俺を殺しにきた男3

 男がジャンパーのポケットから素早く何かを取り出し、俺の眉間に突き付けた。

 それが小型のピストルだと気づき、ゾッと全身から血の気が引いていく。

「安心しろ、俺はお前らを追ってた中国人みたいに、命までは取らねえよ。……そもそも、俺の雇い主は別の連中だしな」

「……!? どういうことですか……。それに、あなたは一体……」

「俺が誰かなんてことは、あんたにとっちゃどうでもいい話だろ。俺はここで依頼主と落ち合って、あんたを生きたまま引き渡せば報酬が貰える、それだけさ。まあ、もし暴れたりしたら、手とか足には風穴が開くかもなぁ」

 物憂げにそう言った男に、俺は驚愕した。

 それってまさか、ヤンミンの組織以外にも俺を狙ってる人達がいる、ってこと……?

「い、依頼主って誰なんです……!? 何で、こんなただの大学生の俺のことなんかっ……」

 男がニットキャップを無造作に外して膝に落とし、短い黒髪を擦る。

「さあなあ。俺は金で雇われただけの人間だから、そんなことは知ったこっちゃない。守秘義務もあるしな。まあ、あんた、相当ヤバいのに目を付けられてるってことだろ」

 彼は物憂げにそう言うと、後部座席の方を顎で差した。

「ところで、一つ素朴な疑問なんだが……後ろのコイツ、何でお前と一緒にいた? 随分怪我して弱ってるみたいだけどなぁ、珍しく……」

 ゴクッと唾を飲み込む。

 この人はミーシャのことを知っているらしい。

 恐怖でガチガチになりながら辛うじて疑問を口にする。

「あなたは、ミーシャのことを知ってるんですか……?」

 これだけはどうしても言わなければと、銃口に怯える気持ちを必死で捩じ伏せ、付け加える。

「……俺のっ、大事な……大事な友達なんです。何でも言うことは聞きますから、もしあなたが彼の知り合いならっ、彼のことだけは助けてあげて下さい……」

 男が濃い眉毛を片方上げて、驚いたような顔をした。

「はは……お前が、こいつの友達……? 一体何の冗談だ」

 男は腹を抱えて笑い出した。

「こいつは冷酷な殺人マシーンだぜ。感情なんか何一つ持ち合わせてないし、殺せと命令されれば顔色ひとつ変えずに何百人でも殺す男だ。何でも、子供の頃に頭打って、良心がイカレちまったんだって話だからなぁ。そんな奴が友達……あんた、絶対騙されてるぜ」

 ゲラゲラと笑いながら男が言った言葉に、俺は怖いのも忘れ、大きく首を振った。

「ミーシャはそんな人じゃない……! 今までずっと命がけで俺のことを守ってくれたんだっ……」

「『血の大天使』が? お前を守った、だって?」

 銃を持ったまま、信じられない、というジェスチャーをして、男は嘲笑った。

「一体どんな行き違いがありゃそうなるんだ。そいつは本物の悪魔だぞ。ロシア対外情報庁じゃ一番腕のいい諜報局員(スパイ)だったんだからな」

「ちょ、諜報局……!?」

「……俺はこいつの元同僚で、別々の孤児院から政府に目を付けられて拾われたのさ。お互い亡命して、こいつは殺し屋稼業を始めたが、俺の方はもう、殺しはウンザリでなぁ。運び屋とか、情報屋とか、チンピラの使いっ走りみたいな仕事ばかりだ。コイツみたいに向いてねぇんだよな、暗〜い仕事が」

「元、スパイの、殺し屋……ミーシャが……」

 俺の頭の中で全てが繋がった気がした。

 ミーシャが俺を殺しにきた男だってことは薄々分かってたけど――。

 何人も殺してる、冷酷な暗殺者……?

 本来なら、俺のことなんかターゲットの一人でしかなく、ましてや好きになるはずがない人間。

 なのにこうなってしまったのは、偶然が重なった結果で……。

 今から拉致されて殺されるかもしれないのに、俺の心はミーシャのことでいっぱいだった。

 俺が好きになったミーシャは、殺し屋で元スパイで、人を殺すのを何とも思わない男、なんかじゃない。

 ……もしかしてそうだったとしても、それでも、俺が好きになった『彼』を、守らずにはいられない――。

「それでも……ミーシャは俺の大事な人なんです……、だから」

 言葉を続けようとすると、後部座席から目にも留まらない速さで太い腕がバッと飛び出してきた。

「っ!?」

 驚く俺の目の前で、運転席の座席越しに二本の腕が男の首を締め上げ始める。

「うぐうぅ……っ!!」

 頚動脈を止められた男が白眼を剥き、口からヨダレを垂らした。

 首を絞めているのは恐ろしい形相を浮かべたミーシャだ。

 いつのまに起きていたんだろう――。

「やめて、ミーシャ、死んじゃうよ!?」

 制止する俺の前で、男の体がどさりと力を失い、ダッシュボードに寄りかかるようにして倒れた。

 銃が座席の間にごとりと落ちて、ひいっと鳥肌が立つ。

「……殺してない。銃持ってたから、頚動脈塞いで気絶させただけだ……あいててて」

 ミーシャが額を痛そうに押さえ、言葉を続けた。

「マコト、そいつが誰なのかはともかく、外に捨てて、この車で逃げよう。イタリアも危険だから、そうだな――もう一つ国境を越えるか……。ミラノよりも先へ」

「えっ、でもこんな雪だらけの山奥に置いてったら凍死しちゃわない!?」

「大丈夫だ。携帯だけ置いてってやれば目が覚めたとき自分で勝手に助け呼ぶだろ……本当に甘いな、マコトは。――そんなとこも好きだけどな」

 そう言ってニヤッと笑った彼はボロボロだけどいつものミーシャで、俺は思わず座席の間から手を伸ばし、彼の身体をギュウッと強く抱き締めた。

「ミーシャ……っ。俺も好きだよ、大好きだ、無事で良かった、ミーシャ!」

「痛っ、こら、マコト……いきなり積極的になってないか? 俺が寝てる間に一体何があったんだ……」

「何もない。――何にもないよ、」

 首筋に齧り付くみたいにして思い切り力を込めてから、腕を離した。

 ――彼は、俺と、この運び屋とのさっきの会話は聞かなかったんだ。

 それなら、余計な心配をさせるようなことは言わない方がいい。

 俺を狙ってる人間が、ヤンミン達のほかにもいるらしい、なんてことは……。

 でも、ミーシャの過去の事は……どう話したらいいんだろう……。

 

 

 ――俺たちは運び屋の車ですぐに山を下りた。

 気持ちの上では今日中にでもイタリアを出たかったけど、それは諦めざるを得なかった。

 ミーシャの頭痛の頻度が増していて、長時間の移動が難しかったからだ。

 それでも、人里に近い場所まではどうにかたどりつき、追われる可能性のある運び屋の車は人目につかない場所に捨てた。

 サービスエリアで朝方まで身を潜め、その後は長距離バスに乗り換えて、俺たちは辛抱強く、少しずつイタリアを移動するしかなかった。

 でも、その間もミーシャは時々かなり辛そうで……隣に座っていて見ていられない時もあった。

 やっぱり病院に行こうと何度も説得したけど、ダメだと断られて……。

 心配に胸を焦がしながらも、俺たちの乗ったバスはいつしか、当初の目的だったミラノへと近付いていた。

 ファッションの街と言われる大都市のミラノは、パリよりもシックでこざっぱりした風景だ。

 北部なせいか、冬の天気の悪さは残念ながらパリと同じくらいかもしれない。

 車窓から眺める、クリスマスまっさかりのイルミネーションの飾り付けが美しくて、中でも「ミラノといえばここ」という、大聖堂の前に置かれた巨大な光の塔のようなクリスマスツリーが綺麗で……でも、色んな心配で、そんな景色を楽しむどころではなくて……。

