
 見間違えるはずがない。犬塚さんだ。
 そのキラキラした空気を纏った姿を一目見ただけで心臓が飛び出すかと思った。
 うっそだろ……。蛇の目さん、まさかこれワザと?
 それとも、交際解消した相手とパーティで偶然会うとか、婚活あるある?
「あっ……あのっ……」
 声が震えて何も言葉が出てこない。
 謝りたいとはずっと思ってたけど、こんなとこで突然会うのは流石に気まずい……!
 しかも俺を見つめる犬塚さんの顔色は真っ青だ。
「……どういうことですか……? あの時、俺には女の子がいいって言ってましたよね……」
 声が震えている。
「そ、それは……」
 頭が真っ白すぎて、上手い言い訳が何も浮かばない。
「あの時、俺がどんな気持ちであなたの事を諦めたと思ってっ……」
 何とも答えられなくて俺は俯いた。
 そうだよな、犬塚さんにしてみたら、俺がここに居るのは裏切りだよな。
「その……最近、やっぱり男でもいいかなって……?」
 曖昧に答えて精一杯微笑むと、綺麗な白い顔に赤みが走った。
「そんな――いい加減なことを……っ」
 犬塚さんのプロフィールシートが大きな手のひらに握られてグシャグシャになっている。
「だ、大丈夫ですか? スタッフさん呼びますか?」
 俺と彼の間に入ってしまった形の柴犬君が凄いオロオロし始めた。
 犬塚さんはハッとして、だけど席には座らず、俺の側に回って来て強い力で腕を掴んで来た。
「ちょっと、来て」
 有無を言わさないその語調に、頷かない訳には行かず、俺は自分のプロフィールシートをテーブルに放ったまま席を立ち、会場の外廊下へ連れ出された。
「ちょっ、もうすぐ始まっちまうけど、パーティ……っ」
 言ってはみたけど取り合っては貰えなかった。
 人気のない廊下に連れ出されて、消火栓のある端っこの壁に背中が付くほど追い詰められ、じっと睨まれる。
「――最近って、いつからなんですか」
「……そ、それは……。だから、ほんのつい最近から……?」
 犬塚さんが小さな耳を震わせた。
「ずっと婚活続けてたんですか」
「そ、そうだよ。休み休みだけど……何人も会ってみても、その、なんかうまくいかねぇし……」
「何人も……?」
 眉をしかめられて、俺は思わず言い返した。
「婚活中なら普通のことだろ……」
 すると、犬塚さんが低い声で呻くようにつぶやいた。
「すみません。もしかして……あなたが、遊び目的の人だったのかと思って」
意味が分からずに俺は首を傾げた。
「遊ぶ……?」
 彼とフリスビーで遊んだことくらいしか思い浮かばなくて戸惑う。
「最近こういうパーティで一緒になった人から注意として聞かされたんです。婚活中のオメガの人の中には、結婚よりもセックスが目的になってる人がいて、フェロモンで散々相手を弄んだ挙句、面倒になると適当なこと言って切るんだと……そんな事ある訳無いとその時は思いましたけど」
 なっ、何それっ。
 そんなヤツいんの……!?
 でもっ、俺は違う、俺はそんなことしねぇよ……!
 誰にもフェロモンなんか使ってない……犬塚さん、以外には……。
 ああ……でも確かに犬塚さんには、そんな風に見えるようなこと、しちまってるかもしれねぇ。
 2回目のデートから既にダダ漏れだったし、3回目に至っては……。
「ち、違うんだ、誤解だ。俺は……っ。そっ、それより、俺も聞きてえことがあるんだよっ。あの時助けてくれた犬、犬塚さんだろ……!? 俺、あの後、犬塚さん探したのに、警備員に追い返されてっ…」
 綺麗な顔立ちに、ふっと苦笑いが浮かんだ。
「……ちゃんと、覚えててくれたんですね」
 俺が忘れてんじゃないかぐらいの言い方をされて驚いた。
「俺、あなたに交際解消された後も……ずっとあなたのことを忘れられなかったんです。どうしてって思い続けて、夜も眠れなくなるくらいに」
 ハッとして俺は視線を上げた。
 苦しそうな彼の表情が、心に刺さる。
 俺が、ずっと彼を思い出して求めていたように、……犬塚さんも、俺のことを……?
「……そんな時にあなたがまた突然現れて。もしかして、俺に会いに来てくれたのかもって、期待したんです。でも、もし違ったらと思ったら怖くて、名乗れなかった。……それに鳩羽さん、凄く発情してて、きちんと話が出来そうに無かったし」
 心臓が苦しいほど高鳴る。
 あの時、俺は確かに、犬塚さんに会いに行ったんだ。
 行ったんだよ、犬塚さん――。
「でもあなたは、俺と話をしに来た訳じゃなかった。――あんな風に、単なる発情の相手に利用されるなんて……」
 その言葉に俺は呆然とした。
「貴方にとっては偶然の事故だったんだろうと思ったから、このまま知らないふりをしておいた方がいいのかと思ってましたけど……俺の方こそ、聞いてもいいなら聞きたいです。何故あげた薬を飲まずに、獣身で、ただでさえ理性の抑えの効かない俺に何故、あんなことをしたのか……」
「五分前です。席をお立ちの方は、そろそろお席についてください」
 背後から、マイクでアナウンスする司会の人の声が聞こえる。
 ――ああ、どうしよう。何から話せばいいのか分からない。
「犬塚さん、あの時……俺を好きでいてくれたんだ……?」
 涙出そうになるのを堪えながら、やっとそれだけ聞く。
 そのことだけは嬉しかった。サヨナラしてもずっと、俺ばっかり彼のことを考えてると思ってたから。
「俺も、あの時……」
 やっと言いかけた時、被さるように聞かされた彼の言葉は、俺を絶望させるものだった。
「ええ。――でも今は……。正直、あなたに振り回されすぎてもう、疲れました。――離れたり無理矢理誘惑したり、言う事もやる事もコロコロ変えて、人を弄んで……どうして平気でそんな事が出来るのか、俺には全然理解できない」
 冷たく見えるほど綺麗な顔に、文字通り、氷みたいな表情が浮かんでいた。
 一瞬希望を持ちかけたのに、目の前でそれが失われていく。
 そうだよな。もう、今更だよな……。
 俺のしたことが許される訳がなかった。――本当は好きだったから、なんて今更言っても、こんなに怒ってる犬塚さんには……きっと信じて貰えない。
「ごめん……。弄ぶようなことをして本当に悪かった……。今日はたまたま会っちまったけど、この先は犬塚さんにはもう二度と関わらないようにする。だからもう勘弁してくれ……」
 もし、あの時ちゃんと薬を飲んでいれば。
 俺がオメガフェロモンでなくて、言葉で彼を引き止めていれば……。
 今頃、違う「今」があったのかもしれない。
 けど、もう遅い……。
 この人の心に反してでも全てを手に入れたかった俺のせいで、せっかく俺に向けてくれてた温かい好意まで失っちまった。
「……っ、俺が言いたいのは……」
 辛そうな顔で犬塚さんが言いかけた時、彼の肩を後ろからぐいと誰かが押した。
「何、出会って早々痴話喧嘩? そろそろ時間だよ、早く席に着きなよ」
 雪のような真っ白い髪を長く腰まで伸ばした、異様な雰囲気を持つ獣人がそこに立っている。
 顔立ちは美形を通り越して妖艶で、しかも目の色が左右で違う。左がサファイアブルーで、右が琥珀色で、瞳孔が糸のように細い猫目だ。
 ファッションが、他の人みたいにスーツじゃなくて普通の黒デニムに透かしみたいな派手な花模様の入ったジャケットで、明らかに堅気じゃねえ感じの……頭に生えてる内側がピンクの耳からすると……猫?
