理想の結婚


 結果的に言うと、貰った電話番号は財布の中にお守りみたいに大事に入れたまんま、連絡することは結局無かった。
 というのも、直後から俺の人生はジェットコースターに乗せられたみたいな事になっちまったから。
 あの後、まず俺は遅い夏休みを1週間とって、初日にBLネットに退会届けを出しに行った。
 お礼を言いに行った蛇の目さんにはあの手この手で引き止められた。「お休みしてる間は会費のかからない休会制度もあるのよ」なんて言われて。
 そこはちょっとゴメンナサイしたけど。
 そして次の日から、人生初の楽しい引越しで大忙し。
 いざ荷造りを始めたら、34年分の思い出の整理がとにかく大変でさ。
 アルバムや、小さい頃俺が描いた絵や、一昔前のデザインの、子供時代のよそ行きの洋服やら……襖の奥から出てきた色んなもんを、お袋と一緒に全部引っ張り出して、笑ったり懐かしんだりして。
 そんな過去のものを一つ一つ、捨てられねぇもんは段ボールの中にしまって、他はスマホで写真に収めてからどんどんゴミ袋に入れていった。
 ついでに、場所を取ってた古くてデカイ洋服ダンスなんかも処分した! 今度の家は何と言っても、憧れのクローゼットがあるからな。
 そうして可能な限り身軽になっていくと、どんどん気持ちが新しく前向きになって行くのが分かった。
 もっと早く、決断するべきだったんだろうな。
 ――全てが終わり、半生を世話になったガランとした家を去る時は、今まで背負ってた重いもんから一気に解き放たれたような気分だった。
 もう俺は、誰もいないあのアパートに帰れねぇ夢を見て、怯えることもないんだと思う。
 そして、新築の新居に入り、スッキリした気分で秋を迎えた頃――。
 俺、突然、物凄い風邪を引いたんだ。
 今まで、体調崩しても鼻が出るくらいで滅多に熱をださねぇ俺が、そこまで寒くないはずの職場でガタガタ震える程になってさ。
 更に、なんか変なんだ。周りの空気が全部自分を拒否してんのかってくらい物凄く臭うようになって、そのせいで酷い吐き気が止まらなくなった。
 流石にそこまでになったら俺も、心当たりに気付いた。
 掛かりつけの医師に見てもらいにすぐ病院に行って、症状と、最後の発情期、性交の有無まで全部聞かれた挙句、尿検査受けて、診察室に呼び出されて――いつもの中年の男の先生は、やっぱり顔に動揺を出すこともなく、「妊娠されてますね」と言った。
 ――特には、驚かなかった。
 アフターピル飲まなかった時点でそういう覚悟はしてたんだ。
 むしろ、発情してる時にすると本当に妊娠するもんなんだな、……と感心したぐらい。
 その後は、診察台の上でとんでもない場所にエコー検査の機械突っ込まれて、色々調べられた。
 子宮外妊娠とかじゃなく、順調ですよと告げられて、不安な中でも少しホッとした。
 ――けど診察の最後に、相手が人類じゃないってことをポロっと言ったら、初めて先生は顔色変えるくらい物凄く動揺して。
 すぐさま、大学病院への紹介状を書いてくれた。
 どうやら獣人の子を人間が生むっていうのはかなり珍しい事なんだそうで、万全の医療体制が整備されてる所でしか受け入れてくれない上、妊娠期間が普通より短くて、分娩予約を入れるのがまた至難の技なんだそうだ。
 産科医が減ってる現状、俺のようなのはほっとくと飛び込み出産になり易いんだと。
 認識甘かったなぁと反省しつつ、酷い体調不良に耐えながらもその大病院での次の検診を待つことにした。
 ところがその後、俺の悪阻は更に悪化してしまって、ついには水も飲めなくなって倒れ――結局、俺は紹介された病院にそのまま入院した。
 しかも、犬獣人の平均的な妊娠期間はたったの80日なんだそうで。人間の俺が獣人ハーフの出産までどの位かかるかは、エコー検査で頻繁に様子見しつつ、神のみぞ知るって感じらしく……。
 正直なんてこったと思った。
 職場には取り敢えず診断書提出して、今までに溜めた休暇を消化させて貰ったけど……。
 しかも、何と試練はそれだけじゃ終わらずで。
 その後も切迫早産疑いでまた入院させられたり、ちょっと語れないぐらい壮絶な経験の末――妊娠発覚して3ヶ月後には俺、いつのまにかパパになっていた。
 いや、産んだって意味ではママなのかもしれんけど……。



 ――初めての子育てにお袋と一緒に悪戦苦闘してる間に、季節はいつのまにか、犬塚さんと初めて出会った春先になっていた。
