※神々の祭日のヴィクトルが受になっています

主神の祝福


 王都が春の祝祭を迎えようとしている。
 夜も人通りが絶えず、華やぎに満ちた城下の街とは裏腹に、丘のふもとの神殿は真夜中の静けさに満ちていた。
 その奥深い身廊の地下には、一部の神官だけの知る秘密の部屋がある。
 蝋燭と供物を並べた祭壇が壁際に置かれてている他は何もないその部屋に、ひと柱の異形の神の姿があった。
 片方の端の折れた山羊の巻角に、黒いローブの上を流れる艶やかな銀髪、美しい女性的な容貌――その名はアビゴール・カイン。
 厳かな儀式が彼の手により、今まさに行われようとしていた。


「――扉よ開け」


 古い神の国の言葉による独特の発音がカインの赤い唇から発せられる。
 足元に描かれた魔法陣から迸るような青い光が天井に上がり、絹糸のような長い髪が舞い上がった。


「――我がはらからの古き神々よ。我が求めに応じる者は、血肉を持った可視の姿となり、この聖域に現れ出でよ……我は汝らをこの世界に召喚する」


 光が一層に強くなり、常人では目が開けていられない程の閃光が地下室に溢れる。
 やがて、全てを消し飛ばすような光の世界に、まるで塵が集まって行くように人の形が少しずつ作られた。
 目蓋を閉じた白く美しい顔と、フワフワと縦巻きになる程に波打った長い白髪。
 僧衣のような純白のトーガに身を包んだ長身の男の姿が瞬く間に完成すると、眩しい光は徐々に収まった。
 男の裸足の足先が地に降り立ち、召喚者の前に踏み出す。
 その神々しい姿を目の当たりにして、普段滅多に狼狽を見せないカインの相貌に驚きの色が浮かんだ。
「ちょっ、おい」
 彼の革の長靴ブーツの足が無意識に一歩退く。
 異世界からやってきた男はその反応に微かに笑みを浮かべ、光がさざめくような声を発した。
「アビゴールよ……久しぶりだな」
 名を呼ばれた息子は、嫌な相手がやって来てしまったとばかりに整った眉をしかめた。
「父上……俺はあんたを呼んだ覚えはねぇぞ」
 そっけない出迎えに、男が困ったように笑う。
「私が来てはいけなかったか? 子供達が楽しそうな祭をするというから、楽しみにしていたのに」
「暇なのかよ。……あんたみたいな世間知らずがこんな修羅の世界をフラフラしてると、また力を利用されるのがオチだぞ。さっさと帰れ」
 カインがローブを翻してにべもなく背を向け、立ち去ろうとする。
 つれない後ろ姿を、父神は優しげな口調で引き止めた。
「相変わらずつれない態度だなあ。寂しいぞ」
「知るか。祭りの夜の賑やかしにほかの兄貴でも呼ぼうと思っただけなのに、何で主神バアルが来ちまうんだ。神官の爺さんが腰抜かして心臓止まっちまうだろうが……早く失せろ」
「そんなことを言われても、もう来てしまったものはどうしようもないだろう? ――おや」
 会話するうちに息子の異変に気付き、召喚された神――この国の最高神、バアルは深い紫色の瞳を見開いた。
「おやおや、お前――ツノが折れてしまっているじゃあないか。あんなに見事な美しい角だったのに……不注意でどこかにぶつけたのか?」
 カインは不愉快そうに眉を吊り上げ、振り返って言い放った。
「ちげーよ。結婚したんだよ、結婚」
 父神が一瞬、固まったように絶句する。
 カインは気にも留めず再び踵を返した。
「帰らねえってんなら、祭が終わるまでずっとこの地下室にでもこもっとけ。じゃあな」
「待て、待て。結婚? ……お前が?」
 白いトーガの布の下からシュルンと白く滑らかな触手が飛び出し、カインの腕に巻き付く。
「うるせえな、離せよ」
「……。はねっかえりの我が末息子が、まさか結婚をするなんて……」
 驚きを隠しきれない父親に、ムッとした口調でカインが言い放つ。
「あんただって今まで何十人もとしてるだろ、結婚ぐらい」
「……私はお前の母親に愛想を尽かされてからはずっと独り身だぞ」
「本当かよ……怪しいもんだな。もう折るツノも無くなっちまって結婚できないだけなんじゃねえのか」
 腕が強く振られて、巻き付いた触手がもぎ離された。
「ふふっ、お前は母親似だなあ……そういう所が可愛くて仕方がないぞ」
 バアルがその神々しいかんばせに華やかな笑みを浮かべる。
「お前のことだ、私が単に遊びに来ただけではない事に気付いているのだろう?」
「……」
 背を向けたまま黒衣の神が押し黙った。
「……本当に後悔はないのか、聞きに来たのだ。お前が一人の人間に助力を与えた挙句、その成就にも手を下した罪は、私や兄弟達を助けた事で既に相殺されている」
 主神はゆっくりと魔法陣から足を踏み出し、カインの背後に近付いた。
「お前は力を取り戻し、我らの世界に帰り今まで通りの暮らしをすることもできるのに。何故、それを選ばない?」
 黒衣の背中は微動だにせず、ただ落ち着いた低い声だけが地下室に響いた。
「ひとりの人間に助力を重ねる事が罪なら、今でも俺は罪を犯し続けている事になる。だから俺は力を殆ど無くしてここに来た――それでいいんだよ」
 バアルの表情が柔らかく緩んだ。
「……。その人間といるこの世界は、そんなに楽しいものなのか?」
 照れたように僅かに目元を染め、カインが顔をこちらに向けた。
「たっ、楽しい訳じゃねえよ。……でもまあ、少なくともレオンとのセックスは楽しいかな」
「レオン? あぁ、あの時お前と一緒に王城に現れた色白の男か」
「覚えてんのか?」
 ルビー色の瞳が意外そうに見開く。
「あの老王の中で見えてはいたからな。なるほど、そんな風には見えなかったが――あの人間はそんなに色事が得意なのか」
 華やかな微笑みと共に、主神は思いついたようにぽんと拳で手のひらを叩いた。
「……では、私もひとつ試してみるかな。レオンとのセックスとやらを」
「はぁ!? 馬鹿野郎、ブチ殺すぞ!!」
 突然激昂した相手にバアルが一瞬言葉を失う。
 ハッとした息子に、父は驚き呆れながら尋ねた。
「お前、まるで人間のようだぞ……。以前は性交の相手を私と共有しても全く気にしなかったのに、どうした……?」
 カインの表情が一瞬怯んだが、すぐに噛みつくような言葉が続く。
「うるせぇ、黙れ。こっちの世界じゃ結婚するってのはそういうことだし、レオンは俺のもんなんだよ」
 益々理解できなかったのか、主神が心配そうな顔で自分の服の下から腕ほどの太さの触手を二本伸ばした。
 その滑らかな表面が息子を上から下までサワサワと撫でて感触を確かめる。
「お前、本当にあのアビゴールか?」
「やめろ、気色悪い」
 その白い異形の腕を、鞭のようにしなるカインの尾がビシビシと跳ね除けた。
 拒絶されながらも主神が会話を続ける。
「分からん……。私は狂王の肉体に百年閉じ込められている間に様々な人間の若者に出会ったが、そんな好ましい者には会わなかったぞ……」
「そりゃあのジジイの周りの人間なんぞロクなヤツがいねぇだろ……」
 面倒になったカインに触手を掴まれ、先端をギュッと結ばれ始めると、バアルはふと思い出したように形のいい唇を開いた。
「いや、一人いたかな……母親思いの美しい心を持った人間が。見た目も普通のエルカーズの民と違っていて、面白い男だと思ったが……狂王に、その心の通り美しい黒豹の兵士に変えられ、戦に向かってしまった。――きっと今頃は死んでしまったんだろうなぁ、人間は寿命が短いというし……」
「……そいつはもしかして……」
 カインが一瞬怪訝そうに首を傾げる。
「……知っているのか?」
「――教えるから、レオンには手を出すなよ……」
 バアルは表情を輝かせ、鷹揚に頷いた。
 指で誘われるままにカインの囁きに耳元が寄せられる。
「ふむふむ……成る程」
「じゃあ、俺はもう行くからな。こっちは前夜祭の準備で忙しいんだ、邪魔すんじゃねえぞ」
 ゆったりとした頷きで答え、バアルは王城に続く地下通路の入り口へ姿を消したカインを見送った。
 結ばれたままの触手がしゅるっと解かれ、その先端が空中を切り出すように光の線を描く。
 ぱかりとそこが扉のように開いて、異空間へ繋がる穴が覗いた。
「とはいえ、興味がある……。少し、覗いてみるかな……」
 触手は穴の中から銀色に光る平な盤を取り出した。
 祭壇に置かれた水差しがひとりでに浮き、銀盤に向かって飛んできて、鈴のような音を立てながらその表面を水で満たす。
「さぁ、我が息子を映しておくれ」
 長い指の先が、触手で支えられた水盤に波紋を起こした。
 王城の廊下を歩く、優雅に靡く銀髪の男が水面に映る。
「ふふ。邪魔をするな、か」
 バアルはまるで空中に椅子があるかのように空気の上にフワリと座って脚を組み、銀盤に見入った。




 ――真夜中、暗い王城の寝室にカインがたどり着く。
 かつての王家の紋章が透かし彫りされた扉が開くと、ひとりでに壁の灯火が点き、主人の為の天蓋付きのベッドを照らし出した。
 そこには濃緑色のシーツや上掛けが整えられたまま、誰の姿もない。
 だが、衝立で仕切られた扉側に簡易な側仕え用のベッドが置かれていて、そちらの方には若い青年が安らかに眠っていた。
 漆黒の髪と、恵まれた体格の割に幼く、どこか庇護欲をそそられる顔立ち。日頃の鍛錬による引き締まった筋肉が、寝乱れた薄いシャツの下に透けている。
(あれが「レオン」か……。多少可愛い顔はしているが、地味だし、全く好きモノそうには見えんぞ。どちらかというと、おぼこい感じではないか。カインも趣味が変わったものだなぁ)
 バアルが少しガッカリしていると、銀盤の中でカインが狭いベッドに膝をのせて屈み、青年を口付けで起こすのが見えた。
(相手は眠っているというのに、相変わらず強引な)
 カインとは正反対の真面目そうで慎ましやかな人間が、段々気の毒になってくる。
「ンぐ……っ」
 口腔への淫らな侵入で目覚めた青年が、銀盤の中で薄い茶色の瞳を開いた。
 眠そうな二つの目が何度か瞬きをして、その両腕が恋人の首筋に絡む。
 彼は眠りを妨げられたのを怒ることもなく、愛情のこもった接吻を返し、銀髪を撫で梳きながら心底嬉しそうにカインを歓迎した。
「……っはぁ、お帰り……」
 濡れた唇が離れ、甘く囁くような言葉を紡ぐ。
「祭りの準備で今日も忙しいから、帰らないのかと思っていた……」
 カインは覆いかぶさるように狭いベッドに上がりながら彼のシャツの中に手を滑り込ませ、薄紅色の乳首を弄びながら片眉を上げた。
「何だよ、帰ってきちゃ悪かったか?」
「……ッン……いや、ずっと待ってた……夢に見るくらいに……」
「俺の夢を見たのか? どんなだ」
 聞かれて、青年が首筋を真っ赤にして俯く。
「っァ……、そ、それは……だから……普通に、お前が出てくる夢だ……」
「へえ……真面目な総長さまは恥ずかしくて人に明かせないようなやらしい夢を見たってわけか……」
 意地悪な返しにレオンは口をつぐんだ。
 カインが唇の端を上げて嗜虐的に微笑む。
「で……お前は、夢の俺だけで満足できたのか?……」
 青年は緩く首を振り、甘く蕩けた表情で悪戯をするカインの手をやんわりと止めた。
「……っ、それは……。無理、だ……、夢だけなんかでは……寂しくて……」
「寂しくて、ねえ……それで、俺のベッドでうっかり眠り込んだ上にエロい夢見て、溜まってたのを漏らした訳だ……」
 その言葉に、はしばみ色の瞳が丸く見開かれた。
「なっ、なんでそこまで知ってる……っ!?」
「あっちのベッドはここ何日も使ってないはずなのに、シーツが妙に新しい。浮気でなけりゃそういうことだろ」
「〜〜っ……」
 淫らな失敗を知られ、レオンが横たわったまま恥ずかしそうにそっぽを向いて視線を逸らす。
「……さて、俺はお前がこっそりシーツを替えてくれたあっちのベッドへ行くが、――お前はどうする? このまま朝まで眠って、いやらしい夢の続きでも見るか?」
 若者は後ろ髪を清楚に刈った白いうなじを紅く染め、僅かに首を振った。
「い、いやだ……」
 その言葉に答えるように、白い蛇のような尾がするりと動いて薄いシャツの背中の下に入り、寝ていた身体を抱き起す。
「……なら、自分で服を脱いで俺のベッドに来い」
 伴侶に対するものとは思えないカインの傲慢な態度に、バアルは銀盤の前で小さくため息をついた。
(息子は本当にひねくれているなあ……私の育て方が悪かったのか?)