 バスの中で説得して、俺もミーシャも、一晩寝ていないし服もボロボロだったから、とにかくどこかで休もうという結論になった。

 決めた宿泊場所は、観光案内所のインターネットで借りた、民泊の集合住宅(アパルタメント)の一室だ。

 ホテルほど素性の確認が厳しくなく、キッチンが付いているので食事時に外に出る必要もなくて済む。

 比較的バスターミナルから近場だったので、着いた時には、時間的にはまだ午前中だった。

 ――でも、身体はひどく疲れ切っていて、少しだけ休もうとベッドに横になった途端、俺はすぐに気を失うように眠り込んでしまった。

 

 

 

 目を覚ますと、寝室の白いカーテンの外がもう既に茜色に染まっていた。

「ミーシャ……?」

 ベッドの上で身体を起こして、キョロキョロとあたりを見回す。

 ソファのあるリビングと寝室が一続きになった、見慣れない部屋だ。

 ファブリックが暖色系で統一されていて、飾りだろうけど、テレビの下に小さな暖炉がある。

 その側には、貸主の心遣いだろうか、子供の背丈くらいの小さなクリスマスツリーが飾られ、ピカピカと電飾を光らせていた。

(そうか、逃げてきて、ここを借りたんだっけ……)

 ミーシャはリビングのテレビの向かい、小さなローテーブルを挟んだ広い横長のソファの上で腕を組んで座ったまま、眠り込んでいた。

 長い前髪ごしに、赤い擦り傷のついた整った横顔が見える。

 彼も同じくらい疲れていたから、多分寝落ちしちゃったんだろうな……。

 起こすのも気の毒だから、このままにしておこう、と決めた。

 そっと寝台をおり、顔を洗うために寝室の奥のバスルームに行くと、雪と泥で汚れた俺とミーシャのコートがバスタブに放られていた。

 本当に、あの状況で二人ともよく生きてここまで来られたなと不思議に思う。

 ……とりあえず、何も食べ物がないから、買い出しに行かなくちゃな……。

 俺はリュックからノートを出してページを破り、「買い物に行ってきます」と走り書きをして彼の前のテーブルに置いた。

 理想としては、彼の寝てるあいだに帰ってきたいけど、もしも途中で起きちゃったら、怒るだろうなぁ……。

 ――また頭痛が起きるのも心配だから、早く済ませよう。

 俺はなるべく静かに、鍵を持ってアパルタメントの外へ出た。

 エレベーターで地上階に降り、外に出ると、ミラノの街は夕方の散歩(イタリア人の習慣らしい)に出た地元住民達で一杯に賑わっていた。

 人種もけっこう多様で、東洋人の俺がフラフラしていてもそんなに目立たないのがありがたい。

 ところが――スーパーを探して右往左往しているうちに、俺は重大なことを悟り始めた。

 もしかして、今日、クリスマス・イブなのでは……?

 街の人がみんな、あちこちの教会にぞろぞろ入っていくし、店がどこもお休みで開いてない……!

 やっているスーパーの情報を地元の人に聞きたいけど、イタリア語がさっぱりなので無理だった。

 仕方なく足でさまよって、やっと開いていたスーパーを見つけたのは、1時間後。

 同じユーロ圏なせいか、ベルトコンベア式のレジや、スーパーの造り自体はフランスとそんなに変わらないのが有難かった。

 急いでカゴに食料を放り込みながら、パネットーネというイタリアのクリスマスケーキと、それから、一つだけ、少しだけ値の張るチョコレートの箱を買った。

 金色の包み紙に、赤いリボンのかかった、手のひらにおさまるくらいのものだ。

 こんな状況だけどクリスマスだし、ミーシャが喜んでくれるといいな、と思って……。

 

 

 ――素早く買い物を終え、来た道を地道に歩いてアパルタメントに帰ると、ドアを開けた途端、目の前に、腕を組んで凄い形相をしたミーシャが仁王立ちで待っていた。

「人混みの中で刺されたらどうするつもりだったんだ!?」

「ごっ、ごめん……その、夕飯を」

 ビックリした……一瞬、冷酷な殺し屋に戻ったのかと思った……。

 なんてことは本人には口が裂けても言えず、ひたすらに謝る。

「本当にごめん……」

「買い物は俺がいく。もう、絶対に一人で外に出るなよ」

 きつくそう言われて、荷物を台所に持っていきながら、悲しい気持ちになった。

 ……物凄く心配させてしまったみたいだ。

 やっぱり、この状況で数時間も黙って出て行くのはあんまり良くなかったか。

 ミーシャは怒ったようにソファの方へ行ってしまって、取りつく島もない。

 俺はすごすごとキッチンへ行き、重たいスーパーの袋を開いて流しの横に食材を並べた。

 一つ一つ野菜や肉を外に出して、冷蔵庫に入れるものは入れて――最後に、チョコレートの箱だけが袋に残った。

 クリスマスプレゼント……と思って買ってきたけど、今は渡すタイミングじゃなさそうだ。

 ――まあいいか、クリスマスは明日だもんな……。

 

[newpage]

 

 気を取り直して、俺はかなり久しぶりな気がする料理を始めた。

 オリーブオイルと酢と塩で食べるシンプルなサラダと、ホワイトソースのシチュー、それに、ちょっとでもクリスマスっぽくなればと思って、骨つきのとりを備え付けのオーブンで焼いた。

 前に住んでいた屋根裏部屋のキッチンでは、とても出来なかった料理だ。

 焼いているうちに匂いが漂って、ドアの向こうにいるミーシャが時々こっちをチラチラ見に来るのが可愛かった。

 本当に、美味しそうなものに弱いんだなぁ、って思って。

 でも、俺が振り向いて目を合わせようとすると、ぷいっとそっぽを向いて帰って行って、それが可愛くて……そして、切なかった。

 こんな無邪気な人が、たくさん人間を殺してきた人だなんて、やっぱり信じられない。

 殺人を厭わず、感情を持たない、冷酷な元スパイ……。あの元同僚の人が言っていたことが真実なら、いつかミーシャが記憶を取り戻したその時、俺は間違いなく殺されるんだろう。

 俺を、好きでい続けてくれるなんて、そんな虫のいいことがあるはずがなかった。

 分かってたのに……俺は考えが甘かったんだ。

 あれから一昼夜、落ち着いて考えてみると……悲劇を避ける為には結局、道は一つしか思い浮かばない。

 彼が記憶を取り戻さないうちに、彼と別れることだ。

 ここまで守ってもらって申し訳ないけど、日本には俺一人で行くしかない。

 そもそも、ミーシャは俺と一緒に逃げているせいで、治療がちゃんと受けられていない状況だし……。

 苦しくて辛い決断を前に、俺は唇を強く噛んだ。

 別れを告げるなら、いつ、どんな風にすればいいんだろう?

