渚の家庭内恋煩い


 人間、とくに日本人は、結婚して子供が生まれてお父さんお母さんになると、ほとんどの人が二度と恋人同士みたいな関係に戻れなくなるって――本当なんだろうか。
 俺は今でも湊のことを死ぬほど好きなのに。
 もし湊が結婚してから俺のこと、ただの犬みたいに思ってたら……俺、どうしたらいいんだろう。
 ――仕事の合間に昼飯を食べに行ったラーメン屋のカウンターでそんな事を弟に相談したら、呆れ顔で説教された。
「渚兄さん。人前でそんな事を話すと人間に変な顔されるよ。大体、そんな話どこで聞いたんだ」
 隣に座る弟が、湯気で曇った眼鏡をこちらに向ける。
 俺とよく似た顔で短い金髪を七三分けにした彼は、うちの会社の経理部長で俺の真面目な方の弟、成明《なりあき》だ。
 従姉妹と結婚していて、獣人族のスタンダードみたいな生き方を全うしている彼は三つ子の兄の俺や直人と違って、クールな性格をしている。
「……大学時代に、一般教養の人間文化学の授業で、先生が雑談で話してた」
「ずいぶん昔だな。今更何でそんなこと思い出したんだ。
夫婦喧嘩でもしたの?」
「いや全然。すごく仲いいよ。毎晩寝る前にナデナデしながらブラッシングしてくれるし」
「……。幸せなのはよく分かったから、ラーメン伸びないうちに早く食べなよ」
「はい……」
 俺は割り箸を縦に割り、目の前で湯気を立てる味噌ラーメンをすすり始めた。
 別に惚気とかじゃなく、真剣に相談したかったんだけどなあ。ちょっと相手を間違えたかもしれない。
 昔からこの弟はこんな感じでちょっとつれないんだ。
 でも、本当に冷たい訳じゃなくて、俺や直人が人間の伴侶を選んだ時も、心から祝福してくれたいい奴だ。
「それにしても渚兄さんが元気になってくれて本当に良かったよ。直人兄さんは営業は得意だけど、開発企画部って柄じゃないからね。渚兄さんの代わりをやれって言われた時、本当に死にそうな顔してたんだよ」
「……それは今でも、悪かったと思ってるよ……」
 反省を込めて言葉を返す。
 そう、俺は去年、婚活で出会った人に恋煩《こいわずら》いしてしまったことをきっかけに、心身を崩してしまったのだ。
 数ヶ月休職していたその間、同じ会社を支えるほかの兄弟や親類にはかなりの迷惑をかけてしまった。
 心の状態がストレートに身体に出やすい獣人社会では、結構よくある話ではあるんだけど……。
 そのあと紆余曲折あって今は、俺は大好きな人と無事につがいになり、結婚して一緒に暮らしている。
 相手は普段働いてる人なんだけど、今は育児休暇中だから、俺の……お嫁さん、みたいな感じで家にいるんだ。
 箸の先で好物のシナチクを拾いながら、気がつくと俺はボンヤリと、愛の巣で待ってる愛しい人の事を考え始めていた。
 今頃何してるのかなあ。この時間だと、子供たちにご飯食べさせてるかな。
 今日の夕飯、何だろう。
 子供いると買い物も作るのも大変だよね。
 疲れた顔してたから、土日は俺が三食作って、少し休んでもらわないとな。
 あぁ、湊に会いたいな……じゃれて、それで色んな場所を舐めたい。こっそり、やらしいところも。
 明日は土曜日だから、一日中一緒に居られる。
 それで……出来れば、 「兄さん。尻尾が出てる」
 弟に注意されてハッとした。背もたれのない椅子なものだから、自分が尻尾出してバタバタ振ってしまっていたことに気付かなかった。今は人間の姿なのに――。
「……まさか仕事中もそんな調子なのか?」
「いや、今は昼休みだから気を抜いただけだよ」
 慌てて尻尾を引っ込め、必死で言い訳した。
「それならいいけど」
 成明が眼鏡の奥からギラッと睨んでくる。
 ……バレてるな。
 そう、一生懸命平常心を保とうとはしてるけど、実は最近、仕事中も湊のこと考えてしまっている時がある。
 会議の時なんかについボンヤリしてしまったり……。
 原因は薄々分かってるんだ。
 以前何も手に付かなくなっていた頃と精神状態が似ている。
 もちろん、あの時程酷くはないけど。
 去年は人間になる方法すら分からなくなってしまって、仕事が全く出来なくなった。
 今はそこまでじゃないよ、――だけど。
 結婚したのに……子供までいて、一緒に住んでるのに、おかしいとは思うけど、実は俺……今でも俺のつがいに……湊に、恋煩い中なんだ。
「ただいま」
 夜の7時半、マンションのドアをガチャリと開けた途端に、淡い金色の毛玉が二つワッと俺に飛び掛かってくる。
 ワンワンと可愛い鳴き声を上げて歓迎してくれたのは俺の命よりも大事な子供たち、岬《みさき》と航《わたる》。
 もうすぐ1歳でヤンチャ盛り。ムクムクした太い脚と垂れ耳、黒い瞳をした、見た目はゴールデンレトリバーの子犬そのものの、獣人ハーフだ。
 二人は玄関のタタキの上をグルグル走って跳びはねて、早く遊んで遊んで!と訴えてくる。
 余りの可愛さにキューンとなってしまい、俺はネクタイを解き、スーツのジャケットを脱ぎ捨ててあっという間に獣身になった。
 獣の姿で服の山から飛び出し、体当たりしてくる二人を愛情を込めてペロペロ激しく舐める。
 すると、 「こら! ちゃんと中に入ってからスーツ脱がないと、汚れるし皺になるだろー!?」
 背後からやっぱり叱られた。
 声を上げたのは、子供たち二人を産んでくれた俺の大事なひと、犬塚湊。
 5歳年上の男性オメガのつがいで、この前の初夏に結婚したばかりの……世界一美人で色っぽい、俺の運命のひとだ。
 人間にしてはすらっと背が高くて、綺麗な黒髪に堪らない美肌、そして何より、涼しげな目元に浮かぶはにかんだ笑顔がとてつもなく可愛い。
 デニムにシンプルなボーダーシャツがよく似合っていて、その上に生成りのエプロンを着けてるのがもう……エロ可愛い過ぎて呼吸がおかしくなる。
 彼はキッチンの方から廊下を歩いてきて、玄関のタタキの上に落ちた俺のジャケットとスラックスを素早く拾い上げた。
「他のは全部、自分で洗濯物に入れとけよ」
 目蓋を色っぽく伏せて屈む姿を横目で見つめると、エプロンの奥の白い胸元が一瞬見えてどきっと心臓が高鳴る。
 堪らずに足元にスリっと頭を寄せてじゃれつくと、 「ダメ。渚のスーツに毛がつくだろ」
 つれなく言われて膝で押され、さっさと奥に引っ込まれた。
「キュウン……」
 あとで自分でちゃんとブラシかけるのになぁ……。
 しょぼんとして玄関に残された俺を、子供たちがペロペロ舐めて慰めてくれる。
 ああもう、うちの子供たちは本当に天使だ。
 デレデレしながら靴下とシャツを咥え、トットッと爪の音を立てながら俺は脱衣所の洗濯籠にそれを運んだ。
 結婚してからもうすぐ3ヶ月くらい経つ。
 犬塚家のマンションの一角に入ってもらう形になり、お義母さんは同じ階の隣の部屋だ。
 どちらの親族にもいつでも会いにきて貰える環境ながら、一応世帯としては別になった。
 同族婚だったら、仕切りのないみんなと一緒のフロアに暮らすことになってただろうけど、人間はプライベートを大事にするからって、オーナーの祖父が気を使ってくれた結果だ。
 家族水入らずで一緒に暮らし始めてから、今まで知らなかった湊の色んな面を発見した。
 綺麗好きなところとか、逆に子供が汚すことに関しては寛容だったりとか、子育てに一生懸命すぎるくらい真面目だとか……作ってくれるご飯は素朴だけど凄く美味しい事とか。
 結婚してよかったなって何度も思う。
「岬、航。お前たち、ご飯がまだ途中だろ。パパと遊ぶのは後で!」
 湊が呼ぶ声に、子供たちがリビングへ戻っていく。
 俺も一緒に追いかけていくと、二人は低い木製の台の上に置いたふやかしたカリカリと、とろとろのお粥みたいな人間用の離乳食の入った二つの器に交互に顔を突っ込んで食べはじめた。
 そんな二人の微笑ましい姿を背後から見下ろしながら、湊がぽろっと呟いた。
「……そういや、直人さんのところの秀人君、人間になれるようになったんだって」
「ワン!?」
 本当に!?と答えたつもりだったけど、そういえば俺今、獣身だった。
 でも、意図は察してくれたのか、湊がスムーズに会話を繋げてくれる。
「うん、凄く可愛かったよ。たどたどしいけど、ちゃんと言葉が話せるようになっててさ。俺達も、岬と航と早く話してえなー」
「クーン」
 そうだねえ、と俺はウンウン頷いた。
「渚、座って」
 促されて、俺もサッと食卓の椅子の上に飛び乗る。
 並んでいる夕飯は、手作りの煮込みハンバーグと、サラダ用ホーレン草のシーザーサラダ、コーンスープに白いご飯。
 ここはパンじゃないの?と思うようなメニューでもご飯が出てくるのは、湊の好みらしい。
「はい、お茶」
 慣れた感じで、冷たいお茶の入った銀色のボールを湊が持ってきてくれる。
「アオーン」
 頂きますして、俺はお皿に鼻先を突っ込んだ。
 なるべく見苦しくないように食べてるつもりだけど、美味しくて夢中になるとついお皿を何度もペロペロしてしまう。
 獣面人身で人間みたいに夕飯を食べる時もあるけど、獣身だとどうしてもこうなるんだよね。