 黒衣の神がレオンのそばを離れ、天蓋のある広いベッドへと向かう。
 銀盤の中に、青年が薄いシャツと下着とを脱ぎ落としていく様子が映し出された。
 盛り上がった胸筋の上で淫らに尖った乳首に、美しく溝の走った腹筋。
 どうしても幼い印象を受ける、短く剃られた薄い陰毛――そして初々しい色をした性器。
 引き締まった尻もあらわに、素足で彼は床に降り立ち、伴侶の元へと歩いていく。
 主人のベッドの上ではカインが長靴ブーツを脱ぎ、黒いローブを傍の椅子の背に投げた所だった。
 その両腕が、全裸でベッドに上がったレオンを迎える。
「カイン、……欲しい」
 青年は蕩けたような表情でそう告げると、カインの太腿を跨いで膝立ちになった。
 白い筋肉質な腕が伸び、高襟の軍服の留め金を献身的に外していく。
 彼にそれをさせたまま、銀髪の神はその指先で目の前の均整のとれた裸体をなぞり、尾を白い内腿に這わせ始めた。
「さて……。まずはお前がここでどんな夢を見たのかを聞かねえとな」
「しつこいぞ……もうその話はいい……っ」
「そういう訳にはいかねえなあ。さあ、さっさと言わねえとお前の可愛いここを永遠に焦らすことになるぞ……」
 無防備な尻の狭間に尾がわずかに突き込まれ、ツプッツプッとごく浅く出入りする。
「はっぁ……っ、カイン……、っひ、そんな所ばかり……っ、やめてくれ……っ」
 尾に体液がトロリと伝い始め、純朴そうに見えた青年の腰が淫蕩に前後に揺れ出す。
「アあ……ッ、も、もっと奥まで来てくれ……、お願いだ……っ」
 目元を染めたその艶やかな表情に、バアルは紫の瞳を楽しげに細めた。
(なるほど、昼は淑女、夜は娼婦というやつか。それにしても、こんな真面目そうな青年を、どれだけ仕込めばこうなるのやら)
 映像の中で、青年は二つの大きな乳首をしごくように愛撫され、身を悶えながらカインの尾を貪っている。
 その股間のピンク色の雄は触れられもせずに硬く立ち上がり、ユラユラと切なく揺れては先走りを垂れ流していた。
 尾はやがて逃げるように引き、入り口の襞のごく浅い場所を擽りながら出たり入ったりし始める。
 完全に先端が抜かれてしまう度に、切ない悲鳴がレオンの喉を漏れた。
「カインっ、ァあ……っ、抜くな……っ」
「やれやれ、お前の前と後ろから垂れたスケベ汁がシミになってるぞ……またシーツを替えるのか……?」
「はぁっ、許してくれ、……久しぶり過ぎて……っ、止まらな……っ」
「さぁ、お前はどんな夢を見て俺のベッドを汚したんだよ……」
「……っ。……城の、庭で……お前とする、夢だ……」
「ふうん? それだけなら何も隠す必要はないよなあ……?」
 クプッと音を立てて尾が抜かれ、尖った先でクルクルと濡れた後孔を擽り始める。
「んぅ……っ、カイン……、やめ……っ」
「さあ、続きを話せ……」
 唇が耳朶の薄い部分を食み、爪の長い指が哀れなほど尖った青年の乳頭を弄ぶ。
 彼は首筋まで真っ赤になりながら、掠れた声で告白した。
「……しながら、訓練中の部下達に、見られてしまう、夢を見た……」
 赤い瞳がぎょっと見開かれた。
 青年が涙ぐみながら弁解する。
「おっ、お前のせいだ……っ、お前が窓の前でしたがったり、ヴィクトルの目の前であんなことをするからっ、……っ、そ、それで、そんな恥ずかしい夢を……っ!」
「――驚いたぜ。青姦で人に見られてねえとイケねえ身体になっちまったのか、お前」
 揶揄する言葉に、レオンは慌てて大きく首を振った。
「ちっ、違う……! 誤解だ、あんなのもう二度と俺はっ……っ、あ!」
 尾がかなり深くまで突然突き上がり、青年の引き締まった体が大きく痙攣する。
「なーにが誤解だよ。見られたくてしょうがねえんだろ? この完勃ちオッパイと、チンポ咥えるのが大好きですぐ濡れちまう穴を」
「ちが、あぁアッ! ……っひ!」
 乳首にカインの舌先が触れて捏ねまわし、その指が腹を辿って充血した竿に降りて行く。
「それとも、この赤ん坊みたいな色の童貞チンポを見られてえのか? ――お前、完全に童貞だってバレてるもんなぁ、あいつらに」
 ヌチュヌチュとそこを扱かれ、もう片方の手で重そうに張った玉を弄ばれて、青年の呼吸が切迫した。
「清潔な総長さまが尻を振って男を欲しがってるとこを見たら、あいつら何て言うかな……?」
 白い尾がニュッと引き抜かれ、その濡れた先端が肉茎の根元から絡みつく。
 指が離れると、その尾はクチュクチュと音を立ててそこを扱き始めた。
 カインの手がレオンの尻たぶを両側から掴み、ギュッと爪を食い込ませながら広げる。
「アァ……っ!」
 そのまま卑猥な動きで尻が揉まれ、だらしなく口を開けた青年の後孔がヒクッヒクッと痙攣するたびにシーツに新しいシミが生まれた。
「それでお前は、どんな体位でオネダリしたんだ?」
 レオンが痺れを切らし、カインのズボンのウエストを留めている金具に手を掛ける。
 拙い指の動きでようやくそこを開くと、神の持つ長大な雄が、反り返るようにしてそこから姿を現した。
「お、俺は……っ、お前の上に乗って……う、後ろから……」
「へえ……。じゃあ、それを今してみせな」
 カインがベッドの頭側に向けて身体を倒し、肘で上体を支える。
 レオンは身体を逆に向け、伴侶に背中と濡れた穴を見せつけながらそそり立つ怒張の上で徐々にしゃがんだ。
「……う……はぁあ……っ」
 太い雁首の先端がめくれた後孔に引っ掛かり、赤黒く丸みを帯びたそれが柔軟な襞の中に飲み込まれてゆく。
「ぁあ……これで、奥、まで……」
「ふ……バックからケツを奥まで突かれるのを、人に見られたかった訳か……」
「そんなこと言ってな……っ、あァ……っ!」
 青白い両手が逞しい腰を掴み、下からズンと突き上げる。
「はっ、……ぁあ……っ」
 雄を堪能するような甘い喘ぎが断続的に上がり、青年が夢中になって腰を揺らめかせ始める。
 するとカインは起き上がり、彼の耳元に赤い唇を寄せた。
「――いいことを教えてやろうか……この部屋、今、覗かれてんだぜ……」
 ひっと息を呑む音が上がる。
 銀盤の映像に集中していたバアルは肩を竦めた。
(なんだ、バレていたのか)
 開いた尻の狭間に深々と雄を受け入れた青年は、慌てて腰を浮かそうとしたが、カインの両腕に囚われたはずみで尻を落とし、益々自分の中を抉る羽目になった。
「あーっ……!」
「ほら、お前のいやらしい穴、覗き魔にしっかり見せてやれ……」
「う、嘘だ……、あァっ!」
 奥深くに亀頭をねじり込まれるようにされて、逞しい身体が淫らに悶える。
「――俺が嘘をついた事があるか?」
 水鏡が今正面から映していることを知っているように、カインの手が犯されている青年の膝頭を掴み開いて結合部を見せ付けた。
「カインっ、ぁあ……やめっ」
「――お前がそう言うなら仕方ねえなあ」
 レオンの身体が僅かに持ち上げられ、ぬぷ……と中を犯していたものが引き抜かれる。
 彼の後孔は赤くめくれてヒクヒク震えたまま、淫猥な痙攣を見せた。
「可哀想な穴だな? 大好物を食ってたのに、恥ずかしがりの主人のせいでお預けを食らうなんてなあ」
 それまで淫らな体勢での突き上げを味わっていたのに、急に快楽を奪われ、優しげな色の瞳に涙が浮かぶ。
「や……いや、だ……」
 襟足の短い首がふるふると振られた。
 カインのそそり立った雄が白い尻の狭間に沿うように擦り付けられ、一層に欲を煽り始める。
「……だ、ダメだ、……カイン……っ、あぁ……、またっ、欲しくなる、我慢できな……っ」
 くす、と赤い唇が笑む。
 銀盤からは聞き取れない程の小さな声で、カインが何事かを伴侶の耳元に囁いた。
 その表情が動揺し、頬がますます赤く染まる。
「む、無理……っ」
「へえ。じゃあ、俺はこのままお前の尻の肉で抜いちまおうかな」
 濡れた狭間に怒張がヌチュヌチュと押し付けられ、ますます青年の下半身が堪え難く悶えた。
「い、言う……言う……っ」
 レオンが恥辱に顔を逸らしながら、自らの手を股間に持っていく。
 その指がぎこちなく、濡れそぼった襞を広げ、中をさらけ出した。
「お……俺の……っの……は……」
「ん? 聞こえねえな」
 意地悪い言葉がせっつく。
「お、俺の、……見られるのが大好きな、恥ずかしい穴をっ……お、奥まで犯してくれ……っ」
「可愛い俺のレオン……上出来だ」
 カインが再び長大な分身で肉壺を深く貫く。
「はぁあっ……っ! カイン……っあっ! イクっ、イッ……っ」
 悦びに全身を震わせ絶頂する青年を追い詰めるように、カインの指が赤い尖りを愛撫する。
「もうイッてんのか? じゃあ、次はスケベな乳首でもイッてみろ」
「んぁあ……っ、あーっ……!」
 丸みを帯びるほど充血した乳首に爪を立てられ、ガクガクと開いた膝が痙攣し、レオンの腰が踊るように雄を貪る。
「気持ちいいっ、あぁっ、中もっ、乳首も気持ちいい……っ!」
 太い茎の表面に強く絡みつく窄まりを銀盤に見せつけ、揺れる幼げな雄から白濁を漏らして、青年が艶やかに腰を振りたくる。
「カイン、っあ、……っ、キスを……っ」
 神は動きを止めると愛らしくねだる彼の顎を掴んで引き寄せ、啄ばむような口付けを施した。
「お前、祭で変なのに声かけられても絶対無視しろよ……。お前のココは死ぬまで俺だけのもんだからな。――分かったか……?」
 嬌声を上げるばかりの青年が何度も首を振る。
 カインが突き上げを再開したところで、バアルは銀盤に指を浸して映像を閉じた。
 ――いつからそうなっていたのか、下肢がムズムズと熱い。
 健気で従順な青年の色香が、思ったよりも効いたようだった。
(……成る程、最近の人間は、他人に見られていると感じながら交わることで悦ぶのか……一つ勉強になったな)
 カインによく似た美しい形の唇が微笑む。
(しかし私の好みからすると――、どうせ男を抱くのなら、健気なよりも多少跳ねっ返りの方が燃えるような気がするが)
 白い睫毛に縁取られた優しげな紫の瞳が妖しく瞬く。
 盤の水が天井に向かってざあっと舞い上がり、その水滴がキラキラとした霧に変わると、バアルの姿は一瞬にして地下室から掻き消えた。




 春祭の前日、神殿騎士団副官であるヴィクトル・シェンクは王都の警備に多忙を極めていた。
 日の出始めた頃に同僚達と共に王都に散ってから、彼は一度も兵舎に帰っていない。
 ヴィクトルの持ち場は一番人間が多く集まる中央広場で、その忙しさは群を抜いていた。
 美しく整えていた黒髪は波打つように乱れて散らばり、ブロンズ色の頬には擦り傷と土埃が付いている。青い立襟の軍服はホックが飛び、首元の濃い肌の色が覗いていた。
 ここ北部エルカーズ地方は薄い色の肌と髪の色を持つ人間が多く、彼の容姿は祭に沸く雑踏の中でもはっきりと目立つ。
 群衆の中で時折感じる不躾な視線はこの国では仕方のない事だったが、今日に限ってはことのほか彼を不機嫌にした。
 猫科の肉食獣のような琥珀の鋭い瞳が歓楽に訪れた人々の姿を映す。
 明日の祭を目的に、周辺の農村の人間だけでなく、流しの商人や芸能を得意とする流浪の者達がこの王都に多く入り込んでいる。