 いや、無理だ……。

 絶対彼は俺を離さないし、追いかけてくると思う。

 今日だって、俺が少しの間出かけただけであんなに怒っていたんだから。

 やっぱり、黙って出て行くしかない。

 ミーシャの眠っている間に。

 

 

 

 料理が食卓に並ぶ頃になっても、ミーシャはほとんど口を利いてくれなかった。

 でも、食卓にはちゃんと座ってくれたし、ご飯を食べるスピードだけは凄く速くて、美味しいと思ってはくれているらしかった。

 拗ねてて可愛いなぁ、なんて思うと同時に、初めて、彼と一緒にサンドイッチを食べた時の事を思い出してしまった。

 あの時も、凄く美味しそうに食べてくれたっけ。

 ただ、切って挟んだだけのバゲットのサンドイッチを……。

 色んなことを、思い出したり考えたりしすぎて、あまり食欲がわかない。

 半分くらい残ったまま、いつまでも手付かずの皿を、向かい側に座っているミーシャが黙って自分の方に引き寄せ、食べ始めた。

 色んな思いが溢れて、危うく泣きそうになって俯く。

 ダメだな、俺。

 離れなきゃって思うのに、覚悟が追いつかないんだ。

 今までだって何度か決心しかけたけど、いつも挫折してたもんな。

 ……ミーシャのことが、好きになりすぎたんだ。

「……ごめんね、ありがとう」

 そう言って席を外して、リビングの方へ逃げた。

 ソファの端に座り、テレビをつけて、ニュースを見る。

 画面では、核保有を疑われ、アメリカや隣国と一触即発になっているらしい独裁国家の映像が流れていた。

 フランスにいた時に気になっていたニュースだったけど、流石にイタリア語だと内容なんか全然頭に入らない。

 そのうちに、となりに無理やり割り込む感じで、ミーシャがどさりと俺の横に腰を下ろしてきた。

 ソファは広いし、まだ余裕があるのに、身体が触れるくらい近くに。

「ミーシャ……? 狭くない?」

 聞いたけど、無視された。

 仕方なくソファの端っこに偏って座ったまま、二人で黙ってイタリアのテレビを見る。

 画面はニュースから、いつのまにかコメディ番組に変わっていた。

 俺は何を喋ってるのかさっぱり分からなかったけど、ミーシャは時々クスリと笑っている。

 内容が、ちゃんと分かってるみたいだ。

「ミーシャは凄いね。色んな言葉が出来て」

 思わずそう話しかけたら、彼はぷいと視線を外しながら、それでもやっと答えてくれた。

「どうやって覚えたのかはさっぱり思い出せないけどな……」

 その言葉に、心臓がドクンと不穏に高鳴った。

 ロシアのスパイ。殺し屋……。

 思わず胸を手で押さえたその時、ミーシャが突然、長いソファの上で脚を伸ばして横になり始め、俺の膝にとすんと頭を置いて寝転んだ。

 金色の髪が流れ落ちて、天使みたいに綺麗な顔が無言で俺を見上げる。

 仲直り、したかったのかな?

 不器用で凄く可愛い……。

 その完璧な美貌を見つめていると、何人も人を殺しただなんて、とても信じられない。

 あの男が言ったことが、全て嘘だったらどれだけ良かったろう。

 苦しくて愛しくて、手を伸ばして、指で髪をすく。

 黙ってただ撫で続けていると、その内にミーシャが心地よさそうに目を閉じた。

 あ、このまま眠ってしまうのかも……。

 いいよ、眠って……。

 その安らかな顔を、見ていられるだけ、ずっと見ていたいような気がする。

 俺の顔を見てたって言ってた、昨日の彼の気持ちが少し分かった。

 好きな人の寝顔って、ずっと見てたいんだ。

 出来るだけ見ていたい。

 だって、俺も彼も、明日は一緒にいないかもしれない。

 目を覚まさせてしまわないよう、気をつけながら指先でそっと髪を撫で続けた。

 柔らかくて、気持ちいい……。

 目を閉じてるのをいいことに、一つ一つ観察して、目に焼き付けた。

 白い滑らかな肌についた傷。

 形がよくて男らしい唇と、少しだけ覗く、白くて並びのいい前歯。

 閉じられた彫りの深い瞼。

 睫毛は金色で密生していて、長い。

 初めて会った時も、彼はこうして目を閉じてた……。

 銃を持って倒れていた、俺を殺しにきた男。

 彼はそういう存在だったはずなのに、あの銃を隠したときから、俺の運命は変わってしまった。

 もし、俺が銃を隠さなければ、全然違っていたかもしれない。ミーシャは俺を好きになんてならず、俺はヤンミンに殺されて……。

 そう考えると、俺はずっと、この人を騙していたのかもしれないな。

 ――でもごめん、本当にワガママだけど、今夜だけはこうしてていいだろうか。

 明日になったら、そうだな、クリスマスになったら、プレゼントだけ置いて、ちゃんと自分から離れることにする。

 きっとそうするから、今だけは。

 そんな風に決心したら、いつのまにか目から涙が溢れて、ミーシャの頰に落ちてしまった。

 俺の膝の上でパッと切れ長の目が見開き、吸い込まれるような瞳が俺を見る。

「……マコト、何で泣いてる?」

 指摘されて、心底動揺した。

「ごごごごめん!! な、泣いてたわけじゃ……!」

 焦って目を拭っていたら、手首をギュッと掴まれて引き寄せられ、濡れている中指の指先をペロッと舐められた。

「泣いてるだろ」

 もう一度言われて、否定しようにも適当な言い訳が思いつかない。

「待っ……」

 とりあえず手を引っこめようとしたら、唇でパクっと指先に食い付かれた。

 そのままチュウッと強く吸引されて、指が根元まで柔らかくて温かい口腔の中に引き込まれる。

 見つめあった視線を外さないまま、肉を甘噛みされ、指の股をチロチロと舐められて、ンんッと変な声が出た。

 一昨日の夜、その唇で衝撃的な気持ち良さを教え込まれた俺の下半身が、勝手にジンジンし始める。

 だっ、ダメだ、何でこんな時にまで、また……っ。

「あのっ、ほんと、欠伸してただけだから……離して、俺、風呂入れてくる……っ」

「ダメ」

 舌をつうーっと這わせてから指を離し、ミーシャがソファの上で体勢を変えた。

 仰向けから、背もたれ側を向くように身体を横にして……そっちは勿論、俺の暴走してる股間の方だ。

「だっ、ダメってっ」

 既にパツパツになってるチノパンの股間のジッパーに、整った歯並びの犬歯がカリッと噛み付いてくる。

 そのまま引っ張るみたいに器用にジッパーが下ろされて、俺の半勃ちの性器と引っ張られた下着の膨らみが間から飛び出した。

「ミーシャ、これはその、疲れててなっちゃったやつだから本当にっほっとい……うっ」

 言い終わらない内に布ごとはむっと性器を咥えられて、濡れた温かい感触がじわっと敏感な亀頭に伝わる。

 直接じゃないのがもどかしい……おさまらない飢えが身体中に拡がり、膝が震える。

「だ、だめ、はぁ……っ、みっ……しゃ、それっ、汚い……っ」

 髪をつかんでやめさせようとしても、尖らせた舌で尿道口の辺りをグリグリされて、下半身がおかしくなるくらいエッチな疼きが止まらない。

 ビチョビチョになる程唾液とカウパーが布に染み込んで、先端にピッタリ貼りついて……。

 お尻とか太腿に震えるほど力が入って、下半身も脇の下もどんどん汗ばんでいく。

「……マコト」

 吸い込まれるようなラピスラズリの瞳が俺を見据えた。

「……なんで泣いてたのか教えてくれたら、これ、じかに舐めるけど……?」

 硬く感じやすくなった部分にチュウッと口付けられて、ゴクッと唾を飲んだ。

 そんなことしなくていいって言わなくちゃ。

 だって、こんなことしたらまた、離れられなくなる。

 明日こそさよならしようって、決めたばかりなのに……。

 俺は首を振って、泣きそうになりながら笑顔を作った。

「ミーシャ、あのっ、俺、思ったんだけど……もう、俺たち……こんなことしない、普通の友達になった方がいいと思うんだ……っ」

「……? 今更、何言ってる……?」

 途端にミーシャの表情が険しくなる。

「……俺のことが嫌いになった?」

 必死で首を振った。

「そんなわけない……! でも俺たちやっぱり、住む世界が違うっていうか……っ」

「世界? なんの話だ……」

 ミーシャが座面に手をついて俺の膝から起き上がる。

「つまり、俺が、面倒になったんだ……?」

「そういうことじゃな……っ」

 全部言い終わる前に、キスで唇を塞がれた。

 太い舌をねじこまれ、息と言葉を同時に奪われる。

 唇に強く歯を立てられ、唾液を強引に流し込まれて、一方的に蹂躙され、奥まで犯されて――乱暴で一方的で、彼の強い怒りをぶつけられてるようなキスなのに、ゾクゾクするほど感じて、身体中から力が抜けてしまう。