 世間的な目からすると、今俺は二匹のゴールデンレトリバーの子犬の飼い主だ。
 ご近所さんにも、犬の散歩が日課の無職の怪しいオッサンだと思われている。
 産んでから、二人きりだった家族はすっかり賑やかになった。
 それにしても、まさか見事に双子が産まれるとはな……。
 イケペディアに書いてあった通りじゃねーか。
 あの時はまさか俺が産むことになるなんて思いもしてなかったけど。
 しかも獣人の子は産まれるのも早けりゃ成長も半端なく早くて、もう普通にコロコロ走ってるから驚きだ。
 ただし、人間ぽいところがさっぱり見当たらねぇのがなぁ。
 犬塚さんも「3歳まで犬で育つ」みたいなこと言ってたけど、この子達もそんな感じなのかもしれない。
 今のところ俺の遺伝子どこ行っちまったのかサッパリなあたり、獣人の遺伝子どんだけ強いんだよと思う。
 時々、本当に自分が産んだんだっけ? って気分になるよ。
 ちなみに性別は両方男の子で、名前は、みさきわたる
 まぁ、まだ本人達も自分の名前分かってんのか謎だけど。
 ――子供の頃から夢に見た子犬との生活は、想像以上に大変だった。
 純粋に犬って訳でもないもんだから、とにかくどこにも育児マニュアルがねぇんだ。ミルクのやり方や配合も離乳も、一々獣人医に相談するしかなくてな。
 出産で消耗し切った身体に睡眠不足が重なって、いっときノイローゼにもなった。
 救いは発情期が全く来なくなったことぐらいだ。
 どうも子供に乳やってる間は子育てに専念するように身体が出来てるらしい。
 そういや、自分の体から母乳的なもんが出た時はすごい衝撃を受けた。胸真っ平らで殆ど出ねぇし、双子には全然足りねぇからほぼミルクだけど。
 俺の乳首はこのためにあったのか!?て34年目にして驚愕したわ。
 時々噛みちぎられそうになるのが難点。
 そんな感じで身体面は驚愕と困惑と苦痛の連続だったが、普通に犬飼う時と違って産休の間は給料出るし、育児休暇中も給付金が出るし、金銭的な面は本当に助かった。
 そうそう、それに、孫が出来ると知ったお袋が、すっかり元気な婆さんになっちまったのも嬉しい誤算だった。
 以前はしょっちゅう色んな所悪くして病院通いしてたのに、人間の「気の持ちよう」ってやつは凄いもんだ。
 引っ越して環境変わったのも良かったのかもしれない。
 新しい住まいは浦安で、いつか犬塚さんとフリスビーした葛東臨海公園駅までは自転車で行ける距離なんだ。
 場所としては前よりかはちょっとばかり不便だけど、通勤時間はそんなに変わらねぇし、伸び伸び運動させてやれるからここで良かったなって思う。
 何より、新築の賃貸マンションだし。

みさきわたる、公園行くぞー」
 ――前の家よりもちょっとだけ広い、綺麗な玄関から声を掛けると、いつか見た犬塚さんの小さい頃にそっくりな子犬が二匹、ピョコピョコ嬉しそうに尻尾振って廊下に出て来る。
 俺は毛玉みたいにムクムクした二人を右腕と左腕に抱っこして、いつものようにエレベーターに乗り、マンションの自転車置き場に降りて行った。
 荷台に固定したキャリーケースに二人を入れて、前かごには弁当とフリスビーの入ったリュックを置き、午前中のうららかな日差しを浴び、公園に向かってのんびり自転車を漕ぎだす。
 育児は大変だけど、最近は少し楽しむ余裕も出てきた。
 来月の保育園の申し込みは落ちたけど、そのうち当たれば働き出すから、こんなにゆったり暮らせるのはきっと休暇中の今だけだろうな。
 婚活してる間ずっと心の中に焦りがあったけど、子供産んだら俺の人生までリセットされたみたいになって、今は始まったばっかりの旅路に立っているような、そんな清々しさを感じる。
 ある意味では、本当にそうなのかもしれねぇな。
 俺が自分の希望を誰にも相談することなく無理矢理押し通してしまったのは、この子達を産んだことで初めてだった。
 それが正しかったのかは分からない。
 いや、人生の選択に正しいも間違いも無いか……。
 ――駅前の駐輪場に着くと、俺は子供達に首輪とリードを付けて地面に降ろした。
 犬みたいにするのは気が引けるけど、まだ道理がわかんねぇから、命を守るためでもある。
 獣人の小さい子は仕方がないんだと獣人医が教えてくれた。
 それに、俺1人で2人を守るには、リードでもないと大変な事になるからな。