 その中には犯罪を裏の生業とする者達も紛れ込んでいて、人混みに乗じて金品を掠め取る泥棒や、まっとうな商人に化けた詐欺師など、見過ごせない悪党も多い。
 ヴィクトルはそんな輩を彼特有の嗅覚で次々と発見し、捕まえては王城の地下牢に放り込んでいるのだが、多勢に無勢で流石にキリがなかった。
 他の神殿兵は彼ほどの実力も洞察力もなく、ただ要所に突っ立っているだけの者もいる始末で、止むを得ずこちらに皺寄せが来る。
 しかも、上司である総長は伯爵の執務室に特別な仕事の依頼という名目で引き止められているとかで、治安維持の人手には参加できそうにないという――。
(特別な仕事だ? どうせまた例の伯爵様の中身とやりまくってんだろ、畜生。――神様ってやつは好き勝手してもバチを当てる奴もいねぇんだから、羨ましいぜ)
 そう思うと、昼間から酔っぱらいばかりが行き交う広場で酒も飲まずに真面目に仕事をしている自分が馬鹿らしくなってくる。
 そんなイラつく気持ちを、先刻から仕事がてらに犯罪者にぶつけている感も否めない。
 事実、ヴィクトルの捕まえた盗人には、なぜか他の囚人より生傷が多かった。
 どこか獲物を求めているかのようにも見える彼の鋭い瞳が、視界の中で異変の兆候を捉える。
(――ん。何だ、あれは……)
 広場の中で通行を阻む程になり始めている人だかりの形成を見つけ、ヴィクトルは訝しんだ。
 広場の端から、中央の噴水池に沿って丸く並んだ露店の前へと入っていく。
 片側の店先には珍しい生地の布や祭用の煌びやかな仮面が並び、遠く南方から運んだ果実が甘い匂いを放つ。
 それらに目もくれず、彼は広場の反対側の外れ、軒を作らず地面に布を広げて商売している行商達の並びに足を向けた。
 その一角、溢れんばかりの人混みが集まっている場所に身体を滑り込ませていく。
 ――人々の関心の先にいたのは、石畳の上に広げた天鵞絨ビロードの布の上で、珍しい舶来のブローチやペンダントを売っている流しの商人だった。
「本当に素敵だわ。これ、本当にこの値段なの?」
「勿論。とてもお似合いですよ、お嬢さん」
 頭から大きな白いローブを被り、ツノの生えた神の仮面で顔の上半分を隠した物売りの男が優しげな声で客に声を掛ける。相手は五十もとっくに超えているであろう婦人だが、何故か嫌味に聞こえなかった。
 店主はどこか商人らしからぬ風情で、地毛なのかカツラなのか、ローブから出た長く美しい白髪を宝石を散りばめた革紐で編み込み、座り込んでいる布の上にまで垂らしている。
 仮面の下の整った鼻筋と美しい形の唇はまるで女のようだが、その声は明らかに男。艶やかでシミひとつ無い白い肌からすると、歳は二十を過ぎたくらいだろうか。
 目の前のふくよかな婦人はあからさまなお世辞にも顔を真っ赤にして喜び、血のように赤い石を付けた美しいペンダントの代金を男に渡している。
 布の上に置かれた値段に目を落とすと、子供の玩具とさほど変わらないような値段だ。
 しかし売られている品はどれも精巧な作りで、使われている石もまるで本物のように見える。
「お買い上げありがとうございます。神々の祝祭日に幸があらんことを」
 仮面の男はニッコリと笑み、鷹揚に手を振って婦人を見送った。
 その後も次々と買い手が付くが、男が余りにも丁寧にゆっくりと接客をしているので、集まる客が引きも切らない。
(商売に慣れてねぇ、っていうよりも完全に素人だな……こいつは明らかに怪しいぞ)
 犯罪の臭いを確信し、ヴィクトルは更に人垣をかき分けて男の真正面に割って入った。
「――神殿騎士団の査察だ。通してくれ」
 集まった客がしぶしぶと引く。
 男の真正面に出て屈み、ヴィクトルは言い放った。
「失礼だが、商品を改めさせて貰う」
 正面から睨みつけると、仮面の奥の美しい紫の瞳がじっとこちらを見つめ返してくる。
「――ああ、構わない」
 好意のようなものすら感じるその態度に違和感を感じながら、ブローチの一つを手に取った。
 美しい緑色の石をはめ込んだ、王冠をかたどった金色のもので、持ち上げるとずっしりとした重みがある。
(本物の金……!? いや、まさか――)
 頭上から降る太陽の光に照らし、石の中を見た。
 南国の海のように美しい緑色の中に、無数の引っかき傷のような天然の内包物がある。
 ここに来る前に山賊をやっていた時に本物のエメラルドを見た事があったが、それと同じだ。
(何考えてんだ、こいつ……)
 売っているものの値段は安いので、詐欺師ではない。むしろとんだ慈善家だが、その裏には何か企みがあるとしか思えない。
(――盗品隠し……)
 脳裏にいつか聞いたことのある悪質な盗賊の手口が思い浮かぶ。
 貴族の宝物など足が付き易そうな物を盗んだ際、農村に出向いてその価値が分かりそうにない農夫などに一旦安く売り捌き、ほとぼりが冷めた後で盗みに入って取り戻す、そんな手口があると聞いた事がある。
 買った人間は口封じのために大抵惨殺されるという――。
「宜しければ、そのブローチを差し上げたい。あなたの美しい肌の色にきっと合う」
 仮面の男の紫の瞳が妖しく光る。
(口止め料をはずむから、黙っておけという事か)
 ヴィクトルはブローチを天鵞絨ビロードの上に放り投げ、代わりにその手で男の全身を覆う白いローブを掴んだ。
「あいにく、俺は賄賂は受け取らねぇ主義でな」
 指に力を込め、一気に引くように布を剥ぎ取る。
「……!」
 露わになった男の意外な程煌びやかな身なりに、ヴィクトルは心中で密かに驚いた。
 上等な絹のシャツの上に細かい刺繍を施した緋色の薄い上衣コートを羽織り、細身の優雅なキュロットを穿いたその姿は、流浪の民というより貴族の若者にしか見えない。
 前髪を作っていない白い豊かな髪の生え際を見ると、確かにその地肌から直接生えていてカツラでもないようだった。
(……商人風情がこの扮装……)
 戸惑いながらもヴィクトルは男を睨み付け、唇を開いた。
「神殿まで同行して貰うが、いいか」
「構わない」
 相手は特に抵抗することもなく、膝を伸ばしてその場で立ち上がった。
(――っ、でけぇな)
 その背の高さに、一瞬ギョッとする。
 自分もかなり体格に恵まれているが、この男はそれ以上だ。
 優しげな雰囲気の男なのに、何故だか分からないが、恐ろしい程の威圧感を感じる。
(こいつやっぱり、絶対只者じゃねえ。名のある犯罪者か何かか――)
「――仮面を取れ」
 ヴィクトルは自分も立ち上がり、男の顔を正面から睨みつけた。
「……私の顔が見たいか……?」
 男の青白い手の甲がゆっくりと上がる。
 その肌の色をどこかで見た事がある気がした。
 ――アビゴール・カイン……。
 彼にとって不吉な神の名前が脳裏に浮かぶ。
「いや、待て。神殿までそのままでいい」
 嫌な予感がして仮面に指を掛けた男の腕を掴んで止めた瞬間、手の平に小動物に噛まれたかのような鋭い痛みが走った。
「!?」
 すぐに男に触れていた手を離すが、痛みのあった部分から奇妙な鼓動のような感覚が拡がっていく。
「何しやがった、畜生……っ」
 仮面の奥の紫の瞳が微笑み、男の背後の景色が歪んだ。
(まずい……はめられた……か……)
 力強い腕に腰を支えるように抱きとめられながら、ヴィクトルは一瞬で気を失った。






 目覚めると、ヴィクトルは見たこともない部屋で横たわっていた。
 寝かされているのは豪奢な天蓋付きのベッドで、四隅の白く塗られた柱部分や天井は透かし彫りで飾られ、下がった赤い天鵞絨の布には金糸で優雅な花々の刺繍が入っている。
 頭重感に首をひねり、柔らかな羽根布団の上で身体を起こす。
 重いベッドカーテンを指でめくると、灯火の揺れる美しいシャンデリアが天井から下がる薄暗い部屋の様子が目に入った。
 一瞬何者かの姿が視界に入りギョッとする。
 だが、すぐにその影は巨大な鏡に映った自分の姿だと気付いた。
 この部屋は四方が全て、上下に繊細な金細工を施した大きな鏡で囲まれているのだ。
 余りに奇妙なその光景に固唾を飲み、カーテンを左右に払ってから自分の姿を見下ろす。
 ホックの飛んだ青い軍服はそのままで、夢の中という訳でも無さそうだ。
「――どこだ、ここは……」
 頭が混乱する。
 同時に、身体が熱っぽいようなフワフワとした感覚があり、ヴィクトルは戸惑った。
 反対側のカーテンも払ってもう一度狭い部屋を見回したが、ベッドから均等な距離に位置する巨大な合わせ鏡に自分の姿が幾重にも映るだけで、扉のようなものは見当たらない。
「――気分はどうだ」
 突然、よく見知った声に話し掛けられて驚いた。
 どこか硬い、けれど慕わしさを感じさせる一昔前の共通語。
 振り返るといつのまにか、ベッドの脇に白い軍服を着た黒髪の青年が跪いていた。
 幼さを感じさせる真っ直ぐな薄茶色の瞳と、禁欲的に引き結ばれた唇、若々しくどこか頼りない、穏やかな佇まい――。
「……総長?」
 軽い目眩がして、ヴィクトルは額を抑えた。
 指を下ろして再び相手を見るが、間違いない。目の前の相手はかつて自分が思いを寄せたレオン・アーベルだ。
 誰も入ってくるような気配は無かった。それなのに、何故突然ここに「彼」が現れたのかが分からない。
「お前、王都の広場で突然倒れたんだ。心配したぞ」
 相手はいつものように気さくに話しかけてくれながら、指を伸ばして頬に触れてきた。
 まだ意識がはっきりせず、朦朧とした意識の中でされるがままに顔を撫でられる。
「ここでゆっくり休むがいい。お前は本当によく働いてくれていたからな……」
 青年は凛々しくも愛らしい笑みを浮かべながら立ち上がり、ベッドの上に膝を乗せてきた。
「ヴィクトル……大分疲れているようだな。その服を脱いだ方がよく眠れるぞ……」
 白い軍服の両手が伸び、馬乗りになるようにしてレオンが膝を跨ぐ。
 その胴を両手で強く掴み、ヴィクトルは相手を睨み付けた。
「誰だてめぇ……。その顔、勝手に使いやがって」
 目の前の青年が、ゾッとするほど艶やかな微笑みを浮かべた。
 短い黒髪が長く白くなり、宝石を散りばめた革紐に結われた束となってシーツに落ちる。
 白い軍服は絹のシャツと緋色の上衣コートに変わり、その姿を見た途端、ここに来る直前に出会った男のことを反射的に思い出した。
 ――先程は仮面を被っていたその顔が、目の前であらわになってゆく。
 その容姿に明らかに覚えがある。
 青白い肌に赤い唇、美女のように華やかで繊細な顔立ち――。
(アビゴール・カイン……!?)
 だが、彼の表情は穏やかで優しく、見知った神とは違う、おおらかさのようなものを感じる。
 何より瞳の色が、赤ではなく神秘的な深い紫色だった。
 その素晴らしい色合いに吸い込まれるように心を惹かれて視線を奪われていると、相手はヴィクトルの髪を優しく撫でつけながら耳元に唇を寄せてきた。
「お前、神の血が効かないのか……いや、効いてはいるが意志が強いのだなあ」
 甘く脳髄に響くような声は、気をぬくとうっとりと聞き入ってしまうような魅力に溢れている。
(神の血……アビゴールの親戚か何かか……?)