 既に濡れてるパンツにますます体液が漏れて、罪悪感に泣きそうになった。

 ああ、俺。

 ダメだ。溺れてしまう。

「俺にちょっと触られただけでこんなドロドロになるのに、『友達』?」

 パンツの上からぐいっとちんぽを掴まれて、グジュッ、グジュッと乱暴に扱かれる。

「はぁアッ、やめ……許して、ア、出ちゃう……っ、み、しゃ……っ」

「マコトは、ただの友達に触られてこんなことになるんだ? 一昨日はあんなに悦んでたけど」

 低く怒りのこもった口調で問い詰められた挙句、痛いほど強く扱かれて、それでも気持ちよくて、何も考えられなくなる。

「ちがっ、ミーシャ、だから、……っ、ンぁっ……っ! やめて、も、出る……っ、汚しちゃ……あはぁア……っ!」

 どくっ、どくっとパンツの下で俺のちんぽが脈打って、ビュクビュクと射精が始まる。

 最後の一滴を吐ききるまで容赦なく擦られながら、強い視線で間近に見つめられる。

「エッロいイキ顔……二度と『友達』とか言えないように、もっと俺なしじゃいられない身体にしてやる」

 冷笑と共に言い放ったその表情は怒りで別人のようで、俺は怯えた。

「ミーシャ、やめよう……君っ、疲れてるし……もう、眠らなくちゃ……」

「分かってるよ、眠る。……マコトのデカくてやらしいケツの奥に、たっぷり中出しした後でなら、グッスリ眠れるかもな……」

「えっ……?」

 訊き返した俺の目の前で、ミーシャが無言でソファから床におりた。

 長身が俺の両脚の間に入るようにしてかがむ。

 じっと見上げられて怯え、動けないでいると、俺のチノパンのウエストががしっと掴まれて、両脚から下着ごとズボンが素早く抜き取られた。

「ちょっ、ミーシャ……っ!」

 抗議の声をあげても、間に合わないし届かない。

 チノパンは床に捨てられたけど、何故か汚れきったドロドロの下着はミーシャの指に引っかかっていて、空中にブラブラさせながら俺に向かって突き付けられた。

「いい匂いだ……マコトの、我慢汁と精液のやらしい匂い……」

 目の前でわざと見せるように、ミーシャが通った細い鼻筋を布地に押し付けて嗅ぐ。

「や、やめて……汚いだろ、そんなの……っ」

 驚愕していると、彼は更にパンツの布地を丹念に裏返し、そこにこびり付いている白い体液を赤い舌先で掬い取った。

「……っ!」

 みっ、ミーシャがっ。

 こんな綺麗な顔して、俺のパンツ舐めた……っ。

 ショックで呆然としたまま、俺の膝がぐいっと乱暴に掴まれ、左右に押し分けながらソファの上に持ち上げられる。

 気がついたらお尻の穴と玉の裏を丸出しにしたような酷い格好をさせられていて、ひいっと悲鳴が出た。

 そして、ミーシャはそのまま、俺のお尻の間に鼻先を突っ込んできて――。

「あっ、うそ、……うそっ、だめだ……ッ」

 何が起こってるん、だろう。

 ミーシャが、舌で掬った精液を、俺のお尻の穴に塗り込むみたいに擦りつけている。

 チュクチュク音をさせながらひだをこじ開けて、穴の中の方にまで……っ。

「汚いからっ、離してっ、ひ……っ、こんな……っ、ダメ……っ」

 長い髪の根元を掴んで、強く引っ張って剥がそうとするのに、彼の手が俺の腿を押さえつけたままビクともしない。

 舌で出し入れされながら、自分の精液と、ミーシャの唾液で潤されたお尻の穴が、熱くてむず痒い。

「ンッ、ンン……っ」

 肉厚な舌先が突っ込まれるたびに、ヒクン、ヒクンとお尻の穴でそれを締め付けてしまって、恥ずかしくて堪らないのに、また俺のちんぽが熱っぽく勃起し始めている。

 俺、感じてる……っ?

 お尻の穴、舐められて……?