 そんな事情による「昼間っから犬散歩させてる怪しいオッサン」スタイルなんだけど――これが、しょっちゅう声掛けられるんだよな。「可愛いワンちゃんですねぇ」って。
 そしてやっぱり今日も、公園の入り口に入った途端、通りすがりの老婦人に声をかけられた。
「あら、可愛いワンちゃんだこと」
 いつもの事で、俺はニコッと笑って、それでも毅然と否定する。
「いえ、違うんですよ。この子達、俺が産んだ実の子供なんです。獣人ですけど」
 そうやって返すとまあ、大抵変な目で見られるよな。
 声掛けてくれた老婦人にもキョトンとされたけど、今の俺は全然平気だ。
 婦人を追い越して、いつかフリスビーをした芝生へ出る道よりも、少し手前で俺は右に曲がった。
 見事な桜並木が並ぶ通りがそこにあるんだ。休日になって花見の見物客で混み出す前に、ゆっくり見ておきたかった。
 気温が上がってきたからそろそろ開花だろうと目論んでいたら、やっぱり見事なくらいに桜は満開だった。
 薄紅色の花が無数に海風に揺れ、俺たちを歓迎する。
 子供達はすっかりはしゃいで、リードを引っ張りまくって先へ行こうとし始めた。
「こらこら。後で走らせてやるから」
 注意しながら、まるで夢を見ているような気持ちで視線を上げる。
 はらはらと落ちる花弁が美しい散歩道は、平日の午前中のせいか怖いほど人が居なくて、凄く贅沢な気分だ。
 俺はもう1人じゃなくて、本当に幸せで、満ち足りていた。……今までの人生では考えられなかったくらいに。
 だけど、思い出す。――犬塚さんのこと。
 もしも、普通に結婚してたら……って思う。
 でも、こんな勝手な事しといて……そんな妄想するのも申し訳ないよな。
 ちょっとばかり切なくなってたら、並木道の向こう側から犬の吠える声が聞こえてきた。
 向こうから俺とおんなじように、リードを引いて歩いて来る人の姿がちらっと見える。
 しかも、連れてる犬種はゴールデンレトリバーみたいだ。うちのよりかは全然デカいけど、まだ子犬みたいで、成犬程の大きさはない。
 無意識に視線を奪われていると、その犬が空気の匂いを嗅いでこっちに気付き、飼い主さんを振り切ったのか、一気にこっちに向かって駆けてきた。
 おっと、異様にフレンドリーだな!?
 以前犬を犬塚さんと勘違いした時のこと思い出すなぁ、あの勢い。
 でもちょっと怖かったので、警戒して俺は一瞬しゃがみ、子供2人を胸の中に抱きかかえた。
 向こうから走ってきた方の子犬は、金色の毛をなびかせてあっという間に足元にやってくると、尻尾を振りながらピョンピョンと俺の周りで飛び跳ねる。
 うーん、なんだかこの犬見覚えがある気がする。
 顔がちょっと凛々しくて……。あの、橋の上で会った犬?
 でも、あれは成犬だったしなぁ。
 首を傾げながら記憶の棚を漁っている内に、飼い主さんが走ってきた。
「すみませーん!」
 相手は腰までありそうなフワフワした金髪を高い位置で二つ結びにした、目の覚めるような美少女だ。
 巨乳を強調した肩出しニットに、ミニスカートから伸びる長い脚が眩しくて、肌が陶磁器のように白い……。
 こっちのインパクト大の女の子の方がもっと見覚えあるぞ、と気づいた途端、俺は心底驚いて固まった。
 相手もこちらを目の前にしてしばらく考え込み、突如として俺を思い出したらしく、真っ青になる。
「やだ……っ、もしかして……っ!?」
「な……夏美さん!?」
 まさかの場所でのまさかの再会に、俺たちはお互いに狼狽しまくった。
 暴れる子供達を腕から落としそうになり、リードを握ったまま辛うじて地面に降ろす。
 相手の連れてる子犬の方は岬と航に近付いて、尻の匂いをクンクンと嗅ぎ、嬉しそうに舐めてじゃれ始めた。
 血が繋がった仲間だと、まるで分かってるみたいに――もう俺は、その犬が誰なのかも分かってしまった。犬塚さんのマンションに俺がお邪魔した時に、俺の事を大歓迎してくれた余りにお漏らしした子だ。
 一回り大きくなってたから、すぐには分からなかったけど……。
 夏美さんは唇まで蒼白になって、ワナワナしながら俺の子供達を見た。
「何なの、その子たち……匂いが犬じゃないよね……?」
「こ、この子達は――」
 無意識に守るように後ろに2人を庇う。
 まさか怒れるゴールデンレトリバーに変身した彼女に噛み殺されでもしたら……。
 そっ、そうなったら俺、断固として戦うぜ!?
 ケンカ弱いけど、子供には指一本触れさせねえ。
 例え相討ちになってもガブーッと噛みつき返してやるからな……!!
