理想の結婚


 その後、渚はすぐに職場に復帰したらしい。
 心配だったけど、同族企業だからそこまで風当たりも無かったみたいだ。
 今までの仕事の穴は、二人の弟さんで埋めてたとか……何だか申し訳なかった。
 俺は相変わらず育児休暇中。
 子供達を寝かせた後、毎晩電話して、今まで話せなかった分を取り戻すみたいに沢山のことを渚と話し合った。
 住む場所のこと、挨拶と両親顔合わせの日程、どこで保育園を探すかと、俺の復職計画、お袋のこと……。
 今まであれだけ拗れていた割には、俺たちの結婚計画はたいした議論もなく着々と固まった。
 家は、引っ越したばっかりだけど、そこに渚も入るとなると手狭なので、やっぱり犬塚家のマンションの一室を貸して貰うことにした。
 二人が保育園に通いだして、同時に熱出したりした時に預ける事を考えると、両親がどっちも近い方がいいし、職住近接がやっぱり望ましかったので。
 そういや職場にも結婚の報告をしたんだけど、俺のことは出産も含めやっぱり結構な噂になってるみたいだった。俺がオメガだってこと自体知らない同僚も結構いたもんな。
 復帰しづれぇなぁと思うけどまあ仕方ない。その内に菓子折り持って大学に挨拶に行こう。
 まあそんな感じで順調ではあったんだけど、――話し合いが進んで、お互いの両親への挨拶を始めると、今度はなかなかに波乱と緊張の連続だった。
 いや、反対されたとかそんな訳じゃねぇんけど……。
 まず犬塚さんがウチに来てくれたのは良かったんだが、いきなりお袋に土下座始めちまってさ。
 突然目の覚めるような金髪のハンサムがやってきたと思ったら、唐突にフローリングに頭擦り付けて「順番が逆で本当に申し訳ないけれど、息子さんをください」みたいなことやり始めちまったもんだから、お袋も目が点だし、やめさせるの大変だった。
 俺はもうすぐ35のオッサンだし、そもそもこっちが勝手に産んだのであって渚は一ミリも悪く無ぇじゃん。
 渚はちょっと不安になる程に根が真面目なんだなーと改めて思ったよ。
 そして鳩羽家側の挨拶は済ませた後は、今度は俺が犬塚さん側に挨拶に行く番で。
 こっちはこっちで何故だか一族総出の大歓迎パーティーが用意されてたのが俺的には驚愕だった。
 むしろ俺は、大事な息子を引きこもりにしたり、勝手に子供二人も産んでみたり、殆ど殺される覚悟で行ったんだ。それこそ渚ばりに土下座でもしようかって思ってたから。
 ところが逆におめでたいムードで、恐縮しつつも、出だしはポカーンとなった。
 マンションの壁をぶち抜いて繋いだ広大過ぎるリビングに、可能な限り全員、人身人面で集まった犬塚一族に歓迎されながら、すっかり圧倒されて……。
 美人で品の良い癒し系のお母さんも、渚を年取らせたみたいな優しそうなお父さんも、俺や連れてった子供達を温かく迎えてくれて、突然孫が増えたにも関わらず大喜びで、凄ぇ有難かった。
 それと、犬塚さんの真面目な方の弟さん、いかにも「家長」て感じの厳格なお祖父さん、洋楽好きらしい夏美さんのお父さんにあたる犬塚さんの叔父さん、他にも親戚複数人とその家族がウワーッと出てきて、しかも全員顔が似てるもんだから、主要人物以外はとても一発で覚えられる気がしなくてさ。
 そうそう、渚をキリッとさせたような顔の、革ジャン着たパンクな感じの美青年に突然、「あはっ、美人さん久しぶりだねー!」なんて言われて、その人だけは直人さんだと分かったくらいかな。
 あと、綺麗で活発そうな彼の奥さんは、やっぱり橋で会ったあの飼い主の女性で、「あらあら!」と驚かれた。
 その奥さん――めぐみさんだけは普通の人間で、「大変だけど頑張ってね! なにか困ったことがあったら相談して!」と励まされて、連絡先を貰えた。
 獣人ハーフの子育ての先輩だし、これから気軽に相談できる相手ができて、それは凄ぇ心強かったなー。
 そうそう、それから夏美さんは……来ていなかった。
 聞いた感じだと、まだ渚と顔合わせ辛くて、今回も自粛したらしい。式の出席ももしかすると、難しいかも……って話だった。
 ある意味彼女がいなかったら俺たち再会することもなかったかもしれないし、何というか……複雑な気持ちだ。
 いつか、わだかまりなく会える日が来ると良いんだけどな。岬と航も彼女によく懐いてたし……。
 そして夕方、賑やかな歓迎会が終わり、俺が渚に送られながら子供達連れてお暇しようとした時、お母さんに呼び止められたんだ。
「渚が引きこもりやめてから、一度もちゃんと二人で会えていないんでしょう。式場探しとか指輪の用意とか色々あるでしょうから、今度ウチで子供達を預かるわ。新婚旅行の時も預かるんだし、今から少しずつ慣らしてあげないとね」
 ――そんな優しい提案に、とんでもないと俺は遠慮したんだけど、渚に、獣人は一族みんなで協力して子育てするんだよ、とやんわり説得されてお言葉に甘えることになった。
 確かに、夏美さんも秀人くんの面倒みたりしてたけど……。普通なら未婚の女性が従兄弟の子を預かるとかあんまり無ぇもんな。
 本当に良いのかなって思ったけど、結局、俺と渚はその日から毎週日曜、数時間ずつ犬塚家に子供を預けて結婚の具体的な準備をすることになった。
 ……それにしても新婚旅行なんて、行く気すら全く無かったけどなぁ。
 赤ちゃん放って遊びに行くなんて、と世の中の人には叩かれそうだけど、どうやら獣人の一族ではちっちゃい内から預けあって同世代の子供をみんな兄弟みたいに育てるの、ごく普通のことらしい。
 俺は物心ついた時から親戚全然居なかったし、こういうの、慣れねぇけど……純粋に嬉しくて有難かった。
 いつか、俺も恩返し出来ると良いんだけどな……。


 そして――次の週から、子供二人を少しずつ犬塚家に慣らしていきながら、俺たちは結婚へ向けたタスク・リストを一つ一つこなし始めた。
 まず最初に実行したのは、蛇の目さんのいるBLネット池袋に寄って、結婚報告をすること。
 成婚料取られるシステムの会社じゃねぇけど、縁結びの神だから一応な。
 行ったら彼女もやっぱり凄く喜んでくれて、嬉しかった。
 ついでに、元会員だと指輪とか式場が安くなるとかいうパンフレットを大量にくれたので、どうせならと午後からはその中の適当な宝石店に行き、俺たちはシンプルな結婚指輪を注文した。
 なんだか全ての行動をBLネットと蛇の目さんに操られてるような気がしなくもないけど、まあ、悪くねぇか。安くなるならそれに越したことはねぇし。
 そういえば渚は婚約指輪も買いたそうだったけど、俺は「あっても着けないから!」と強硬に遠慮した。
 真面目な彼のことだから、絶対「給料の3ヶ月分」ていうのを忠実に実行しそうだし、そんな事になったら泥棒が心配でオチオチ出掛けられねぇなんて事になるからな。
 更に翌週からは、本格的な式場巡り。
 家族だけの小さな式にするつもりだけど、それでも渚の親族が結構な数だし、適当に選ぶ訳にもいかないので。
 まあ、そうは言ってもそんなに面倒な感じでもなく、結構楽しかった。某ホテルのブライダルフェアに行って、式の料理をフルコース試食させてもらったり、挙式体験をさせて貰ったり。