 でも、また洋服着るのが正直面倒くさいし……。
 あと、この格好だと湊が甘えさせてくれる率が高いし。
 ふと視線を上げると、食卓の向かい側に座ってる湊が熱くて色っぽい視線で俺のことを見ている。
 瞳が心なしか潤んでいて、唇も半開きで、え、エロい。
 もしかして、今夜は……!?  胸が甘い期待でいっぱいに膨らんだ。
 けれど一方で不安も募る。
 その目はもしかして、獣身の俺をナデナデしたいだけ……?  なんて……。
 ――実は、俺がそんな風に疑心暗鬼になってしまうのには、訳があって。
 実は俺たち……あの新婚旅行以来、3ヶ月一度もないのだ。
 ない、ていうのは……その、夜の営みが。
 言うとびっくりされるから誰にも言えないんだけど……。
 俺は凄くしたいんだけど、その、獣人と人間の文化の違いが難しいというか。
 色々あって、こうなってしまってるというか……。
 事の発端は、湊が新婚旅行の行為では妊娠しなかったことで。
 残念だったね、授乳期だからホルモンが整ってなかったのかも、なんて言いつつも、でも、子供はやっぱり欲しいねー、なんて話してたんだ。
 で……、ちゃんとした発情の周期を待った方が、妊娠の可能性が高くなるらしいよ、なんて情報を湊が仕入れてきて、そうなんだ、じゃあ、その時に子作りしようね……と二人で何となく決めた。
 ほんとはそんなの関係なく毎晩でもしたいけど、湊がそう言うなら……。人間てそういうものなのかもしれないし。
 でも、決めたのはいいんだけど。
 み、湊の発情の周期っていつ……? てなってしまったまま、気付いたら「待て」の状態で3ヶ月経っていて。
 俺には、いっつも甘い匂いしてるように感じるんだけど……湊はまだ「ちゃんとした」発情期じゃない、らしい……?  こんな状態が続く内に、俺はだんだん頭がおかしくなってきて、会社にいてもソワソワして、湊の事が気になって気になって仕方なくなってしまって、不安のあまりつい、成明にあんな相談してしまったんだよね。
 このままだと、不安が疑心暗鬼になりそうで……。
「――渚? ボンヤリしてるけどどうした。飯、不味かったか?」
 不意に話しかけられて、俺はビクッと毛を逆立てた。
「ワフッ」
 ブルブルブル!と必死で首を振る。
(すっごく美味しいよ!)
 というのを訴えるため、再びご飯にがっついた。
「違うなら、いいけど……」
 まだちょっと首を傾げている湊の視線を感じて反省する。
 心配させちゃダメだ……!  また休職なんてことになったら、絶対ダメな男だと思われて愛想尽かされる。
「……じゃあ俺は子供達と風呂入ってくるから。出る時手伝って」
 席を立ち上がった湊に、俺はご飯粒の付いた口をハグハグさせながら頷いた。
 目の前で世界一の美人が、背筋を反らしながらエプロンの腰紐を解いている。
 何気ないそんな仕草もエロくて、俺の中でぶわっとピンク色の妄想が生まれた。
『渚もいっしょに入るか……?』
 エプロンを床に落とした湊が、指で更に薄いTシャツの裾を捲り上げ、艶やかに微笑みながら俺を誘う。
『ほら、前も言ったろ……? 最近断乳したから、胸が張って、辛くてさ……』
 妄想の彼はシャツの裾を噛んでピンク色の硬くなった乳首を見せつけ、恥ずかしそうに頬を染めた表情で俺の顔を覗き込んできた。
『渚……。子供達の代わりに、俺のオッパイ吸って……?』
「ワオォォン!」
 気付いたら幻に思いっきり返事してしまっていて、エプロンを椅子の背もたれに掛けてサッサと風呂場に行きかけていた現実の湊が驚いて振り返った。
「な、何だ!? 飯に何か変なもの入ってたか?」
 心配気に訊かれてまた首を激しく振る。
「最近、渚、変だぞ……」
 綺麗な眉根が寄り、不審なものを見るような表情をされて、俺は必死で身体をブルブルさせて否定した。
(そ、そんなことないよ!)
「……。
岬、航、行くぞ」
 子供達がアンと甘えた返事をする。
 三人はリビングを出ると、廊下の途中にある脱衣所の扉の中へ入っていった。
 扉が閉まる音が聞こえた瞬間、一気に緊張が解けたみたいになって、フーッと鼻先を下に向ける。
 ダメだ俺……正気が危うくなってるのかも。
 後で風呂に入った時、抜こう……と、密かに決意して、素っ裸の獣面人身の姿になり、立ち上がって着替えを取りに行く。
 ――いつまでも犬のままでは子供達のお風呂の世話も、もちろん自慰も出来ないからね……。


 湊が子供達を脱衣所で丁寧にブラッシングしてからお風呂に入れている間、俺はハーフパンツとTシャツに着替えて皿洗いを済ませ、風呂上がりの子供達の世話をしに脱衣所へ向かった。
「子供達、そろそろ出る?」
 ノックをして横滑りの扉をガラッと開く。
 その瞬間、俺の目に綺麗な形のお尻が飛び込んできて、頭が真っ白になった。
(お、お尻……)
 固まってボンヤリしている俺に、バスマットの上で子供達をタオルで拭いていた全裸の湊が声を上げた。
「渚?」
「……っ!」
 いけない、いけない。まだ湯船に浸かってると思ってたから、凄い不意打ちを食らってしまった。
「ご、ごめん遅かったね……!」
 謝りながらも、こちらに背を向けてうずくまった湊の丸見えになったお尻の間に目を奪われる。
 うぅ、頭がクラクラしてヤバい。
「いやそんなことねえよ。
渚、頼む。
俺はこれから頭洗うから……」
「う、うん」
 色っぽいお尻が風呂場に戻っていくのを見送りながら、欲情で目がチカチカした。
 ダメだ、ダメだ、犬塚渚……今この人に襲いかかったらいけない。
 子供の目の前で何てことするんだって、絶対に嫌われる。
 湊はそういうの、きちんとしたい性格なんだから……!  フーッ、フーッと息を整えながら、奥にある洗面スペースに向かい、扉になってる鏡の裏面の収納を開けてドライヤーを取り出した。
 コードを繋げ、ふざけて脱衣所の狭いスペースをグルグル走り回る子供達をどうにか捕まえて毛を乾かし始める。
 すぐ右手の磨りガラスの扉には艶かしい肌色の影がチラチラと映っていた。
 ごくんと生唾を飲みながら、子供を乾かすことに集中しようとするんだけど、視線がどうしてもそちらに行ってしまう。
 ああ、中に押し入りたい……それで、後ろから抱きしめて、濃厚なキスして、しなやかな腰を掴んで奥まで突っ込んでメチャクチャに喘がせたい……。
「キュウン?」
 純粋な四つの目が下から俺をじーっと見上げていて、ハッと我に返る。
 いけない、さっきから何もいない明後日の方向を乾かしてしまっていた。
「ごっ、ごめんごめん……!」
 ――やばい。本当に俺、病気みたい。
 冷や汗をかきながらどうにかドライヤーを操り、二人をフワフワの毛並みに戻してゆく。
 早く、湊が風呂から出てくるまでに脱衣所を退散してしまわないと、今度こそ危ない!  結婚生活に迫る危機に、俺はようやく目を覚ました。
 死ぬ気で二人を乾かして、最後にアーンとかイーとかさせながら犬用歯ブラシで歯磨きさせて、布団に毛が落ちないようにもう一度仕上げのブラッシングして……。
 一緒にリビングに戻る頃には精も魂も尽き果て、俺はソファーの上でぐったりと脱力していた。
「はーっ」
 子供達は俺の葛藤を知る由もなく、床でじゃれあって遊んでいる。
 こんなお父さんでホントごめん……。
 罪悪感に苛まれながら目を閉じていると、パジャマに着替えた湊がいつの間にか背もたれの後ろに立っていた。
「渚、してやるからこっち来い。
風呂、これからだろ」
 ドキュンと心臓が早鐘を打つ。
 してやるって何を……!?  と思ったけど、よく見るとその手には、犬のブラッシング用の金属製の細かい歯の付いたスリッカーが握られていた。
 あ、うん、普通に毛繕いだよね……。
 ああ、乾かしてもまだ少しだけ濡れてる黒髪と、優しい笑顔が正視出来ないくらい眩しい。
「ありがとう」
 俺は上半身のTシャツを脱ぎ捨てて、こちらに回ってきた湊と寄り添うように革張りのソファーの上を少し移動した。
 背中を向けると、彼はすいすいと慣れた手つきで首筋の方から毛並みをとき下ろし、背中の被毛の抜けた下毛を取り除いてくれた。
 腹側とか腕、脚は自分で出来るけど、背中だけは人のお世話にならないと毛玉が出来るんだよね……。
 後ろから何とも言えないいい匂いがする。
 背中に触られながらとかれるから、ドキドキしてどうしても半勃ち状態になってしまって、嬉しいけど厳しい……!  やせ我慢で耐えていると、優しい手が道具を持ち替え、今度はコームブラシで丁寧に毛並みを梳き始めた。
 全体的にツヤっとした感じになったのを確認して、満足げに湊が立ち上がる。
「じゃあ、俺は子供寝かしつけてくるから」
 勃ってるのがバレないように背を向けたままTシャツを被りつつ、その言葉に頷いた。
 抜けた毛を捨てる為にキッチンの方へ行った相手を視線で追い、密かに安堵の溜息を漏らす。
 湊は岬と航を連れると、リビングに隣接した和室に入り、襖を内側から静かに閉じた。
 ――急に一人きりになって、身体の芯がスッと冷えてゆく。
 寂しいな……。