 悲壮な覚悟を決めてはみたが、夏美さんが襲い掛かってくることは無かった。
 ただ、泣きそうな顔で俺のシャツを掴んできただけだ。
「誰のよ……!? まさかっ、お兄ちゃんの子なの!?」
 その力は普通の女性って感じで、取り敢えずホッとした。
「どうやって産んだの!? 妊娠できないはずじゃ……っ」
「――君にそんなこと言った覚えはねぇけどな。……子供の前なんだから、ちょっと落ち着いて。あっちで、座って話そう」
 宥めるようにそう言うと、彼女はガックリとうなだれながら俺の服を離した。


 海沿いの道に向かってひらけた広大な芝生で、子犬が三匹ぐるぐる追いかけっこして遊んでいる。
 甘噛みしてやり返されたり、上に乗ろうとして落とされ、ひっくりかえったり……獣人の子はああやって社会性を身につけるんだろうなぁ、なんて思う。
「この公園、よく来てんの?」
 芝生に敷いた犬柄レジャーシートの上で夏美さんと並んで座り、俺は訊ねた。
「……今日は直人お兄ちゃんの子を連れてお花見に来ただけ」
 どこか拗ねたような口調で夏美さんが答える。
「直人お兄ちゃんが最近仕事で忙しいから、大学が春休みの私が代わりに引率になって、飼い主役してるんです……」
 直人お兄ちゃん、というのは恐らく犬塚さんの弟さんなんだろう。
 なんか聞き覚えあるなと思ったら、橋で会った犬も同じ名前で呼ばれてたのを思い出した。
 あれ、ただの犬じゃなく、もしかしたら直人さんだったのかもしれない。匂いが凄く犬塚さんと似ていて間違えたんだ。
 それにしても、彼女がある意味見た目通りに、凄く若かった事に驚いた。ギャルっぽい化粧してるから年齢不詳なだけかと思ってたけど。
 大学生だったら、結婚できる年になったばっかりなんじゃねぇのかな。
 何となく、生徒を相手にするときのような気持ちになりながら俺は話し始めた。
「……子供は、君が考えてる通り渚さんの子だよ。でも、彼は知らないから、出来れば黙っておいて欲しいんだ。俺が勝手に産みたくて産ませてもらっただけだから」
 そう言うと、怪訝そうな顔をされた。
「……? 妊娠できないフリして、お兄ちゃんのこと騙したってこと?」
 その言葉がグサっと俺の胸に突き刺さる。
 まぁそれに近いもんはあるよなぁ……。
 いやいや、そうとも言えるけど、そうじゃねーんだよ。
 い、一応、産んでもいいかって了解も取ってるんだからな!
「別に騙したかった訳じゃなくて、成り行きで誤解が広がっちまったと言うか……」
「言い訳なんか聞きたくないです。大体、わたしにはあんなこと言っておきながら、全然別れてなかったんじゃない! 嘘つき! みんな私のこと子供だと思って馬鹿にするんだから……っ」
 膝を抱えて座った夏美さんがシクシクと泣き出す。
「ちょ、嘘じゃねえって。ちゃんと一回別れたけど、たまたま会っちまったんだよ」
 ……て、何だかハタから見ると浮気して痴話喧嘩してるカップルみたいな会話だな。
 夏美さんは泣きながらも、顔を上げてこっちをキッと睨んできた。
「ふうん……そう。たまたま、ね! ……私もあなたに嘘ついてたから、逆に嘘つかれたのかと思った!」
 捨て鉢みたいな感じでそう言い放たれて、俺は首を傾げた。
「……嘘?」
「気付いてなかったの? もうとっくにバレてるのかと思ったのに。……渚お兄ちゃんが、婚活で誰も見つからなかったら私と結婚してくれるって話――嘘だよ」
 俺は目が点になって、言われたことの意味が掴めないでいた。
「……はい?」
 頭に疑問符しか浮かんでない鈍い俺に、重ねて夏美さんが噛み付く。
「あなたに、お兄ちゃんと別れて欲しくて嘘ついたって言ってんの!!」
 その大きな瞳に涙が溢れる。
 サッパリ分からなくて、俺はまた聞き返した。
「それってどういう……犬塚さんは、元々君の婚約者なんじゃ」
「……小さい時はね。でもお兄ちゃんは、婚活始める前から、私のことなんて妹としか見てなかった……。私は、違うのに。小さい頃からお兄ちゃんしか見てなかったのに……ホント、鈍感」
 夏美さんの涙に濡れた綺麗な顔が泣き笑いに歪む。
「小さい頃、結婚しようって言ってたこと大人になったらすっかり忘れて……。初めてのお見合いに行った後、あんまり楽しそうな顔で帰ってくるから、私ほんとムカついて」
 聞きながら、俺と一緒にカラオケに行った日か、と記憶が蘇る。
「お兄ちゃんのこと捕まえて、どうして婚活なんかするの、私はお兄ちゃんが好きなのにって、結婚するつもりだったのにって言ったら、本当にごめん、お前自身が本気でそういうつもりだったなんて気付かなかったって謝られた。それで、他を探しなさいって……」
 なっ、何……!?
 犬塚さんは……夏美さんと結婚するつもりは無かった……!?