 模擬挙式は流れ上、俺が新婦の立ち位置になってバージンロードを歩く事になっちまったんだけど、バージンどころか俺経産夫なんすけど、と思うと顔から火が出そうだったなぁ。
 しかも、綺麗な光が降り注ぐ祭壇の前で待ってる渚が、別にタキシードとか着てる訳じゃなく普通のデニムにジャケットとかなのに、「王子様かよ!」と突っ込みたくなる程カッコよくて……。
 腕を組むのはなんだから、指を絡めて手を繋ぎながら、俺たち初めて手を繋いで歩いたな……と、ふと思ったんだ。
 二人でデートするようになってからも、俺、人目を気にしてそんなことしたことなかったし、渚もそういうの察してくれたのか強要はしなかったから……。
 その時に握った渚の手は温かくて、心臓がドキドキし始めて、身体がフワフワ熱くなって。
 再会してからそんな気分になったのは初めてで……凄く戸惑った。
 でも、その日は既にあと一時間くらいで子供を迎えに行く予定だったから、俺が抑制剤を飲んで、キスもセックスも勿論お預け。
 というか……結婚決めてから逆に忙しいし、恋人らしい事、一度もしてなかったんだよ。
 俺が産後モードで発情お休みだったのもあるし、式とか関係なくさっさと入籍して一緒に住んでりゃ良かったんだけど、「せめてこれからは順番通りにしよう」なんて渚が言うし……。
 子供までいるのに、かえって清らかな関係になってしまってたんだなーって事にやっと気が付いた。
 その時はまあ、そんな事もあるよなと思っていたんだけど……その模擬挙式をきっかけにして、俺の体に異変が起き始めたんだ。
 毎週末ごとに渚と二人きりで会ってるうちに、俺はどんどん彼のことが恋しくなって……。
 とうとう発情が狂う現象まで復活し、周期とか関係なくまた身体がおかしくなり始めて、結婚準備に支障が出始めるようになってしまった。
 堪らずにいつもの掛かりつけの医者先生に相談しに行ったら、先生の答えは、抑制剤ちゃんと飲め、とかじゃなく――「アルファと結婚するんなら、ちゃんと首噛んで貰ってつがいになりなさい」。
 どうやら、きちんとつがいになる事で、身体が安心して、ホルモンの空回りが治るんだと。
 それを恥を忍んで仕方なく渚に相談したら、渚もちゃんと考えてくれて……。
 結論としては、式の前に新婚旅行を前倒して、そこでつがいになろうって話になった。
 ただし、子供たちのこともあるから、一泊だけ。
 つがいになるにはどうしても、性行為の最中に首の後ろを噛んでもらわないとならない。
 子供を周囲にお願いしなくちゃならねぇのは申し訳ないと思ったけど、妙案だった。
 だってこのままで行くと俺、結婚式の最中に盛大に発情して、阿鼻叫喚の事態を巻き起こしちまうから。
 そんな訳で、式の1週間前に一夜だけ、俺たちは互いの両親に1匹ずつ子供を預け、婚前のお泊まりを許して貰うことになった。
 いや、許すったって誰も咎めたりはしねぇんだけど……。



 俺と犬塚さんが新婚旅行先に選んだのは、もし何かあればいつでも戻れる距離――ということで、温泉地の湯河原だった。
 東京駅から特急踊り子号であっという間に着くし、何なら鈍行でも乗り続けてるだけでたどり着くような場所だ。
 予約したのは駅からバスでしばらく行った川沿いの、一日三組しか泊まれないような、小規模だけど値段はそれなりにする高級な和風旅館。
 室内から窓の外を見ると、なんとすぐそこのバルコニーにヒノキの露天風呂があって、部屋を一歩も出なくても全てが事足りてしまうという、元丸の内OLの恵さんオススメの宿だった。
 一応移動してる最中は大丈夫なようにしっかり抑制剤を飲んだんだけど――午後3時、渚と一緒に手を繋いで旅館の玄関先に入った途端、俺の中で変なスイッチが入るのが、何となく分かってしまった。
 ――俺、今夜から身も心も全部、この人だけのものにして貰えるんだ……。
 そんな風に思っただけで身体が熱っぽくなり、待ちきれないようなソワソワした気分になっていく。
 ずっと抱いて貰わずに平気でいられたのが何でか分からないくらい発情が燻って、手を握って廊下歩いてるだけで耐えられなくなってきた。
「凄くいい宿だね。恵さんにお礼しないとな」
 仲居さんに部屋の中に案内されながら、渚がにこやかに俺の方を見る。
「そ、そうだな……」
 辛うじて相槌を打ったけど、聞いてる説明も右から左だし、どうにも頭が働かない。
「内風呂からも、バルコニーからも露天に出られるようになっております。トイレは入り口入って右、それからそちらの襖の中に金庫がございますので貴重品はそちらかフロントの方へ……」
 最後まで説明に身が入らないまま、畳の部屋で荷物を降ろした。
 渚が中央の座卓の前に座って宿帳を書き始める。
 俺は少し離れた場所に座って、その綺麗な横顔を見つめた。
 彼は涼しい人間顔のまま、おかしくなってる俺にも気付いてないみたいな感じだ。
 ――一通り説明と手続きが終わり、急須でお茶を入れた後で仲居さんが出て行く。
 やっと二人きりになると、シンとした部屋に緊張感が漲ってきて、色んな意味で耐えられなくなってきた。
 無駄に荷物の整理を始めた俺の後ろで渚が立ち上がる。
「――湊、俺ちょっと売店に行ってみんなの土産を買って来るね。先に風呂に入ってていいよ」
 えっと思ったけど、何とも言いようがない。
「あ、うん……」
 と、返事はしたけど、ちょっとがっくりしてしまった。
 おかしいなぁ、もしかして俺のフェロモン、渚に効かなくなってしまったんだろうか。
 産んだら体質変わっちまったのかなぁ。
 てか、それに限らず、子供産んだことで色々身体が変わっちまってる気がするし……。
 渚が部屋から出て行くと、少しずつテンションが落ちて冷静になり、発情が落ち着いていくのが分かった。
 ほんと俺の身体、渚を意識して動いてんだな……。
 いや、それともこの気分の乱高下は、世に言う「マリッジブルー」というヤツなんだろうか。
 一度は結婚を諦めた身だけに、そう思えば憂鬱さえも有難い。
 ――ダメになった時は、そん時考えりゃいいか。
 気持ちを落ち着けて、取り敢えず風呂に入ることにした。
 脱衣所に浴衣を持って行き、服を脱いで洗面台の脇に畳む。
 内風呂の横の洗い場でシャワーを出して身体を洗いながら、ふと鏡を見た。
 親父譲りだとお袋が言う、キリッとした少しつり気味の二重の、少し色素の薄い目。額は広いけど、取り敢えずは禿げそうにない。
 前より少し頬がこけたかも知れん。
 そんなに歳食った気はしねぇけど、子供産んでから確実に痩せた。
 もう34の後半だしな、双子に体力が全然追いついてねぇし、やつれもするわ。
 そして渚は……まだ、二十代だ。
 本当は今も、ハッキリとは自信が持てない。
 こんなオッサンの俺が渚の運命だなんて、それは彼の勘違いじゃないのかって。
 後からやっぱり若くて可愛い女性とかのほうが良くなったりするんじゃないかと……。
 俺自身、女の子の方が好きだったしな。
 まだ、渚との付き合いが浅いせいかも知れないけど、一人になると、今の幸せがまたガラスみたいに脆く壊れてしまう日が来るんじゃないかと……つい、考えてしまう時がある。
 渚に失礼だし、不安を口にしたりはしねぇけど。
 一応身体を念入りに洗って、俺は広いバルコニーに通じてる扉から外の露天に出た。