 この後、岬たちを寝かしつけ終わっても、湊がリビングに帰ってくることは滅多に無いから。
 疲れてるせいか、子供達と一緒に眠ってしまうみたいで……。
 それを無理やり起こすなんて可哀想でとても出来ないから、俺の夜だけがなんだか、長くなってしまう。
 明日は土曜日……。
 でも子育てには土曜も日曜もないから、湊はそんなことも忘れてるのかもしれない。
 そう思うと、疲れている伴侶に対して欲情ばかりしている自分が情けなくなった。


 子供達のはしゃぐ声が和室から聞こえなくなった後、俺は風呂へ行き、ぼんやりと湯船に浸かった。
 浴槽の縁に顎を乗せ、濡れたヒゲ周りを舌でペロペロする。
 お湯はもう大分温くて、長く浸かってても平気そうだ。俺は目を閉じ、湊のことを妄想し始めた。
 やっぱりつがいになると、相手のことしか見えなくなってしまうので……昔からアダルトな動画とかそんなに見ないけど、そういうものが益々味気なくなってしまったんだよね。
 抜きたい時に思い出すのは、過去のやらしい湊の姿ばっかり。
 2回目のマラソンデートで、初めてキスした時とか、可愛かったなあ……。
 最初は戸惑ったみたいなびっくりした顔していたのが、どんどんいやらしく身体中火照って、蕩けていって。
 してるうちに、もっともっとって舌と唾液をおねだりしながら、……俺の太腿に、濡れたお尻の間をヌルヌル擦り付けて……色っぽく腰を前後に振って、気持ちよさそうに喘いで……。
 口の中を奥まで舐めてあげてたら、可愛くビクビク震えながら、俺のお腹に出してくれたんだ。
 後でそれを指で掬って舐めてみたら、甘くていい匂いで本当に堪らなかった。
 そう――湊の匂いって本当に凄い。
 何度か同族のオメガには会ったことがあるけど、あんな風に堪え難い、理性を全部持ってかれるような匂いを感じたのは彼が初めてだった。
 あの時、どうにか自制心で堪えたけど、本当は隣のシャワーブースに押し入って湊を強姦してしまうとこで、かなりギリギリだったんだ……。
 それだけ危うかったのに、その日のうちに湊を俺のマンションに連れてってしまうなんてね。
 相当頭がおかしくなってたんだと思う。
 でも、普段の彼は普通に男っぽいし、加えて隙がないし、どうにかして捕まえていないと、どんどん逃げられてしまう予感がして。
 更に本当は女性が好きだ、なんてことまで知ってしまったらもう、どんな手を使ってでもこっちを振り向かせなきゃって焦ってしまった。
 湊が犬っぽい時の俺に弱いこと知ってて、わざと家族を見せてみたり……。
 挙げ句の果てに、薬飲んで我慢してる湊を誘惑して、自分から「舐めて」
って言わせるほど追い詰めて……。
 俺と出会ってから発情が乱れてるーーと、言う彼の言葉を、間接的な告白だと都合よく解釈して、正式に付き合っている訳でもないのに、恋人みたいに触れ合った。
それで俺は、湊を手に入れたつもりでいたんだ、あの時……。
 凄くバカだったと思う。
 あの日のことは後悔してもしきれない。
 ――だって、あの時俺が無理矢理に湊を連れて来なければ、夏美と鉢合わせすることも、無駄に苦しめて、挙句一人で子供を産ませることにもならなかった。
……湊、本当にごめん。
 ――なんて、気づいたら、エロい妄想をしていたはずがいつのまにか脳内反省会になっていた。
 浴槽の中にブクブク沈みながらズーンと暗くなる。
 だっ、ダメだダメだ!  反省しても後悔するなと言うじゃないか。
 今は過去を後悔するよりも、しっかり抜いて今度こそ湊に迷惑を掛けないようにする時だろ!  エロい湊を思い出すんだ……!  エロい……。
 そ、そういえば、あの後再会して犬の俺を誘惑した時の湊は、凄かった。
 ーー夜、マンションにいたら、弟の直人が突然、散歩先から血相変えて帰ってきたんだ。
『お前の運命の君と、さっき霊岸橋の所で会ったぞ! 早く行ってこい!』
 ーーなんて素っ裸で部屋の前で叫ばれてさ。
 俺も気が動転して、とにかく一番早く着けそうな獣身でマンションを飛び出したんだ。
 走りながらも凄く葛藤した。
 俺は湊にとっては終わった男のはずだったし。
 でも、もしかしたらって……。
 実際のところ、その「もしかしたら」は正しかったんだ。
 でもあの時の俺には分からなかった。
 薬も拒否して、余りにも慣れた感じで俺を誘う湊を、あの後すっかり誤解してしまったけど……あれは、オメガの本能だったんだよな。
 運命の雄を、二度と離さない為の必死の誘惑。
 後から考えると、いじらしくて、可愛くて。
 だってパンツまで使って俺のこと引き止めようとしてくれたんだよ。
 あの時のパンツ、いい匂い過ぎて実は洗わないでずっと、秘密の場所にとっておいてある。
 絶対本人には言えないけど、見つかったら相当やばいよね。変態と思われて離婚されたらどうしよう……。でもあれ捨てたくないし。
 って、いけない、また脱線した!  パンツじゃない、中身の妄想だろ!?  ふう、閑話休題。
 湊の、抑制剤一切なしのフェロモンはテロ並みだった。
 その上犬の俺を大サービスで歓迎してくれて、処女なのに手コキしてくれるわ、フェラしてくれるわ……俺は彼の発情の虜になり、完全に理性がブチキレて、後先考えずに湊の中に出すことしか頭になくなった。
 いろんな場所を舐めれば舐めるほど、いやらしい喘ぎ声を上げて悦ぶ湊はエロ可愛い過ぎて。
 濡れてヤワヤワなお尻の穴を奥までペロペロしたら、キュンキュン俺の舌を締め付けて感じてくれて……。
 誘うみたいに揺れる可憐なお尻に我慢できなくて、犬のままそこに突っ込んで、大量に中出ししてしまったんだよな……。
 妊娠出来るって知らなかったとは言え、ほんとあれは……ない!  誘われたとはいえ俺一体何考えてたんだ!?  あの後湊が一人で病院にアフターピル貰いに行ったって聞いて、なんだかもう切なくて苦しくて俺泣いちゃったよ。
 本当にごめんねって。
 それに初めてなんだからもっと優しく、お姫様みたいに扱ってあげたかったのに……。
 うう、俺は本当に馬鹿だ……。
 ……。
 あれ、またいつのまにか一人反省会になってる。
 うーん、ループにはまってるぞ俺。
 温いお湯とはいえ、このままだとのぼせそう。
 うっ、ダメだダメだ。
 ……気を取り直して、お見合いパーティの後、湊のことを遊び人だと思ったまま二度目にした時のことを思い出した。
 あの時の湊は俺のことを見る目がウルウルしてて、憎らしいのに可愛くて堪らなかった。
 酷く誤解してたから、ただ発情してるだけとか、そういう演技なのかなって思ってたけど。
 俺の愛撫を受け入れて、脚を開いて中出しを健気に懇願する彼は凄絶な程、綺麗だった。
 でも俺は、この愛らしいお尻を一体どれ程の数のオトコが……ってことしか頭になくて。
 いつもそうしてるのか――と疑い、凄く無神経なことを聞いてしまったんだ。
 生でするのが好きなのかと。
 そうしたら、湊は、俺だけが特別なんだと言った。
 俺はその時、――この人、みんなにそんなこと言ってるのか、としか思えなくて。
 一気に嫉妬と独占欲で頭の中がいっぱいになって、後悔しても知るものか、という狂暴な気分に突き動かされて俺は湊を犯した。
 彼の中は吸い付くみたいにいやらしく動いていて、本当は出す前に抜こうと思ったのに、そんな意志も危うくなった。
 湊の身体も態度も、全部が俺を切実に求めてるし、しかも、挙句に赤ちゃんが出来たら産んでもいいか、なんて聞かれて……。
 一瞬考えて、もしかしたら「特別」なみんなに同じことを言ってるのかもしれないと思ったら、辛くて悔しくて堪らなくなった。
 また言葉で彼を責めて、一方的に欲望をぶちまけて、いっそ本当に湊が妊娠してしまえば、俺だけの物に出来るかもって、そんな利己的なことを考えていた。
 ――でも、湊の「特別」は、本当に文字通りの意味だったんだ。
 俺が好きで堪らなくて、あの行為がもしかして最初で最後になるかもしれなかったから、あんな風に誘って……。
 どうして湊の、切ないくらい一途な気持ちに気付けなかったんだろう。
 俺は俺で、彼を苦しいほどに愛していたのに。
 もう遊び相手でも何でもいいから、とにかく湊のそばに居続けて、いつか必ず彼を俺に振り向かせるって――あの時、そう思ってた。
 でも実際に俺がしたことと言えば、沢山言葉で傷付けた挙句、好き放題に犯して、妊娠させただけ。
 俺がよく考えもせず短絡的に疑ったり、一方的に怒りをぶつけたりしなければ避けられたことだ。
 愛する人にたった一人で、人生を賭けた決断を強いることなんて無かったはずなのに――。
「キャウウン……!」
 頭を抱えて雄叫びを上げてしまい、風呂場の壁に情けない声がキンキン響いた。
 気付いたら、目元の毛がズブズブになるほど号泣してて、ダラダラ雫がお湯に落ちている。
 ちょっ、やっぱり抜きたい時にあれを思い出すのはNGだった。むしろ涙と後悔が止まらなくなる……!  ダメダメ、あの時のことは死ぬほど反省したし今後も反省すべき所だけど、今の俺はまず抜かないと日常生活で湊に迷惑がかかる訳で……!