 いや、じゃあ何のために俺はあの時……。
 呆然とし過ぎて、何て反応して良いかもわかんねぇ。
「その内にお兄ちゃんはとうとうあなたのこと運命だとか言い始めて……でも、相手が子供が産めない人だなんて知ったら、益々諦めきれなかった。……運命とまで思った人と上手くいかなければ、婚活に懲りて今度こそ私のこと見てくれるんじゃないかって……それで私……あなたを捕まえたの」
 怒りよりも、心の底から後悔が湧いた。
 俺の嘘が、夏美さんの嘘を招いた一因だったんだと分かって……。
 犬塚さんとの事に関しては、元々夏美さんの話を真に受けて引いちまった俺にも責任の一端がある。
 その後の誤解は完全に俺の自業自得な訳だから、全部が夏美さんのせいって訳でもねぇし、俺は一概に彼女の嘘を責められる立場じゃない。
 それにしても……何でこの子は今更こんなこと話してくれる気になったんだろ?
 そっちの方が気になる。
 そう思って聞いていると、夏美さんの表情が暗くなり、声のトーンが低くなった。
「……でも、結局お兄ちゃんは、私の方なんて向いてくれないし……あなたがマンションに来たあの後から、どんどん顔が暗くなって、元気がなくなってって……」
 え……。
「今なんか、半年前に婚活やめてしばらくしてから、ずーっと部屋に引きこもってる。誰とも話したくないのか、犬になったまま……仕事も休職しちゃうし……私と口を利いてもくれない……」
 ポカーンってなった。
 勿論心配だけど……あの犬塚さんが引きこもり?
 何だか意外すぎて全然想像できねぇし、そもそも本当なのか? っていう気がしてしまう。
 だけど、夏美さんは鋭い眼光でこっちを向き、ぼーっとしてる俺を睨んできた。
「私も酷いことしたよ……でも、お兄ちゃんが引きこもって、ただの室内犬みたいになっちゃったのは、あなたと何かあったからじゃないの……!? 内緒で、子供作るようなことしてたんでしょ!?」
 言われてハッとした。
 確かに、ホテルで抱いて貰ったのは半年前だ。
 あの日を境に彼が、そんな風に……?
 まさか俺が、連絡しなかったから?
 いやいやそんな訳ない。別に犬塚さん、あの時はもう俺のこと好きでもなんでも無くて、遊びだった――はずだよな?
 頭が混乱して俺は首を振った。
「そんな事言われても、俺……半年前から犬塚さんとは一度も会ってねぇしさ……いきなり俺のせいって言われたって……」
「違うっていうの? 運命のつがいのくせに」
「……!?」
 絶句する俺の前で、彼女は広い芝生の広場中に響く大きな声でワンワン派手に泣き出した。
「私だってあなたにこんなこと言いたくないよ……っ! でも、私じゃダメなんだもん……お兄ちゃんのこと、何とかしてよ……っ!」
 俺はちょっと困り果てて俯いた。
 子犬達が声に驚いて、みんな夏美さんのそばに駆け寄って来る。
 岬と航が、彼女の膝に前脚を掛けるようにして、届いてないけど一生懸命顔を舐めて慰めようとしていた。
 こんな小さいのに、もうそんな優しい事ができるなんて……。
 親バカだけどちょっと感動する。
「ズルイよっ、子供貰うなんて……! 私だって産みたかったよっ、羨ましいよぉ……!」
 夏美さんの白い腕が岬と航をひしっと拾って抱き締めて、濡れた頬がモフモフの腹毛にスリスリした。
「可愛いよう……何で私じゃダメだったの……この子達持って帰ってやる……っ」
「そ、それはダメ!」
 慌てて横槍を入れる。
 でも、夏美さんの中にちゃんと、親戚の子に対する愛情みたいなもんが既にあるのが何だか救いに思えて、少し嬉しかった。
 俺が産んだ子でも嫌われてはねえんだなって。
 根は、悪い子じゃねぇのかもしれない。
「でも……良かったら、沢山抱っこしてやって。この子達、親戚に会えたの初めてなんだ」
 泣きながら、夏美さんが頷く。
「……また会いに来て良い? この子達に……」
「構わない。育児休暇中は毎日ここにいるから。……あと、犬塚さんのことは……少し考えるよ」
 そう伝えると、夏美さんは優しく岬と航を下ろして、すっくと立ち上がった。
「……そう……。私、もう行きます。やらなくちゃいけない事があるから」
「……? あ、あぁ」
 突然冷静っぽくなった相手に戸惑いながらも頷く。
「……、じゃあ……、さよなら。――嘘ついてて、ごめんなさい」
 最後、こっちを振り向く事なく謝ってくれた彼女に、俺も声を掛けた。
「俺の方こそ、ごめんな。……あの時俺、まだ自分の気持ちをよく分かって無かったんだ。――やっぱり諦めきれなくてこうなった……」
 相手が黙って首を横に振る。
 そんな彼女になんだか、安堵した。