 まだ日が高くて、晴れ渡った青空が見える。
 そろそろ梅雨の終わりの季節だけど、降らないでくれたのが凄く有難かった。
 檜のいい香りのする広い湯船を跨いで入り、身体を沈めて肩まで浸かる。
 温度は熱すぎず、ぬるすぎずで丁度いい……。
 けど俺、渚と一緒に入りたかった。
 せっかくこんないい風呂で、一応これが新婚旅行なのに、一人で風呂に入ってるとか寂しいだろ。
 最近は毎晩子供二人風呂に入れるのが大変で、こうして一人でゆっくり湯船浸かる暇も全くなかったから、有難いっちゃ有り難えけどさ……。
 入ってる間に渚が戻って来るかなと期待しながら待ってたんだけど、いつまで経っても帰って来ない。
 そのうち真っ赤にのぼせてしまったので、仕方なく俺はまた内風呂の方へ出て、脱衣所で身体を拭き、備え付けの浴衣に着替え始めた。
 そういえば下着が荷物の中だ。
 渚が帰って来た時また一緒に入りたいから、すぐ脱ぐもんなら穿かなくてもいっか……。
 広い畳の部屋に出て、すっかり冷めた茶を飲み、座布団を枕にして寝転がる。
 ヤケクソで冷蔵庫からビール出して飲んでやろうかとも思ったけど、まだ少し子供に授乳する事があるからやめた。
 岬と航のことを思い出して、なんだか心配になる。
 キュンキュン鳴いて俺のこと探してたらどうしよう。
 可哀想なことしたなぁ。
 昨日もなかなか寝付いてくれなくて大変だった。
 まだ小さいから寝るのが上手くなくて、夜中にも代わる代わる何度か起きて鳴くんだ。
 最近は随分楽になった方だけど、未だに慢性的な寝不足でキツい……可愛いから苦にならねぇけど……。
 ……。
 …………。
「湊。湊、ご飯だよ。起きて」
 渚の声で、俺はハッとして飛び起きた。
「はっ!? はい!」
 どうやら、横になってるうちに俺、すっかり爆睡していたらしい。
 身体を起こすと、人間顔のまま宿の浴衣着た渚が優しい笑顔を浮かべて俺のことを見下ろしていた。
 浴衣、色っぽくてときめくなぁ……。
 じゃ、なくて! もう着替えてるだと……!?
「も……もしかしてもう、風呂に入っちまった?」
 恐る恐る聞くと、ニコッと頷かれた。
「うん、湊が寝てる間に」
 ちょっ、なんだそりゃ!
 二人で一緒にイチャイチャして入るための貸切露天風呂じゃねぇんかい!
 肝心な時に寝てしまった後悔でちょっと泣きそうになったけど、テーブルの上を見たら豪華な料理でいっぱいになっていて、思わず目を見張った。
 果実の食前酒と、仕切られた小さな重箱式みたいなのに入った色とりどりの前菜と、美味しそうに焼かれた川魚、綺麗に舟盛りにされた二人分の刺身、小さなコンロに乗せられた鉄板の上にはステーキ。
 最近外食も出来てなかったし、ちょっと泣けるほど嬉しいぜ……。
 こんな贅沢してしまって良いんだろうか。
「ほら、食べよう、湊」
 渚の言葉に頷き、座卓に向かって正座しなおす。
 下向いたら浴衣が少し乱れてて、仲居さんにだらしない所を見られたかと思うとちょっと自己嫌悪した。
 振り向くと窓の外がすっかり夕闇に沈んでいる。
 どうやら俺は三時間近くも眠り倒してたらしかった。
「ご飯どうぞ」
 おひつから茶碗に白米をついでもらい、「ありがとう」と受け取る。
 まるで渚がお嫁さんのようだ……。
 黙々と食いながら、向かい合っている渚の顔を見た。
 まだ綺麗な人間の顔してる。
 男らしい高い頬と、彫りの深い瞼に、大きな口……。
 二人きりなのに、何で?
 俺に隠したいことがあったりするのか……?
 渚は俺の視線に気づくと、ニコッと微笑みを返してきた。
「凄く美味しいね」
「そっ、そうだな……!」
 ドキーッと心臓が打ち、俺は慌てて箸の動きを速めた。
「そ、そういや土産は買えたの?」
 だんまりになっちまってたなーと思い、慌ててこっちから話題を振る。
「うん。多いから、旅館から宅配便で送ってもらうようにして来た」
 成る程、親戚と家族が多いと土産買うだけで一苦労なんだな……そりゃ時間かかるわ。
「お義母さんの分もちゃんと送っておいたからね。好物だったよね、梅クラゲ」
「あ、ありがとう……」
 そ、そんなことまで覚えてるとか、なんて出来た嫁なんだ。いや夫だけど。
 それに比べて俺はイチャイチャすることしか考えず、しかも風呂入って寝てただけ……。
 うっ、ほんと情けない。
 俺、やっぱりこの人と釣り合ってねぇかも……。
 しゅんとなったけど、夕食は本当に美味しかった。
 限界までお代わりしてしまって、渚に勧められて結局お酒も飲んじまって、良い気分になり、最後は座布団並べた上にふにゃーっと伸びてしまった。
「湊、仲居さんが布団敷きに来てくれるからちょっとそこどいて……」
「うん……? ウン……。なぁ、抱っこして……」
「湊……」
 立ったまま困ったみたいな声出されて、仕方なく自分で起きる。
 何だか急に、寂しくて仕方なくなった。
 俺、甘え過ぎ……?
 でも、今日は少しぐらい甘えちゃダメなのか?
 噛まれんの痛いかも知れねぇし、本当はちょっと怖いんだ……。
 部屋の隅っこで膝抱えて丸まってると、仲居さんが料理を片付けて、座卓を寄せて布団を敷いてくれた。
 ぴったりくっつけて、2組。
 やがて、宿の人が出て行って、また二人きりになって。
「湊? どうしたの」
 壁際でうずくまったまま膝頭に額をのせてる俺の肩に渚の手が触れる。
「なぎさ……」
 顔を上げて、びっくりされた。
「何で泣いてるの、湊」
 あっ、てなった。
 浴衣の膝が濡れてる。俺、いつのまにか泣いてる……。
「なんでもない……」
 首を振ったけど、渚が膝を落として俺の肩を強く掴んだ。
「何でもなくないって顔してる」
 そんな風に言われたら、何だかもう嗚咽が止まらなくなって。
「……。なぎさが冷たい……。俺、一緒に風呂、入りたかったのに……。あと、抱っこして欲しい……」
 子供かよ、って感じだけど、酔った勢いで頭の中そのまんまを口に出してしまった。
「ごめん、ごめんね、悪かった」
 肩に触れた手が、俺の背中に回って強く抱き締められる。
「……俺、湊に触ったら歯止めが効かなくなっちゃうから、人が来るうちはと思って我慢してたんだ……疲れた顔してたから、ちゃんと休ませてあげたかったし、痩せちゃってるからご飯もちゃんと食べて欲しかったし」
 グスグスすすり上げながらウン、ウンと頷く。
「なのに湊が、昼間から甘い匂い出して凄く色っぽいし、浴衣着て寝てるのもちょっと直視出来ないくらい、いやらし過ぎて……この美人が今日から俺だけのものになってくれるかと思うと……その、我慢が限界超えて、態度が冷たいくらいになってたかも……ごめん」
 歯の浮くようなこと言われて顔が熱くなったけど、すぐに素直になれない。
「渚のバカ……俺、……待ってたのに……」
 プイと横を向いたまま渚の胸を押して下がらせる。
「ごめん、許し……」
 言いかけた彼の目の前で、俺は浴衣の合わせ目を膝頭でさばくようにしてゆっくりと太腿を開いた。
「……」
 息を飲む渚の前で、何も穿いていない下を露わにして、視線を流すように彼を見つめる。
「許さない……」
 そこを見せ付けて、昇り立つ甘い匂いを嗅がせるようにいっぱいに両脚を開く。
 もう結婚するなら、こんな誘い方したって……イイよな……?