 風呂の中でブルブル身震いして、どうにか意識を切り替える。
 うう……そろそろ頭がクラクラしてきたぞ。一体何時間風呂に入ってるんだろう。
 でもここは頑張らないと。
 つ、つがいになった時の湊を思い出すんだ……。
 あの温泉旅館での湊は、浴衣姿ってことを差し引いても怖いほど色気が凄かった。
 俺の子犬産んだ後で少しやつれてて、心配ではあったけど、そこも実は堪らなくて……。
 危うく人前で襲いそうになるのを必死で我慢してたら湊に誤解されて、申し訳なかったなあ。
 でも、俺に甘えたくて甘えられなくて、感情を昂ぶらせて湊が泣き出した時、驚いたけどすごく嬉しかった。
 初めてそんな風に、心から素直に感情をぶつけて貰って、やっと普通の恋人同士になれた気がしたんだ。
 でもそんな感動も束の間、旅館に来てから湊がずっとノーパンだったことが発覚して。
 寝てる時、はだけた浴衣の裾から妙に太ももが奥まで見えるなぁ……と思ってドキドキしてはいたんだけど。
 でもまさかそんな事になっているとは……。
 余りにもエッチな誘惑に、俺は本能丸出しになって、その身体を暴いていった。
 湊は、お尻を舐めてあげただけでヒクヒクしてイッてしまうし、オッパイの先もぽってり大きくなっていて、以前抱いた時よりも格段にエロくて感じやすい身体になっていた。
 俺の子供を産んで変わったその肉体に、訳が分からなくなるくらい興奮が止まらなくて。
 指でもっと慣らしてあげたかったのに、色っぽく誘われたらもう我慢できなかった。
 入れて、ここが子宮かなって所を狙って突き上げたら、湊は可愛い声を上げながらあっという間にイッて、吸い上げるみたいに中をキュウキュウさせて……。
 幸福感に包まれながら彼の首の後ろを噛ませて貰った時、俺は密かに泣いていた。
 まさかこの人がつがいになってくれる日が来るなんて思いもしなかったから。
 ――今でも信じられないんだ。あのミステリアスな美人が、身体も心も俺の物になってくれたなんて。
 元々は普通に女の子が好きだったのに、俺に会ったことで少しずつ目覚めてしまったとか……そんな風に湊は言ってた。
 ……あの日、エッチなことも沢山したけど、夜通し色んなことを話したよな。
 結婚前に湊のことを沢山知ることが出来て、本当に嬉しかったし、楽しかった。
 思い出すうちに、だんだん寂しくて堪らなくなってくる。
 よく考えると、エッチなことどころか、最近きちんと湊と会話していない気がする。
 やっぱり俺、妄想の湊じゃなくて、本物の湊とデートしたいし、エッチしたいし、イチャイチャしたいよ……!  ……。
 ……だめだ……。寂しいし、湯あたりし始めてるしで、なんだかもう抜く気分じゃない。
 ーーギブアップだ。
 ザバーッとしぶきを立たせ、浴槽から立ち上がって風呂を出る。
 拭いても拭いても濡れた犬みたいになる全身の毛をドライヤーで乾かした後、歯磨きなどの寝支度をし、服は着ずに獣身になった。
 リビングに戻り鼻先でそっと和室の襖を開けると、四つ大小の布団が並んでいて、そこに湊と子供達が寝ている。
 岬と航は二人とも自分の寝床は無視で、湊の掛け布団の上で寄り添うみたいに丸くなっていた。
 可愛くて愛おしくて、ため息が漏れる。
 子供達は基本的には湊のことが一番好きみたい。
 切ないけど、俺はやっぱり突然現れたお父さんだし、平日の日中はどうしても仕事があるからね。
 生まれた時からずっとこうして一緒に寝ているらしい。
 俺は赤ん坊の頃から両親とは寝室が別だったから、こういう習慣は少し不思議に思えたけど……でも、みんなで寝るのも家族って感じでいいなって思う。子供達も寂しく無いし。
 俺も結局自分の布団を無視して、湊の足元にピッタリくっついて丸くなった。
 せめて近くで寝たいから……。
 それに、毛皮があると別に寒くはないので、布団はいらないんだ。
 人間一人と犬三匹で大渋滞になってる湊の寝床の上で、深いため息をつきながら目を閉じる。
 相変わらず甘くて可憐な匂いと、温かい体温が布団越しに身体に伝わってきた。
 ……湊を、抱きたい。
 子供達がいたって、夫婦なんだから愛し合いたい。
 俺はそう思うけど、湊は違うのかな。
 つがいになったらお互いにしか発情しない、と聞いたけど、獣人と人間のカップルは違うんだろうか。
 ずっとしてなくても、湊は平気なの?  もしかしてやっぱり、俺のこともう、そういう目で見られなくなってしまった……?

 ……俺が、犬、だから?

   その瞬間、チクっと胸が刺されたように一つの事実に思い当たった。
 俺、結婚してからずっと、家では常に獣面だった。
 さらに言えば、家事とか手を使う用事がない時はだいたい獣の姿で過ごしていたと思う。
 獣人は家にいる時は基本、一番リラックスできる獣身でいて、必要な時だけ獣面人身になるものだから、結婚してからも当たり前にそうしてきたけど……。
 さっき帰ってきた時もそうだったけど、獣でいると俺、喋れないから、湊とろくな会話してない――。
(会話が減ってしまったのは、俺のせい……!?)
 気づいてしまって激しい衝撃を受けた。
 相手も同じ一族だったらボディーランゲージで交流するけど、湊は尻尾も毛皮も耳もない人間だもんな……。
 もしかしたら話したいことがあっても話しかけられなかったり、会話が続かない――コミュニケーションがしづらい、そんなこともあったかもしれない。
 岬と航と早く話したがっていた湊を思い出す。
 子供達はまだ犬で会話できない上、俺が帰ってきても話し相手にならなかったら――伴侶というより、もはや三匹目の飼い犬的な存在になってしまうのでは……。
 もしや、それが原因で発情が遠のいてる……?
(こんなことに今更気付くなんて……俺はなんてバカだったんだ!? 明日から家でも人間で過ごそう……! それで、湊ともっとちゃんと話、しよう……っ)
 今日最後の反省に切ない気持ちで一杯になりながら、俺は布団からはみ出ている湊の素足をペロペロ舐めた。



 ――翌朝、ちゃんと早起きした俺は、すぐに上から下まできちんと人間の姿になった。
 布団を上げた後、洋服も気の抜けたようなTシャツとかはやめて、よそ行きに着替える。
 髪型も最初にデートした時と同じくらい気を使って整え、エプロンをしてキッチンに立った。
 朝ごはんはグレープフルーツとルッコラのサラダに、ポーチドエッグを乗せたマフィンのオープンサンドのマヨネーズソース掛け、それから子供達も食べられるパンプキンスープと、すりおろしリンゴ入りヨーグルト。
 子供用にはミルクパン粥も別に用意して、和室の襖を開けに行く。
 毛並みを膨らませながらすうすうと寝息を立てている子供達を踏まないように、湊のそばに行って身を伏せた。
 いつもは獣のまま顔ペロペロで起こすけど、それは犬っぽいからNGだ。
 上に覆い被さりながら、指で寝乱れた髪を優しく撫でる。
「湊、起きて……朝だよ」
「ン……?」
 きれいな切れ長の瞳がうっすらと開いた。
 微笑みかけながら、唇を柔らかく重ねる。
 あれ……。
少し熱い……?  体温を感じたその一瞬後で、湊の身体がビクッと大きく跳ね上がった。
「!?」
 両手で強く胸を押し返され、唇が外れる。
 思いっきり拒否された形になった俺は、しばし呆然となって布団の上で固まってしまった。
 湊が口を押さえながら、目を見開いて俺をまじまじと見る。
 その顔が、目に見えるほど赤く染まった。
 その反応に密かに目を見張る。
 湊が俺を意識してる……?  やっぱりこの作戦は有効なのかも――。
「ご、ごめんな。一瞬、誰かと思って……最近その顔を見慣れないもんだから」
 弁解するようにそう言いながら、湊が布団の上で身を起こし始めた。
 パジャマの一番上のボタンが外れていて、大きく開いた襟から覗く綺麗な鎖骨が眩しい。
 まだほんのりと染まった目元が色っぽくて、心臓がキュンと苦しくなった。
 ……俺はやっぱり切ないくらいこの人に恋してる。
「6時半か。土曜なのに早起きだな……」
 可愛いあくびをしながら、大好きな人は悪戯っぽい笑顔で俺を見た。
「朝から随分めかし込んで、どうした? これから一人でどこかに出掛ける用事でもあんのか?」
 聞かれてドキッと肩が跳ねる。
「いや、何にも無いよ……!?」
 首を左右に振ると、湊は怪訝そうな顔になった。
「何もねえのに、その顔とその格好……?」
「きょ、今日はお洒落したい気分だったんだ……そ、それだけ」
「……ふうん?」
 やばい、何か疑いの目で見られている。
 それもそうだよな、今まで家では全く人間の顔してないし。
「……俺が人間の顔してると変かな?」
 ドキドキしながら聞くと、湊は肩を竦めた。
「いや……早起きできたら、子供達が起きるまでソファで獣の渚とじゃれようかと思ってたから」
 すごく残念そうに言われて、ウッと決意が緩んだ。
 だっ、駄目だ! こんな誘惑で揺らいでたら、ますます湊とのエッチが遠のくだろ!