 嘘だ、もう、こんなこと知りたくない。

 これ以上、ミーシャから気持ち良すぎるエッチなこと教えられたくない……っ。

「やめて、嫌だっ、ミーシャ、もぅ……っ!」

 叫んだ時、ちゅぽん、と水音を立てて舌が抜かれた。

 ミーシャが乱れる髪をかきあげながら俺の勃ちあがった竿の裏筋にチュウッと大きな音を立ててキスする。

「んっ……!」

 その口づけと、お尻の穴を解放された安堵に力が抜けた瞬間、今度は別のものが俺の中に侵入してきて、息が止まった。

「……っあ……!?」

 驚いて下を見ると、ミーシャの長い中指が俺のお尻の中に第二関節までずっぷりと入っている。

「待っ……ゆ、び……ッ!?」

 そんな奥を他人の指でまさぐられること自体生まれて初めてで、動揺が止まらない。

 そうこうしてる内にも、舌でトロトロにされたそこに、指がゆっくり出たり入ったりし始めて、下腹部がうねるようなおかしな感覚に襲われた。

 抜き出される度に切ない快感が走って、押し込まれて中からコリコリされると、ヒッと喘ぎ声が漏れるくらい、ちんぽの奥に気持ちイイのがジンジン響く。

 怖い、ここ触られるの怖い……っ。

 恐怖と快感がごちゃ混ぜになり、俺の喉から悲鳴が漏れる。

「ひぃっ……! そこっ、触らな……っ」

「はは……マコト、初めてなのに尻の穴ヒクヒクさせて感じまくってる……」

 揶揄されながら、今度は人差し指も一緒に突き込まれて、お尻がガクガク浮いて揺れるのが止まらない。

「あはぁア……っ、くるし……っ、広がっちゃう……お尻の穴、きもちいっ、あぁ……っ」

 ミーシャは御構い無しに指で中をかき混ぜながら、俺の玉を一つずつ口に含んで舐め回したり、竿を唇と舌で吸ったりして刺激し始めた。

「ンあっ、両方っ、……むり、おしり、も、ふぁ……っ、」

 お尻の穴はムズムズキュンキュンするし、でも、ちんぽへの愛撫は焦らすみたいなもどかしいもので、頭がおかしくなりそうだ。

 肉の中の、たまらなく甘い感覚の走る部分を指先でクチュクチュ押し上げながら、ミーシャが顔を近づけて意地悪く囁いてくる。

「気持ちいいだろ? ……マコトはこんなトコまで大きくて、エッチだな……俺ので突き上げたら良すぎて泣くかも」

 言われながらグリッとそこを刺激され、テレビの音を搔き消すくらい高い悲鳴が漏れた。

「んひぁっ……! はあっ、あっ……っやめっ」

「……なあ、一緒にベッドに行って、続きする? それとも、もう寝るか……?」

 言われた後でペニスをねっとりと舐めまわされて、俺の脳味噌の中で理性の働く余地がなくなっていく。

「……。……しない……っ、も、無理……っ」

「あ……? 何だって……?」

 わざとらしく聞き返した後、ミーシャの濡れた唇からトロリと唾液が垂らされた。

 生温かいそれは、俺の鈴口の上に落ちて、その瞬間にゾクゾクッとちんぽに快感が駆け巡る。

 その後も舌で括れをなぞるようにねぶられながら、まるで甘い蜜で責める拷問のように、俺にもう一度質問が繰り返された。

「なぁ、どうしたい……?」

「しな、……アッ!」

 じゅるる、と音を立てて唇で我慢汁をすすられて、その濡れた恥ずかしい音で頭の中がいっぱいになる。

 理性が壊れかけてきた所で、ふたたびお尻の中の指がむずむずとうごめき、存在を主張し始めた。

「……あふっ……! ソコ、やめ、……ちんぽ壊れるぅ……っ、」

「壊れたりしない。中からココを何度も押して、死ぬほど気持ち良くなるだけだ……なぁ、してみたいだろ……?」

 もう俺はなすすべもなく、カク、カクと首を振って頷いていた。

 なし崩しに陥落した俺に、ミーシャが淫らな悪魔のような笑顔で微笑みかける。

 唯一着ていたTシャツを脱がされて、丸裸になった俺の体が抱っこされるみたいに軽々と持ち上げられた。

 皮膚の触れる感触にもビクビクしながら部屋を移動して、となりの薄暗い寝室に入り、布団を蹴り下げたベッドの上に横たえられる。

 ミーシャは腕を交差させてTシャツを脱ぎ、デニムを床に落として、男らしくて逞しい全身を目の前で露わにした。

 ベッド脇に立つ彼の、薄っすらと金色の体毛に覆われた胸筋の素晴らしさに目を奪われていると、太い血管の隆起した半勃ちのペニスが、寝ている俺の唇に押し付けられる。

 その感触で体の奥の変なところが熱っぽく疼いて、怖くなった。

 男のちんぽを口に押し付けられて、こんなやらしい気分になるなんて、俺は頭がおかしくなったとしか思えない。

「……舐めて」

 言われて、ハッとした。

 そんなこと……俺が、していいんだろうか……。

 当惑しながら眉を下げて見つめていると、俺の唇にヌルヌルとピンク色の亀頭が擦り付けられた。

 やらしい雄の匂いを嗅いで、頭にピンクのモヤがかかったみたいにぼぅっとなる。

 俺は迷いながらもおずおずと唇を開き、口の中にミーシャを受け入れた。

 生々しい塩気のある体液と、初めて口にする、余りにも太い雄の性器。

 舌を伸ばして彼の亀頭を迎え、彼がしてくれたみたいに、唇を縦に大きく開けて、頰をすぼめ、怒張をなるべく喉の奥まで頬張った。

 それでも半分くらいしか口の中に入らなくて、亀頭のエラの張りの強さにえずきながら、一生懸命舌で愛撫する。

 好きな人に、気持ちよくなって欲しくて……。

「ンッ……んぐ、……ふっ……っ」

 一生懸命しゃぶっている内に、ミーシャが膝で俺の胸のあたりを跨いでベッドに乗り上げ、いっそう喉奥までペニスを押し込まれた。

「んふぅ……っ、げほっ」

「はは……真面目なマコトが、美味そうに俺のチンポしゃぶってる……最高の眺めだ……」

「んんっ、んぐう……っ」

 喉や上顎をヌチュヌチュ細かく突き上げられて、生理的な吐き気と息苦しさで涙が出る。

 堪えている内にミーシャがますます大きく硬くなって、俺の口の中全部が彼の先走りの味になってゆく。

「マコトの唇、厚くてやっぱり気持ちいいな……、は……、出る……っ」

 一生懸命首を浮かせながら俺も彼のペニスに必死に吸い付き、頰の中で擦っているうちに、苦くて濃い液体がドプッドプッと俺の喉奥に大量に射精され始めた。

「んぐううぅ〜〜〜っ!?」

 どうすることもできなくて無理矢理呑み込もうとして、ウグッと吐き気が上がる。

 舌の根元から溢れる精液が俺の唇からタラタラあふれ、なえきらないペニスがずるうっと抜き出されて、やっと口が解放された。

「ぷはぁ……っ、けほっ、げほぉっ」

 横を向いて咳き込む俺の頭を、大きな手が優しく撫でる。

「はぁっ、……、うぅ……っ」

 指で顎を掴まれてこじ開けられ、まだ精液が残っている俺の口の中をミーシャが覗き込んだ。

「エラいな、マコトは……初めてなのに飲んだのか……?」

 コクッと頷くと、俺の胸の上に乗っていたミーシャが腰を浮かせたまま位置をずらし、俺の体に覆い被さるような体勢になった。

「ああ、マコト……メチャクチャにしたいくらい可愛いな……これも、噛み千切って食べてやりたい……」

 呼吸ではずむ胸の、ピンと張った乳首に唇が吸い付いてくる。

 本当に食べられちゃうかと思って恐いのに、何故か一昨日よりももっと感じてしまって驚いた。

 おっぱいを舌で転がされると、ちんぽもお尻の穴の奥も全部、ぞわぁっと痺れるような感覚が走って、体の奥が切なくなる。

 膨れて紅くなった乳輪を、歯型が残るほど強めに噛まれ続ける内に、俺のちんぽがどんどん充血してジンジン熱を持った。

「はあっ、ンッ、勘弁して、……もうっ、そこはっ」

「乳首噛まれてんのにチンポビクビクさせて、いじめられるの好きなんだ……?」

「そっ、そんなんじゃな……っ、全部っ、気持ちよくて怖い……っ、ミーシャ、も、許して……」

「……マコトがもっと俺に溺れるまでは許さない」

 今度は反対側の乳首に強く吸い付かれ、堪らず俺は腰を振ってミーシャの硬い腹に俺のちんぽを擦り付けた。

「もう、溺れてる……っ、ミーシャ……っあ……っ」

 足首を片方掴まれて、ミーシャの肩に掛けられる。股を開いた格好で、今度は彼の指が、またお尻の穴をクチュクチュいじり始めた。

「ん……っ、あ……っ、そこ、ダメ……っ」

「ダメ……? こんな物欲しそうに締め付けて……本当はさっきのとこ、いじって欲しいのか……?」

「ちっ、ちが……欲しくなんか……っ、あぅゥン……っ!」

 歯並びのいい前歯で乳首が伸びるほど引っ張られて、ミーシャの指の入ったお尻がキュンッキュンッと無意識に締まってしまう。

 さっき教えられたそこが無意識に疼いてしまってるのが丸わかりで、恥ずかしくて涙がボロボロ出た。

 俺は男なのに、何でこんなとこに指入れられて感じるのか……訳がわからない。

「ミーシャ、もうやめて……もう、これ以上変になりたくない……っ」

「……じゃあ、俺を溺れさせてくれ――マコトのここで」

「えっ……?」

 にゅぷ、と指が抜かれて、その代わりにその場所に硬くて熱いモノがぐっと押し当てられた。

 その重みと量感のある熱の塊が、俺のお尻の穴を、確実にゆっくりと、メリメリこじ開けていく。

「あぁ……っ!?」

 ズニュ……と一番太いところが俺の中にめり込み、強く擦りながら侵入されて、息が上手くできない。

 嘘だろ、ミーシャのが、俺の中に入ってっ。

 ていうか俺、女の子みたいにお尻に太いちんぽ入れられてる……っ!?

「ッア……! 苦しい、おおき……太い……っ、俺のあな、そんなの無理だからぁ……っ」

 余りの異物感と肉を無理やり開かれる痛みで震える俺の背中を、ミーシャがギュッと抱きしめた。

「半分入ったけど、切れたりもしてない……大丈夫、だ……」

「ふえぇ……っ」

 片脚を宙に上げた中途半端な体勢のまま、ミーシャの腰が俺の尻に徐々に密着していく。

「んン、苦し……っ、はぁ、あっ、あ…っあ〜〜っ」

 最後は勢いを付けるみたいに無理矢理突き込まれて、瞬間的にビリリリっと電気が走ったように下腹とちんぽが甘く痺れ、先からダラダラと液体が溢れた。

 出方が射精っぽくないけど、俺、まさか、イッちゃってた……?