「……っく……」
 渚が目の前で苦しげに息を切らせながら俯いた。
 金色の髪の下の垂れた犬耳がピクピクしながら大きくなっていく。
 浴衣の袖や裾から見えている肌が濃い体毛に覆われ始め、鼻の頭の色が黒く濡れたようになりながら形が変わり、彼は目の前で獣面人身の姿になった。
 柔らかな毛皮に包まれた喉が苦しいみたいにグルグル唸り、牙の生えた口が舌を出してハアハアと息をつく。
「湊……っ、」
 切迫感の溢れる呼び方をされて、毛と肉球の感触のする手のひらが俺の両膝を強く掴み、ズッと引き摺られた。
「……アッ……!」
 壁に背中を付けるみたいにしていたのが、引き寄せられた事で体が崩れ、背中が畳に付く。
 開いた脚の膝頭が畳に付くぐらい押し付けられて、尻を丸出しにしたまま恥ずかしい場所をクンクン嗅がれた。
「ン……っ、」
 渚の息遣いを感じてそこが物欲しげにヒクヒクする。
 こんな煌々と電気が灯る明るい所で見られたの初めてなんじゃないだろうか。
 恥ずかしいけど、発情してるせいか凄く感じる。
 もっと見て欲しいし、早く舐められたい……。
「湊は本当にエッチだね……ずっとパンツ穿かないで俺のこと待ってたの?」
 ン、と正直に頷くと、濡れた鼻先が尻の狭間をスリスリと擦った。口元の短い毛が尻を擦って、ゾクゾクする。
「舐めて欲しかった……?」
「……っ、舐めて欲しい……っ、我慢できねぇから……」
 口元に押し付けるように尻を浮かせると、温かい濡れた犬舌がピチャピチャと穴周りを舐め始めた。
「あぁ……っ、はァぁ……っ」
 唾液でベチャベチャにされる内に俺も濡れてきて、それを掬うみたいに柔らかくなってきた穴を執拗に舐めほじられて、喘ぎが止まらない。
 ちんぽもビクビクして、ピンと腹に沿って硬く充血していく。
 目眩がする程気持ちいい。エッチなこと自体が久しぶり過ぎるのに、こんなことされたらすぐにイク……。
「はァ……っ、気持ちい……っ、渚……、もっと……」
「湊のこれ、キレイ……本当にここから俺の子産んだの……?」
「う、ン……っ、渚が中に出してくれたから……っ、なぁ、ちんちんも擦って……?」
 自分でも脚を開いたまま手で押さえてお願いすると、渚の手が膝から離れ、俺のペニスを柔らかな短い毛の生えた手のひらで包み、愛おしむようにサワサワと優しく撫でた。
「んァッ……、それ好き……、」
 緩やかに扱かれ始めると、俺の雄の部分はすぐにダラダラ我慢汁が溢れてきて渚の指を濡らし始める。
 ろくに抜いてねぇからすっかり刺激に弱くなったそこは、ふつうに擦られるだけでもすぐイキそうになってしまって、腰が溶けそうなくらいメロメロになった。
「ふぁあ……ッ、気持ちいい……っ、ちんぽ感じすぎてヤバい……っ」
 鈴口がぱくぱくして、トロトロが出るのが止まらない。
 後ろもますますいやらしい汁が溢れて、渚が俺の股間に顔を埋めるみたいにしてどっちもベロベロと激しく舐めて味わう。
「美味しい……これから湊の体液全部、俺に舐めさせてね……」
「ッハァ、嬉しい……っ、なぎさぁ……、イきそうっ、」
「ダメだよ、まだもっと気持ち良くなって」
 渚の硬い肉球がギュウっと俺の根元を締め上げる。
「ひぁあ……!!」
 電流走ったみたいにビクビク肩が揺れて、浴衣がずり落ちた。
 イク寸前の悶えるような状態のまま、穴の中に徐々に渚の舌が入り込んでくる。
「んぅっ、ンン……ッ!」
 グチョグチョ音を立てながら奥の方まで舐められて、舌を何度も締め付け、俺はヨダレを垂らしてよがり声を上げるのを止められなくなった。
「中っゾクゾクするっ、あーっ……! いや、っア、お尻で先、イッちゃ……! ふぁア……っ!」
 震えるほどの快感が穴の奥で蜜みたいに溢れて、舌突っ込まれたまま俺は盛大にイキ始めた。
 ヌルヌルの舌肉が無意識の痙攣を楽しむみたいにより奥をつつくように味わい、その動きがまた快感を呼んで、登りつめた場所から中々帰ってこれなくなる。
「ぬっ、抜いて、べろ、そんな奥、……ふぁっ、無理、またイクから……っ」
 お願いしてるのに、渚はニュルッニュルッと長い舌を何度も突っ込んでやめてくれない。
「あ! やば、もう……っ!」
 きゅううん、と中が引きしぼられて、また快感の極みに連れてかれる。
「ひぃっ、ん……っ、もっ、舐めないで、俺っ、変……っ、」
 ちんぽと同じくらい中も凄く敏感になってて、ちよっとビックリする程だ。
 俺の身体、なんか……前と、違う……?