「……別に、犬っぽい俺じゃなくても、この格好でイチャイチャすればいいよね?」
 膝で立ち上がりながら、恭しく湊に手を差し出す。
 でも相手は俺の手を取ろうとはせず、自分で立って布団を離れていった。
「……。朝からそんなことしてたら、子供達がビックリするだろ。――顔洗って着替えてくる。朝飯、サンキューな」
 パジャマの後ろ姿があっさりと洗面スペースに消えてゆく。
 当然イチャイチャ出来るものだと思っていた俺は、ショックで呆然とした。
 犬だから駄目だったんじゃないのか?  犬でも人間でも駄目だったとしたら、俺、もう……。
 ――どうしたらいいんだろう。
 足元からじわじわと絶望が湧いて、次々と疑念が浮かんだ。
 俺って、アルファだったよな?  湊とは、つがいになったはずだよな。
 消しても消しても浮かぶ、後悔とか、離婚とか、浮気とか、勘違いとか――そんな言葉。
 湊に限ってそんなことあるわけない!  けど、――怖い……!  堪えられなくて、気付いたら俺は湊のいる脱衣所の奥へ駆け込んでいた。
「あのさ! ちょっと、話し合いたいことが――」
 その瞬間、驚愕した。
 洗面所に水が出しっぱなしになったまま、湊がバスマットの上に倒れていたんだ。
「み、湊!? ど、どうしたの!?」
 気が動転し、俺は飛びつくようにして彼の身体を抱き起こした。
 その背中に触れた瞬間に驚きが走る。
 手の平表面がピリリとする程の皮膚の熱さが伝わって、――どう考えても、尋常じゃない。
「……凄い熱だよ……! きゅ、救急車――」
「バカ、大げさだよ。ちょっと風邪気味でクラッとしただけだって……」
 湊はちゃんと意識はあるようで、フラフラしながら立ち上がろうとして、俺の腕の中にまたガクッと力なく戻った。
「おっとっ……!」
 その身体をぎゅっと抱きしめて、顔を覗き込む。
 頬が真っ赤になって、目がトロンとしてる。
 あぁ、甘い匂いが堪らない……こんな時なのにキスしたいなんて……バカ渚、正気になれ!  どうして気付かなかったんだろう。大事な人がこんなに体調崩していたなんて――。
 泣きそうな気分で熱い身体を抱き締めると、湊が腕の中でもがいた。
「大丈夫だから離せって……! ちょっと俺さ、いつもの病院行くから子供達見ててくんねえ……?」
「何言ってるの!? こんなフラフラなのに一人で行かせられる訳ないだろ! 子供はみんなに預かって貰えばいいんだから」
「大人なんだから一人で行ける。土曜日に申し訳ないだろ……」
「一人でなんか絶対に行かせない」
 俺はきっぱり言い切って、それ以上抵抗できないように湊の身体を片手で肩に担いだ。
「ちょっ」
「暴れると危ないからじっとしてて」
 リビングに戻って片手でスマホをとり、母に短いメッセージを打つ。
 あっという間に既読がついたから、恐らくすぐに来てくれるはずだ。
「うちの母が来てくれるよ。一緒に病院行こう」
「ちょっ、勝手にどんどん決めんなよ……っ。てか俺パジャマ! お母さん来る前に着替えたいから早く降ろせって!」
 ハッとして湊の腰をそっと下に降ろす。
 彼は俺を押しのけるように離れてクローゼットのある部屋の方へ走って行き、バタンと扉を閉じた。
 次の瞬間ワンワン吠える声がドアの外で聞こえる。
 焦って獣身のままやって来たらしい母の為に玄関を開けに行きながらも、俺は部屋に閉じこもった湊の事が心配でたまらなかった。


 母に子供二人を頼み、俺は車の後部座席に湊を寝かせ、かかりつけだという個人病院まで車を走らせた。
 近場の大きな病院がいいと思ったんだけど、以前住んでいた地元の、長年診てくれている医師の方がいいと言うので……。
「……でかい大学病院とか行くと、学生とかに晒し者にされたりするから嫌なんだ」
 ナビで目的地を決めている時、湊はそんなことを言っていた。
 気持ちが痛いほど分かるから、黙って頷くしか無かった。
 俺もうっかり獣人科の無い病院にかかってしまった時、相手の医者からすごい好奇心の目で見られてしまったことあるから。
 ――40分ほど掛けてたどり着いた病院は、医師の自宅に診療所がくっついている、本当に小さなところだった。
 近くの駐車場に車を停め、湊に肩を貸しながら入り口に向かうと、看板には、婦人科、オメガ属科と書いてある。
 保険証と診察券を出し、狭いけど明るくて落ち着く感じの待合室のベンチに二人並んで座った。
 土曜だからか待ってる人も多いし、湊はぐったりしてるしで、チリチリ心が焼け付くような不安が止まらない。
 やっぱり近くの病院の方が良かったんじゃ……。
 と思っていたら、急患扱いで順番を早めて貰えたのか、すぐに看護師に呼ばれた。
「……じゃあ、俺は行くから」
 そう言った湊の額に汗が浮かんでいる。
 俺は心配で首を振った。
「俺もついていくよ」
「それはダメだ。お願いだから待っててくれ」
 マテをされて、しょぼんと俯く。
「分かった……」
 湊の後ろ姿が診察室に消えて、俺は所在なく一人で待つことになった。
 なんだかこの待合室、甘い匂いが充満しててクラクラするな……。
 いや違う……これ、車に乗ってる時からだ。
 いつもほんのりと感じる湊の匂いが、密室だったからか凄く濃くて――。
「ん?」
 急に頭の中に疑問符が浮かんだ。
 いつもよりも濃い匂い……。それって……。
「犬塚さん。犬塚さんの旦那さんいらっしゃいますか」
 女性の看護師さんに急に名前を呼ばれて、俺はハッとベンチから立ち上がった。
「ハイ、私です」
 手を挙げて応える。
「院長からお話があります」
 その言葉に俺は凍りついた。
 えっ……家族が呼ばれるような状況なのか……!?  不治の病しか思い浮かばなくて、目の前が真っ暗になる。
「どうぞ」
 看護師にうながされるまま、俺は診察室の扉を開けて中にはいった。
 医学書の並んだ棚や子宮がん検診のポスターが貼られた壁の奥に、湊と先生が向かい合って座っているのが目に入り、俺は冷静でいられずに叫んだ。
「先生、湊は……湊は一体!」
 メッシュ状に白くなった前髪のナイスミドルな先生は、僕の姿を見ると、涼やかな笑みを浮かべてはっきり言った。
「我慢のしすぎです」
「……は……?」
 言われている意味がわからずに固まっていると、湊が顔を手で覆って俯く。
「先生、勘弁してくれよ……」
 全く話が見えなくて、二人を交互に見た。
「……犬塚さん。あなたがどうしても必要だと言うから、先週抑制剤を二週間分出しましたけど。この様子だと、旦那さんには黙ってたんですね?」
 湊が黙って頷く。
 ちょっとちょっと、待ってくれ。一体なんの話してるんだ。
 抑制剤……?
 つまり湊は発情していたってこと……!?
 先週……土曜日、俺が子供二人を見て、湊が数時間外出した――その時に、この病院に……?