 これから物事が少しでもいい方向に向かっていくような、そんな予感がして……。
秀人ひでとおいで」
 夏美さんが子犬を呼び寄せ、首輪にリードをつけて、元来た道を帰って行く。
 子供達は寂しそうにそれを見送ると、クルッと振り返り、今度はお腹が減った!とキャンキャン吠え始めた。
「はいよ、ちょっと待ってな」
 ふやかした離乳用カリカリの入ったタッパーを開け、水筒の湯で作った獣人用のミルクをボールに注いでやりながら、俺は――初めて、考えた。
 ……財布の中のお守りで、犬塚さんに電話してみようって。


 午後、俺は夕飯の買い物してから子供達を家に連れて帰り、お昼寝のタオルケットの上で二人を寝かしつけた。
 沢山はしゃいだせいかいつもより寝つきもよくて、安心しきってムクムクした前脚を投げ出し、並んでうつ伏せに寝ている。
 眠ってる顔が笑ってるみたいで、すごく可愛いんだ。
 まだ一緒に暮らし始めて3ヶ月なのに、もうずーっと一緒にいるような気がする……。
 二人の柔らかな毛並みをそっと撫でて、俺はリュックから財布を取り出した。
 もう角がボロッとなってる、ホテルの備え付けだったメモ紙を取り出して開く。
 本当に電話、してもいいんだろうか。
 嫌がられたり怒られたりしないだろうか。
 俺が原因なら、なおのこと具合が悪くなったりはしないだろうか……。
 色んな事が心配でたまらなかったけど、最後はもう何も考えずに電話番号を押した。
 そしてやっぱりというか……その番号は、コール一回で留守番電話になってしまった。
 ずっと犬だっていうし、充電とかしてねぇのかも。
 俺、遅すぎたのかな。
 ――いや、そんなことは考えるべきじゃない。
 電話できねぇなら、こっちから行けばいいし。
 俺は留守電に伝言だけ残した。
「犬塚さん、俺だよ。湊です。もし良かったら、会いたい。折り返し下さい。電話番号は……」
 ――今度こそ逃げねぇから、俺。

 
 ……なんて決意したのに、翌日俺が出掛けたのはいつもの臨海公園だった。
 本当は今すぐにでも犬塚さんの家に尋ねていきたかったんだ。でも、この二人を連れて行くには余りにも気が引けて。
「あなたの子です」って言ってるようなもんだし、結婚迫りに来たと勘違いされかねない。
 犬塚さんにはそんな気無ぇだろうし、地雷を踏んじまう可能性もあるからな。
 お袋に預けることも考えたけど、あの抜けた人に一人で二人をちゃんと見られるか、心配で踏ん切りがつかねぇ。
 一人は獣人OKの託児所の一時保育を利用しようって結論に至ったけど、どっちにしろ急には無理だった。
 子供産むと、こんなに行動が制限されるなんてな。
 後悔は全然ねぇけど、この環境は中々ヘビーだ。
 お袋も未婚の母だけど、……自分の自由犠牲にして、俺を育ててくれたんだろうな。
 臨海公園の駐輪場に自転車置いて、いつものように二人にリードを付ける。
 そして、いつか犬塚さんと歩いた道を三人で歩いた。
 まっすぐ海沿いの道に出て、左へ曲がり、広大な芝生の広場に出て。
 リュックを下ろすと、子供達が足元に群がる。
 フリスビーを出して渡してやったら、二人は嬉しそうに円盤の端っこを引っ張りあってカミカミし始めた。
 まだ子供たちはディスクを噛むばっかりで、うまくキャッチしたりは出来ない。
 でも――いつかこの子達も犬塚さんのように上手になるのかな。
 その頃には立派な青年の姿に変身して、自分の運命の人を見つけに行ってしまうんだろうか。
 そんな日が来たら、少し寂しいよな……。
 リードをゆるく握ったまま、ぼんやりと海風に吹かれていたら、急にみさきわたるが大きな声で吠え出した。
 そんなに叫ぶように吠えたこと無いってくらい激しく、でもどこかはしゃぐみたいに楽しそうに。
 たまたま近所のオバサンでも見つけたのかと思って顔を上げたら、違った。
 芝生の向こうに、小さな垂れ耳が覗くキラキラしたウルフカットの金髪の、シュッとした美青年が立っていて。
 それが、少し痩せてしまった犬塚さんだという事に気付くのに、少し時間がかかった……。
 フード付きのチャコールグレーのカーディガンに、ダークブラウンの目立たない柄の入ったスリムなパンツを着た長身の彼を下から上まで何度も眺める。
 だって、こんな所で会えるなんて思わねぇじゃん。
 留守電のメッセージも、単に折り返しを頼んだだけで、ここで待ってるなんて一言も言ってないのに。
 昨日からずっと彼のこと考えてたから、夢か幻かな、とも思った。
「湊さん」
 甘くて低い声で優しく呼ばれた瞬間に、どうしようもなく涙腺が緩みそうになる。
 あれ、やっぱ本物?