 渚がじゅぽんと音をたてて舌を抜き、俺の雄の方をゆっくり撫でさすりながら顔を近づけて来た。
「後ろ、すごい感じやすくなってるね……。何で、そんなやらしい体になってるの? 産んでから……?」
「っう、分かんない……っ、ちんぽも、っあ、気持ちいい……」
 まだ後ろでヒクヒクイキ続けてるのに前を触られて、もう何も考えられない。
 しかも、もう片方の渚の手が俺の乱れた浴衣の胸元に触れ、硬い肉球で乳首をコリコリし始めて……。
「ここも凄く大きくなってるよね? 妊娠中からこうなったの?」
「ン、っ、わ、わかんな……気が付いたら、そうなって……っ、」
「湊の身体が変わってくとこ、見たかったな……、前も綺麗でエロかったけど、もっといやらしくなってるね……」
 乳首を引っ張られて、甘い悲鳴が上がる。
 気が付けば渚の指先が白い液体で濡れていて、なんかメチャクチャ恥ずかしくなった。
「これ、……」
 渚が興味津々で指先を上げて、それをなめとる。
「甘いね……」
「さ、触るとっ、出ちまうから……」
「そうなの……?」
 渚が面白そうに二つの乳首を両方摘み、根元をキュッキュッと絞るみたいにしながら、乳頭に滲むものを舌でヌルヌル舐め始めた。
「ンァ……っ、もう……っ、そこはダメ、だって……っ、はぁあっ……!」
 子犬に吸われてる内に皮膚がすっかり薄くなったそこは感じすぎてしまって、下腹がよじれるほどの快感が溜まっていく。
 やがてそれは爆ぜるような絶頂感に繋がり、もう触られてないはずのちんぽが精液をびゅっ、びゅっと吹き出し始めた。
「オッパイそんなに気持ちいいの? 可愛い」
 ぷっくりとしこった乳首を両方とも硬い指先で扱かれながら、渚の犬舌が腹にこびりついた精液を舐めとる。
 ちんぽの先も舌を絡めるようにしてキレイにされて、その三点責めに狂いそうなくらい身体が甘く痺れた。
「ゆるして、なぎさ、も、……っ」
 段々何も触られてない穴の方が切なくなってきて、自分で中を締めたり緩めたりして快感を探してしまう。
 でも、ソコはやっぱり太いのがねぇと、焦れるばっかりで。
「……ちゃんと、渚が欲しい……っ、もう、布団いこう……っ?」
 懇願するように顔を上げる。
 尻の下の畳は、後ろの穴から溢れ出た体液でシミができるくらいになっていた。
「分かった……。掴まって、湊」
 渚の首に腕を回した途端、浴衣の上からお姫様抱っこみたいな感じで横抱きにされる。
 運ばれながら、柔らかい長い毛の生えてる彼の首筋にスリスリと懐いた。
 なんて幸せなんだろ……。
 ずっと顔を埋めてたかったけど、逞しい腕は俺を壊れ物みたいに大事に、部屋の真ん中に敷かれた布団の上に降ろしてくれた。
 掛け布団を下に寄せ、仰向けに寝かされた後で、首を噛んで貰いやすいように手と膝を突いてもそもそと四つん這いになる。
 浴衣の裾を掴み、自分で尻を剥き出しにしながら腰まで捲り上げた。
「なぁ、来て……」
 振り返ると、慌てたみたいに相手は首を振った。
「待って、避妊しないとまた妊娠させちゃうから……っ」
 慌てて荷物の方へ取りに行こうとする彼に、俺は首を振った。
「その……、もう一回くらい産んじゃダメ……? 復職来年だから、無理じゃねぇし……俺、若くないからさ……」
「み、湊!?」
「……新婚旅行だし……渚のこと、いっぱい感じながらつがいになりたいし……渚がイヤなら、あとでピル飲むから……」
 片腕で身体を支えながら、指を柔らかくなった穴に入れて広げてみせる。
「……イヤなわけ……ない……けど……みな、と……いいの……?」
 渚は呆然としながら俺の方に戻って来て、浴衣の帯を解き始めた。
 全身に金色の毛が密生した逞しい身体が露わになり、浴衣と下着を脱ぎ捨てて、バキバキに勃起した赤黒い雄が現れる。
 既に根元にはコブが膨らんでいて、先端からはネットリと汁が垂れていた。
 あれが俺の、中に……。
 想像しただけで激しい欲情で穴をヒクつかせ、それが俺の雌の部分に来てくれるのを待つ。
 渚が背後に膝立ちになり、硬く尖った爪の先を尻たぶに食い込ませながら狭間が開かれた。
「凄い、やらしい眺め……」
 渚の指がずぶ濡れの所を確かめるみたいに入って来て、グチュグチュ水音を立ててそこをかき回す。
「ンふぅ……っ、あっ、中、そんなっ、触ったら……っ、うくぅ……っ!」
 中の気持ちいいとこを指先の肉球でコリコリされて、丸裸の汗ばんだ尻を小刻みに揺らしてしまう。
「ん、ぁ……っ、あっ」
 抜かれるたびに、関節に生えた短い毛が逆立って中を擽り、ムズムズした熱い感覚が湧く。
 早く太いので擦ってもらわねぇと、我慢できなくなっちまいそう……。
 じゅぷ、と音を立てて指が二本になって、指の腹で交互にひっ掻くみたいな愛撫が始まる。
 渚の指、肉球と爪がついてるとこ以外全部毛が生えてるから、そんなことされると奥がムズ痒くて気が狂いそうだ。
「指はもう……っ、そんな慣らさなくていいからぁ……っ」
 泣きながら前傾して、尻だけを高く上げて懇願する。
「この中に早くっ、渚のちんぽと精液、くれないとヤダ……」
 途端、乱暴に腰を掴まれ、濡れそぼった場所にグッと熱くて硬い肉の杭が強く押し付けられるのが分かった。
「あはァッ……!」
 それは柔らかくトロトロに蕩けた俺の穴を拡げて内側にグイグイ強引に押し入ってきて……。
 あまりにも久し振りな、後ろを犯される感覚に陶酔して息をするのも忘れそうになる。
「あー……なぎさの、ちんちん、どんどん俺ん中はいってる……っ、」
 柔らかい毛の感触が背中に触れ、犬顔が俺の肩口に乗り、ペロペロと舐める。
 長くて太くて……最後まで入ったら、俺、また……。
「ごめ、俺、限界……っ」
 囁かれた瞬間、俺の尻が引き寄せるみたいに乱暴に掴まれ、ズンッと一気に、根元のコブまで挿し貫かれる。
「アァ……ッ!!」
 その先端が赤ちゃん出来るとこの入り口まで届いて、背中を仰け反らせながら腹の奥キュンキュンさせてイッてしまった。
 渚を締め上げる濡れた穴の動きが止まんない。
 俺の身体、やっぱり……渚の赤ちゃんもっと欲しがってる……。
 そう確信した時にはもう、ジュポジュポ激しくソコを小刻みに突かれ始めてて。
 その速すぎる動きは人間ってよりかはやっぱ犬で、しかもあの時みたいに……挿入してる間中止まらない渚の精液が、俺の中に徐々に注ぎ込まれ始めていた。
「んはァッ、渚の、俺の中で出てるっ、もっとだして……っ」
「出すよ、俺ごと全部あげる……もう一生、湊だけのものだ……!」
 嬉しい言葉に中が無意識に締まって、より感じてしまう。
 ギュッと抱きしめられて身体を起こされ、四つん這いでバックからズンズン突かれ、スケベな喘ぎ声が溢れて止まらない。
「アッ、また赤ちゃんっ、出来ちゃう、ン……っ」
「ココでもう一回、俺の子犬妊娠して、湊……っ」
 子宮口をグウゥッと押し上げられるみたいに尖った先端でグリグリされて、直接ソコに大量の水っぽい精液が注ぎ込まれていく。
「ァッ、はぅう……っ」
 前の時と違って、意識的に俺を妊娠させようとしてる渚の動きは、いかにもオスって感じで凄ぇ興奮する。
 さっきからもう、イキッぱなしだ俺……。
 長い絶頂の中で恍惚となりながら、渚を根元から先まで引き絞るみたいに締めて吸い上げる。
「気持ちいい……っ、渚の精液好き……っ」
 俯くみたいに無防備に頭を下げた瞬間、俺のうなじに渚の鋭い牙が当たった。
「あ……!」
 獣の息遣いと共にブツッと皮膚を破られる感覚が首筋に伝わり、甘い痛みに痺れながら目を閉じる。
 流れ出した僅かな血が俺の肩から腕の内側に滴り落ちて、その赤さが嬉しくて、涙が溢れた。
 牙は皮膚に深く入り、そこからザワザワと波が広がるように俺の内側の何かが変わっていく。