「……っ、また、後で」
 言い残して、犬塚さんが身を翻してホールに戻って行く。
「大丈夫?」
 白猫の男にいきなり背中を抱かれてゾワッとした。
 この人、アルファだな……。最近、何となくカンで分かるようになってしまった。
「大丈夫です、心配なく」
 本当は今すぐ帰りたいぐらいの気分だけど、こういうのは一人抜けるとあぶれる人が出て迷惑になりそうで、踏ん切りが付かない。
 猫はニヤッと笑って片目をつぶった。
「アイツとトラブってんでしょ。スタッフに言えば、回転寿司する時にスキップして貰えるから、言っといてあげんね」
 回転寿司?
 何のことかよく分からないけど、取り敢えず頷いた。
 男に連れられるようにして戻ったけど、匂いを嗅がれるみたいに妙に馴れ馴れしく顔を近づけられて、何だか不快だった。
 少なくとも今は、最悪に落ち込んでるし、あんまり変に近いのはちょっと……。
 白猫はスタッフさんに何事か話した後、大分遠い席に戻って行くのが見えて、少し安心した。
 左右のオメガの女性に会釈しつつ俺も席に着く。
 見回すと、オメガ側は綺麗なドレスで着飾った長い髪の女性ばかりだ。
 何だか俺、浮いてんな……と今更気付いた。
 マイクを通して女性司会者のアナウンスが始まる。
「それではこれから、獣人の方が時計回りに移動しながら、毎回前後のお二人でプロフィールシートを交換して頂きまして、二分間ずつ全ての組み合わせで自己紹介タイムをしたいと思います。お相手様の特徴や、お話しした内容については机の真ん中に置かれている第一印象チェックシートをお一人様一枚ずつお取り頂き、そちらの方にメモをお願いいたします」
 ――時計回りに移動しながら全員と話す?
 ぼんやりしながら聞いていて、さっきの「回転寿司」という単語を思い出した。
 このことか……。
 時計回りなら、犬塚さんはだんだん離れていくばかりで、鉢合わせる機会は最後の最後ということになる。
 少しほっとして、俺は身が入らないながら目の前の柴犬君とプロフィールカードを交換した。
 うっ。職業プロサッカー選手……。
 獣人てすげーな。もしかしてみんな軒並みこんな感じなんだろうか。
「職業すげーっすねー……ふつうにアナウンサーとかと結婚できそうじゃないですか」
「いやー、全くそんなことないです。二部ですし、年収もそのプロフの通りであんまり……浮き沈みのある職業ですしねー」
 当たり障りのない会話してると、あっという間に二分になってしまう。
 沈んでる時にこんなこと全員とやるのは結構疲れるぞ。やっぱり帰りゃ良かったか。
「それでは獣人の方、お席の移動をお願い致します」
 ガタガタと音を立てて、内側に座っている獣人達が移動してゆく。
 俺の目の前に来たのは、最初斜め右に座っていた無口そうな中年男性だ。
「えーと、はじめまして……」
「……」
 うっ、今度の相手は無愛想だな。
 プロフィールを覗くと、寿司職人のブルドッグだった。
 うーん、納得。
「お寿司、いいですよねぇ……俺、サーモンが好きで……」
 早く終われと思いながら無理矢理、話をしていく。
 ――そんな不毛なことを入れ替わり立ち替わり、総勢20人くらいのヒトと話しただろうか――。
 会話した感じ、獣人達はみんな、見た目や嗅覚、身体能力の高さを生かす職業に就いてる人が多かった。
 収入面はバラバラ。警察犬として働いてる公務員のシェパードの男性とか、自衛隊のドーベルマンも、見た目はメチャクチャカッコよかったけど、年収とかは常識の範疇だ。
 平和のために命張ってるのになぁ……。
 俺はもう犬塚さんショックで積極的に行くような気力もなくて、チェックシートへのメモもろくに取らなかったから、年収とかの数字ばっかり印象に残ってるのがなんか申し訳ない……。
 そして途中、あの白猫とペアになった時は随分絡まれた。
「俺ねぇ、猫井ねこいつかさって言うんだ。メインクーンの白猫で、身長生かしてモデルやってんのよ。でもそろそろ引退してコタツで丸くなる生活がしたくてさー……養ってくれるいい感じの嫁さん探してるところなんだよねぇ」
 派手な見た目と似合わないまさかの専業主夫願望だったけど、何だか猫らしくて虚しい笑いが出た。
「湊さんは凄くイイよね。ほら、周りの子、みんな肉食系で金持ちアルファ狙ってガツガツ来る感じじゃん。俺ねぇ、そういうマッタリしてねぇーの疲れちゃうの」
「俺だって、金持ちアルファ狙ってる人かも知れねぇけど?」
 ヤケクソな相槌を打ってたら、オッドアイが細まって、囁くみたいに小声で言われた。
「あは……ほんとその逃げるとこカワイー。そのキレーな肌に爪立てて捕まえてみたいよねぇ」
 テーブルに出された手の、縦にスリットが入っている指先からシャキンと一瞬爪が出てきて、ギョッとした。
「俺は養ってあげられるほど年収ねぇから、ゴメンね」
 そう言ってやんわり遠ざけたけど、相手はニヤニヤ笑ったままだった。
 ……俺の言ったことちゃんと伝わったんか……?