 立ったまま固まってる俺の前で、先生が淡々と話し始める。
「――つがいなんだから、発情期の時はきちんと性交しないとダメです。特にオメガは、肉体的なことを我慢するとストレス反応として身体に出やすい。同居しているつがいが居るならなおさらですよ。もう薬は出せませんから、お帰り下さい」
 俺はただ呆然としたまま、スミマセン、気付けなくて……と、謝る他無かった。


 衝撃冷めやらぬまま、俺は湊の肩を抱いて駐車場に戻った。
 触れた部分は本当に熱いし、顔は耳まで真っ赤だ。
 甘い匂いが、行きの車の中よりも濃く漂ってきて、下半身を直撃する。
 あぁ、やっぱりこれ、湊のフェロモンだったんだ……。
 つがいになった為に変質した、不特定多数ではなく、たった一人の雄を誘うために発せられる匂い。
 気付かないなんて……抑制剤のせいもあったろうけど、俺自身も我慢しすぎて相当におかしくなってたんだ。生活や仕事に支障をきたすくらいになってたのに。
 ――車を出す前に話をしようと思って、身体がキツイかもしれないけど湊には助手席に座ってもらった。
 俺も運転席に座ったけど、何て声を掛けていいのか分からない。
 しばらくの沈黙の後で、俺は恐る恐る口を開いた。
「発情期になったら、子供作ろうって言ってたよね……?」
 湊の横顔が黙って頷く。
「やっぱり、産むの怖くなった? 相談してくれれば俺、ちゃんと避妊もしたのに……」
 すると、彼は泣きそうな顔でこちらを振り返り、俺の腕を強く掴んだ。
「――違うっ、そういうんじゃなくて……!」
 綺麗な潤んだ目が必死に俺を見る。
「黙ってて本当に、悪かった……発情期、ほんとは来てたんだけど、俺、一度サカったら見境いなくなるし、本当におかしくなるから……子供のいる、同じ家の中でするのが、怖くて……」
 触れている指が震えてる。
 匂いがきつい……、湊の声が遠くなるくらい、……俺の心臓の音がドクドクうるさい……。
「でもセックスするためにヒトに子供、預かってもらうのはやっぱり気が引けて……薬飲んで取り敢えず抑えながら、ズルズル言い出せなくなって、いつ言い出そうって……迷っててこんな……」
 頭がおかしくなりそうなのを辛うじて踏み止まり、やっとのことで俺は口を開いた。
「……湊……。俺たち夫婦だろ……一言相談してくれれば……身体、おかしくなるまで我慢するなんて――」
 湊の着てる綿シャツ、薄いな……掴んで少し力入れたらすぐ破けそうだ……。
「ごめん……これからはちゃんと言うから……」
 申し訳なさそうなその言葉に頷いたまま、俺は自分の額を手で覆った。
 俺、さっき何を考えた……?
「渚……? 大丈夫か? 渚の方が、なんだか具合悪そうだ」
 湊の顔が近付き、覗き込んでくる。
 だめだ、そんな風にされたらもう……持たない。
「大丈夫……。でも匂いが、濃くて……」
「……あ……そ、そうだよ、な……朝で貰った薬、全部切れてしまって……」
 俺の腕に触れていた手が慌てたように離れた。
「俺っ、電車で帰ろうかな――つがいになったからもう、みんなを誘うようなフェロモンは出てない、し……」
「熱、酷いのに?」
 声が、低く脅すみたいになってしまう。
「……またそんなこと言って俺から逃げるの?」
 助手席のドアを開けようとした湊がハッとした。
 あぁ、こんな脅迫するようなこと絶対駄目なのに。
 夫婦なのに。――優しくしたいのに。
「我慢してたのは湊だけじゃ無いんだよ……?」
 湊の着ている紺のヘンリーネックのTシャツの、胸のあたりまであるボタンの周辺を強く掴む。
 はずみで前立てが外れ、大きく襟が開いて汗ばんだ胸元があらわになった。
「結婚してからいつも甘い匂いさせて……でも、いつになったら許してもらえるのかさっぱり分からないし……もう俺、お預けも限界なんだけど……」
 身を屈めるようにして首筋に舌を這わせると、湊がビクビクと体を震わせて呻く。
「ご、……っ、ごめん悪かった……っ、で、でも、こ、こんな所では駄目だ、人が来たら見られる……っ」
「……大丈夫だよ。車の窓、スモークフィルムかかってるだろ……うっかり犬頭になって周りの運転手をビックリさせないようにしてるんだ……」
「そっ、そりゃ知らなかったわー……て、イヤイヤ、だからってイイって訳じゃ……ぅんぐ……」
 これ以上喋れないように唇を奪い、火照った口の中を舐め回した。
「ン、……っぷ……っ、」
 舌を絡ませ、強引に奥まで擦り付ける程に、湊の表情がどんどん甘く蕩けていく。
 両手が伸びてきて俺の肩にしがみつき、もう離さないとばかりに首筋にきつく回された。
 舌を震わせながら愛らしくキスを受け入れ始めた彼の背中を抱き、胸と胸を密着させる。
 焦らすように背骨の辺りを指で撫でると、とうとう湊は自分から唇を外し俺に訴えた。
「なっ、なぎさ……っ、はぁっ、我慢できな……っ」
 繊細な彼の指が自らの腹部に下りて、デニムの前立てを緩め始める。
 苦しげなそこは、抑えていた硬い布の縛めから解き放たれると更に濃厚な匂いを発して俺を誘った。
「すごい匂いだね。……キスだけで下着ビチョビチョにしたの……?」
「ン……、だって、ペロペロだけじゃなくてちゃんとキスして貰えたの久々で……嬉しく、て……」
 湊が潤んだ瞳で微笑み、息を弾ませて座席から尻を浮かせ、下着ごとデニムのウエストを太腿にずらしていく。
「なあ、……脱いでいい……? 暑いし、濡れすぎて気持ち悪い……」
 狭い空間で、色っぽく下半身を悶えながら湊が下着とズボンを足元に下げていく。
 白いお尻と太腿の側面と、真っ赤に充血して勃った可愛い雄の部分が露わになり、興奮が止まらない。
 早くそこにしゃぶりつきたくて、ズボンと下着が膝まで落ちた途端、俺は上半身を屈めて湊の裸の太腿の間にがっついた。
「ダメ、……全部脱ぐまで待てねえのっ……? はっ、ンン……っ!」
「代わりに、俺が脱がせてあげるから……っ」
 言いながら根元まで熱い肉を頬張って、トロトロ溢れている甘い体液に夢中で吸いつく。
「だっ、めだって、はあっ、イイ……っ、ちんぽの先もっとペロペロして……っ」
 許しを貰ってビチャビチャ音を立てて激しく舌を這わせると、湊の腰が座席の上で何度も跳ねて浮いた。
「……っぁはあっ、渚のべろ、ヌルヌルして気持ちいっ……んっ、ン!」
 くびれを舌先で辿り、小さな穴をチロチロと愛撫すると、上がる喘ぎ声が悲鳴のように高くなる。
「ひっあ……っ、こんなのっ、久しぶり過ぎてっ、やば、……っ、ハあッ、溶けそ……っ」
 再び包み込むように喉奥まで吸って滑らかな先端を優しく締め付けると、次第に根元が痙攣しだした。
「あア……っ、クチの中に……っ、ごめ、もう出ちゃう……っ」
 湊が叫んだ瞬間、ビュクビュクと勢いよく甘苦い精が吐き出される。
 愛しい相手の体液の中で一番お気に入りのその味に、ゾクゾクと興奮が高まった。
 溜まってたのか、濃くて量も多いのが嬉しくて、一滴残らず貪るように舐め回す。
 ――でもまだまだ、こんなんじゃ物足りない。
 身体の奥底の飢えが酷くて、これを野放しにしたら湊を傷付けてしまいそうで、恐ろしい――。
 ガクガク上下している湊のものをチュッチュッと吸い出してあげながら、座ってる彼の膝下にまとわりつくデニムと下着を掴んで座席の下に落とし、両脚を自由にさせていく。
 太腿を座面に持ち上げてもらい、靴と靴下も脱がせ、それも足元に放った。
 上半身のシャツ以外は何も身につけていない、扇情的な姿になった湊が蕩けきった表情で俺を見上げる。
「ヤバい……、今ので後ろも濡れすぎて、下にこぼれそう……」
 座席に上げた両脚の間に腕を入れ、自分のお尻の穴を指先で押さえている様がエロ過ぎて、目の奥がチカチカした。
 今すぐにでも強引に襲って、そこにねじ込んでしまいたい。
 ――こんな風に挑発して、湊だって俺に壊れる程愛されてももいいって思ってるんじゃないか……?