 身体の奥深くに打ち付けられてる獣の太い雄が一層に愛おしくなって、これ以外はもう欲しくないっていう気持ちがより強くなった。
 ……これが、つがい……。
「どうしよ……俺っ、もっとなぎさのこと好きになっちまう……っ。渚、好きっ、……大好きっ……!」
 噛まれながら犯されるの良すぎて、自分でも濡れた尻を渚の腰に何度も押し付ける。
 腹のなか精液で一杯に満たされながらまた渚の手が俺の前をいじってきて、玉を手の平の毛でサワサワ撫で回されてヤバい。
 後ろだけでイッてる最中に前もイジられるとかもう拷問に近いのに、俺のやらしい汁で濡れた指でニュッニュッと優しく扱かれ始めて、許容範囲超えた快感に目の前がチカチカしながら、前後同時に絶頂を味わった。
「あーっ……!」
 目の前が真っ白くなり、気が遠くなる。
 そんで――二、三分、どうやら俺は渚の下でうずくまった体勢で気絶してたらしい。
「湊! 湊、大丈夫?」
 背中を撫でられながら耳元で名前を呼ばれて、ハッと目を覚ます。
 いつのまにか牙が首筋を離れててちょっと寂しかったけど――いつか犬の渚とした時みたいに、下半身は繋がったまんまになっていた。
「ごめんね……あと20分くらいは抜けないんだけど……」
 心底済まなそうに言われて、セックスの最中なのにクスっと笑ってしまう。
 気が付いたら浴衣が汗でドロドロで、ちょっと寒い。
「ックシュ!」
 くしゃみが出て、渚が後ろからギュッと抱きしめてくれた。
「ごめん、寒い?」
「んーん、平気だ。けど、これ脱がしてくんねぇ? 着てるとかえって寒い」
「難しいけど、やってみる」
 帯を回しながら解かれ、繋がった尻を上げたまま額を布団にくっつけ、両腕を後ろに引っ張られつつ袖を抜かれる。
「なんか、腕縛ってるみたいで興奮するね……」
「そういうの好きなのか?」
「そ、そんな事ないけど……」
 でも中のがちょっと大きくなってる。分かりやすいな……。
「縛ってもいいぜ……?」
 挑発するみたいに後ろに微笑みかけたら、渚が垂れ耳をビクッと持ち上げ、キュウンと可愛く鳴いた。
「いっ、今は湊が風邪引くから……!」
 反転させるみたいに浴衣の布地が身体から離れ、無事に俺も相手と同じ丸裸になった。
 とはいえ、渚の方が毛皮ある分大分あったかそうなんだよなぁ。
「なぁ、ギュッてして……」
 お願いすると、ふわあっと背中が深くて柔らかい毛皮の感触に包まれる。
 そのまま身体を抱き起こされて、渚が布団の上に座り、俺を膝の上に乗せた。
 身体が楽だし、何よりあったけぇ……でっかいモフモフの犬にだっこされてるみたいでロマンだなぁ。
 幸せに浸ってたら、首筋をざらぁっと舌で舐められた。
 少し痛みが走って、さっきはそこを噛まれたんだって実感する。
「血ぃ止まってるか?」
「いや、まだ少し出てる……。痛くない?」
「触ったら痛ぇぐらいで、平気だ。嬉しいから気になんねぇよ。……渚、こんなおっさんつがいにしてくれてありがとな」
 頭を仰け反らせて首筋に懐かせる。
「自分のことそういう風に言わないで。俺、対抗して毎日湊のこと俺の運命のお姫様って呼ぶよ?」
 ウワア、背筋が凍ってゾクゾクするっ。
「わっ、分かったからそれはやめてくれ……」
 抱きしめてくる腕を強めながら、渚がクスクスと笑った。
 うっ、腹筋が揺れると結合部が震えてゾクっとする……。これまだ、中で出続けてんだよな……。
「……そういえば湊、一緒に風呂に入りたかったんだよね」
 唐突に聞かれて、俺は反射的に素直に頷いた。
「じゃあ、このまま行こう」
「はい!?」
「俺が一回後ろに倒れるから、方向変えて」
 なんだかよく分からないまま、背後で渚が身体を仰向けに倒し、あったかい毛皮が遠ざかった。
 騎乗位みたいな体勢になったところで、言われた通り徐々に身体を回す。
「ン……っ」
 尻の中でグリンと硬いのが擦れて、また変な気分になりそう。
 脚を開きながら正面向いて股がり、渚の顔の方を向くと、やっと可愛いゴールデンの犬顔が見られてなんだか嬉しくなった。
 その顔がぐっと近付いて、モフモフの胸にぎゅっと抱き締められたかと思うと、尻を支えられながらそのまま渚の体がぐいんと立ち上がる。
「うわっ!」
 思わずしがみついたけど、こ、これはもしやあの、……ネットのエロ動画でしか見たことねぇやつじゃねぇか!?
 まさか自分がそんなプレイをする事になるとかおもわねぇし、恥ずかしくて堪らない。
 離せ、と言いたかったけど、渚のコブが完全に俺の中で膨れてて無理だった。
 渚が歩き始めると、一歩ごとに俺の体が揺れて、ズチュッズチュッと結合部が一瞬深くなる。
「ンッ……はぁ……っ、ゆ、揺らすなって……っ」
 腹の中に溜まった精液もタプタプ音立てて、またやらしい気持ちになった。
 そのまんまサッシ窓の方へ連れていかれる。
 渚は立ち止まると、片腕で俺の尻を支えながら、もう片方の手で窓を開ける、なんて恐ろしい芸当をやり始めた。
「ちょっ、落ちるから……!」
「絶対に落とさない」
 その自信どっからくんの!?
 やっぱ体格と筋力なんかなぁ……。俺も鍛えたい。
 ――川が近いせいか、窓の外の夜気はちょっとヒヤッとしてて、背中が寒い。
 ギュッと毛皮にしがみつくと、首筋と肩を優しくペロペロ舐められた。
 肩口から見下ろすと、機嫌良さそうに尻尾が左右に振られている。
 可愛いなぁ……。
 思わず和んだところで、渚が浴槽を跨いで檜の風呂の中にザブザブと入った。
 ホワホワと上がる湯気の中に俺の体ごと腰が下されて、あったかい湯に体が浸かる。
「はぁ……っ、気持ちいい……」
 ダランとして渚の肩に顎をもたれさせながら、甘美な溜息が漏れた。
 湯の中で金色の毛が揺れている。
 俺はさっきの駅弁でまたムラムラしてたから、膝に乗ったまま、相手の短い毛の生えた口もとに口付けて誘った。
「キスしたい……」
 すぐに牙の間から長い舌が出てきて、自分の唇を開いてそれを受け入れる。
 ヌルヌルと薄い肉を喉奥の方まで突っ込まれて、上からも下からも犯されてる気分に酔う。
「うンッ……、ンッ……!」
 尻を前後にいやらしく揺らして、中にいる渚のちんぽを挑発すると、射精が終わりかけてたそこがまたぐんと硬くなっていく。
 俺の口の中から舌がジュルッと回収されて、渚が焦ってワンワン言い出した。
「ちょっ……湊、また外れなくなるけどいいの……!? このまま二回もしたらお腹痛くなるぐらい出ちゃうよ!?」
「だって俺、もう一回してぇんだもん……ダメ?」
 可愛い耳にチュッと口付けながら訊くと、渚のが益々硬くなって、俺の中をグッと押し上げてくる。
「渚もしてぇだろ……? 一回じゃ足りねぇよな?」
 チャプチャプ湯音を立てながら結合部をゆすると、牙の間から漏れる息が荒くなった。
「じゃあせめて、1回目のを掻き出してから……っ」
「ダメ、このまますんの……勿体ねぇから……」
「本当にいいの……っ!?」
 渚が俺の腰を掴んで、湯を波立たせながら中腰になった。
「湊、俺も支えるけど溺れないように風呂に掴まって……!」
 コクンと頷き、風呂の端っこに寄って貰って腕を檜風呂の角の両辺に掛ける。
 同時に渚が俺の腰から太腿に向かって手を滑らせ、膝を持ちあげる感じで風呂の中で立ち上がり、俺の下半身がフワッと湯の中で浮き上がった。
 あは、俺、膝M字にされて結合部だけ湯の中、更に水面にちんぽが顔だしてるっていう、すげぇエロいカッコ……。
 渚は濡れた毛が胸に張り付いて、毛皮の下の胸筋と腹筋のラインがクッキリ出て、カッコよくてドキドキする。……こんな逞しい胸に俺、抱かれてたんだなって実感した。
「湊……愛してる……っ」
 筋肉質な腰がゆっくりと動き始め、ジャパッジャパッと湯が波立つ音と共に精液まみれの俺の腹の奥を抉る。