 犯罪者かと思ったが、もっとタチが悪いものを捕まえてしまったらしい。――いや、今は逆に捕らえられてしまったのか。
 目の前の美しい長身の男が、ヴィクトルの背中をそっと抱きしめながら囁く。
「悪かった……。騙したのは悪気があった訳ではないのだ。私のことは、アミュと呼んでくれ。親しいものはみなそう呼ぶ」
 一方的で簡潔すぎる挨拶に、ヴィクトルはムッとして眉を吊り上げた。
「……はぁ? ――そんないかにもなあだ名じゃなくて、本名を名乗れ」
 ベタベタと触ってくる手を跳ね除けると、相手は残念そうに美しい瞼を伏せた。
「言えば、お前に嫌われてしまうかと思って……」
「もうとっくに嫌いだよ。人をこんなおかしなとこに閉じ込めて何のつもりだ」
 言い込むと、目の前の男はいかにも悲しそうにシュンと肩を落とした。
「ヴィクトル・シェンクよ。私の名は、バアル・アミュール……出来れば神の名でなく、呼び名で呼んでほしい」
「バッ……」
 その名を聞いた途端、絶句した。
 かつて王が自らの中にその力を取り込み、不死を得たという主神――。
 それに気付いた途端、ヴィクトルは反射的に男の両腕を掴んでベッドに押し倒し、体重を掛けて手首を締め上げていた。
「バアルだと……お前……お前のせいで、俺は……っ」
「昔、黒豹にされたことを怒っているのか? 狂った王に力を利用されたことは私の責任だ。……お前が怒るのも無理はない」
 言葉では責任を認めたが、神の表情はぼんやりと微笑んでいて、反省の色が見当たらない。
「……っ、無理はない、だ……!? 平然と言いやがって……っ!」
「私はお前のことがずっと気にかかっていた。……お前の一番の望みは叶えられないが、せめて、ほかの願いを叶えてやりたい」
「……お前、俺の心を読んだのか……っ?」
 ヴィクトルはバアルが何故レオンの姿で現れたのかを察し、絶句した。
 神がゆっくりと頷く。
「私はお前に助力したい。私の息子が、あの青年にそうしたように……。私はお前の望むどんな姿にもなれるし、永遠の命も、金でも宝石でも、大抵の物なら何でも望み通りに与えられる。死んだものの命と、人間の心を変える以外の事なら――」
 冒頭の方の言葉を怪訝に感じ、ヴィクトルは遮るように問い返した。
「お前、それ化け物にしたやつ全員にやって回る気か……」
「いや。お前にだけだ。私達は自分のしたいと思う心のままにしか動かない」
 がっくりと肩を落とす。どうやらこの神は、よりにもよって自分に限り、どうしても助力の押し売りをしたいらしい。
(タチの悪い押し売りにあっちまったなあ)
 大きなため息と共に、呆れた目で相手をじっと見下ろす。
「――気にかけて下さって結構なことだが、俺はこの国の神には個人的にうんざりしているんだ。助力を欲しがってるやつなら他に幾らでもいるだろ。俺の望みは一つ」
 手首を肩が抜けんばかりの強さで締め上げ、仮面のような曖昧な微笑みを浮かべた相手に顔を近付ける。
「俺をこの妙な部屋から出せ……! お前とは金輪際関わりたくない」
 至近距離で言い放ったが、神は悲しそうに眉を下げ、黙り込んでしまった。
「てめえ、何とか言えよ」
 重ねて詰め寄る。
 するとその瞬間、何かに自分の胴をギュッと抱きしめられたような、妙な感覚が背中に走った。
「え……」
 相手の両腕は勿論、ヴィクトルの手の中だ。
 だが、その赤い袖口の隙間から細く白い触手が伸び、自分の手首に絡まっていた。
「げっ……っ!」
 脳裏に、老王の身体から伸びた白い蛇のような腕に捕らえられ、全身を縛められながら太い針で刺された時の遠い記憶が蘇る。
 思わず腕を離して飛びのこうとしたが、気付けば男の上衣コートの下から伸びた無数の触手に巻き付かれるように抱かれていて、離れることも出来ない。
「っな……お前なあ、お綺麗な顔して何てモン出してんだよ!?」
「……せめて、お前を抱きしめたかったのだ。お前の心を読むと、寂しくて悲しくて堪らないのに、私には何も出来ないなんて……」
 いつの間にか、身体の下に敷いている白い髪の神が、その綺麗な瞳からさめざめと涙を零していた。
「勝手に同情して勝手に泣くなよ……」
 呆れて怒る気も失せながら身体の下にいる神を見下ろす。
 異形の神は触手の先端でヴィクトルの背中を撫でながら、ため息混じりに言葉を紡いだ。
「……お前が今は、私を必要ないと思うのなら仕方ない……。私の助力が本当に必要となる時を待つとしよう。……お前のそばで」
「は!?」
 言っている意味が分からず怒って聞き返す。
 途端、目の前の男の姿は水のように溶け落ち始めた。
「――!!」
 同時に彼の背景のベッドも、鏡張りの部屋も全てが幻のように目の前から消え去って行く。
「おいっ、何が起こってる……!?」
 余りにも不可思議な出来事の連続に戸惑っている内に、ヴィクトルはなぜか、元の広場の喧騒の中、バアルが宝石を売っていた場所に一人、座り込んでいる自分に気付いた。
 膝の下には天鵞絨の敷布があるが、宝石もバアルの姿も影も形もない。
(白昼夢……!?)
 いや、そんなはずはない。
 服越しに触手に絡まれた感触を思い出し、一瞬ゾッとする。
 何事もなかったかのように目の前を行き交う人々の波を見上げながら、ゆっくりと立ち上がった。
 少し足元がふらつく。――何だかまだ夢を見ているようだ。
 妙に左の肩が重くてだるい様な気がして、無意識にそちらに腕をやった。
 ――と、その時。
 ザワリと何かがそこを動く気配がして、背中を伝う様に何かが左肩から右肩に移る感触がした。
「……!?」
 恐る恐る左肩に触れるが、そこには何もない。
 だが、代わりに今度は右の肩がずっしりと重くなっていた。
 息を呑み、今度はサッと素早く右の肩に触れると、その付近から何か小さいものが、背中をザザザと伝って腰の方に移動してゆく。
 バッと背中を振り向くが、相手は絶妙に視界の範囲を逃れ、姿を見せようとしない。
 何とか掴もうとして両手を共に背中に伸ばしたが、くっついているモノは微妙な距離感の場所をスッスッと移っていき、どうしても指先が届かなかった。
(お……俺の背中に、何かがいる……!)
 余りの気味の悪さに叫び出したい様な気分になる。
 恐らく、あの押し売り神が置き土産を自分に貼り付けたに違いない。
「ちきしょう、あいつ今度会ったら殴ってやるぞ……!」
 憎々しく舌打ちする。
 とにかく、背中のこれはあちこち逃げるので、自分で駆除するのは厄介そうだ。
(誰かに協力させてひっぺがすしかねぇな……)
 ――うんざりと肩を落とした時だった。
「おーい、ヴィクトルさん! こんなところに居たのかい!?」
 群衆の中から、聞き覚えのある声に呼び掛けられた。
 人々の中を掻き分けて、薄汚れたエプロン姿の、頭のハゲた中年男が目の前に飛び出してくる。
 息を切らしたその男は、顔見知りの酒場の店主だった。
「うちの店の前で、酔っ払い同士が周りの客まで巻き込んで、派手な喧嘩を始めちまったんだ。このまんまじゃ、怪我人が出ちまう。助けてくれ!」
「なんだと……」
 ――今、俺は取り込み中なんだが、と言いたいところだが彼の様子からすると事態は一刻を争うようだ。
「……分かった今すぐいく」
 仕方なく頷き、ヴィクトルは群衆の中を縫うように、酒場に向かって移動し始めた。
 後を追うように付いてくる酒場のオヤジが、ギョッとしたように声をあげる。
「旦那、背中に何かこう……よく分からないモノが貼り付いてますぜ!?」
「やっぱり、そうか。俺には見えないんだが、どんなものが付いてる?」
 早足で広場を出つつ、努めて冷静に聞き返した。
「は、はあ……。なんというか、たこの足の短いのが十本ぐらい付いてる、大きさも蛸くらいの、白くて丸いのが背中にピッタリと……ギャッ」
「どうした」
「す、すみません。今、そいつがこっちを振り返ったもので……。目が……。まん丸い目に睨まれた」
「どんな目だ。幾つある」
「不気味なくらいデカくて紫色のヤツが、ふ、ふたつ……そ、そのへんてこりんなのはヴィクトルさんのペットか何かで?」
 嫌な予感が的中し、ヴィクトルはその場に座り込みたいような気分になった。
 どうやら自分は今、共通語で言う所の「悪魔憑き」という状態らしい。
 背中についている紫の目のおかしな生き物はバアルの置き土産だろう。
 彼は恐らく自分が助力を望むまで、ずっと取り憑くつもりなのだ。
(冗談じゃねーぞ……!)
 黒豹にされたのも、アビゴール・カインの一件もそうだが、何故いつも自分ばかりが神絡みでこんな災難に巻き込まれるのだろう。
「オヤジ。喧嘩が片付いた後でいいからそいつを俺の背中から引っぺがしてくれねえか」
「は、はあ」
(仕事が落ち着いたら、死んでも剥がしてやる)
 心に固く誓い、酒場の店主と共に大通りの方へ出た。
 広い通りは既に野次馬で一杯で、店へ近づこうとするが、一歩も前へ進めない。
 ただ数十フィート先から、怒号や声援だけが聞こえてくる。
「この野郎、殺してやる!」
「何を、この田舎者! とっとと帰って畑でも耕してろってんだ畜生!」
「いいぞ、グンター、やっちまえ!」
「おい、どっちが勝つか賭けねえか。田舎もんのニイちゃんの方にエール一杯!」
「俺はグンターに二杯だ!」
 周囲の酔っ払いは喧嘩を諌めるどころか、賭けまで始めている始末だ。
 こんな時に、ほかの神殿兵は一体何をしているのだろう。
 自分一人では既に手に負える気がしなかったが、取り敢えず大声を上げて牽制した。
「おい、やめろ! 俺は神殿兵だ! これ以上騒ぎを起こすようなら、全員まとめて城の地下牢にぶち込むぞ!!」
 だが、ついに殴り合いが始まってしまったのか、前方の群衆がワッと沸き立ち、叫びは虚しく喧騒にかき消される。
「畜生、お前ら話を聞け! ちょっと、通してくれ!」
 苛立って叫んだ時だった。
「みゅう……」
 背中の後ろから、子供の声のような奇妙な鳴き声が聞こえた。
 同時に、白い蛇のような細長い何かが脇の下を通り、前に向かってニュッと伸び始める。
「!?」
 ヴィクトルが驚いて動きを止めると、それは視界をかすめて人々の身体の隙間に入り、勝手に群衆の中心へと進み始めた。
 背中に取り憑いた謎の生物が触手を出している――という事実に気付き、悪寒が走る。
 脚なのか手なのか、白い不気味なものはスルスルと野次馬の間を縫うように動き、やがて背中にビクッと奇妙な反動を伝えて止まった。
「ギャッ! 助けてくれえ!」
 先程まで喧嘩をしていた男の一人と思しき声が叫び始める。
 しかも、それは前方からではなく、頭の上から聞こえてくるような――。
 怪訝に思って顔を上げた瞬間、信じがたい光景が目に飛び込んできた。
 背中の後ろから出ている触手が、酔っ払いの男性を二人高々と空中に持ち上げ、ウネウネと踊っている。
 今や野次馬は不気味なほど静まり返り、全員が呆気にとられてこちらを振り返って見ていた。
「ヴィクトルさん……? あんた背中から一体、何を出して……」
 顔見知りの農夫がいかにも気持ち悪そうな表情で自分の顔を覗き込んでいる。
(まっ、まずい……!)