 いや、無意識にやってるだけだから、そんな乱暴にしたらダメだ……っ。
 本能と理性がグルグル葛藤する。
 ――もし獣頭だったら、とっくに本能が勝っている所だと思う――。
「じゃあ、こぼれても大丈夫なようにしようか……?」
 荒くなる呼吸を誤魔化しながら、リクライニングバーを倒した。
 座っている運転席の背もたれが後部座席に付くまでに平たくなり、そのヘッドレスト部分に手を置く。
「湊、俺が横になるから、顔の上に跨って? お尻、奥まで舐めてあげる」
 有無を言わさない口調でそう告げると、湊は怯んだような表情になり、頬を真っ赤にして首を振った。
「む、無理……、渚、いま人間の顔してんのに……っ」
「……いや、人間の顔じゃないと鼻先が潰れるから、かえって難しいんだけど……?」
 恥ずかしがるのに興奮すると同時に、迷っている態度に焦れて、急かすように聞き返す。
「早くしないと、人が来るかも。――ハッキリは見えないけど、何してるかは分かっちゃうかもしれないよ」
 選択を迫りながら、フロントガラスに向かってM字に開いた股間に腕を入れ、シャツの裾を掴んでグッと捲り上げた。
「あ……」
 脇の下ギリギリまでたくし上げると、一回り大きくなったままの色の濃い乳首が露わになる。
「乳首、やらしい色だね……もう子供にオッパイあげてないのに、こんなにとびだして」
 硬くしこった乳頭を交互にコリコリと指先で摘むと、湊は自分のお尻の穴を片手で押さえたまま仰け反って身悶え始めた。
「はア……っ! そこはあっ、……感じ過ぎるからっ……っあっ!」
「だからほら、早くこっちに来ないと……」
「ンッ、行くっ、行くから……っ、乳首はもう……っ」
 切迫した呼吸を繰り返しながら、湊が座席からお尻を上げた。
 倒したシートの上に横たわって相手を待っていると、尻を俺の顔に向ける形で裸の両脚が首の辺りを跨ぐ。
 突き出された臀部から甘く濃い香りが一層に強く漂った。
 お尻の穴から出ている、雄を誘惑する匂い――。
 指先で肉を掴んで開くと、溢れる程の蜜がそこを濡らし、太腿に滴っている。
 じっくりとその匂いを嗅ぎ、狭間に垂れたとろみをざらりと舌先で掬った。
 濃厚な甘味にますます前後不覚になって発情する。
 股間が張り、ぎゅんと痛いほどになった。
 入れたくて堪らないけど、今この体勢では彼の中に挿入できるのは舌だけだ。
 周りに溢れた液をビチャビチャ舌で全部舐めとって、柔らかく蕩けた襞の中に舌先を強く突っ込む。
「はうぅっ……! 渚あ……っ、んぁ……っ!」
 甘い喘ぎと共に湊の腰が小刻みに震え、穴の粘膜が舌をキュウキュウと締め付けてくる。
「お尻の中っ、気持ちいい……もっと……奥、まで……っ」
 湊が俺の舌を欲しがって、ユラユラと腰を前後に揺さぶる。
 お尻をもう一度掴み直し、俺は一層舌を奥まで突き刺していった。
 ぐちょっ、ぐちょっと入れたり出したりを繰り返すと、湊が悦びを露わにして高い喘ぎを車内の空気に響かせる。
「あっ! あっ! べろ、すごい……っ、奥までっ、入って……っ! 尻っ、濡れ過ぎてベトベトになる……っ」
 少しずつ愛撫に溺れた湊が、お尻を俺に押し付けるみたいに上下させて悦びはじめた。
 その腰をわざと固定するように捕まえて、舌を深くまで入れた状態のままにし、ゆっくりと焦らすように奥を探る。
「あー……それえ……頭、ヘンになっちゃう、から……イく……べろ、だけでイっ……くう……っ」
 ヒク、ヒクと中が痙攣しはじめたところで、その場所から、じゅぽんと舌を抜き放った。
 指で尻を掴んで、濡れてスケベな色に染まった穴の収縮を、下からじっくりと眺める。
「湊、中でイッてるときお尻こんな風に動いてたんだね……」
「ふあ……! そんなの、見んなよお……っ、恥ずかしいだろ……っ!?」
「でも、凄く可愛いよ……? ほら……」
 ピクピクしてる穴をもう一度舌でぬぷっと突くと、湊が悲鳴みたいな声を出して喘いだ。
「やめ……っ、もっ、浅いとこでイくの、やだ……っ、奥が疼くからあ……っ」
 湊が背筋を震わせながら首を振る。
 俺は肉の無意識の動きを舌でたっぷり楽しみ、奥から溢れる蜜を乱暴にえぐり出した。
「も、もうやだ……なああ、べろじゃ我慢できねえよ……っ、渚のおちんちん欲しい……っ」
 ついに痺れを切らしたのか、湊が俺の上に乗ったまま涙ながらに呻きを漏らす。
「……我慢できなくなっちゃった?」
 優しく訊いてあげると、俺の肩を挟んだ膝がおずおずと前方ににじり始めた。
 座席のギリギリまで下がったところで反転しながら腿を跨ぎ直され、向き合う形になって、潤んだ瞳が俺を見下ろす。
「……ん……。こんなとこで入れて欲しがるとか、……変態みたいで呆れる……?」
 首をゆっくりと振る。
 湊は安心したように表情を緩ませ、腕を交差して少しめくれたシャツの裾を掴み、最後の一枚を目の前で脱いだ。
 さっき少しだけ愛撫した乳首がぽってりとピンクに染まり、勃っている。
 余りにも綺麗すぎる肢体に見惚れていると、湊は物欲しげに俺の股間の盛り上がりに腰を擦り付けてきた。
「発情期、始まってから……抑えてねえといつの間にか、こんなことになりそうで……」
「こんなことって?」
 呼吸を早めながら意地悪く尋ねると、彼は恥ずかしそうに色っぽく瞼を伏せた。
「……。渚が帰ってきた途端、全裸で襲って……子作り強要しそう、だった」
「俺はむしろそうして欲しかったけど」
 ちょっと残念な気持ちでそう訴える。
「子供いるのにできるわけねえだろ……っ」
 左右に首を振りながら、湊の手が俺のパンツのホックを乱暴に掴んだ。
 少しの苦戦の末にそれが外れ、指がボクサーパンツのウェストをずらして中から俺の怒張しきったものを取り出す。
「ふ……渚のも凄い……すぐ出ちゃいそ……」
 血管が浮き出たそれを指でゆるゆると扱かれた。
 根本から擦り上げられる度に先から汁が出て、綺麗な手が汚れる。
 でも湊はそれが嬉しいみたいに微笑んで、指先を唇に持って行って美味しそうに舐めた。
 そんな姿が愛しくていやらしくて、ゾクゾクと興奮が止まらない。
 湊ももう我慢が効かないのか、しゃがんだまま太ももをぐっと力ませて俺の上で腰を浮かせている。
 濡れそぼったお尻の穴で俺のものの切っ先にキスしながら、一瞬恥じらうように瞳を巡らせ、こちらをじっと見た。
「……なっ、……渚……。一緒に赤ちゃん……作ろう……?」
 その言葉にゾクゾクっと体に電気が駆け巡ったみたいになって、危うく入れる前にイキかけた。
   こ、このセリフ、おっ、俺がさっきそうして欲しかったって言ったから……だよな!?  うわあ、可愛すぎてもう無理だっ。
「湊、ごめん……っ、奥まで入れさせて……!!」
 がばっと倒れたシートから上体を起こし、汗ばんだ腰を両手で強く掴んで一気に自分のモノの上に落とす。
「ふぁああっ……! い、いきなり奥まで……っ、んぁっ、ヤバ、す、ぐイクだろお……っ」
 だって、そんなこと言われても無理だ。
 今すぐ湊の子宮の入り口にチュウして、開いたそこに一杯注ぎ込みたい。
 オメガはセックスの刺激で排卵するっていうから……、やっぱり激しくして、確実に妊娠させないと――なんて、自分に都合のいい考えばかりが浮かぶ。
 優しくしたいとか、我慢しないととか、そういう理性が全部ぶっとんでいって。
 お尻をつかんで上下させ、バチュバチュと奥をひたすら突いていると、目の前で湊が目を丸くして俺を見た。
「んぁ、はっ、な、渚、!? あっ、はぁっ、か、顔……っ」
 顔?
 一瞬意識がもどり、バックミラーを見上げる。
 そこに映っている俺は、人間の顔をしていたはずなのに、まるで変身途中の狼男みたいに鼻の頭が黒くて、頬から顎にかけて長い金色の毛が生えていた。
 ああ、大分本性が出てしまってる……。――でも今更繕っても仕方がない。
 俺は人間の顔でいることを諦め、そのまま獣面人身の姿になった。
 狭くて湿っぽい車内で全身の毛が生えてしまったものだから、一気に体温が上昇する。
 一度彼の体から腕を離し、自分のジャケットとシャツを素早くかなぐり捨て、再び腰を弾ませて湊の奥をズンズン突き上げた。
「は、あっ……! 中で、形変わっ……っ」
 乱暴に貫かれているのに、キュウキュウ悦び締め付けながら湊が呟く。
「犬顔の渚も、俺、大好き……」
 湊が嬉しそうに呟き、一番俺の中で毛並みのいい胸のあたりに密着してくる。
 彼はそのままそこにしがみつき、乳首を毛皮に擦り付けながら自分で腰を上下させ始めた。
「んぁっ、はああ……っ、渚、俺の中っ、気持ちいい……?」
 意識的に俺を搾り取ろうとする中のエロい肉の動きが堪らない。
 俺は主導権を失いかけて、キュウンと甘い声で鳴いてしまった。
「なあ、俺の中で、白いの全部出して……渚のちんぽでまた妊娠したい……っ」
 甘いおねだりに欲望が白熱しつつ、心配になる。
 湊、そういうの一体どこで覚えてくるの!?  無意識!?  それとも変なアダルトビデオ見てる!?   そういえば俺と出会ってすぐの頃、獣人ものにはまってたって新婚旅行の時うっかり白状してたけど……今でも俺以外の獣人に欲情してたりしたら、ちょっと許せない。
「湊……そういうセリフは可愛すぎるから勘弁して……! あ、……あと……どこでそんなの……」
 もごもご言っていると、湊は眉を寄せながら首を傾げ、不安そうに俺を見上げてきた。
「……? 俺……なんか変か……?」
「っ、そ、そんなことは……っ」
 愛くるしいその表情に慌てて否定すると、今度は微笑みながらゆるゆるとお尻を擦り付けてくる。
「俺の中はっ、ヘンになりそう……入れてもらうの久々で気持ちよ過ぎて……っ……なあ、乳首触って……」
 至近距離でおねだりされて、堪らずに何度も頷く。
 眼下のおっぱいを指先の肉球で挟むみたいに摘むと、いじらしい喘ぎが甘く甲高く車内に響いた。
「はぁあ……っ、そこ……っ、もっと、強く……っ」
 乳輪ごと指先で引っ張りながら奥をえぐるように動くと、声も出ないくらい痙攣して感じ始める。
「っ……い……っ」
 奥がぐーっと狭くなって、俺をきつく吸い上げる動きが強くなった。
 イキそうなのに、下でいるとペースがどうしてもゆっくりになってしまって、もどかしい。
 このキュウキュウしてる部分をもっとめちゃくちゃに突き上げて、湊のエロい吸い付きを感じながらイきたいのに……。
 どうにも我慢がしきれなくなって、俺は湊の耳元に囁いた。
「あの……上になっていい? もっと動きたい……」
 訊くと、フルフルと首が振られる。
「そ、それは無理……っ、速くされたら俺……イくの我慢できないだろ……っ」
 そっ、そんな無体な……。
「でも、動きたい……ん、だけど……」
 重ねて言うと、湊は俺にしがみついて腰の動きを抑え込むみたいに抵抗し始めた。
 でも湊はいっぱい突かれてるところを想像したのか、ヒクッヒクッと中がうねり続けている。
 彼の本能は激しくされたがってる事に気付いて、耳元に鼻先を寄せてそっと囁いた。
「……湊が下になったほうが、精液がちゃんと子宮に流れてきっと妊娠しやすいよ……?」
「……っ。……うっ……そ、それなら仕方ねえ、な……」
 どうやら説得が効いたみたいで、思わず微笑んだ。
 医学的な根拠は全くないので、ちょっと騙してるような気がしなくもないけど……そもそも、既に根元のコブがおおきくなっててしっかり栓はされ始めてるしな。
 でも、本人も本当は望んでいる事だから……いいよな?