 感情を抑えようとしたら何にも喋れなくなった俺の側まで、その人が歩いてくる。
 少しやつれた顔で微笑みながら、彼が言った。
「久しぶりだね。昨日は電話くれてありがとう。少し話してもいい?」
 俺は黙って何度もうなずいた。


 レジャーシートを敷き、芝生と海に向かって二人で座る。
 子供達は長いリードにつなぎ直して自由に遊ばせようとしたけど、何故だか両方とも犬塚さんのそばから離れようとしなかった。
 彼の手が優しく二人の頭を交互に撫でて、岬と航もペロペロその手を舐めている。
「この場所は、昨日夏美に聞いたんだよ」
 そんな風に言われてドキッとした。
 俺、黙っててくれって言ったような……。
 恐ろしいような気持ちがしながら、俺は膝を抱えて口を開いた。
「……その……。ごめん。どこまで聞いた……?」
 ううっ、答えを聞くのが恐ろしい。
 手に冷たい汗を掻いていると、犬塚さんが表情を辛そうに歪めた。
「最初から全部……。あなたがどうして最初、俺から急に離れてったのかもやっと分かった。――昨日、犬だったものだから抑えが効かなくて、危うく夏美のこと咬み殺す所だったけど」
 ひえっと喉から声が出た。
 犬塚さん意外とキレやすかったんだなってことも驚いたけど、夏美さんが自分のしたことを――犬塚さんに嫌われるだろうことも覚悟して、ちゃんと話した事に驚いた。
「……俺、あなたに本当に酷いことした。どうして言ってくれなかったんですか。……何で……。妊娠できるってことも……」
 ドキッとする。
 嫌われるかもしれねぇけど、それが最初の間違いだったんだ。ちゃんと話さねぇとな。
「……俺さ、ほんとに女の子が好きだったんだ、犬塚さんに会うまでは……」
 指をもじっと絡ませながら視線を逸らす。
「犬塚さんの事も実は最初、女の子だと思って見合い申し込んだんだ。子供も、単に自分で産むのは嫌だって意味で出産は無理って書いてた……申し訳なくて、なかなか打ち明けられなくて。本当に、ごめん」
 ――この事を最初から話してればな。
 間抜けすぎて、いたたまれない。
「……一回サヨナラしたのは、夏美さんのこともあったけど、男とかそんなの関係なく本当に、犬塚さんの事が好きなんだってはっきり気付いたの、その後だったからなんだ……一目でも会いに行きたくなっちまって、行ったら行ったで会った途端にあんなことになって、本当に悪かったって思ってる」
 あ、やばい俺、こんな懺悔話の流れみたいな感じで告白してしまった。
「そんで、俺、発情乱れてただろ? あれ、別れてから更に重症化してて……犬塚さんに似てる人に会ったりとかしただけでも、発情するようになっちまって。ワザとだと思われてたけど、なんかもうそれはそれで仕方ねぇと思ったんだ。それくらいのことはしちまったし……」
 視界の端で犬塚さんが首を振る気配がした。
「その、最後に番号貰ったけど連絡しなかったのは、犬塚さん、夏美さんと結婚するんだとばかり思ってたから、俺は会っちゃいけないと思って……」
「湊さん……」
 ため息が混じったみたいな声で呼ばれて焦った。
「で、でも今、幸せなんだ。犬塚さん、俺に赤ちゃんくれたから。俺、一人でちゃんと育てるし迷惑かけないから……だから、嘘ついてたのは許してくれねぇかな……」
 最後に懇願するみたいにそう頼みながら、彼の方を向く。
 そしたら犬塚さん、キレイな顔をグシャグシャにして泣いててびっくりした。
「いっ!? 犬塚さん!?」
 思わずビックリして膝頭を回して身体そっちに向けたら、両腕が伸びてきて、骨が折れそうなくらい強く抱き締められて。
「ごめんね……みなとにそんな風にまで思わせて……本当にごめん……」
 誰かの体温が、こんなにも優しく自分に触れてくれるのが余りにも久しぶりで、俺もその瞬間に何かがプツンと切れて、涙腺が壊れたみたいになった。
 俺が勝手にしたことを拒絶されなかったことが、何より嬉しかったんだ。
 身体の痛みも、精神的にキツイことも、初めて授かったヒトの命の余りの重さも……全部俺のワガママだから、ここ3ヶ月、一人で受け止めて頑張ってきたけど、本当は、すげぇ一杯一杯だったからかもしれない。
 有難う、犬塚さん……。
 そう思って、そっと離して貰おうとしたけど、でも彼は俺を抱いたまま離さなかった。
 髪に頬ずりするみたいにされて、耳元で、あの大好きな甘い声で……ゆっくり言い聞かせるみたいに囁かれた。
「……俺は、最初からずっと、――今も、湊を大好きだよ。最後に会った時も、誤解して怒ってたけどやっばりどうしようもないくらい好きだった……。湊は俺が好きって言ったらいつも引いてたし、そのせいで逃げられたんだとばかり思ってたから、言えなかったけど……」