 焦ったヴィクトルは咄嗟に、平然とした顔を装い取り繕った。
「――俺の背中に付いてるのは、伯爵様が外国から輸入した、アミュという名前の珍しい生き物だ」
 わざと大声を出し、身体を捩って周囲に背中を見せつける。
「どういう訳か知らんが、俺にすっかり懐いちまってな。ちょっとばかり獰猛だから、手ェ出すと噛むぞ! あんまり俺に近づかない方がいい。さあ、どいてくれ!」
 海が割れるかのように、群衆がザーッとヴィクトルの前後に道を開けた。
 便宜上仕方なくアミュと名付けた生物が、軽々と男二人を持ち上げたままこちらに引き寄せる。
 恐怖で口も利けなくなった二人が目の前にストンと降ろされ、触手はスルスルと引いて、また背中の後ろに収まった。
 呆然としてへたり込む二人の酔っ払いに声をかける。
「お前ら、だいぶ酔ってるようだが喧嘩はやめろ」
「へ、へえ……そんな気分も失せました……」
 群衆に名前を呼ばれていた職人風の男が呻く。
「お前もな」
 相手の農夫らしき青年にも告げたが、彼はよほど精神的ショックが大きかったのか、返事もしなかった。
 そんな事をしている内に、集まっていた人集りも徐々に崩れて無くなっていく。
(怪我人も出なかったし、地下牢にぶち込むところまで行かずに済んだな……)
 面倒ごとがあっさり解決し、ほっと胸を撫で下ろした。
 だが、この結果を背中に取り憑いている悪魔の功績と思うのはかなり癪だ。
 散って行く人混みに再び飛び込み、すぐに人気のない路地裏に入ってゆく。
 誰もいないのを確認してからヴィクトルは背中に向かって話しかけた。
「おい、お前。隠れてんじゃねえよ。コソコソしてないで見える所に来い」
 しかし、まるで聞こえていないかのように相手は微動だにしない。
「畜生……」
 さっきの店主はどさくさに紛れて自分の店に帰ってしまったようだし、ほかに協力を仰ごうにも、自分で「近付くな」と言ってしまっただけに、手を貸してくれそうな人間は居なさそうだ。
「まいったぜ……」
 頭を抱えて狭くて暗い路地に座り込んだ時だった。
「おーい、ヴィクトル。何やってんだよ。んなとこ座り込んで、クソでもしてんのか?」
 ――まるで知性というものが感じられないその聞き慣れた声にハッと振り向けば、見覚えのある青い軍服の二人が路地に入ってくる。
 山賊時代からの腐れ縁の二人組、短い金髪を刈り上げたチンピラのエリクに、茶色の巻き毛をした遊び人のフレディだ。
 こちらとしては特に仲が良いとも思っていないのだが、どこへ行くにも何かと金魚の糞のようにつきまとってきた挙句、今はガラでもない神殿兵をやっている二人である。
 渡りに船と、ヴィクトルは片手を挙げて声を掛けた。
「お前ら、丁度いい所に来やがったな。俺の背中に付いてるもんを剥がしてくれ。カネになるぞ」
「へえ〜、なんか珍しい生き物でも捕まえたのかよ」
 カネ、という言葉に目が眩んだのか、二人はまんまと狭い路地裏の奥に入って来た。
「ほらほら、こいつだ」
 相変わらず自分では見ることが出来ないものの、屈んだまま丸めた背中を二人に晒して見せる。
「なんだ、単なる白いタコじゃねえか」
「聞いて驚け。こいつは主神バアルの使いだ。金でも宝石でも何でも出してくれるとよ……」
「へぇっ、そいつはド偉いタコじゃねえか。よしよし、俺が剥がしてやる」
 巻き毛でソバカスだらけの顔のフレディが、手ぐすねを引きながら背中に近付く。
「よしよし、取れそうだぜ――、っぅあ痛ぁ!!」
「ギャハハハハ!! ダッセー、こいつ噛まれてやんの!!」
 金髪のエリクが腹を抱えて馬鹿笑いした。
「俺に任せろ。ほおらタコちゃん、いい子でちゅね〜。パパの所においでぇ」
 猫撫で声で迫ってくるチンピラに余りいい気分はしないものの背中を任せたが、
「イデデデデ!! ひいっ、目が、目があ!! こいつ、何か吐きやがった!!」
 どうやら憑き物は相当抵抗が激しいタイプのようだった。
(やっぱ、一筋縄じゃいかねえって訳か……ほかの作戦を考えねえとな)
 長く大きな溜息を吐き、膝を伸ばして立ち上がる。
「おいっ、カネどころかひでえ目に遭っただけじゃねえか!? どうしてくれんだよヴィクトル」
 振り返るとエリクとフレディが激昂して詰め寄ってきた。
「うるせえな、俺だって今現在進行形でひでえ目に遭ってんだよ。大体お前たち、仕事はどうしたんだ。お前らの持ち場は今日は王城方面だろうが」
 助けを頼んだことも棚に上げて責めると、二人は途端にバツの悪そうな顔になる。
「だってよ、総長さまだってなんだかんだ言ってオサボリになられてんだぜ。俺たちだって、なあ」
「伯爵さまの執務室に泥棒でも入ってみろ。総長にまた半殺しにされるぞ」
 二人の顔色が青くなった。
「ちっ、戻るよ。まったくお前がそんな真面目野郎になっちまうとはな。つまんねえぜ」
 エリクが捨て台詞を吐きながら背中を向け、路地を出て行く。
 それに続いてフレディもこちらを振り返りつつ歩き始めた。
「待て、俺も一度王城に戻る」
 ヴィクトルは彼らの後を追いかけるようにして通りに出た。
 この厄介な生物の剥がし方は、恐らくアビゴール・カインくらいしか知らないに違いない。
 彼に頼るなど不本意極まりなかったが、背に腹は代えられなかった。






 王城の正面外壁の前に辿り着くと、案の定、立ち入り禁止として閉めていたはずの鉄扉が少し開いていた。
「こりゃー……誰か、入ったな」
 ヴィクトルはエリクとフレディを振り返り、冷たい視線で睨み付けた。
「知らねえぞ。城には盗まれるような値打ちもんは今んところ無いが、他国や他領地のスパイに執務室の機密文書なんかを盗まれたりしたら、お前らタダじゃ――」
 話している途中で、肩をトントンと後ろから叩かれる。
「何だ。人の話は最後まで聞け」
「いや、俺たちじゃねえよ。そのタコがお前の肩を叩いてんだよ」
 言われてヴィクトルは瞬間的に右手を伸ばし、自分の左肩を叩いているものをはっしと掴んだ。
 まるで女の肌のような、すべすべと毛のない滑らかな人肌の感触がする。
「捕まえたぞ……!」
 そのまま一気に引きずり降ろそうとしたが、逆に右手にシュルッと巻きつかれた。
 肩から肘にそれが移り、初めて自分の視界に謎の生物の姿が映る。
 円筒形に近い白い胴に、大きくてつぶらな紫の瞳――その下から生え、うねうねと蠢く沢山の足。
 思ったよりも可愛い顔をしている事に驚いた。
 そして、その瞳の色はあの白昼夢の鏡の部屋で見た美しいバアルの目と同じ色だ。
「……お前……もしかして、バアル本人なのか……?」
 尋ねるが相手はプイと横を向いてしまう。
 試しに、ヴィクトルはもう一つの名で彼を呼んでみた。
「アミュ」
 すると二つの目の下に赤い口が開き、「みゅう」とその生き物が嬉しそうに返事をした。
 腕に擦り寄るように懐く姿に、一瞬、可愛い――と思いかけて、ぶるっと首を振る。
(何を絆されかけてんだ、俺は)
 はっと我に返り、慌てて左手で引き剥がそうとした。が、物凄い力で巻きついてきて、かえって自分の腕が痛いだけだ。
「みゅうーっ」
 怒ったような声を上げられ、仕方なく左手を離したが、その後もまだ腕が引っ張られるような感覚がする。
「何だよ、もう掴んでねえだろ」
「みゅっ、みゅ」
 白い腕が一本フヨフヨと空中に伸び、斜め上を指差した。
「上?」
 アミュが指差す方向に顔を上げる。
 すると――王城の庭を囲む塀の上に、布を口に巻き、つばの広い羽根帽子を被って顔を隠した黒ずくめの男が跨っているのが目に飛び込んだ。
 ――どう考えても、賊だ。
 相手はまさか気付かれるとは思っていなかったようで、驚いたようにビクッと身体を震わせ、すぐに外壁の外へ飛んで走り出す。
「エリク、フレディ、あいつを捕まえろ!」
 三人で駆け出すが、坂を下って走る相手は足が速く追いつけそうにない。
「クソ、街まで下りられたら人混みで撒かれるぞ……! おいお前、さっきのをやれ!」
 右手に取り憑いた生物に命じると、細く長い触手が走るよりも早く前方に伸び、しなるムチのように賊の腰に巻きついた。
「ギャッ!」
 坂道を勢いで走っていたのを急に掴まれた反動なのか、相手は一回転する程のひどい転び方でもんどりうつ。
「……おお……」
 余りに見事な捕り物に心ならずも感心してしまった。
「……お前、意外と役に立つじゃねえか」
 口に出すと、右手に巻きついたアミュがこちらを振り向き、嬉しそうに目を細める。
「あみゅう……」
「……ついでに俺から離れてくれると、もっと助かるんだが?」
 重ねて言ってみたが、白い多足生物は無い首をブルブル振る。
 ヴィクトルはまたしてもがっくりとうなだれた。
「ちっ、おだててもだめか……」






 ――北の隣国の密偵だった賊を取り調べる為、結局ヴィクトルは目的のアビゴール・カインを後回しにすることになった。
 スパイを触手で散々締め上げ、牢獄に入れた後で王城を探したものの、執務室はもぬけの空で探すあてもない。結局ヴィクトルは憑き物を剥がすのを一旦諦め、再び任務に戻った。
 一日中、あちこちに現れる犯罪者と酔っ払いに振り回され続けながら、瞬く間に時が経っていく。
 気付けば空が茜色に染まり、街のあちこちで祭りの為の炎が焚かれ始めた。
 日が落ちれば、神殿の前で神を呼ぶ為の前夜祭の儀式が始まる。
 市民も見物客たちも皆が仮面を付け、神殿の周辺に集まり始めていた。
 ヴィクトル達神殿兵もまた仮面をかぶって群衆に紛れつつ、警備を行うことになっている。
(さて、こいつをどうするかな……)
 くたびれた青い軍服のまま顔の上半分を覆う黒猫の仮面を付けたヴィクトルは、神殿の広い階段に腰を下ろして俯いていた。
 肩の上には白いタコのような生物が未だ陣取っている状態で、波打つ黒髪をくるくると脚に絡ませて遊んでいる。
 何だかんだであの後も色々と手を借りてしまったので、相手の方も堂々とし始め、今や相棒気取りといった風情だ。
 自分も不思議と慣れてしまい、当初のような何が何でも剥がしたいという気が起こらない。
 だがこのまま寝ても覚めても取り憑かれ続けるかと思うと、やはり抵抗はあった。
「……なあ」
 アミュに話しかけると、彼は嬉しそうに頬に擦り寄ってくる。
「あんたに悪気がねえのは分かったよ。でも、俺といつまでも一緒にいる訳にはいかねぇんだろ。あんた、神様なんだから」
 諭すように言ううちに、彼は寂しそうに脚を伸ばしてぎゅっと顔を抱き締めてきた。
 仮面で遮られている視界が更に半分見えなくなる。
「おい、やめろ。――て言うかお前、祭だから出て来ただけなんだろ? 何で俺に執着すんだよ。俺の望みはお前には叶えられない」
 きつめに言ったが、まるで首を振るように円筒形の胴が左右にプルプルと捻れた。
 その頑なな態度に、諦めの境地で言葉を紡ぐ。
「仕方ねぇな……。じゃあ……こういうので手打ちにするってのはどうだ」
 仮面の目の穴を覆っている触手を引き剥がしながら、ヴィクトルは提案した。
「――俺がお前に望みを叶えてもらうんじゃなく、逆に、俺がお前の望みを一つ叶えてやる。今日一日、俺一人じゃどうにもならねえような事を、お前が手伝ってくれたからな……その褒美に」
 その瞬間、肩の上がふっと軽くなった。
 気付けばいつの間にか、美しい白髪を宝石で結った仮面の男が目の前の階段に腰掛けている。
「バアル……」
「アミュと呼んでくれ」
 懇願するようにそう言った男の瞳が、神殿の前に焚かれた篝火を映し、キラキラと輝いていた。
「……そんな事を私に言ってくれた人間は、お前が初めてだ……」
 子供のような歓喜に満ちたその口調に、ヴィクトルは照れながら視線を逸らした。
「いきなりその格好に戻んなよ……。あと俺は人間だからな。飯奢るとかしかできねーぞ」
 釘を刺すように言うと、彼は仮面の奥の目を細めた。
「私の望みは――」
 バアルが言いかけた瞬間、神殿の周囲に集まった観衆からわあっと声が上がり、その言葉が掻き消された。
 神殿の扉口が開かれたのだ。
 ヴィクトルは反射的に相手の腕を取り、階段から退かせた。
 白いローブを身に纏った神が優雅に立ち上がり、掴まれた腕をずらし、ヴィクトルの手をぎゅっと握ってくる。
「おい、何だよ」
 焦って問うと、神は美しい唇を引いて笑った。
「お前の隣で踊りたいから、今から確保しておくのだよ……」
 ――その滑らかな感触の手が温かくて心地よく、何故か振りほどくことが出来ない。