「一回奥まで入れただけでイクとか……マコトがエロすぎて我慢できない……っ」

 ミーシャが舌舐めずりをしながら腰を揺らして、お尻の中のムズムズする部分を更に突き上げてくる。

「はああ……っ、なかっ、へんっ、あ、うっ」

「あー、マコトの中気持ちよすぎて無理だ……また出る、出すからな……っ」

「で、出るって、嘘、俺のナカに……っ、ん……っ」

 また唇を重ねられ、ヌルヌル舌を擦り合わせながら一方的な激しい腰使いで擦られて、勝手にお尻の穴がギュウッ、ギュッと強く締まる。

 その分、ミーシャの勃起してるもののわななきも、益々太くなったことも、イク寸前の痙攣も、全部俺の内側にダイレクトに伝わって……俺は女の子じゃないけど、ソコで好きな人の一番大事な場所と溶け合えている事実にむせび泣きそうになった。

 ミーシャが俺のこんなところで夢中になって、気持ちよくなってくれてるのが嬉しい……。

「……くぅ……っ、マコト……っ」

 名前を呼ばれながら、ついに、お尻の穴の中にあったかい精液が沢山溢れる。

 出してもらえたそれを絶対に零さないように、意識的に穴を締め付けていたら手のひらでお尻の肉をゆっくりと撫でられた。

「っは……マコト……締め過ぎ……」

 指摘されてはっと力を抜く。

 でも、そうすると、結合してる所からタラァっと汁が垂れてくる感覚が伝わってきて。

「こぼれる……っ」

 涙目で首を振る。

「クソっ、可愛いこと言って……っ。まだいっぱい出すから、力抜け」

 その言葉にヒッとなった。

 そういえば、まだ俺の中はギチギチに拡げられてる感覚があって……二回も出してるのになんで全然、萎えてないんだ……!?

 こ、心の若さ……!?

 涙目で戸惑ってる俺の下半身に、ミーシャが、さっきよりも少しゆるいストロークで腰を打ち付け始める。

「ウッん、あっ、はっ、んンっ」

 突かれる度に、奥の方でグポッ、グポッと下品な音がして、俺の中が彼の精液まみれにされているのが伝わった。

 苦しいのにそれが恥ずかしくて気持ちよくて、片脚を掴まれてる不自由な体勢なのに、腰を揺らすのが止められない。

 滑りのよくなった肉の交わる音の中で喘いでいると、低い声が俺に囁いた。

「もう自分から俺に絡みついてきて、さっきまで処女だったのにエロい尻だな……」

「!? そ、そんなことない……っ」

「ふうん? じゃあ、一回抜いてみるか」

「ん、え……っ?」

 脚が解放され、戸惑う俺の尻から太い怒張がずるりと引き抜かれる。

「あ、ア……」

 ペニスを抜かれても、俺の穴は閉じ切らずに精液を垂れ流してヒクヒク痙攣して、入っていないことへの違和感が凄い。

 なんだか、ミーシャのカタチを覚えこまされてるような、そんな気さえする……。

 体温が離れてしまって、寂しくて堪らない。

 女の子みたいに犯される側のセックスを知って、俺の身体、もう戻れないほどに変えられてしまったんだと悟った。……心も。

「マコト、もう一度欲しい?」

 訊かれて、首を振った。

「……もう、無理……っ、こんなのもうっ、」

 無理だ。こんな、気持ちよくて、幸せで、残酷なほど癖になることは――。

「そうか……じゃあ、こっちにその尻向けろ」

 泣きじゃくりながら四つん這いになるような格好でミーシャに背中を向けると、腰を引き寄せるように高い位置に持ち上げられた。

「ほら、マコトの穴――俺に懐いてるだろ……」

 亀頭の先をクチョクチョ襞に出し入れされて、そこがヒクヒクするのが止められない。

「っひっ……! 俺っ、無理って言っ……っ!」

「……ン? 無理なんだろ、中まで全部入れるのが……」

 後ろから首すじや背中に強く吸い付くキスをされながら、突き出したお尻の穴にごく浅く入れたり出したりされる。

「そういう意味じゃな……ぁはぁ、……中……っ、」

「ナカ? 何をどうされたいか言え、マコト」

 追い詰められ、焦れて訳が分からなくなってた俺は、泣きながらついにとんでもないことを口にしてしまった。

「……中に……うぅっ、き、きて……」

 途端、今度はさっきよりも深いところまでズドンと突かれて、うひいっという間抜けな悲鳴が出た。

「ふっ、深ぁっ……!?」

「後ろからだと奥まで突きやすいな……マコト、さっきこぼすの嫌がってただろ? この可愛い尻で全部飲めるように、一番奥に出してやる……」

 耳元で囁かれながら、ズクッ、ズクッと亀頭で俺の一番奥の締まってた肉が、押されて少しずつ奥まで開いてゆく。

「んやっ、あっ、そんなとこまでっ、入れないでっ、あああっ」

 お尻の穴の奥の奥までこじ開けられて、鈍い痛みと、それ以上の快感に襲われ、ちんぽの先から淫らな体液がひとりでに溢れ出て、むせび泣きが止まらない。

「あぁ、ここ気持ちいい……凄い吸い付いてくる、堪らない、マコトっ」

 亀頭をグジュグジュそこにねじ込まれて責められる内に、俺の身体は射精してないのに行き過ぎた絶頂で痙攣し始めていた。

「あぅうっ! 変っ、ひっ、お尻きもちいっ、あっ!」

「すごく締まってる……っ、マコトずっとイッてる?」

 お腹の上、お臍のすぐ左下の入ってる所を確かめるみたいに強めに撫でられて、それにすら強い快感が走ってまた叫び声を上げながらイキ果ててしまう。

「あーっ! 触らな……っ! ダメっ、いぐっ……っ!」

「あはは、マコト、おかしくなっちゃってるな……そんなに俺のチンポいいのか? ハマった?」

 コクコクと頷くと、ミーシャの手が後ろから俺を抱きしめて、腰を打ちつけながら乳首を捏ね始めた。

 奥を責められながらそれをされるともう、身体中に電流が走ってるみたいになり、下半身がヘナヘナになってしまう。

「もっ、無理ぃ……っ、お尻に気持ちいいのきてるっ、まだ変になってるからっそれ、許して……っ」

「マコトがこのやらしいオッパイでイッてるとこも見たい」

 グニィっと乳首を指先で潰されながら奥をかき混ぜられ、甲高い悲鳴のような喘ぎ声と一緒に、経験したことのない快感に放り出される。

 触ってもらえないチンポをシーツに擦り付けながら半狂乱で絶頂し、お尻の中全部でミーシャを思い切り締め付けると、奥の無理やり開かれた所にドプドプとまた精液を流し込まれて、淫らなため息が漏れた。

「あ、ふぁ……あぁ……」

 気持ちいい。自分で擦って出すのなんて比較にならないくらい……。

 生きてて、こんな気持ちいい事があったなんて、知りたくなかった。

 身体をうつ伏せにシーツに投げ出していると、全身の筋肉がおかしくなっちゃってるみたいにピクピクしていた。

 でも、俺の中のミーシャはまだ硬く太く、トロトロになった俺のお尻の中を遊ぶように擦っている。

「……っひ、……ン……っ、もっ、俺無理……っ」

 泣き言を言う俺のお尻の奥をまたイジめながら、ミーシャがふっと笑った気配がした。

「――まだ、許さない。マコトが俺にハマって、俺から離れられなくなるまでする……」

 もう、心も体も全部、ハマってるのに。

 だから困るのに……。

「好きだよ、マコト……」

 蜜のように甘く囁かれながらまた、長い夜が始まった。

[newpage]

 

 ――よく考えればミーシャは多分、一度倒れてから少しおかしかったんだと思う。

 俺はその夜一晩中抱かれて、次の日も起きたらまた、彼にベッドに引き込まれた。

 日本に向かわなくちゃいけないはずなのに、そんなこと忘れちゃったみたいにミーシャは俺を求めてきて、絶対に離さないっていう感じで、一日中ドロドロのセックスを強要された。