 そして、最後に犬塚さんの番が来た瞬間、スタッフさんが飛んできて彼を会場外にサーッと連れ出してしまった。
 多分白猫の猫井が何か言ってくれたせいだと思う。
 それで、俺は最後の二分間はボンヤリしたまま、自己紹介タイムが終わりになってしまった。
 終了の合図とともに、アナウンスが流れる。
「それでは今度は、机の中央にあります『第一印象カード』をお取り下さい。自己紹介で気になった方、お話ししやすかった方、必ず三人以上の方の番号に丸を付けてスタッフにご提出ください」
 な、何だって……!
 うーん、誰に付けりゃ良いんだよ。
 取り敢えず、絶対カップルにならなさそうなので行っとくか……。
 ほぼ喋らなかったブルドッグと、まずカップルになり得ない犬塚さんと、あとは……なんとなく、男より女の子の方が好きそうな空気だった柴犬くんにしとこう。
 適当に丸を付けてると、斜め前に犬塚さんが帰ってきた。
 うう……怖くてそっちの方を向けない。どんな顔してるかも分からない。
 何で俺こんな場所に来ちまったんだ。
 一瞬蛇の目さん恨み掛けたけど、完全に俺の自業自得だった。
 カードが複数のスタッフに次々に回収され、流れるようにイベントが進んで行く。
「それでは、フリートークタイムを始めたいと思います。第一印象カードの集計結果、つまりどなたがご自分に好意を抱いているかという結果カードを、後ほどスタッフの方から皆様に順番にお渡ししていきます」
 ざわっと声が上がり、会場のボルテージが上がり始める。
 ってか、さっき丸した紙、結果が本人に渡されちまうの!?
 犬塚さんて書くんじゃなかった……関わらないって言ったそばからアプローチってどんなヤツだよおい。
 周りでは次々とみんなが席を立って、狙いを定めた人に向かって右往左往し始めている。
 俺はといえば……立ち上がる気力もなく席に沈んだままだ。
 犬塚さんはスタッフの人に呼ばれて結果カードを取りに行ったようだった。
 エリートだし好青年だから、一番人気ぐらいなんじゃねえの。
 なんかもう、そういうの見てんのも辛い……。
 俯いたままやる気のない俺の視界に、派手な透かしの入った黒ジャケットの模様が飛び込んだ。
「何か食べる?」
 囲みテーブルの中央の軽食コーナーから、適当に見繕って盛ったらしき皿が目の前に突き出される。
 顔を上げると、透き通るような肌と白髪の、長身の猫獣人がニッと微笑んでいた。
 俺が静かに首を振ると、猫はテーブルに皿を置き、目の前の席に座って来た。
 吸い込まれるようなブルーと金の瞳……。
 真っ直ぐに見合ってしまうと、催眠術にかかったように頭がぼんやりとするのが分かった。
 そういや、さっきからなんか顔が熱い……。
「ねぇ、湊さんは触ったことある? 長毛種の猫。犬なんかよりずっと触り心地のいい、絹みたいな毛並みでさぁ……」
 その人の顔が目の前で変わって行く。
 口の両端がすうっと裂けて、鼻がピンク色になり、顔にホワホワした毛が生えて、妖艶な人間から可愛らしい猫へと。
 俺の手にその指が触れた。
 密生した白い毛の生えたその指の内側に、滑らかで柔らかな肉球がすべる、極上の感触が伝わる。
 ここで獣面になるのはダメなんじゃなかったか……?
 だけど、この手……やばいくらい癒される……。
「科学的にも犬より猫の方が、撫でた時に出る癒しのホルモンが多いって言われてんだよ」
 可愛い猫顔に小首を傾げられて、思わずトローンとなる。
 ついつい手の平の中をそっと撫でると、猫はグルグル喉を鳴らし始めた。
「肉球も毛並みも触り放題、あったかくて柔らかくて良い匂いで、鳴き声もうるさくない。ブラッシングはして欲しいけど、犬みたいに面倒な散歩はいらない……夜は丸くなって毎晩一緒に眠る……そんな生活、どう?」
 手がギュッと握られて、引き上げるように椅子から立たされた。
 見上げると相手の顔は既に人間に戻っている。
 そのまま腕を引かれ、ラウンジの外に連れ出される勢いで歩かされて、流石の俺もハッと理性を取り戻して抵抗した。
「ちょっ……まだパーティは終わってないだろ。どこ連れてくんだよ」
「いい感じのオメガが見つかったんなら最後まで付き合う義理はないかなぁって……? それに早く試させてあげたくてね。俺のフワッフワの毛並み」
 なっ。どこでどうやってだ!?
「それ、どういう意味……」
 単に、な、ナデナデさせてくれるのか……!?
 いやいや、危ねぇよ。まさにこいつが犬塚さんも言ってたような、セックス目当ての遊び人て奴かもしれねぇじゃん。アルファだけど。
 でも、さっきの猫顔、真っ白くてモッフモフでお目々キラキラで凄く可愛かった。
 普段は犬派だけど……なんかもう今、心ボロボロだから正直癒されてぇんだよな……。
 心身なにもかも婚活で消費し切って疲れ切ったし……人肌恋しいし。
 犬塚さんにはいい加減な遊び人疑惑を掛けられるし……。
 いっそもう、一回ぐらいほんとに遊び人オメガになっちまうか?
 ――って、俺、何考えてんだ。頭がさっきからおかしいぞ。
 何でこんなユルユルになってんだ……!?
「あは……匂い、きつくなったね。自分で気付いてない? さっきから、ちょっとずつだけど、フェロモンダダ漏れだよ」
 耳元で白猫に囁かれてギョッとした。
 抑制剤飲んでも、フェロモンが漏れる……。
 原因は一つしかない。
 さっき、犬塚さんに近付いたからだ。
「初めて声かけた時も思ったけど、湊さんの匂いってさぁ、他のオメガに比べても格別だよねぇ。控えめで、スズランみたい。なのにエッロくて、無理やり服引き裂いてメッチャクチャにしたくなる感じ」
 腰を無理矢理に抱かれ、俺の意志なんかお構いない感じで強引に引き寄せられる。
 そのまま受付の前を通り過ぎ、廊下に連れ出された。
 足が、勝手に動く。抵抗出来ない……身体に熱がこもって辛い。
 猫井がオッドアイで紅潮する俺の顔を覗き込む。
「あれ? なんか、もう我慢できなさそうな、やーらしい顔してるね……」
 違う、お前のせいでこうなってんじゃねーよ……!