 その状態のまま、密集する群衆の中に混じる。
 一緒に踊ることが彼の望みなら、このままでも仕方がない――のだろうか。
「全く……終わったらちゃんと離せよ」
 神は返事の代わりに指を握りしめてきた。
 神殿の扉口からは、銀の角と黒髪を持つ双子の神が現れ、最後に美しい銀髪をなびかせたアビゴール・カインがゆっくりと進み出る。
 彼は顔を仮面で覆い黒いローブを纏った姿で、王都の民を前に堂々と口上を述べ始めた。
「さあ――エルカーズの民よ。私は今、お前達に呼び出され、再びこの世界に降り立った……」
 彼の神としての姿をこの目にするのは二度目だ。
 その甘く艶のある声は隣に居る男とよく似ている。
 バアルが密かに身を寄せてきて、こっそりと耳元で囁いた。
「あの台詞を言うのは私のはずなのに、一番良い役を取られてしまったのさ。――まあ、今、この王都の者たちにとって一番の神は、アビゴールであるに違いないが……」
「……」
 ヴィクトルは肯定も否定もせず、複雑な気持ちで視線を下げた。
 彼が本当にこの国に幸いをもたらす神なのか、自分には分からない。
 少なくともレオンに関しては、相当な目に遭わせている事も事実だ。
 それでもあの素直で純粋な瞳は、アビゴール・カインのことだけを映していて、自分の入っていく隙は無かった……。
 つい最近まで抱いていた恋情を思い出すと、胸が痛む。
 その心を読むかのように、自分の手を握っているバアルの手に力がこもった。
「――今夜から明日の太陽が沈むまでは、飲み、歌い、踊り明かすが良い。神と共に、その心を喜びで満たせ!」
 カインの言葉が終わり、双子の神が演奏する陽気な音楽が始まった。
 祭の熱狂の中で皆が手を繋ぎ始め、ヴィクトルとバアルもその一端に加わる。
 流されるように温かい手を繋いで炎の周囲を回るように踊っていると、不思議な気持ちになった。
 当たり前だが、隣に居るのも神殿の壇上に居るのも、異世界からやってきた異形の神だ。
 神と人とが、手を取り合って踊り合う――生きてきた中では記憶に無い光景を今、自分は見ている。
 神々の古い記憶の中だけに残っていた、交わりの祭。
 太古の昔には、神と人との距離が今よりもずっと近かったのに違いない。
 手を繋ぐ自分と、バアルのように……。
 ――急に、彼が帰ってしまうことが寂しく思えて、戸惑った。
 正確に言えば、よく懐く紫の瞳の小さい生き物が、自分の肩の上からずっと消えてしまうことが。
(今日一日付きまとわれただけなのに情が移るとか……何の罠だよ、クソ……)
 気付かれないように小さくため息をつく。
 すると神は強くヴィクトルの腕を引いて、踊りの輪から外れた。
 黒猫の仮面が外れ、地面に落ちる。
「おい、何処に行くんだ」
 訊ねると彼は微笑み、人混みに紛れてヴィクトルの身体を逞しい両腕で強引に抱き寄せ、自らの白いローブでフワリと包み込んだ。
 視界が遮られ、何事かと相手を押し返す。
 ――そしてバアルの身体が離れた次の瞬間には、自分が今朝がたに見たあの鏡張りの寝室の中に立っていることに気付いた。
「げっ……またここかよ……」
 戸惑いながら毒づくと、目の前で神は仮面を外した。
 神々しい白皙の美貌が現れ、優しげな紫の瞳が心にすっと入り込んで来る。
「ヴィクトル……私の望みは、お前と交わることだ……」
「は?」
 一瞬何を言われたのか分からず、首を横に傾ける。
「――私は、お前とセックスがしたい」
 ストレートな言い方で念を押されて、やっと事態が飲み込めた。
「はあ!? 正気かお前は!!」
 まさかそんな事を正面切って頼まれるとは思いもしない。
「神様ってのは一体どういう趣味してんだよ……」
「だめか?」
 いかにも残念そうに問われてうっと喉が詰まる。
「くそ、可愛いフリで油断させやがったな。――まあ俺も安易に願いを叶えてやるなんて言っちまった手前があるが……。言っとくけど俺は男の経験はほとんどねえぞ」
「殆ど? 少しはあるのか?」
 バアルが興味深げに聞きながら、ヴィクトルの頬を指で優しく撫でる。気付けばまた距離が縮まっていた。
「――まあ、少年兵の頃から軍隊に入ってたからなあ。この肌の色で上官に目え付けられて――珍しいことじゃねえだろ」
「……。それでもお前は、母親の為に逃げなかったのだな……」
「俺しか居なかったからな、働ける男は。そんな話はどうでもいい。一応聞くが、あんた、上と下どっちがいい良いんだ」
 神が首を振り、揺れる白髪に編み込まれた宝石がシャンデリアの炎で煌めいた。
「……上とか下とかいうのは分からないが、ただ、お前の中まで触れてみたい……」
 ヴィクトルはクスッと喉を鳴らした。
「祭りの夜だからな……今夜限りなら相手してやるよ。――せいぜい楽しませてくれ……」
 口付けが唇を塞ぎ、舌が熱と潤いを伴って口内に侵入して来る。
 女のような顔をしているのに、入ってくる濡れた肉は男らしい厚みがあり、その動きも一方的な愛撫を与えようとする雄のものだ。
 娼婦とする柔らかいキスとは違う強引さに、思わず息が上がる。
 最近は忙しくて抜いてもいなかったせいで、ねちっこく舌を吸われると下半身の熱が煽られるのが嫌でも分かった。
 主導権を奪われるようで癪に障り、自分からも相手の髪を掴んで激しく舌を絡める。
 強い腕がヴィクトルの背中を撫で、腰をきつく抱いた。
 確かに口付けながら両腕で抱かれているのに、別の「手」が伸びて軍服のホックが器用に外されてゆく。
 ぎょっと目蓋を開けて見おろすと、白く細い何本もの触手が軍服の隙間に入り始めていた。
「クソ、ずるいぞお前……」
 唇を離して荒く呼吸しつつ眉を顰める。
「……お前はその二本の手で私を脱がせればいい」
 こちらは血流が早まって色々な所が熱くなり始めているのに、相手は余裕の笑みを浮かべていた。
 宝石のブローチで留めてある相手のローブを掴んで引く。
 それを床に落とし、素晴らしい金の刺繍の入った赤い上衣コートの腕を引いて脱がせた。
 シャツと細身のキュロットだけになった神の姿に目を見張る。
 驚くべき事に、薄い絹の下に透けているのは、肌を埋め尽くすばかりの美しい紋様だった。しかも刺青と違い、その線の一つ一つは青く光を放ち、まるで生きているかのように肌の上を自在に動いている。
 その紋のうち、連なるように縦横に描かれた鎖のような絵柄の一つ一つの網目の中から大小の触手が出入りし、シャツの下をくぐって自由に動いている事に気付いた。
「私の姿が恐ろしいか? ――私の外見は、この紋様の力で形を整えた、仮初めの容れ物のようなもの。私の本質はこちらなのだ……お前がアミュと呼んでくれたあの姿に近い」
 ヴィクトルは驚きと興味に目を細めながら、首を振った。
「俺はどっちか言うとあっちのあんたの方が可愛いと思う方だからな」
「それは良かった……」
 バアルが安心したように微笑み、同時に彼のシャツが引きちぎれるほどの数の触手が光る鎖模様の中から飛び出す。
 その手に髪を梳かれ、頬を撫でられ、ベルトを剥ぎ取られていく。
 肌に触れるそれには人と同じ程度の体温があり、極上の女の肌のような吸い付くような感触がある。
 まるで生きた縄に服の下から少しずつ身体を縛られて行くようだ――。
 優しげにバアルが微笑み、青く発光する裸の腕でヴィクトルの胴を軽々と持ち上げた。
 抵抗して身をよじるが、いつのまにか全身を隙間なく這った触手に捕らえられ、動くことすらままならない。
「おい、ちょっ、」
 気付けば天蓋付きのベッドの上に連れ込まれ、シーツの上に優しく背中を倒されていた。
 相手は紫の瞳で上から自分を覗き込み、慈愛に満ちた仕草で髪を撫でている――ただし、触手で。
 それに少しずつ違和感を感じなくなってきていることに気付き、震撼した。
 同時に、肌の上を這う無数の滑らかな腕の締め付けや、縛られる不自由さまでもを心地いいと自分が感じ始めていることに気付き、愕然とする。
 神の血を流されて正気を失ったギレスや、周囲が見えなくなるほど快楽に溺れさせられていたレオンの姿を思い出した。
「お前、俺に神の血を使ったのか……?」
「……? いや、そんなものは使っていない。お前には効かなかったし……」
 低く甘い囁きが耳元で響く。まるで、神殿の中にいる時のようにその声は木霊して、脳を心地よく侵すようだ。
 肌の上に張り巡らされた触手が、ギュゥ……っと絶妙な力加減でヴィクトルの身体中を抱き締めた。
「……っく……っ、……っ!」
 締め付けに甘い興奮が湧き、肌が粟立つ。
 縛められて感じるなんて――そんな経験は一度たりとも無い筈なのに。
 長く伸びる触手の先が、軍服のズボンの下にも侵入し、下着の中までもゆっくりと這って行く。
「ここがお前の秘密……」
 陰嚢の根元が柔らかく縛られ、ぐるりと螺旋状に昇った細い触手が雄を抱き締めてくる。
 形状を確かめるようにニュルッニュルッと触手がそこに這い、同時にうっとりと遠い目でバアルが呟いた。
「美しい形だ……」
 敏感な粘膜を責めるその堪らない感触に追い詰められながら、どうにか相手に抗議する。
「っおい、服着せたままするのが趣味なのか……っ? 軍服汚すのはっ……、勘弁してくれ……っ」
「大丈夫だ、お前の体液は……これで、全て私が吸うから……」
 開いたホックとシャツの下で胸を抱きしめていた触手がひょいと顔を出し、ヴィクトルの目の前でぱっくりと二つに割れた。
 まるで獣の口腔のように赤く濡れた中身と、小さな歯と舌が見える。
「それがあんたの本物の口って訳か……」
 驚き呆れながら呟くと、バアルは淫蕩に目元を染めて笑った。
「お前が嫌でなければ、身体中の感じる場所を全部同時に舐めてやれるぞ……」
 胴を縛っていた触手の先端が次々に割れ、ヴィクトルの褐色の肌に濡れた舌を這わせ始める。
 触れるその粘膜はザラザラとして、人間というよりも獣のそれだ。
「あぁ……汗を掻いているな……とても甘い……」
「はぁあっ……っ、ばか、変なとこ舐めんな……っ、ウあ……っ」
 腋の下の毛の根本を何度も吸われ、汗をしつこく舐めとられる。
 首筋も這い回られてゾクゾクと下半身に伝う性感が益々肌を敏感にし、蠢く触手の合間にあった二つの胸の突起がプツリと勃ちあがった。
 触手が目敏くそれを見つけ、そこだけ色が薄くなった二つの小さな乳頭を含んで吸い上げる。
「くぅ……っ!」
「ぁあ、すぐに硬くなって……なんて愛おしい形になることか……このまま、食べてしまいたい……」
「ぅあ……っ、食うな、っ、あふ……っ、」
 両方の乳首を猫のようにザラザラした小さな舌で舐り回され、伸びるくらい吸われて、痛いほどペニスの充血が酷くなる。
「おや? ここの形が変わったな……お前の美しい男の証は、胸を吸われるのが好きなようだ……」
 バアルが目を輝かせながら体の位置をずらし、触手の先で器用にヴィクトルの青いズボンの前立てを開き始めた。
「馬鹿野郎、妙な言い方すんじゃねえよ……っ」
 一方的に責められる恥辱に堪えかねて言い返すが、相手は構うことなく縛められた性器を衣服の下から取り出した。
 くびれまで縛られた陰茎の先端に神の麗々しい貌が近付き、美しい唇で音を立てて口付けられる。
 溢れた淫らな体液がそこに付き、ねっとりと糸を引いた。
「可愛くて愛おしい味だ……私を受け入れてくれている……」
 赤い舌が唇の表面についた先走りを美味そうに舐めとる。
「っだから、何でそういう事になる……――ッン……!」
 体を起こそうとすると乳首に与えられる吸い付きが激しくなり、触手の巻きついた身体が無意識に跳ねた。
「うッ……くぅ……!!」
 同時に太い触手の先がぱっくりと開き、雁首全体に被さってヂュッヂュッと吸い付き始める。
「ぅあ……っ!」
 喉から甘い息遣いを漏らしてしまい、瞬間的に唇を強く噛んだ。
 だがバアルの責めは容赦がない。
 性器が充血して完全に支えがいらなくなると、根元以外の縛めを一旦解き、何本もの細い触手の先が同じようにぱっくりと赤く割れて、猫のようなザラザラした感触の小さな舌で茎や双玉をねろねろと舐め回し始める。
「……っ、くぅ……っ、ンぐ……っ」
 まるで蜜のとろけるような甘い悦楽が性器を支配し、主人を裏切って勝手に愛撫を望み始めた。
 せめて歯を食いしばるが、普通のセックスでは味わったことの無い快楽にガクガクと腰が上下し、火花が飛ぶように意識が白熱する。
「……声を我慢しないほうがいい……」