 俺は俺で、覚えさせられたばかりの気持ちいい事に頭も体もフラフラで、もう何かをまともに考えられる状態じゃなかった。

 ほぼ監禁されて、抱かれれば抱かれるほど、最初は怒っていたミーシャの態度が俺に甘くなってくのもあって、彼の狙い通りに、何も見えなくなっていった。

 ――二日目の夜、じゃれあいながら一緒にシャワーを浴びて、ベッドで力尽きて眠る時――何度めかの愛の告白を受けた。

「俺から離れないで、マコト。……愛してるんだ……」

 愛してる、という言葉をミーシャが使ったのはそれが初めてで、何故だか涙が溢れてしまった。

 俺にはずっと縁のない言葉だと思っていたから。

「……俺だって、ミーシャのこと、すごく愛してる」

 泣きながら頰を合わせてそう言って、彼の顔にたくさんキスした。

 ――そしてそれが、俺が12歳のミーシャと交わした、最後の会話になった。

 

 

「――起きろ」

 翌日の朝、俺は額に付けられた、硬く冷たい感触で目を覚ました。

 訳が分からず、ベッドに横たわったまま恐る恐る視線を上げる。

 眉間に突きつけられているのは、見覚えのある銃だった。

 そしてそれを持つのは、枕元のそばにダイニングの簡素な椅子を置き、脚を組んで座っている、逞しい半裸を露わにした男――。

 その顔を確かに知っているはずなのに、彼は余りにも無表情で知らない人間に見えた。

 ゆっくりと視線を外して、ベッドから離れた所にある椅子に置いたはずの俺の荷物を見る。

 リュックは中身が全て床の上に落ち、踏み荒らされたようにめちゃくちゃになっていた。

 その中に、俺がミーシャにあげようと思って隠してたチョコレートのひしゃげた箱も落ちている。

 全てを悟って、もう一度男を見た。

 冷たい凍てつく夜の瞳と、雪白の肌をした、長い髪の男。

 ――俺の荷物を漁って、自分の銃を見つけた、殺し屋のミハイルを。

 彼は空いている片手で長い金髪をダルそうに掻き上げて、低く感情のない口調で俺に質問した。

「……おい、コレはどういう事態だ。説明しろ、日本人……」

 その、女性のように綺麗な顔は間違いなく昨日まで俺を抱いていたミーシャだったけれど、まるで同じ顔をした双子の兄弟のように別人そのものに見えた。

 瞳の中の闇が濃く深くて、見てるだけで悲しくなるような険が表情に刻まれている。

 彼の中に、昨日まで俺の恋人だった人を探すように、俺はなるべく動揺を抑えた口調で答えた。

「覚えてないの? 昨日までのこと……」

「馴れ馴れしい口を利くな……事実だけさっさと言えば苦しまずに殺してやる」

 グッと銃を押し付けられて、絶望と諦観が一気に押し寄せ、かえって乾いた笑いが浮かんだ。

 ああ、こうなるって分かってたのに、俺は馬鹿だ。

 でも不思議と後悔はなくて、俺はゆっくりと口を開いた。

「あなたは、パリの俺の部屋で頭を打って倒れていたんです。記憶を失っているみたいだったから、俺はあなたの記憶が戻るまでの間だけ、そばに居たんです。……ただ、それだけです」

「……何で逃げなかった?」

 責めるような口調で詰られて、俺は目蓋を伏せた。

「……自分でも分かりません」

「答えになっていない」

 冷たく言われて、俺は投げやりな気持ちで答えた。

「俺は一人暮らしで寂しかったから……友達がほしくて……だから、あなたを騙してたんです。ごめんなさい……」

「それだけか」

 重ねて問われ、無言で首を縦に振る。

 と、その瞬間、バッと羽布団をはだけられて、素っ裸の俺の体が全部露わにされた。

 ミーシャの歯型や、口付けの跡が身体中の皮膚に散っているのを見られて、かあっと頰が熱くなる。

「……やっ、めて下さい……」

 すくむ俺にミーシャが――殺し屋のミハイルが一旦銃を下げ、手を伸ばして俺の太腿を掴んで無理やり開いた。

「……っあ……」

 数えきれない程に中に出され、掻き出しきれなかった体液がそこからこぼれ、尻の狭間がじっとりと濡れている。

「お前、ゲイか」

 股の間を凝視されて、死ぬほど恥ずかしいのを我慢しながら首を振った。

「違います」

「……それは俺のか?」

 俺はもう一度首を横に振った。

 ミハイルが、明らかにホッとしたような顔をしたのが辛かった――でも、彼は『ミーシャ』じゃないから、俺は嘘はついていない。

「ふっ。いくら頭がおかしくなったって、お前みたいな猿に俺が欲情する訳がないな……」

 そう言われて、心が冷たく凍りつくと共に、不思議と気楽になった。

 俺が愛した彼がこの世のどこにも居ないなら、俺が殺されて困る人間もこの世にはもう、居ないんだ。

 俺は手足をベッドの上に投げ出したまま、ゆっくりと目を閉じた。

「……俺を、殺してください」

「言われなくても、仕事だ」

 銃口が頭に押し当てられる。

 引き金が引かれる寸前、俺は彼の中で消えてしまったミーシャに言った。

「……ありがとう、ミーシャ。愛してる……」

 その時、ビクッと銃口が揺れた。

 目蓋を閉じ、引き金が引かれるのを待つ。

 でも、いくら待っても俺は生きていた。

 薄っすらと目を開けると、視界に、苦しげに眉を寄せ、動揺を露わにしたミハイルの顔が見えた。

「……何で俺の名前を知ってる……お前は何なんだ……っ」

 明らかな狼狽を見せた彼に、一瞬だけミーシャの片鱗を感じて、俺はベッドを起き上がり、彼の手首を掴んだ。

「君が教えてくれたんだ……! 君がそう呼んでほしいって……だからだよ……っ」

 必死に叫んだ瞬間、強い力で振りほどかれて、俺の体がベッドヘッド側の壁にドンと突き放された。

「うっ……!」

 背中を強く打ちつけて暫く息が出来なくなり、俯きながら咳き込む。

 俺がようやく顔を上げた時、ミハイルはもう背中を向け、リビングを抜け、ベッドの足側にあるクローゼットを開け始めていた。

 まるで焦ったように自分のコートやシャツを乱暴に引っ張り出している彼に呆然としながら、それでも声をかける。

「あの、ごめんなさい、俺……っ」

 彼は振り向きもせず、独り言のようにつぶやいた。

「気が変わった……俺はこの仕事を降りる。お前はどこへでもいけ……」

「ど、どこへでもって……」

 俺を殺さないってこと……?

 戸惑いながらも、せめて着替えをしようと床に足を付ける。

 昨日、こうしてベッドを出ようとして何度もミーシャに止められたんだ……。

 思い出してしまって胸が苦しくなり、また涙がポタポタ落ちて動けなくなってしまった。

 ああ、くそ、泣いてる場合じゃない。

 ミハイルの気が変わる前に逃げなくちゃ。

 彼がどこへ行こうとしてるかは分からないけど、今度こそ、俺は一人で生きなきゃならない。

 多分だけど、『ミーシャ』が俺を助けてくれたんだ……きっと。

 動け、俺の足!

 ――唇を噛み締めて、立ち上がろうとしたその時――。

 だん、と何かがぶつかったような、足元の床に響くほどの鈍い物音が寝室に上がった。

 驚いてベッドを降り、音のした方――クローゼットのそばに駆け寄る。

「……!?」

 開きっぱなしの扉と、床に落ちたシャツと黒いトレンチコート。

 そしてその上に、ミハイルが上半身裸のまま床にうつ伏せに倒れていた。

「ミーシャ!?」

 そばにしゃがもうと腰を屈めて、ガクンと身体が前につんのめる。

 セックスのし過ぎで、俺の体はすっかりバカになっていたらしい。

 それでも、どうにか堪えてミーシャの肩を掴んで揺らした。

「ミーシャ、ミーシャ! 大丈夫!?」

 横を向いているその顔の色は真っ青で、完全に意識を失っている。

 三日前、トンネルを抜けた後に倒れた時と全く同じだ……。

「ミーシャ……!」

 抱き起こしても、起きる気配がない。

 渾身の力で重い身体を持ち上げ、ベッドに運ぶ。

 身体中の筋肉――特に腰が悲鳴を上げたけど、そんなことに構ってる暇は無かった。

 吐いたりしても大丈夫なように横を向かせて、呼吸をもう一度確かめる。

 ああ、今度こそ絶対救急車だ! ……くそっ、でもイタリアの救急が何番なのか分からないっ。

 こうなったら、外で英語かフランス語の分かる人を捕まえて、助けてもらうしかない!