「ひっくり返るよ」
 目の前の耳や首筋をペロペロしながら湊の身体を一瞬持ち上げ、繋がったまま姿勢を一気に反転させる。
 流石に狭いから、途中で身体がドアとか天井にかなりぶつかったけど、どうにか正常位の形になった。
 湊が大きく開いたままの両脚を俺の腰に絡めて、健気に腰を浮かせて擦り付けてくる。
「奥……突いて……渚……」
 ――その誘惑に、耐えられる雄なんているんだろうか。
 俺は次の瞬間から車全体がガタガタ揺れるほど激しく腰を入れて、湊の中を貪り始めた。
「はぁああっ! 渚好き……っ、んんっ、あーっ、奥にぶつかって、気持ちいい……はぁあっ、イってる、イッてるからちょ、もっとゆっくりい……っ」
 ジュッジュッと激しく奥に吸われて、絶頂感が俺の脳髄を甘く満たす。
「ごめんね、ゆっくりは無理……っ、くぅ……!」
 ドプッドプッと大量の射精が始まった瞬間、湊の言葉もぼんやりと霞むくらい、夢心地の気持ちよさに前後不覚になった。
 膨らんだコブごと穴の中にズブッズブッと突き刺しながら、キュンキュン蠢いている中を大洪水にしていく。
「ひぁ……んっ、渚っ、すき……っ、すき……っ、おれ、幸せ……っ、愛してる……っ」
 湊は俺を大量に受け止めながらイキ続けていて、既にもう両目の焦点が合っていない。
「湊っ、可愛いね……俺の大事な、大事な湊……っ、俺の方がもっともっと、愛してるよ、みなと……っ!」
 せっかく告白してるのに、感極まり過ぎたせいか、話してる内に舌が回りづらくなってきた。
「みなと、みな……ワゥゥウ……っ、グルルッ、ワウン!」
 って、なっ、しゃ、喋れない……!?  驚いてよく手元を見下ろすと、俺の腕のあった場所に犬の足が見えた。
 興奮し過ぎて、獣面どころか、入れながら獣身に――完全に犬、になってたらしい。
「あはっ……可愛い、渚……その格好ですんの……? じゃあ、しやすいようにするから……」
 湊が俺の両前脚の下で自分で開いた両膝を胸に付くほど抱える。
 綺麗なお尻が腹の下でぐっと突き出されて、腹毛に密着した。
「ほら、これで目一杯、激しくして……?」
 そんなこと言われたら、もう止まらない。
 俺は白い胸に前脚で乗り上げ、派手な水音を立てまくりながら、夢中で奥まで突き上げて獣の交尾を再開した。
 ――恐らく外から中を見る人がいたら、巨大な犬に人間が強姦されていると思って大騒ぎになったに違いない。
 でもそんなことを考える余裕もなく、俺たち二人は狭い車の中で気が済むまで貪りあってしまった。



 ――そんな、ちょっとハプニング的にいたしてしまった新婚生活初の妊活から、約1ヶ月後。
 いつも通り獣面人身で会社から帰った俺は、少し怖いようなワクワクするような気持ちで玄関のドアを開けた。
 今日、湊は朝から例の病院に行ったのだ。
 双方の両親に子供達をお願いして、一人で。
 ――本当は俺も会社を休んで一緒に付き添いたかったんだけど、キッパリと断られたんだよね。
 子供達が先に飛んでくるかと思ったら、玄関先で俺を出迎えてくれたのは湊だった。
 綺麗な切れ長の目が真剣に俺を見つめ、言葉が切り出される。
「あのさ、今日の病院のことなんだけど」
 ごくんと固唾を呑み、答えを待つ俺に笑顔が返された。
「妊娠してた」
 その言葉に湧き上がる歓喜のままに、湊の体を天井近くまで抱き上げる。
「ちょっ、危ねえから!」
「ごっ、ごめん」
 慌てて下ろしたけど、嬉しくって抱きついたままニヤニヤが止まらない。
 一緒にリビングに行くと、元気な鳴き声と共に岬と航が走ってくる。
 ソファに湊と並んで腰を下ろすと、両脇から子供達がのぼってきて膝の上ではしゃぎ始めた。
「こらこら。お父さん赤ちゃんいるんだから」
 そういえば、何となく最近は湊がお父さん、俺がパパってことで呼び名が定着してきている。
 湊の膝に乗った航をヒョイと持ち上げ、フカフカした身体を舌でペロペロして床に下ろした。
 俺の膝にいる方の岬は、おとなしく伏せをしている。
「次は女の子かなぁ、男の子かなぁ。楽しみだね」
「まだ悪阻《つわり》も始まってないのに、気が早すぎだろ。……いや、そうでもないか。二人の時はすぐに生まれたもんなあ」
 湊はぼんやりとした表情でソファの背もたれに寄りかかっていて、ちょっと眠たそうだ。
 そういえば、妊娠初期って凄く眠いらしい。
 湊をサポートできるように色々本を読んで勉強している中に書いてあった気がする。
「先生、なんて言ってた?」
「順調ですね、って。
この前来た時はびっくりしたけど、旦那さん優しそうな方で良かったですね、だってさ」
 それを聞いてちょっと頬が熱くなった。
 先生、駐車場でしてしまうなんて、本当に本当にすみません……。
「あと、あまり一人で悩まないように、って。前回大変なことになったんだから、借りられる助けは全部借りて下さいって言われた」
「……湊……」
 湊のお母さんからこっそり聞いたけど、前の妊娠中、湊はかなり大変だったらしい。
 俺は真剣な面持ちで口を開いた。
「俺も、湊がすぐ一人で悩むの、悪い癖だと思うよ」
「ン……」
「ちゃんと俺に相談して。俺たち、つがいなんだから。うちの母なんて、子供預ける理由なんて特に言わなくたってきっと喜んで預かってくれるよ」
「分かった」
「それから俺、いつからかは未定だけど……出産前後で4ヶ月育児休暇取るからね」
 湊がギョッと目を丸くした。
「なんだそれ!? 渚が生むんじゃねーのに!?」
 びっくりされて、俺の方がキョトンとしてしまった。
「うちの会社じゃ普通のことだよ、直人もこの前とってたし。ちゃんと出産の時の立ち会いもするから」
「……。すごいな、渚の会社」
「俺にしてみたら、妻が命がけで妊娠して出産してボロボロの体なのに、夫の方は一日休んだくらいで何事もなかったみたいに働き続けてる人間の会社の方が凄い違和感だよ……」
 大真面目にそう言ったら、何だか妙に感心されてしまった。
「なるほど、そう言われると納得するけど……渚はそれで大丈夫なのか?」
「お互いさまだから、大丈夫。今度こそ、赤ちゃんのお世話ができるの楽しみだなあ」
「はっきり言って仕事より滅茶苦茶大変だぜ……上二人もいるし。覚悟しろよな」
 湊がクスクス笑う。
 そして、俺の肩に凭れて目蓋を閉じながら、しみじみとした感じで呟いた。
「渚、俺……渚と結婚してよかった。ちょっと仕事より俺のこと優先しすぎで大丈夫かって思うけどな」
「普通だよ。仕事は他の人に任せられるけど、湊のつがいは生涯俺一人しかいないんだから」
「うん……」
 しばらくナデナデと髪を撫でている内に、すうすうと湊が寝息を立て始める。
 このまましばらくソファで寝かせてあげよう。
「岬、航。お父さんとお風呂入ろうか」
 そう言うと嬉しそうにワンと鳴いた二人に、俺はしーっと人差し指を立てた。
 湊と子供達と、お腹の中のプラスアルファ……世界一幸福な俺の、大事な家族。
「お休み、湊……愛してるよ」
 ――最愛の人が、よい夢を見られますように……。
 祈りを込めて、俺は大切な湊の額に、そっとおやすみのキスをした。


end