「離、せ……トイレ行くから……」
 早く、早く抑制剤を飲まなくちゃ。
 このあぶねー猫に、一体何されるか分かんねぇ。
「ついてってあげようか……? 足元辛いでしょ、手伝ってあげるよ……色々と、ね」
 バッカヤロー!! この痴漢猫っ!!
 って、叫びたいのに叫べない。
 触れられてるところが熱くて、ジンジンする……。
 目の前の猫の少し意地悪そうな顔がキラキラして見えてきた。
 有無を言わさないアルファのオーラが俺を圧倒する。
 ――こんなヤツ絶対、身体目的なのに。
「離してくれ……お前は、嫌……だ……」
 力が入らないのを良いことに、廊下の壁に身体を押し付けられた。
 猫井の手が横にあるエレベーターのボタンを素早く押し、すぐにその手で俺の髪やうなじにいやらしく触れてくる。
 イヤなのにゾクゾクと性感が下半身に駆け抜けて、下着の中が濡れる感触が広がった。
「そういうとこ、男オメガってほんと可愛いよね……変にプライドあってさぁ」
 鋭い小さな牙の生えた唇がキスせんばかりに近付いてくる。
 ――もう、どうにでもなれ……、と目蓋を閉じて諦めかけた瞬間だった。
「フギャーッ!」
 顔の前で何とも言えない凄い悲鳴が上がった。
 水掛けられた野良猫みたいな鳴き声だな、と思って目を開けたら、文字通り目の前の猫男がびしょ濡れになっている。
 猫井は茫然自失で目をカッと開き、両手を天井に向けてワナワナ震えていた。
「おっ、俺の服……っ! 俺の毛並みが……っ、ぬ、ぬ、濡れ……っ!!」
「失礼、手が滑ってしまって」
 横から割り込むようにして大胆かつ高圧的な感じに声を掛けてきたのは、まさかの人だった。
 綺麗な金髪と、がっちりした体格を包むスーツ……。それに、冷たいくらい整った美貌。
 見間違えようがない。犬塚さんだ。
 その大きな手が、猫の濡れた真っ白な長髪をぐいと掴み、俺の前から引き離す。
「盛りのついた猫がいるようだったのでつい」
 空のワイングラスをもう片方の手に持っているその様子からして、滑ったというより意図的にぶっかけたとしか思えない。
「フギャッ! やめろ、濡れた手で髪を掴むな! ゾワッとする!」
 上がった金切り声で、スタッフの人が受付から駆けつけて来る。
「お客様! トラブルですか!? 乱暴は困ります!」
「いえ、このヒトに偶然水がかかってしまって」
 しれっと犬塚さんが隣を見た。
 猫井は半狂乱になって床にうずくまり、モフモフの猫顔になって身体についた水をしきりに舌で拭っている。
「フーッ、俺の毛並が汚れた……! もう嫌だ、もう何もかも嫌んなった! 俺はウチに帰る……っ」
 自分の身体が濡れるのが極端に嫌なのか、俺のことも、自分を濡らした犯人の犬塚さんの事すらも眼中に入ってない感じだ。
 猫、濡れんの嫌いだもんな……。
 てかこの人、毎日風呂とか一体どうしてんだろう……。
 犬塚さんは平然とスタッフの人にグラスを渡して返すと、俺の腕を掴んで言い放った。
「不注意とは言えすっかりご迷惑を掛けてしまったので、俺とこの人は、申し訳ありませんが途中退席します」
 えっ。途中退席……俺と!?
 驚きすぎて声も出ない。
 慌てるスタッフの人たちを尻目に、猫井の呼んだエレベーターに犬塚さんが身を翻し、俺の身体も一緒に中に引きずり込まれた。
 後ろで扉が閉まった後も、ドッドッと早まる心臓の鼓動が鳴り止まない。
 その内に、目の前の彼がはーっと大きな溜息をつき、顔を隠すように両手で額を抑えて俯いた。
「信じられない……。あんな人前で、恥ずかしげもなくフェロモンでアルファを誘うなんて……」
 その言葉の意味がすぐには腑に落ちなかったけど、エレベーターが下がっていく内に意味が分かり、身体中から血の気が引いた。
 ――俺があいつを、わざと、フェロモンで誘ったと……思われてる……!?
 胸の奥底に初めて、相手に対するこらえようの無い激しい感情が沸々と生まれた。
 俺のフェロモンがどうやっても止まんねぇの、誰のせいだよ…!
 全部全部、アンタのせいなのに……!!
「悪いかよ……身体がしたがるんだから、しょうがねぇだろ……!」
 俺は狭いエレベーターの中でダンと壁を叩き、犬塚さんに正面から迫った。
 スーツの首元のネクタイを掴み、精一杯睨みつける。
 身長差があるから全然凄めてねぇけど……。
「何しろ俺はいい加減なオメガだからさ……! フェロモンでしかマトモに相手してもらえねーんだよ。今度は別に犬塚さん誘った訳じゃねえだろ!?」
 一度終わったもんに、更に引導を渡すような言葉がベラベラと俺の口から溢れ出る。
「それとも何? ……また犬塚さんが相手してくれんの?」
 逆ギレもいいとこだ。発情と怒り、両方で理性が全部吹っ飛んでる。
 そんな俺の視線を、真っ直ぐな瞳が受け止めた。
「そうやって俺をまた、あなたの慰めに利用するんですか?」
 そんな風に返されて、大声で泣いてしまいたい気分になった。アンタが好きなだけなのにって。
 けど、俺にそんな資格はねぇから、必死で堪えて首を振る。
「しねぇよ……っ。もう二度と関わらねぇって言っただろ……。冗談だよ……」
 やっとそれだけ言って、結び目の伸びたネクタイを離した。
 後ろでエレベーターの扉が開く。
 黙って先に外に出ながら、俺、BLネットを退会しよう、と思った。
 ここで別れた後、もう二度と……余りにも好きすぎる、この人に会わないように。
 でも、最後に……ちゃんと、覚えておきたい。
 大人になってから初めて、切ないぐらい好きになれた人の顔を……。
 ドアの外から振り向いてじっと目を合わせる。
 じゃあなと、別れを告げようとした時だった。
「いいですよ。あなたにちゃんとした相手が見つかるまで、あなたと遊ぶ、犬になってあげます。今度は、俺の意志で」
 中から出て来た彼に手首を掴まれてそんな風に声を掛けられ、ただただ驚いた。
 この人、何言ってんだろう。
 腕を無意識にもぎはなそうとするけど、硬く握られた指が俺を離さない。
「俺もあなたと離れてから一度も婚活うまくいってないし、あなたの体、良かったから俺も楽しめますし。でもその代わり、もう獣人を弄ぶのはやめて下さい」
 怒ってるような焦ってるような、紅潮した彼の顔をじっと見つめる。
 喉から、引き攣ったみたいな笑いが漏れた。
「何、犬塚さんらしくねぇこと言ってんの……」
 真面目で、誠実で、そんな言葉を絵に描いたみたいな男だった癖に。
 俺が酷いこといっぱいしたせいでスレちゃった?