 一瞬、頭が真っ白になって、やがてその言葉の一つ一つの意味が胸の中に落ちてきた時、嬉しくて嬉しくて、全身がブルブル震えた。
「犬塚さ……」
「ちゃんと渚って呼んで」
 注意されて、えづきながら何度も頷く。
 涙があふれて濡れている頬を温かい手のひらで包まれて、上を向かされた。
 犬塚さんの真っ黒な優しい瞳に、情け無ぇ顔で泣いてる俺が映ってる。
「抱けば抱くほどこの人しかいないって思って辛かった。……でも湊も俺のことずっと好きでいてくれたんなら……、もう俺、言ってもいい……? 湊のことを、誰よりも、愛してる。……こんな可愛い子を二人も産んでくれた湊が、もっと愛おしくなった……」
 そんなこと言われたらもう、息が出来ないくらい泣いてしまうだろ。
 情けないくらい嗚咽しているのに、犬塚さんは……なぎさは俺に追い打ちをかけてくる。
みなとは俺の運命のつがいだから、このままこの子達ごと一生離してあげられない。それでもいい……?」
 頷いて、俺もやっと自分の口から言葉を紡いだ。
「うん……俺もなぎさが大好きだ……渚以外、誰も好きになれなかった……」
 もう一度抱き直すみたいにされて、頬や髪に沢山口付けられる。
 ほんとは唇で受け止めたいけど……子供も見てるしな。
 みさきわたるはさっきから俺たちの身体の間を出たり入ったりしてふざけてて、擽ったい。
 何だか気の抜けたような感じになって、ぼんやりと幸福感に浸っていると、渚の身体から突然がっくりと力抜けたみたいになって、すがるような感じでよっかかってきた。
「な、渚……!? 大丈夫か!?」
「……良かった……。いつまでたっても電話はないし、湊の家の最寄り駅に行って匂いを探しても、何も感じられなくて……もうこの先、湊のいない世界でしか生きていけないかもしれないって思ったら、目の前が真っ暗だったから……」
 そんな風に言われて、びっくりしてしまった。
 夏美さんの言う通り、本当に俺のせいで引きこもってたんだなと思って。
 俺には子供達がいたから、離れても何とか楽しくやれてたけど、この人は1人でそんなに思い詰めてたんだなぁ……。
 何だか愛おしくて可愛い。
「ほんとごめんな。これからはちゃんと連絡途切れねぇようにするから。メッセージアプリももっかい繋がろうぜ。あと、殆ど使ってねぇけどメールアドレスも教えるし――」
 背中を叩いてやりながら必死に色々提案していたら、すっと離れて真面目な顔で正座されて、左右に首を振られた。
「そんなの、アテにならないよ。ちゃんと湊が毎日、確実に俺の所に帰ってくるようにしたい。だから、ちゃんと結婚して」
 ギョッとした。一生離さないって、ホントにガチで今すぐ結婚しようって意味!?
 いやいや、そこはまずは「付き合ってください」からじゃねぇのか。
 だって俺たち、まともなデートしたのはたったの2回だぞ。
 本交際期間0日で結婚て、蛇の目さんとかですら「もうちょっと冷静になれ」って言うんじゃねぇーの……?
 なーんて俺が言ったら、また「引いてる」って嘆かれることは目に見えてるよなぁ。
 同じ過ちは繰り返さないぜ、俺。
 ダメになったら、その時はその時だ。結婚なんてしてみなけりゃわかんねぇ、ギャンブルみてぇなもんだって言うしな。
「分かった。結婚しようぜ」
 俺はみんな一緒に幸せになれる方に賭けて、渚の手を握った。
 すると毛の感触がちくちく手にあたりだし、気が付いたらそれが前脚になっていて、服とかを散らばしながら彼は一頭の大きなゴールデンレトリバーになってしまって。
 興奮し過ぎて人間の姿が保てなくなってしまったんだろうか、彼は千切れんばかりに尻尾を振って俺の身体を押し倒して、ベロベロ顔を激しく舐めてきた。
「あはっ、擽ったいって! ちょっ、何で犬になってんの!? くふふ……っ」
 俺、子供産んですぐじゃなかったら絶対激しく発情してたぜ、あっぶねぇ。
 こうしてちゃんと初めて冷静に話できたのも、きっと岬と航のお陰だな……。
 温かな金色の毛並みに思う存分頬ずりして、その身体をギュッと抱き締める。
 子供達はビックリしながらクンクン匂いを嗅いでは吠え立てていて、笑ってしまった。
 その内に渚が、芝生に落ちてた円盤見つけてきて俺に押し付けてきて。
 それで、四人で久しぶりに本格的なフリスビーをしたんだ。
 全部渚がキャッチしてたけどな。
 お手本を見た子供達は大興奮で、弾むみたいに跳ねながら喜んでいた。
 そんな姿を見ると、一緒に暮らしてもぜんぜん大丈夫かな、なんて思った。渚は面倒見が良さそうだし……。
 ――そんな訳で、こうして俺はついに、念願の可愛い犬を三匹も手に入れたんだ。……まあ、旦那さんと子供達なんだけど。

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