 肌の表面が波立って見える程全身から触手を伸ばしたバアルが、人間と同じ方の両手でヴィクトルの頬を包み、唇を重ねてくる。
 入ってきた舌を思い切り噛んだ――つもりだったが、熱っぽく蕩け始めた意識がそれを許さず、ただ、情けなく甘噛みするだけに終わってしまった。
 気を良くしたバアルがそのままに口の中を舐め回し、妙に甘い唾液を流し込まれ、背筋に快感と屈辱が燻る。
 接吻が終わると、舌と唇が痺れたようになっていて、自分の意志では閉じることが出来なくなっていた。
「あ! ア……っ!」
 首筋を跡が残るほど強く吸われながら、乳首が触手に舐め回される。
 一方でバアルの指が下肢に移り、そそり立った淫らな肉を指先でやんわりと扱き出した。
 先端を吸われたままそれをされると、溜まっていた欲情が燃え上がり、すぐに絶頂感が高まる。
「あ、ぁっ……っ、やめろ、はっ、イく……っイク……」
 縛められた不自由な身体を身悶えると、バアルの触手がグチュッと音を立てて離れ、その指も離れた。
 根元を強く締め上げられ、先ほどまで自身を吸っていた触手がチロチロと舌先で鈴口を穿ほじり、汁を啜りだす。
「それはいけない……まだ、楽しまなければな……」
 言葉とともにザワリと触手の一団が動き、身体全体にも群がって貪り始めた。
 太い触手で閉じていた両脚から徐々にズボンと下着とを脱がされてゆき、裸にされた太腿を易々と開かされ、内腿や尻の狭間、脛の裏をゾワゾワと無数の舌で擦られる。
「っあ……はぁ……っア……」
 悶えれば悶えるほど身体に深く絡みついた触手に甘く締められ、宥めるように舐めて慰められた。
 放置されて上下に揺れる茎に再び指が絡まり、焦れったいほどにゆっくりした動きでまた扱かれる。
「ここをビクビクさせているな……そろそろ気をやりたくなってきたか……?」
 笑みを含んだ声で囁かれ、意地を張って左右に首を振る。
「そうか、まだ余裕があるのだな。どれ、中を確かめてみようか……」
 穏やかな口調の下で、小指よりも細い触手がバアルの腹の紋様から伸び、それが濡れた鈴口に触れたかと思うと、ヌプヌプと肉を貫いて侵入し始めた。
「ひっ、あーッ……!」
 充血して狭くなっている敏感なそこを、鋭い痛みと共に無理矢理こじ開けられてゆく。
 やがて道管の中程で止まった触手は、内側でその先端を開き、何かを放出し始めた。
「なっ、にしてんだ、ちくしょ……ヒトの身体、オモチャにしやがって……っ」
 動揺するヴィクトルの自身の中に、トロトロと温い何かが注がれる。恐らく、触手の垂らす唾液――。
 それが中をたっぷり満たし切ると、触手は狭い肉の道を滑らかに出たり入ったりをゆっくり繰り返し始めた。
 管をバアルの体液で潤されたせいか、痛みは薄らぎ、内側を犯される熱感だけがそこを支配し始める。
 その抽送のスピードが上がるにつれ、内側から竿を扱かれているような感覚が生まれ始めた。
「ァアあ……っ! ばか、抜け、っ……っ、はァ……っ」
 自分のものとは思えない甘い喘ぎが喉を漏れ、今にも絶頂に達しそうになるが、根元を強く締められてそれも止められる。
「くはぁ……っ、離せよっ、くっそ、聞いてねえぞっ、こんなの……っ、」
 放出を遮られた苦しさと、身体中を縛り上げられて全てを相手の思うままにされている状況に絶望感が湧いた。
 悪態を受けても神は淫らな笑みを浮かべるばかりだ。
「そんな健気な抵抗をされると、もっといたぶってしまいたくなる……」
 細いものが更にグッと奥へ侵入して、決して入って欲しく無い場所まで強引に犯し始める。
「ひっ……アッ、アッ!」
 ついにそれは腹の奥にある敏感な臓器の中心を押し開き、挙句の果てに閉じた水門の出口を塞いでいる部分をトントンと突き始めた。
「やめろ……! あ……っ!」
 悦楽によがり狂いながらも腰を引いて抗うが、触手は容赦なく内側の弁を突破し、意思に関わりなく腰が砕ける。
「ンアぁ……っ! んなことしたら、……ッ」
 出てしまう。
 恥辱に頭が真っ白になった。
 ところが――ずっぷりと異物を受け入れた小さな穴は苦しげに痙攣するだけだ。
 ただ、細い触手が大きく脈打つようにコクコクと移動するくびれを生じている。
「っ、この変態野郎……っ」
 ヴィクトルは全身を震わせ、涙ぐみながらバアルのうっとりとした顔を見上げた。
 神が細い分身でゆっくりと体液を吸いながら、甘い声で囁く。
「もっと罵ればいい……お前のそういうところが、堪らなく可愛い」
 バアルの左腰から生じた太い触手の先が褐色の雄に近付き、その舌先が滑らかな先端の皮膚をざらりと舐め上げた。
「くはぁあっ……!!」
 敏感な場所をズブズブとまた出し入れするように犯されながら、外側の粘膜を焦らすように舌先が円を描いて這う。
 神の白い指もまた根元から茎に絡み、緩急を付けて扱き始め、止まっては激しく擦る動きを繰り返した。
「出したいか……? ヴィクトル……私に言え、お前の種も飲んで欲しいと……」
 まるで身体の生理を読まれているように、あと少しでイク――と思うと指と触手を止められ、顔を覗き込まれる。
「くっそ、お前みたいな変態に誰が……っ!」
「ふふっ、――そうでなくてはな……」
 朦朧としながら拒んだ唇に、神の赤い唇が重なり、舌が柔らかく絡み始めた。
「ンん……、んっ……」
 唇を塞がれては罵る事も出来ない。反抗の術を全て奪われ、却って気が楽になったような不思議な開放感に陥っていると、バアルが意図的に淫らな指の動きを早めてきた。
「ンっ、んく……ぅっ!」
 深いキスに溺れたまま、待ち望んだ感覚が下腹をキュウンと締め付ける。
 次の瞬間、正気も危うくなるような強烈な絶頂感が全身に満ちた。
 恍惚に浸りながら口付けを続け、神の青く発光する背に無意識に爪を立てて縋り付く。
 握られた肉茎は滾りきったものを何度かに分けてビクッビクッと放出する感覚はあったが、肝心の精液はやはり細い触手に美味そうに飲み込まれてしまった。
「中がずっと可愛く動いて、私を締め付けている……そんなに悦かったのか?」
 唇をこすり合わせるようにしながら、バアルがからかうような言葉を囁く。
「……っはぁ……っ、知らねえよ……いつまでもそんなトコに入ってないで早く出てけ……っ」
 息を荒く繰り返しながら、ヴィクトルは紅潮した顔をぷいと背けた。
 神は嬉しそうに表情を崩し、しかしきっぱりと首を振る。
「それはまだいけない……これからもっとお前を可愛がるのだから」
「……っ。虐めるの間違いだろ……ッア」
 喋っているうちに急に全身に浮遊感が生じ、驚いて首を持ち上げた。
 見れば、触手が軽々と自分の身体をベッドから浮かせ、宙に持ち上げている。
「おいっ、ちょっ、降ろせ……っ」
 天蓋の下で膝立ちになった神の目の前で身体の表裏をぐるりとひっくり返され、両腕が背中の方にギュッと引っ張られた。
 次の瞬間にはうつ伏せにうずくまったような姿勢でシーツに降ろされたが、両手が腰の後ろで縛られたようになり、自らの上半身を支えることも出来ない。
 軍服のジャケットを半端に着て、下半身は革の長靴ブーツを履いたまま尻を丸出しで高く上げた屈辱的な自分の姿が壁面の鏡に映り、嫌でも目に入る。
「おい、なんだこの格好は……っ!」
 一方的に体勢を変えた相手に怒りをぶつけるが、背後に膝立ちになっている神は構わず、その唇を剥き出しの尻に這わせてきた。
 人間と同じ柔らかな舌が尻の狭間を濡らし、窄まった後孔を突くように愛撫し始める。
「っやめろばか、汚ねえだろ、この変態っ……ンぐっ……!」
 抗議する唇の中にもついに太い触手が侵入し、えづくほど喉奥まで入り込まれて、とうとう喋ることすら出来なくなった。
「ふふ。お前は私の本物の舌で、下品に舐められる方が好きか……」
 指よりも太いくらいの触手が神の下腹から伸び、後孔に滑らかな頭を押し付けてくる。
 尻たぶに力を入れ拒否しようとしたが、同時に中を満たしていたものがゆっくりと動き、敏感なそこを再び犯し始めた。
「っ……ん!」
 ニュプッ、ニュプッと茎を内側から犯され、むず痒いような快感に神経が集中している間に、一気に後孔を貫かれる。
「んふぅあッ!!」
 触手を飲まされたまま悲鳴が喉をつき、高く上げた尻が痙攣した。
 狭い場所を無理矢理こじ開けた神の一部が中でその頭を開き、ウネウネと中で蠢きながらヴィクトルの内側を無遠慮に舐め回す。
「……んッ、ンン……っ!」
 回転しながらざらつく舌で肉壷の粘膜を縦横に擦られ、唾液が中に満ちる内にグチョグチョと卑猥な水音が高くなった。
 連動するような動きで前後の穴を犯されると、どうしようもない性的な興奮がまた自身を屹立させる。
 こんな場所で感じたくないと思う部分を二箇所も責められ、男としての矜持を容赦なく踏み荒らされているのに、身体は従順に受け入れている――。
 それを背後の神に知られていると思うと悔しくて堪らないが、悦すぎて痺れる程高まっていく下半身の反応を止めることが出来ない。
「お前の前も後ろも、震えるほど悦んでいるな……。私達は相性がいい」
 腹を抱きながら神が背中に覆いかぶさり、耳朶を舐りながら甘い声で囁いた。
「太くするぞ……」
 言葉と共に、尻を犯していた触手がぐっと太さを増す。
 男性自身とほぼ変わらない太さに成長したそれが中で一層唾液を溢れさせ、グポッグポッといやらしい音を立てて穴を出入りし始める。
 それが腹の一番奥を突くと、生理的な反応で孔が引き締まり、深く染み渡るような快感が生まれた。
 男に無理矢理犯されたことはあるが、こんな感覚は一度も味わったことがない。
「ンン……っ! んんん!」
 汗がじっとりと身体を濡らし、動揺が全身を支配する。後ろを振り向き、視線で抜けと必死で訴えたが、宥めるようにまた肌を締め付けられるだけで終わった。
 このまま自分の身体に、新しい未知の快楽を注ぎ込まれる事に恐怖を感じる。
 それをされて、またこの淫らな神のことを思い出したり、求めてしまう事が何より恐ろしい――。
 だがもう遅かった。
 水音を立てて望み通りに触手が抜かれると、ひどい喪失感に尻の奥が疼き、ヴィクトルは愕然とした。
 襞を開いた後孔が、もう一度太いもので埋められ、中を舐めまわされる事を望んでヒクヒクと震えている。
「――お前のここは随分私に懐いてくれたな……」
 入口の襞を焦らすようにベチョベチョと触手の舌が舐めている。
「んくぅっ、ンン……っ!」
 塞がれた喉から漏れるのは最早甘く高い呻きだけで、ビクビクと跳ね上がる尻はまるで切なく男を誘うような動きになった。
 神が背後でキュロットの前立てを開き始める。
 人間と同じ位置にある凶悪な程太い雄が露わにされ、開いた孔の縁にぴったりとその先端が押し付けられた。
「これが欲しいか……?」
 反射的に首を横に激しく振る。
 それをされたらもう、後戻りが出来ない予感がする……。
 神はくすっと喉を鳴らして笑った。
「すまないな……。私には、お前が欲しがっているようにしか見えない……」
 酷薄な言葉と共にぐっと尻が掴まれ、熱い肉の杭が後孔を拡げながら貫き始める。
 バアルの太いものを背後から受け入れた途端、唇からぬぽっと触手を引き抜かれ、不本意な甘い声が喉奥から漏れた。
「あぁァ……ッ!」
「可愛い声を出して……やはり私を望んでいたのだな……!」
 触手に抱きしめられながらズブズブと奥まで進まれ、内側から骨と肉が軋むような凄まじい違物感を覚える。
 しかも、受け入れた怒張が中で人間のそれとは違う妙な動きをしているような気がしてならない。
 まるで、意志を持ってヴィクトルの中を蠢き、反応する場所を探している――ような。
「驚いたか? これはヒトに似せて作っているだけの、ほかの私の一部と同じものだからな……とはいえ、お前の中に種付け出来るのはこの部分だけだが」
 その言葉にゾクっと悪寒が走った。
「……ぁっ、俺は……っ、男だぞ……っ」
 苦しい息の下で呻いた言葉に、背中に覆いかぶさる神がにっこりと微笑む。
「――女のように孕まされるかと思ったか? 流石にわたしにもそんな能力は無い……あればお前に家族を作ってやれたがな――」
 残念そうに言われながら、蠢く肉の杭に更に奥深く貫かれた。
 踊るように肉壺の中で動くそれは、後孔の最奥に自ら吸い付きながら出入りし、唾液とも精ともつかない濃い液体をドロドロと垂らし始めている。
「っ、ひ……! ……変なもん中出ししてんじゃねえよっ……っ!」
「交わるということはそういうものだろう? お前の中に、私を沢山注ぎ込まなくては……」