 それとも、フェロモンでおかしくなっちゃった?
 全部俺のせいなのかな。
 でも、断ってあげられねえよ。
 俺は誠実でもなんでもねぇし、犬塚さんのこと大好きだから……。
「いいの……? 俺また、犬塚さんのこと犯すけど」
 我慢してたのが全部はち切れて、俺のスーツの色んな隙間からぶわあっと匂いが立つのが分かった。
 薬なんてほんと意味がない……この人の前でだけは。
「近くのホテルを探すから、少しそれ、我慢して……」
 息を切らしながら手の平をこっちへ向けて俺を押し留め、犬塚さんがスーツのポケットからスマホを取り出す。
 すっごく辛そうな顔が悲しくて愛おしい。
 こんな関係になりたかった訳じゃねえし、苦しくてたまんないのに、……俺は嬉しいんだ。
 さっきの言葉だって、どこまでがこの人の意志か分からない。俺の発情が終わったら、きっとこの人また、操られて自分の意志を踏み躙られたって怒り出すかもな。
 そむけた顔に涙が溢れた。
 こんな方法でしかこの人を手に入れられない自分が痛くて苦しい。
 消えてしまいたいくらいに。



 犬塚さんが部屋を取ってくれたのは、銀座にある外資系の高級そうなホテルだった。
 独創的なデザインのエントランスホールに入った途端、高い天井にから吊りさがった無数のLEDライトを散りばめたシャンデリアに目が眩む。
 チェックインが済むと、俺たちは他の客と顔を合わさずに済む専用エレベーターのある通路に案内された。
 余りにも高そうなホテルで、発情でグラグラしながらも、後で金がちゃんと払えるか心配になる。
 俺なんか元彼女とも、イベントの時以外は新宿あたりの安いラブホテルしか入ったことないってのに……遊び相手にこの待遇って……ほんと住む世界が違う。
 薄暗い暖色の照明の灯る狭い空間の扉が閉まった途端、強い力で抱き寄せられて荒々しく唇を奪われた。
 キスなんてして貰えるなんて思ってなかったから、身体中の血流が全部おかしくなって、心臓も壊れそうで、もうそれだけで欲情し過ぎて死ぬかと思った。
 必死に彼の腕にすがり付いて、泣きそうになりながら昂ぶる身体を擦り付けて、舌を絡め返して、全身で訴えた。
 欲しい、欲しい、犬塚さんが欲しいよ、もう待てない。
 何度も何度も諦めようとしたのに、駄目だったんだ俺。
 ごめんな、こんなこと、本当にごめん……。
「……ッン、……ぅふ……っ」
 窒息しそうなくらい喉の奥まで舌で犯されて、その感触が記憶の底から蘇る。
 初めてキスしてくれた時、そんだけでイクくらい気持ち良くて、凄く嬉しくて堪らなかった……。
 あの時からもう、俺の身体はこの人の事が欲しくて堪らなかったんだ。
「はぁっ、濡れちゃう……から……キスは……やばい……っ……」
 立ってられなくて、ズルズル壁に背中擦りながら崩れ落ちる。
「もう濡らしてるの? 前? 後ろ……?」
 聞かれながら、脇の下に腕入れて子供みたいに支えて持ち上げられて、口の端からよだれ溢れてるのを舌で舐め取られた。
「両方……」
 すがるみたいに犬塚さんの綺麗な目を見上げる。
「淫乱だね、湊……」
「……っ、ァ……」
 耳元であの時みたいに名前で呼ばれて、それだけで軽くイッてしまった。
 瞬く間に下着の中がグチョグチョになって、何が何だか、頭が真っ白になる。
 キスされたり名前で呼ばれたり、なんで、どうしてこんな恋人みたいなことしてくれんのか、……嬉しくて苦しくて訳がわからない。
 エレベーターが止まると、殆ど抱かれるみたいにして箱を降りて、目の前にある扉がカードキーで開く。
 真っ暗な部屋に入って、その部屋の広さとか、向こうに見えてる夜景の見事さとか――そんなのに感動してる暇は、一切与えられなかった。
 噛み付くみたいにキスしながら、閉じたドアに押し付けられてジャケットの襟をはたくみたいに乱暴に脱がされる。
 反転した服で腕の自由が利かなくなり、もどかしくて自分でもそれを床に抜き捨てる。
 結び目に指入れて自分でネクタイを解く間に、犬塚さんがボタン二、三個飛んじゃいそうな勢いでシャツを剥いてくれて、興奮で益々息が上がった。
 俺のこと欲しがってくれてるように感じられて、錯覚でも泣きそうに嬉しい。
「はぁっ、ぁっ……っ」
 エッチな期待で呼吸困難になりながらシャツを落として下着の裾を捲る。
 その上で、犬塚さんが形のいい唇で俺の耳に触れてきて、自分のとは思えない甘い声が喉から溢れた。
「……んふぁ……! 犬塚さぁん……っ」
 チュクチュクいやらしい音立てながら長い舌で穴を奥まで舐められたり耳朶を強めに吸われて、泣き声みたいな喘ぎが漏れる。
「あー……っ、はァ……っ、……っ」
 下半身ではベルトがカチャカチャ音立てながら解かれて、下着が張り付いて気持ち悪い程になってる下半身を露わにされた。
「凄い匂い……そんなに欲しいんだ……?」
 囁かれて、恥ずかしさに死にたくなる。
 俺だって好きでこんな事になってる訳じゃねぇんだよ。
 けど、今すぐにこの強い欲望を満たしたくて堪らない本能が俺を素直に頷かせる。
「欲しいよ、……犬塚さんのでっかいので……早くメチャクチャにされたい……っ」
 ズボンを脱ぎ落とし、インナーも頭を通して捨てて、下着に靴下と靴、みたいな間抜けな格好で犬塚さんの首筋に抱きつく。
 逞しい両腕が俺の尻をぐんと持ち上げた。
 子供を抱っこするみたいにされて頭が天井に近くなる。
 犬塚さんはそのままベッドに向かって歩きながら、俺の裸の胸の上でキュンとしこった乳首を舌で舐め始めた。
「ァッ、はぁア……っ、それっ、……やば、」
 不意打ちの激しい性感にずり落ちそうになりながら、広くて大きなダブルベッドのすぐ横まで連れて行かれる。
 おっ、男同士なのにダブルの部屋を取ってくれたのか……っ。
 それを見たら急に恥ずかしくなって理性が戻り、俺は胸から引き剥がすみたいに犬塚さんの金髪を掴んだ。
「な、なぁ、待って、その、シャワーとか……っ?」
「湊のお尻から出てるやらしい匂い、もっと嗅ぎたいからダメだよ……」
 破廉恥な理由で断られて、ずくんっと下半身が疼いた。
「なっ、何言って……っ、っあ」
 ばふ、と肌触りのいいベッドカバーの上に背中を下される。
 下着一枚のまま息をはずませて見上げると、目の前で犬塚さんがスーツのジャケットを背後のソファに掛け、俺が乱したままだったネクタイを取り去っていた。
 手伝いたくてベッドを軋ませて身を起こし、自分の靴と靴下を床に捨て、膝で立ちながらシャツを脱ぐのに手を貸す。
 彼がインナーを脱ぐ間に指でベルトを外して、窮屈そうなスラックスの前立てを開けてあげると、やばい程大きくなってる部分がクッキリ下着を押し上げてて、その匂いと形にうっとりした。
 これ、俺にくれるの? ホントに……?