「ァっ、ンんッ……っ、俺も……っ、愛してる……渚ので……っ、もっと突いて……」
 俺は渚の胴に膝をぎゅっと絡めて結合を深め、形を確かめるみたいに締め上げてエッチなリズムに耽った。
 俺の膝を抱えずに済むようになった渚の両手が肋骨の脇を手のひらで支え、その親指の肉球がクリクリと乳首を弄んでくる。
「ッァん……っ、はぁアっ……おっぱいっ、気持ちいぃ……っ」
 ビクビクと身体を仰け反らせながら愛撫に溺れ、渚の雄を一層中で抱き締めた。
「湊すっごい締まってる……、乳首ほんと感じやすいね……油断するとイキそう……」
 大きく勃起した乳首を上からギュッと潰されて、キュウンと腹の奥がうねる。
 渚が舌をだらりと出して喘ぎ、腰のグラインドを速めた。
「はあっ……中が吸い付いて、俺の先っぽ、湊にいっぱいキスされてるみたい……。また、出るよ……っ」
「ン……っ、出して……、俺ん中に……っ」
 激しい水音を立てながら律動が速まり、渚のチンポがドクドク脈打つ。
 腹の下が膨れるような感覚がするくらい苦しいほど精液で満たされて、目を見開く。
「はあっ、スゴイ、俺ん中渚でいっぱい……っ」
 肉球が乳首を乳輪が伸びる程キュウッと引っ張り上げ、白い乳白色の雫が湯の中に垂れて煙のように広がる。
「ンンぅ……ッ!」
 溢れる程中出しされ続ける幸福感の中で、俺も全身をヒクヒクさせながらイき始めた。
 上半身が風呂の角から抱き上げられ、耳元に甘くて低い声で囁きを吹き込まれる。
「また、抜けなくなっちゃった……。こんなことしてたら、一生離れられなくなっちゃうかもね……」
 渚の逞しい首筋に腕を回し、優しい黒目がちな瞳と見つめ合いながら、俺は笑み交じりに囁いた。
「……もうだいぶ前から既にそうなんじゃねーの、俺達……」
 また渚の舌が唇を割って入って来る。
 俺は目蓋を閉じながら、やっと手に入れたばかりのつがいとのセックスにまた、溺れていった。



 ――それから1週間後――七月のよく晴れた日曜日の朝。
 ……俺たちの家族としての門出となる結婚式は、ドタバタと始まりを迎えようとしていた。
 場所は、利便性とリーズナブルさから選んだ、浜松町から徒歩で行ける、海に面した小さな結婚式場。
 親族控え室には既にお袋と沢山の犬塚家の面々がいて、吠えたり走り回ったり興奮気味の岬と航の面倒を見てくれている……はずだ。
 俺はといえば、新婦用の控え室で(同性婚用には作られてないので仕方がない)、シャツもジャケットもスラックスも全て純白のタキシードを着せられて、鏡の前に座らされていた。
 後ろに立った仕度係の女性が俺の髪と顔をいじりながら、調子いい感じで色々話し掛けてくる。
 他にもそのアシスタントや世話役の女性なんかもいて、狭い控え室の中は結構な人口密度だ。
 目の前の花瓶には白い薔薇とアイビーの豪華な花束……。これ、俺が持つのか?
 スタッフの手厚さといい、どうも俺、花嫁枠として扱われてる気配がするなぁ……別にいいんだけど。
「んまぁー、鳩羽様はお肌ほんと綺麗ですねぇ! おヒゲとか生えない方かしら?」
「はぁ、生まれつき薄いみたいで……」
 適当に質問に答えつつ、眉を切られ、目元や顎や頬に液体状のものをペタペタされ、唇に何かを塗られ……なんだか不安になる。
 俺、男だって分かってるのかなこの人。ニューハーフみたいな感じになったらどうしよう。
「ほんとイケメンだからメイクのしがいがあるわ〜。しかも旦那様も芸能人みたいな美形じゃあないこと? こういうのは何て言うのかしらねぇ、ボーイズラブ?」
 いや、俺ゲイってわけじゃねぇし、そもそもボーイって歳じゃねぇし……うーん、難しいな。
 でも渚を褒められるのは嬉しい。
「俺はともかく、うん、渚はカッコいいです」
「あらあら早速惚気ちゃって! ほら、これでできあがり」
 鏡の中の俺は写真映り良さそうな感じで顔立ちはハッキリしたけど、化粧してる〜って感じではなく、ホッとした。
 髪型の方はいつもと変わらなすぎてなんか拍子抜けだけど、まあ男はこんなもんだよな。
「……有難うございます」
 朝早くから付き合ってくれてる相手にぺこりと頭を下げる。
「……それからこの首の後ろの赤い点々、つがいの印ですよね? 特に隠したりしなくていいかしら」
 言われてそういえば……と首に手を伸ばす。
「あ、はい。そのままで」
「良いわねぇ、私も運命の人に会いたいわぁ。お幸せにい」
 そう、俺はこの結婚式を無事に迎えるために、婚前の新婚旅行で渚とつがいになった。
 そしてその結果がどうなったかというと――。
「湊、仕度できた?」
 控え室の扉がノックされる。
「終わってるよ」
 声を掛けると、扉を開けて渚が入ってきた。
 長身にパールベージュのフロックコートを身に付け、波打つ金髪を流すようにセットした美形の王子サマに、部屋の中のスタッフさん達がみんなキャーッと黄色い声を上げる。
「犬塚様、お衣装似合いますねぇ」
「素敵だわあ」
「有難うございます」
 余裕な感じで流しやがって……イケメンてやつは。
 まあ渚にとっては人間の外見は本当の自分じゃねぇんだろうけど。
 でも俺もやっぱり、どんな渚もカッコいいと思う……ドキドキして、勝手に全身が熱くなる。
「湊、本当に綺麗だね」
 渚が俺の座る椅子のすぐ横に立ち、視線の高さを合わせるように腰を折って鏡を覗き込む。
 派手な衣装と薄いメイクのせいか、並んでもそんなに気おくれはしない。
「……有難う」
 今日ばかりは俺も素直にそう言った。
 耳元で、誰にも聞こえないくらいの声で渚が囁く。
「……抑制剤飲んでる?」
「うん、一応」
「いい匂いして堪らないけど、どうにか我慢するね」
「ゴメン……」
 ――そう、俺の発情が乱れがちなのは結局、完全には治らなかった。
 今日みてぇにカッコいい所を見ちゃったりしたら特にダメで……でもこれって結局、俺が渚に恋をしてるってことだから、当たり前といえば当たり前だよな。
 それに、今はもう俺のフェロモンは渚以外に効くことは無いので、周りの人には分からねぇし。
 渚と一緒にいる時だけなら、いいかなって思うことにした。
 普通にデートしてる時なら概ね平気だし、こういうときは薬である程度は抑えられるしな。
「行こうか。みんなが待ってる」
 白い手袋をはめた手を差し伸べられて、その腕を取って立ち上がる。
「……うん」
 美容師のお姉さんに「行ってらっしゃいませ」と見送られて、俺たちは控え室を出た。
 二人で廊下を歩きながら、渚の視線を感じて照れる。
「あんまり見るなよ」
「うっとりする程、綺麗だから……。今日は終わるまで大変だけど、大事な身体だから無理はしないでね」
 吹き出しそうになった。
 妊娠してたとしても、まだ赤ん坊は点くらいの大きさじゃねえかなぁ。渚、気が早すぎる。
「まだ悪阻もこねぇし、変な気回さなくて大丈夫だよ。ほら、着いたぜ」
 親族控え室と書かれた札が掛けてある部屋の扉をスッと開けると、両脇にクラシカルな椅子がズラリと並んだ絨毯の室内から、沢山の人達の歓声が沸き起こった。
「わぁ、本当に素敵ね!」
「おめでとう!」
「二人ともお人形さんみたいに綺麗ねぇ」
 岬と航、それに留袖を着た俺のお袋以外はみんな犬塚家の面々だ。
「まさか、あなたがお嫁に行くなんてねぇ」
 普段とは違い、綺麗に化粧して髪も整えたお袋がしんみりして目頭を押さえている。
 俺もまさか、子供産んだ挙句結婚することになるだなんて、これっぽっちも思わなかったぜ……。
 みんなに群がられて写真を撮られたりしながら、俺は人々の中を見回した。
 スーツを着た白ネクタイの男性や、色とりどりのカクテルドレスを着た女性達の間に混じって、俺の方に行きたくて暴れる岬を抱っこしてくれてるピンクのドレスの夏美さんがいる。
 来てくれたのか……!