 返ってくる答えには全く悪びれたところがない。
 うつ伏せに縛められたまま尻を掴まれ、獣の交わるような体位で神が腰を打ち付け始める。
 パチュっ、パチュっと肌と体液の弾ける高い音が立って、鼓膜まで犯されるその恥辱すらも身体の熱を上げてゆく。
 振動が外側から感じやすい部分に響き、内部からはバアルに吸われ舐められながら汚され続け、入れたり抜かれたりする度に大量の液体が後孔からこぼれ出した。
「んぁっ! はあっ、やめ、服、汚れ……っ、おま、汚さないって……っ」
「お前の体液では、な。私のは別だ……」
 グチョッ、グチョッと派手な音を立てて好き放題に犯され、太腿まで汁まみれにされながら、それでもまたあの切ないほどに腹の奥にチリチリと疼く快感に堕ちていく。
「くそ、神のくせに嘘つきやがっ……っ、アッ、あはぁ……っ!」
 次の瞬間、ヒクッヒクッと下腹に痙攣が走り、自分が後ろを犯されながらイッてしまったのを自覚して頭が真っ白になった。
 そんなバカな――尻で、しかもこんなに早くイかされるなんて――そんな事があるはずがないのに。
 ショックで呆然としていると、神は自らを引き絞るように動いている蕩けた媚肉を愛おしそうに中から舐めずった。
「私を全身に受け入れて、お前がどんなに可愛い顔をしているか、見るといい……」
 興奮して上ずった声が背後から言い放つ。
 やがて後ろから繋がったまま、バアルがヴィクトルの腹を両腕で抱え込み、一緒に後ろへずり下がるようにシーツの上を引きずられ始めた。
 スプリングが軋む音とともに、神がその両脚を絨毯の敷かれた床に降ろす。
「えっ、な……にして……ぅっあ……!」
 両膝を後ろから抱えられ、触手の力で身体がフワッと空中に浮き上がる。
 次の瞬間、ヴィクトルを抱いて立ち上がったバアルが繋がったまま後ろを振り向き、ベッドの背後にあった大きな鏡に二人の姿を映し出した。
「……っ!」
 そこに映っている、子供に用を足させるような格好で背後から抱かれた自分は、いつも鏡で見る自分とはまるで別人のようだ。
 両腕と両脚を触手に縛られた褐色の肌の男は、蕩けたような快楽に溺れた表情でこちらを見ている。
 逞しい肉体が汗と唾液と汁にまみれ、鏡に向けてMの字に開かれた両脚の間にある性器には、細い管のような触手が深くまで入り込み、絶えず精液や先走りを貪り蠢いていた。
 信じがたいほど拡がった尻の穴はずっぽりと雄に犯されていて、身体全体を上下に揺すられながら深く突かれたり浅く擦られたりを繰り返している。
 普段はシワを寄せて小さくすぼまっている場所は、今はつるりと伸びきって白い神の雄に物欲しげに絡みつき、突かれるたびに中に注がれる体液をダラダラと垂れ流していた。
「お前の乳首を見てごらん……可愛く育っているぞ」
 バアルの言葉とともに、二つの乳首にずっと吸い付いていた触手が唾液を引いて離れる。
 解放されたそこは、すっかり赤く大きく腫れあがり、まるで熟れた女の乳首のような見た目になっていた。
 なんてことを――。
 身体を弄ばれ、怒鳴ってやりたい気分なのに、その敏感になった乳首の先に触手の肌が少し擦れただけで甘い呻きが止められなくなる。
「はぁっ……っ、うっ、ン……っ」
 今だけなのかもしれないが、身体が、完全に変えられてしまっている。
 ――神を易々と受け入れ、悦びを貪る身体に。
 バアルが腰を揺らし、益々激しい頻度で感じる場所に突き上げを加え始めた。
「んっ、ンン……っ! はあっ、やめ……っ、いっ、イッたばっかでそれはっ……!」
 身悶えるが、神は益々そこを太くして中を蹂躙している。
 いくら抵抗しても、結局バアルの性器に刺激を与えるだけになってしまう――。
 甘い絶望感に次第に諦観が降り積もって行き、いつからか、ヴィクトルは理性を放り出して与えられる快楽を貪りだしていた。
「はぁっ、あっ、ンン……っ、あっ、奥……そこ、ヤバい、あぁっ……っ」
 支えられた腰をくねらせて自ら突いて欲しい場所を差し出し、肌の上を走る触手の滑らかな皮膚に物欲しげに乳首を擦り付ける。
「もうお前は、私のものだな……」
 頭にもやがかかったようで、嬉しそうに背後から触手で抱きしめてくる相手の言葉を否定する気力が湧かない。
「ンん……っ、はぁっ……」
 快楽に溺れ、もう一度深い絶頂を求めるように宙に浮かせられた身を捩っていると、神は抱えていたヴィクトルの両膝を触手に渡した。
 尻を突き出して空中にしゃがんだような体勢で、背後から大きく成長した乳首に今度は人間の指が触れ、優しく摘む。
「ァ……っ、ふ……っ、そこ……は……っ」
「お前も淫らに成長した身体を楽しんでいるようだな……良いことだ」
 鏡の中でゆるく腰を打ちつけている神が満足気に瞳を細める。
 飛び出した乳頭を弾けるほど指先で捏ね回されながら、耳元で悪戯っぽい声が囁いた。
「――私は、お前がもっと楽しめるようにと思って、この部屋に仕掛けをしておいたのだよ……存分に、楽しむがいい……」
 神の触手の一つが伸び、目の前の鏡に触れる。
 すると、不思議なことに触れた場所を中心に水にしずくが落ちたような大きな波紋が鏡面に拡がっていき、急に自分の姿がそこに映らなくなった。
 代わりに四面の鏡の壁に映っているのは、篝火を焚いた神殿の扉口と、その前を行き交う人々だ。
 先ほどまでアビゴールが立って儀式が行われていた場所では、青い軍服を着た同僚――エリクとフレディが座り込み、木製のゴブレットで酒を飲んでいるのが見える。
「っひ……!」
 一気に正気が戻って来て、ヴィクトルは宙に浮いたまま必死でバアルの方へ首を向けた。
「おいっ、これはっ……」
「ふふ。この鏡は遠見の鏡といって、私たちの覗き見用兼移動手段なのだよ……あちらからこちらが見えることはない」
 貫かれたままじっとりと汗が流れ、周囲を見回す。
 どういう仕掛けか、この四角い部屋は、神殿の前の広場の中央辺りからの景色を映しているようだ。
 ちょうど、踊りの中心の大きな焚き火が焚かれていた辺りに透明な箱を置き、中から外を覗いたかのような――。
 見えないと言われても、外の人々の話し声や笑い声、音楽も、まるで壁一枚すらも無いように空気に響いてくるし、吹く風も鏡を通して身体に当たる。
 しかも、人々の視線は皆じっとこちらを見ている。
 彼らの顔は炎に照らされているように見えた。
 確かにこの場所に火があるのに、同時にこの部屋も同じ場所に存在しているかのようだ。彼らはただ火に当たっているのだろうが、まるで自分のこの有様を無数の目に見られているかのように思える。
「本当に見られた方が楽しいなら、向こうからこちらを見えるようにする事も出来るが、どうする……」
「んなことしやがったら殺すぞ、このっ、変態趣味のクソ野郎……っ、っぅあ……っ!」
 罵ると益々自分を貫くものが太く硬くなり、甘く痺れたような快楽がジンと下腹に響く。
「この鏡は音は通すのだ……気をつけた方が良い」
 ハッとして鏡の向こうを見ると、怪訝そうな顔をしている人々の表情が見えた。
「今、このでっかい炎の中から声が聞こえなかったか……?」
「まさか、人が焼かれてる……?」
「ちょっと、兵隊さん呼んでこようぜ」
(……!)
 階段の方で仕事をサボっていたエリク達が呼ばれ、こちらへやってくるのが見える。
「っ……、離せ……、抜け……っ!!」
 掠れた小声で懸命に背後の神に訴える。
 けれど、彼は愛おしそうにヴィクトルの乳首を乳輪ごと摘み上げて乳首の先を愛撫し、むしろ腰の動きを早めてきた。
「んぐ……! はァっ、あっ……、頼む、んぁ……っ!」
 わざと声を出させようとしているのか、ジュブッジュブッと奥の感じる場所を徹底的に責められる。
 せめて自分の口を塞ぎたいが、触手に後ろ手に囚われているままでは動かす事も出来ない。
 目の前にはエリクとフレディが迫り、二、三歩前に進めばぶつかりそうな距離に立った。
 面倒そうな顔でこちらを見てくる視線に堪えられず、首を横に避ける。
 途端、空中からすとんと長靴ブーツを履いたままの脚を毛足の深い絨毯の上に降ろされ、両手を縛められたまま鏡に向かって前傾する恥辱の姿勢を取らされた。
 後ろに突き出した尻を触手の表面で撫で回しながら、バアルが薄く笑う。
「あぁ、この者達はお前の仲間だったな……。お前が私に愛されながら悦びイキ狂う姿を見せつけてやるのも一興か……?」
 言葉と共に、全ての触手がヴィクトルを責める為に動き始める。
 髪を撫で梳き、うなじを舐め上げ、脇を這い回り、乳首を舐り回し、臍のくぼみに吸い付きーーそして穴という穴の中で、バアルが動き、内側を擦り始めた。
「やっ、やめろ、ふぁっ、ぁアっ、声がっ、んぁっ」
 後ろと前を同時に深く犯される衝撃で、声を抑える事も出来ない。
 目の前の二人が眉をしかめ、首を傾げながら顔を見合わせている。
「今、ヴィクトルの声が聞こえたか?」
「しかもやけに色っぽいような……」
「でも、見当たらないよなあ?――」
 冷たい汗が噴き出し、喉から甘い呻きを漏らしながら唇を噛む。
「声を出したくないのなら、私がお前のよがり声を抑えてやろうか……?」
 パンパンと肌の弾ける高い音を立てながらバアルが提案し、思わずヴィクトルは何度も首を縦に振った。
 ふっと美しい唇が笑み、上半身がぐっと引上げられる。
 触手を口に入れられるのかと思ったが、顔を振り向かされた後で唇を塞いだのは慈愛に満ちたキスだった。
 その柔らかさに訳の分からない安堵感が湧き、同時に緩んだ身体も絶頂に達してしまう。
「ンん……っ、ふぅ……っ」
 それでも快楽の中枢を前と後ろから同時に突かれ続けるので、キスを止めることが出来ない。
 自分から貪るように接吻を求め続け、ヴィクトルは気を失うまで全身を犯され続けた。




 祭も終わり、数日が経った朝――。
「おい、こいつの引っぺがし方を教えてくれ。あんた、以前追い返したことがあるんだろ!?」
 オスカー・フォン・タールベルク伯爵の執務室に、怒声が響く。
 普段は本人と総長レオンの他には誰も入ることを許されないその部屋には、強硬に侵入したヴィクトルの姿があった。
 青い軍服を着た長身の背中には、白いタコのような生物がしっかりと貼り付いている。
「みゅっ」
 子供のような高い鳴き声を上げ、アミュが肩口から美しい紫色の瞳を覗かせた。
 書類の山に埋もれた金髪の貴公子は、動揺する様子もなく屈託の無い笑顔を浮かべている。
「すまないがその生き物は、私にはどうすることも出来ないものだ。『息子の気持ちが分かった、私もこの人間が気に入ったのでしばらくこの世界に留まる』と言っているものでな」
「な……んだとぉ……!?」
 ヴィクトルは琥珀色の目を剥き、執務室に座るオスカーのシャツの首を掴み上げた。
「バカヤローっ、お前のオヤジだろうが!? 責任とれよ!!」
「さて、私は忙しい。アミュ、その男はお前にやるから連れて行け。ヴィクトル、お前はそう気を落とすな。そいつはお前の会いたかった母親の代わりにはなれないが、ペットの代わりぐらいにはなるだろうからな」
「みゅっ」
 背中が空中で引っ張られ、すっかり居着いてしまった奇妙な生物にズルズルと執務室を連れ出される。
 この国の神になにかを期待した自分が馬鹿だった――と言うことを改めて思い知らされた、最悪の気分だ。
 バタンと目の前でレリーフの施された立派な扉が閉まり、廊下に投げ出されたヴィクトルの頭を、そっと触手が撫でてきた。
「みゅ?」
 その健気な瞳を見ると、あれだけの目に遭ったのに、何だか憎めないような気分になってしまう。
 頼みを断られたのに何故かほっとしたような気持ちになっていることに気付いて、ぶるっと首を振った。
「ちっきしょう……。大体お前、約束が違うじゃねえか!? 望み聞いたら帰るはずだろうがっ」
 どれだけ恫喝しても、相手は背中にしがみついてフルフルと首を振るばかりだ。
 仕方なく立ち上がりながら、せめてもの嫌味を言い放つ。
「――俺はもう今回の件で完っ全に一神教に改宗したからな。お前なんて今日から悪魔だ。俺に向かって神を名乗るんじゃねえ」
「あみゅ!」
 了解した、とでも言わんばかりにアミュが腕を一本挙げる。
 その悪びれなさに呆れつつ、なぜか唇の端に笑みが浮かぶ。
 ――全く、この国の神にはうんざりだ。
 嬉々として腕にしがみつく白い悪魔を肩に乗せ、ヴィクトルは歩き始めた。
「さぁ、――仕事行くぞ」


end