 指の腹でそこを優しく撫で回すみたいにして視線で訴えると、見惚れるくらい綺麗に筋肉の付いた腕で抱きしめられて、ベッドの上に再び押し倒された。
 膝頭がシーツに付くほど両脚を開かされて、ドロドロになった下着に犬塚さんが顔を近づけて来る。
 ちょっ、そのキレイな美青年顔で嗅がれんのは流石に抵抗が……っ。
 開いた口が下着の上から俺の濡れて張ってる場所を食んできて、布越しに唇と大きな舌の温かみが伝わってくる。
 恥ずかしいし申し訳ないのに、もっとして欲しくて焦れる。
「苦いね……ここ、何も触ってないのに一回イッた?」
 聞かれて、涙ぐみながら黙って小さく頷いた。
「さっき……キスの時イッた……」
 名前呼ばれただけで、なんて言えない。
 下着の尻側に手を入れるみたいにしてウエストが玉の辺りに来るまで引っぱり脱がされ、その影からネトネトになってる後ろの穴を触られる。
 布の上から敏感な先端に牙を優しく立てて甘噛みするみたいに擦られながら、徐々に深い場所に指先が潜り込んできた。
「……だからここ、柔らかいんだ?」
「ぁ……ゥ、……くぅっ……、両方は……っ、ま、またイくからぁ……っ、あぁっ……」
 ズニュ、と奥まで突っ込まれて、そのまま中を揺らすみたいに掻き混ぜられて、自分でも尻浮かせて穴周りの肉で指をキュウキュウするのが止められない。
「ゆび、きもちい……っ、ぁはァ……っ」
 何でこんなに優しくされてんだろ……。
 犬の時みたいに、ちょっと舐めて、そんで一回挿れてくれるだけで俺、十分幸せなのに。
 こんな風に大事に気持ちよくされたら、涙出るし、犬塚さん以外の人に二度と抱かれたくなくなる……。
 それともなんか、手の込んだ仕返しなのかな……。
「どんどん溢れてる……。やらしい体……」
 ぬるぅっと指を抜かれて、糸引くくらい濡れてるのを鼻先に持ってこられて見せ付けられる。
 犬塚さんの舌が目の前でそれを美味しそうに舐め取って、羞恥と罪悪感で気が狂うかと思った。
 やめて、やめてくれ。
 可愛くて清潔な犬塚さんが汚れる。でも凄くそれが興奮して、いけないくらいドキドキする……。
 彼はまた俺の股間に顔を埋め、下着を歯で噛んで脱がし始めた。
 最後の布を取られて、とうとう俺の全部が暴かれる。
 ツユが溢れてヒクヒクしながら誘ってる恥ずかしい場所をまた指を入れて確かめられながら、陰毛に鼻埋めるみたいに匂いを嗅がれ、グチョグチョに濡れた茎を執拗に大きな舌がいやらしく舐め上げた。
「ひアぁ……!! むり、そんなの……また……っ!!」
 数回舐め回されただけで下腹が震え、白濁がまたびゅくっと漏れて、綺麗な顔立ちが俺の体液で汚れてく。
 もう見ていられなくて、ハアハアしながら思わず聞いた。
「っァ……、い、犬塚さん、なんでその顔のまんまなの……っ」
 ふっと彼が初めて笑った。
「人間でいないとフェロモン効きすぎて訳分からなくなるし、――心を読まれたくないから」
 そう言われて、傷が疼くみたいに胸が痛くなった。
 彼にとって、綺麗で整った人間の顔は仮面と同じようなものなんだろうか。
 仮面を被ってるとき、犬塚さんの心はどこに仕舞われてんだろう……。
 寂しい……。
 と一瞬感じたけど、イッたばかりの敏感すぎる性器を舌で掃除するみたいにしつこく舐められて、次第にそれどころじゃなくなった。
「ンあぁッ……! それっ、おかしくなる、から……!」
 鈴口に舌先突っ込まれながらズチュッズチュッと指の動きも激しくされて、尻の中が勝手に痙攣し始める。
「ひぁ! ……っハあァっ……、――ッ」
 強引に前も後ろも絶頂に連れてかれて、涙と涎が溢れて止まらない。
 しつこい亀頭責めで真っ赤に充血した粘膜に更に血流が集まってきて、気持ちいいを超えて痛いぐらいのレベルになってるのに、まだやめて貰えずに叫ぶ。
「ふぐぅっ……ゆ、許し、もっ、離して……こ、壊れる、ちんぽっ、壊れるからァッ……!!」
 最後はジュポジュポ先端を激しく吸われて、尿道にむず痒さがせり上がってきた。
 ちんぽの中身が全部おかしくなったみたいにパクパクしたかと思うと、刺激が限界を超えて、ブシャァッと何かが勢いよく吹き出す。
 何これ、何なんだっ……!
 射精とかとは違う感覚なのに、止められない感じで水っぽいものが俺のちんぽから吹き出る。
 それをなんでか、犬塚さんが嬉々としてベロベロ舐めて、飲んで……。
「ンァあーっ! ひッ、はアぁッ……!」
 俺、女のコみたいに潮吹かされてる……!?