「夏美さん」
 嬉しくなって思わず声をかけると、なんだかツンデレみたいに顔をプイと逸らされた。
 相変わらずだなあと思ってると、彼女が子供抱いたままこちらに近付いてくる。
「この子、私のお婿さんに貰うことに決めたから」
「ちょっ、夏美!?」
 犬塚さんが狼狽してる。……もしかして、娘を嫁に出したく無いタイプ?
「冗談だよ、お兄ちゃん。……でも、ブーケトスは絶対私にちょうだいね。犬になってでもキャッチしてやるから」
 髪型を綺麗に作り、完璧に盛装したこの夏美さんが突然犬になって精悍な感じでブーケをキャッチする様を思い浮かべてしまい、思わず笑みが込み上げた。
「じゃあ、投げないで直接渡すよ」
 俺が言うと、夏美さんは初めてその整った顔立ちに華やかな笑顔を浮かべた。
「それがいいわね。……おめでとう」
 その笑顔は一瞬だったけど、十二分に優しさを感じて、心から感謝した。
「ご親族同士の紹介はもう終わってらっしゃいますから、この後は皆様で写真撮影になります」
 世話役の人に促されて、俺たちは新しい親族達と一緒に控え室をガヤガヤと出た。
 すぐ向かいにある集合写真撮影用の広い部屋で、1番前の中央に座らされ、背後の三段のひな壇に犬塚家の面々が次々と並んでいく。
 澄まし顔の夏美さん。
 今日はちゃんとスーツを着てる、キリッとした顔の直人さん。
 笑顔の恵さんの腕に抱かれた、まだ人間になれない獣身の秀人くん。
 金髪に留袖が美しい渚のお母さん、ちゃんとモーニングで正装した渚のお父さん。
 弟達、お祖父さんに叔父さん、叔母さん、従兄弟に従姉妹、その伴侶と、朗らかな子供達。
 去年の暮れまでは俺、この世に親戚なんてお袋と子供しか居なかったのに……今はこんなに賑やかで、凄く不思議だ。
 結婚って、こんなにも繋がりが増える事なんだな。
 面倒に思う人もいるかもしれねぇけど、俺は、悪くないって思った。
 ずっとお袋と二人で寂しかったし……今はこれで丁度いいくらいだ。
「はい、皆さま前を向いて下さい! 撮りますよ! ハイ、さん、に、いち!」
 ――何度かフラッシュが焚かれ、撮影が終わる。
 案内に従って皆がひな壇から降り、挙式のためにホールに向かい始めた。
 俺と渚は、これから祭壇の前で一緒になる時まで少しだけ離れ離れだ。
「湊。待ってるね」
 頷き、手を振る。
 俺はお袋と一緒に、スタッフの人に案内されながら一度控え室まで戻った。
 親子二人きりになり、苦労が皺になって刻まれたお袋の顔を改めてじっと見る。
「有難うな、お袋」
 別に離れて暮らすわけじゃねぇけど、それだけを伝えると、濡れた瞳が俺を見上げ、感慨深そうに微笑んだ。
「――あんたは、女の子と結婚するんだと思ってたけど……でもあの人と並んでると、湊の運命のつがいはあの人だったんだなってとても分かるよ。幸せになってね」
 しみじみそう言われて、俺も深く頷いた。
 花嫁ならここでベールを下ろして貰う所だけど、俺は男なので、特に何もない。
 地面に流れ落ちるような華やかなブーケと共に、お袋がスタッフさんに連れられて出て行った。
 鏡の前で一人きりになり、いつか夢に見たことのある、長く寂しい誰もいない路地のことを思い出す。
 あれはきっと遠い昔に過ぎ去っていった日々。
「新郎の方が入場されました。新夫の方、式場に入場してください」
 背後で扉を開けた黒いベストの世話役の女性に呼ばれ、俺は控え室を出た。
 廊下に出ると、俺たちが式用に選曲した洋楽のサビが耳に届き、そのロックな曲調がエレガントな感じの式場に全く似合ってなくて笑った。
 これ、渚と初めて見合いした時の店で流れてた曲なんだよな。
 全く結婚式っぽくねぇけど、男同士って感じでサッパリしてて良いんじゃねえかと。
 Livin' On A Prayer、希望を持って生きるって感じのタイトルの曲。
 俺はオメガに産まれて、まあ色々あったけど――基本的には楽観的に生きてきて良かったなって思う。少なくとも、転んでもタダじゃあ起きなかった。
 世話人に付き添われながら、狭くて暗い廊下を先導されて歩く。
 やがて目の前に眩い光があふれ、吹き抜けの天井の窓から太陽のきらめきが降り注ぐ、白い花々が飾られた祭壇と、そこへ降りていく大階段が眼下に広がった。
 踊り場で待っていたお袋と一緒に、華やかな階段を一つ一つ下りてゆく。
 本当は父親と一緒に行くとこなんだろうけど、俺の肉親は彼女一人なので。
 段を下りた先には赤い絨毯が敷かれ、その始まりに、優しい笑顔を浮かべた渚が花束を手にして待っていた――いつかの夢の結末のように。
 もう現実でも、俺は彼の手を取ることを迷ったりはしない。
 犬塚家の人々が、両側の参列席から俺たちを温かく見守ってくれている。
 俺は薔薇とアイビーの美しい花束を渡され、その中から一輪をとって渚のフロックコートのボタンホールに挿した。
 左手でブーケを持ち、再び手を取って歩き出そうとした瞬間――高い子犬の鳴き声がして、参列客の間から岬と航が目の前に飛び出して来る。
 戸惑いつつも足元に纏わりつく二人を迎え、俺たちは微笑みをこぼした。
 長い人生、こんなサプライズも楽しいもんだよな。
 ――小さくても賑やかな二人とともに、家族四人、仲睦まじく寄り添って――。
 俺は渚としっかりと手を繋ぎ、目の前の新しい未知の世界へと続く道に、晴れやかな一歩を踏み出した。

end