 多分この後も一生思い出しちゃうような、人生で初めて味わう脳みそに刻み込まれるみたいなキツい快楽を延々と味わわされ、俺は泣きじゃくりながら何度も連続してイキまくった。
 余りに余韻の強い絶頂に、貧血で意識を失う寸前みたいに視界がチカチカする。
 指で弄られてるお尻の穴も力入んなくなってユルユルになり、中からトロトロがいっぱい溢れてくる感覚がした。
 前後不覚になってまな板の上の魚みたいにビクビクしてる俺の体に、優しい柔らかいキスが慈雨のように降って、また涙が出た……。
 痛みと愛おしさで胸が溢れてしんどい。
 どうにか呼吸を整えながら見上げると、犬塚さんが俺の中から指を抜いて、濡れた前髪をかきあげながら身体を起こした。
 長い睫毛を伏せた綺麗な目に見つめられる。
「柔らかくなったね……。そろそろ挿れていい? ゴム取って来るけど……」
 俺は反射的に首を振っていた。
 ――これが最後かもしれないって思ったら、一滴でも自分の中にこの人を残して欲しくて、必死で訴える。
「このまま挿れて……中で、出して……欲しい」
 犬塚さんが無言でベッドに膝立ち、肩で息をしながら前の開いたスラックスを下着ごと脚から抜く。
 俺のなんかよりずっと立派なアルファの雄を目の前に見せられて、無意識に甘い溜息が漏れた。
「犬塚さん……」
 涙ぐんだ目で精一杯微笑みかけて、自分で膝を抱える。
 穴空いたみたいに開きっぱなしで、トロトロに濡れて匂いが立ってる場所を見せ付けて、早く来てもらえるように。
 そんな俺の恥らいのない訴えかけに、彼の表情が一瞬暗くなった。
「……生でするの、好きなの?」
 ハッとした。……俺、やっぱ遊んでると思われてんだなって。
 緩く首を振って、囁いた。
「犬塚さんは、特別……」
 そう言ったら、挿れてくれるかな。
 賭けだったけど、無言でがっつくみたいに覆いかぶさってきてくれたから成功したみてぇだった。
 太腿の裏を両手で押さえ付けられて、濡れそぼった場所に熱い肉の杭をゆっくり打ち込まれていく。
 犬の時よりも先端がでっかくて苦しい。
 でも、いっぱい慣らしてくれたから痛みはそれほど無かった。
 奥の奥まで俺の尻の中が拡がってくのが分かる。
 処女貰ってもらった時、初めて味わったあの異様な充足感がまた俺を支配して、肉の圧迫に意識が恍惚となっていく。
 彼は堪えるように整った眉を寄せて、何度か息を吐き、やがて根元まで俺の中に埋めてくれた。
「っは……ぁ、うれしい……犬塚さん……」
 内側を締めてそれを抱きしめて、泣きながら笑いかける。
 その言葉が合図になって、奥に擦り付けるみたいにチンポがズンズン俺の中を突き始めた。
「ァはぁ……っ、深いぃ……っ」
 またっ、子宮の入り口に当たってる……感じする。
 痛いような気持ちいいような衝撃が走り、突かれるたんびにヒッて息が漏れた。
 俺の臍から下の全神経がソコに集中して、紅く爛れた粘膜が収縮する。
 犬塚さんの腰の動きはどんどん大胆な感じになって、大きく引き抜かれて押し込まれると、ジュポッジュポッといやらしい音が響いた。
「く……ゥん……っ、はぁっ、いい……っ」
 犬の時の小刻みに突かれるのも良かったけど、人間のカリ高のちんぽでいっぱい動いてもらえるのも、身体の中抉り出されるみたいで堪らない。
「なぁ、もっと……激しくしていいから……俺ん中でイくまでして……っ」
 犬塚さんの腰に脚を絡めて、両腕を伸ばす。
「っく……っ、そんな煽って……っ、どうなっても知らないよ……っ。湊の中溢れるまでまた出すけど、いいの……? 妊娠はしなくても、体調は崩すかも……」
 内側をじわあっと締めながら、俺は頷いた。
「ン……っ、いい……。あのな……もしも……もしもだけど、赤ちゃん出来ちまったら、そしたら俺、産んでいい……?」
「またそんな事を……っ」
 煽ってるだけだと思われたのか、俺の中をいっぱいに満たしてるモノが益々デカくなった。
「他の男にもそんな可愛いこと言って誘ってんの……っ!?」
 ズブン!と激しく突き込まれて、下腹と尻が打ち付けられる音の速度が半端ない感じの容赦のない責めが始まる。
「そんなことっ、してな……っ、ふァあ……っ、激しい……、奥、いっぱい突かれんの、すき……っ、犬塚さぁん、……ごめ、俺また……っ、イきそう……ッ」
 びしょ濡れの尻がブルブル揺れるぐらい激しく出し入れされて、嬉しくて気持ちよくて淫乱みたいな言葉が止まんない。
「……渚って呼んで、湊」
 ちょっと辛そうな顔でいつかみたいにそう言ってくれて、俺は大きく頷いた。
 恋人ごっこしてくれるの、痛いけど嬉しいよ……。
「渚、……あ……! イクっ……奥に出して……っ」
 ぎゅうぅっと中が締まった俺の中で、犬塚さんがビクビク痙攣して、ドクッ、ドクッと俺の中に大量の精液が注ぎ込まれてゆく。
 その子宮の奥まで直接いっぱいにされるみたいなヤバい感覚に、白眼剥きそうな感じで俺はずっとイキ続けた。
 しかも、俺の中ヌチュッヌチュッと擦って出し切った後も、入ってるモノは全然萎えてなくて。
 何だろ、若さなのかなぁ。
 俺のちんぽはもうカラで、辛うじて勃起はしてるけどナカイキだと精液は出ねぇっぽい。
 カラダ、女のコに変えられちゃった気分……。
 ひくひくしながら休んでると、繋がったまんま背中抱き起こされて、今度は対面で膝に乗せられるみたいな格好になった。
「ン、……ぐぅ……っ」
 自分の体重で奥までデカいのが刺さって腹が苦しい。
 喘ぐように顔を上げたら、唇を重ねて口付けされた。
 舌を絡ませながら、イッたばっかりで敏感な身体を撫でるみたいに触られていく。
 精液たくさん注がれてトプトプしてる下腹や、臍の溝や、脇腹、背中、首筋……どこ触られても全身が性感帯になったみたいにビクビクして、尻がキュンキュン締まった。
 でも、乳首を両方ともコリコリ触られると、流石に唇外れるくらい声が出てしまう。
「んふァあ……っ!」
 二つの突起を引っ張られてフニフニ指で潰すみたいにされて、そのたんびに腰が跳ねて、入れられてる場所がむず痒くなっていく。
 動いてもらえないのが焦れるみたいな感じに……。
 その内に俺は犬塚さんの膝の上で、ゆるっゆるっと尻を上下させて、自分で中を擦るようになってしまった。
「ンッ、尻の中ムズムズする……っ、これ、どうしたら……っ」
 すがるように相手を見たけど、意地悪するみたいに乳首だけを摘まれる。
 それっ、されると奥がムズムズするの止まらねぇんだってば……っ。
「ウぁ……っ!はぁっ、我慢できな……ふっ、」
「好きにしていいよ……湊の気持ちいいように」
 言われて、とうとう俺は犬塚さんの身体を押し倒し、彼の腰の上で我を忘れた感じで激しく腰を振り立て始めた。
 中が出されたものでヌルヌルして、滑り良くて凄ぇイイ……。ズチュズチュエロい音が立って耳も犯されて、繋がったままもう二度と離したくないってくらい快楽に溺れる。
 充血してユラユラしてるちんぽを扱かれたり、乳首に爪立てられたりすると、あっという間に高まってもう何も考えられなくなった。
「気持ちいい……っ、これ好き……っ、渚、くはぁ……っ」
 暫く動いて俺がまたイキ始めると、今度は相手がベッドのスプリングを軋ませながら腰を使い始めた。
 俺はもうてっぺん近くまで昇り詰めてるからそろそろやめたかったのに、それを許して貰えなくて、喉から高い悲鳴が溢れる。
「あひ……ぃっ! 狂っちゃう、俺、アァぁ……ッ!! 壊れる、はァぁっ……!」
 痙攣する俺の下腹に、また新しく精液がドポドポ流し込まれる。
 幸福感でじんと下半身が痺れて、それ以上は言葉にならずに獣みたいな喘ぎ声出しながら、出されるものを奥を絡みつかせてキュウキュウ吸い取った。
「んン……ッ……気持ちい……っ」
 犬塚さんの体の上に倒れこんで、涙ぐみながら優しい目を見つめる。
「……。ごめんね、俺――……一晩中、離してあげられないかも……」
 強い腕で抱きしめられ、まだ萎えない物で揺らされ続けながら、俺は堪らない幸福感で微笑み、頷いた。


 ――そして……俺は犬塚さんと朝方近くまでエッチなことし続けて、最後は殆ど気絶するみたいに眠りについた――らしい。
 しかも、次に起きたのはホテルの通常チェックアウトの寸前くらいの時間で。
 寝過ぎた! って勢いで真っ青になって飛び起きて、全身のダルさに呻いた。
 今日仕事じゃなかったか……っ!?
 でもよく考えたら、婚活パーティーで相当疲れるだろうと思って、俺、土曜勤務の分の振休を月曜に入れてたんだ。
 良かったぁ、と思ってハッと広いベッドの隣見たら、誰も居なかった。
 金色の犬毛が二、三本落ちてただけで。
 備え付けの机の上を見たら書き置きがあった。
 ――仕事に行きます。支払いの時チェックアウトを夕方の五時まで延長しておくので、ゆっくり休んで下さい。
 ……て書いてある下に、携帯らしき電話番号。
 うわぁ、金銭的なことも含め色んな意味で凄ぇ申し訳ない……。
 それにしても、この電話番号はどういう意味なんだ?
 以前はメッセージアプリのIDは交換してたけど、電話番号は知らなかったもんな。
 また俺と連絡取りたいってこと……?
 電話、しろって?
 少なくとも、そういうことだよな。
 それに気付いたらなんだか、涙が止まらなくなった。
 安心したというか……少なくとも、昨日のあれは俺のフェロモンにやられてただけって訳じゃなかったんだなと思って。
 でも、……このまま犬塚さんと半端な関係続けたとしたら、一体どうなっちまうんだろう?
 俺のことって、遊びなんだよな……?
 婚活うまくいってないって言ってたな。
 俺に相手が見つかるまで、とは言ってたけど、自分のことは何も言ってなかった。
 もしかして……もう、婚活やめんのか?
 そしたら、犬塚さん、夏美さんと結婚することになるんじゃ……。
 もしそうなったら、まさかの愛人コース!?
 イヤイヤイヤ、そりゃ無理だわ!
 色々申し訳なさすぎるし夏美さんには噛み殺されるだろうし、社会的に抹殺もされるだろうし、絶っっ対に無理。
 じゃあ俺、どうするよ……?
 多分このまま婚活続けても、どう考えても犬塚さんのこと引きずるし、いつかこの番号に連絡してしまって、また同じこと繰り返して破滅する自分が見える。
 布団の中に手を入れて、まだ違和感のある腹の辺りに手をあてた。
 昨日いっぱい中出しされたせいか、不思議と下腹があったかい感じがする……。
 顔を上げて、全裸のまま俺はベッドをゆっくり降りた。
 濡れたものが太腿を伝って少し顔をしかめながら、それでも裸足で白いカーテンの引かれた大きな窓の近くへ歩いていく。
 ……布の隙間から、沢山のビルの立て込んだ都会の景色を見下ろした。
 結構な高層ホテルなので、真下の道を行き交う車や、遠くの線路を行き交う電車や新幹線がまるでオモチャみたいだ。
 自分があの中に居ても、きっと芥子粒みたいな感じだろうな。
 ……そう思うと、広くて大きな世界に一人くらい、普通とは少し外れた選択をする人間がいたっていいんじゃないか、って気がした。
 今までの人生……お袋を喜ばせたい、楽させたい一心で、受験も就活もごく真面目にこなしてきたんだ、俺……。
 無茶したことも、心配させるような反抗をしたこともなくて、オメガってこと以外はごく普通に生きてきたと思う。
 公立上がりで真面目に勉強してそこそこいい大学に入れたし、就職難を乗り越えて手にした職はキツすぎず緩すぎずで給料もそこそこだし、概ね優等生的に生きてこれた。
 そんで、ちゃんとした家庭も持とうと思って、三年半かけて今までと同じくらい婚活も真面目にやったけど……どうも俺には、理想の結婚だけは無理っぽい。
 それなら……俺のこれからの人生は……。

 取り敢えず、犬が居ても大丈夫な家に引っ越すところから始めようか――。

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