 俺は急いで下着とズボンを穿き、パーカーを頭から被って、リュックに最低限の荷物をまとめた。

 そして玄関ホールの靴箱に置いていたアパルタメントの鍵を掴んだ瞬間――マンションのインターホンが鳴り、ハッとした。

 誰だろう……。

 普段ここに住んでいる住人だろうか。

 こんな時に……?

 ドアの前まで行き、ドアスコープにかかっているカバーをよけて外を見る。

 誰もいない。

 気のせい?

 助けを求めて焦り過ぎて、となりの部屋のインターホンを聞き間違えたのかもしれない。

 ――止せばいいのに、その時余りにも焦っていた俺はドアノブを掴み、開けてしまった。

 途端、半端に開いたドアが無理やりガッとこじ開けられて、黒服の男達が壁際の方から俺に襲いかかって来た。

「なん……!」

 口を布で塞がれ、独特の臭気のする気体を嗅がされる。

 世界が一瞬で暗転し、体の力が抜け――俺は気を失ってしまった。

 

 

 

 ……目が覚めた時にまず聞こえて来たのは、鉄道の線路の鳴る音だった。

 意識が朦朧とする中、周囲の状況に視線を巡らせる。

 俺の右側にある、大きな窓の外から光が差していた。

 その光には揺らぎがあり、時には暗くなり、時には明るくなり、走り去るように影が通り過ぎる。

 左側は扉になっていて、小さな窓越しに薄暗い通路が見えた。

 ……ああ、電車か……、と気付く。

 俺は走ってる電車に乗っているんだ。

 パリの地下鉄じゃない、地上を走る鉄道に。

 ようやく、周りの状況が分かるようになったものの、身体が何かでガチガチに固定されていて、さっぱり動かない。

 おかしいなと思って足元を見下ろすと、足首が白い布でがっちりと縛られていた。

 恐らく、背中に回っている手も同じ状況に違いない。

 車内なのに妙に寒いと思ったら、外は雪が降っていた。

 俺は、妙にレトロな列車のコンパートメントの、向かい合った座席の一つに座っているらしい。

 座席といっても、ごく狭い二段ベッドの下の段を兼ねていて、見上げると、ベッドの上の段が真上と、向かいの席の上に付いていた。

 寝台があるということは、長距離列車だ。

 内装に使われている布類はあちこちにシミがついていて、いかにも古い。

 こんな古ぼけた内装の電車はフランスじゃ見たことがなかった。

 どこを走っているんだろう……。

 誰か、と声を上げようとして、口が猿轡で戒められていることにも気付いた。

「ンン……っ」

 どうにかならないかと全力で身悶えながら、次第に記憶が蘇る。

 そうだ、ミーシャが倒れて……俺は彼を助けようと思ったのに、玄関の外に変な男達が現れて……。

 ミーシャはどうなったんだろう!?

 いてもたってもいられず、座席の上から通路側の窓を覗き込もうともがいていると、目の前の扉がすっと開いた。

 入ってきたのは黒いスーツを着た、かっちりとしたツーブロックの真ん中分けの髪型で、サングラスの男だ。

 年齢は30代後半ぐらいだろうか。

 肌の色と顔立ちからして、黄色人種だとは思うけど、何人なのかまではわからない。

「ンっ!」

 俺が抗議の声を上げると、相手は向かい側の座席にスッと座り、開いた脚の間で手を組みながら俺に話しかけて来た。

「……すまないね。目が覚めた時に暴れ出したら困ると思って、少しの間だけ縛らせてもらうことにした」

 相手の口から飛び出して来たのは流暢な日本語で、驚きに目を見開く。

 この人、日本人……?

 でも、なんだか雰囲気が……ラーメン屋によく来てた日本人のお客さんとは全然違うような――。

 訝しむ俺の前で、男は穏やかな口調で言葉を続けた。

「――岡野誠くん。我々は、君を殺しに来た人間とは違う。むしろ、君を殺そうとする人間から君を守る為に来たんだよ」

 えっ、と視線を上げると、サングラスの奥の細い瞳と目が合う。

「我々は、君のお父さんの生まれた国の人間だ。……君のお父さんは、中国人と偽ってフランスに留学している時、君のお母さんと出会い、君が産まれた。しかし、君のお父さんは本当は、世襲の最高指導者が三代に渡り独裁している極東半島の共産国家……といえば、もう君はどの国のことか分かるだろうが……その国の生まれで、しかも最高指導者の長男として生まれた男だった」

 驚きに声も出ない。

 どこの国の話なのかはうっすらと分かるけど、まさか俺のルーツの半分がそんな所にあるだなんて、想像もしていなかった。

 中国人とか、ベトナム人とかかな、なんて思ったことはあったけど……。

 衝撃の事実に体から力が抜けて茫然としていると、男がゆっくりと立ち上がって俺の頭の後ろに手を伸ばし、猿轡を解いてくれた。

「君のお父さんはお母さんと出会い、将来約束された地位を捨て、ただの移民の中国人青年としてフランスに残った。そして、国家元首の立場は腹違いの弟が継いだ――それが、我が国の現在の最高指導者たる、李国務委員長だ。しかし、長年続いている大国からの経済制裁の為に、我が国は貧しく政情は不安定で、指導者の代替わりの際には特に、クーデターや暗殺の可能性が付きまとう。……李委員長が後継者となった直後、君のお父さんは、将来の禍根を断つ為、秘密裏に暗殺された」

 ……見たことも、会ったこともないお父さんの死の裏側に、そんな世界があったなんて……。

 こうして聞いていても、さっぱり実感が湧かない。

 けれど、この人の話していることは嘘ではないと思った。母の言っていた事とも符合する。

 こういうことを話してくれるということは、この人達は最高指導者側の人間ではない、って事なんだろうか。

「俺が殺されそうになった理由も、同じってことですか……」

 恐る恐る声を発して尋ねると、男は小さく頷いた。

「我々は基本的に、同じ共産圏の中国や、ソ連時代に関係を持っていたロシアとの繋がりが深い。李は中国人マフィアを使って君を暗殺しようとしたようだが、うまくいかなかったようだね」

 言われて、俺はハッとした。

「ミーシャは……っ、ミーシャはどこですか……っ!」

 思わず声が大きくなった俺を、サングラスの男はシッと人差し指を立てて制した。

「……君がイタリアを出てから、もう三日が経つが、あの青年は無事だ。我々の保護下でイタリアの病院に搬送している……脳に血腫が出来ていて、そのせいで記憶障害や意識障害が起こっていたので、既に緊急手術が施されている。回復次第、ロシアに引き渡す予定だ」

 なんて事だ。三日も眠らされていただなんて――。

「! やめて……! それだけはやめて下さい……!」

 亡命したスパイが母国に返されたらどうなるかなんて、俺でも想像がつく。

 あの人はもう俺が好きだったミーシャではないかもしれないけど、彼が殺されるなんて耐えられなかった。

「お願いですっ、あの人はっ、俺を守ってくれたんです!」

 拘束されたまま立ち上がる勢いで叫ぶ。

 すると、コンパートメントの扉が開き、黒い服の男達がワラワラと入ってきて、俺の身体を押さえつけた。

「君はあの男に随分肩入れしているようだな。……君との関係を調べる為に、我々も独自のルートで、あの男の事を少し調べさせて貰った」

 サングラスの男が、部下と思われる男に目配せをする。

 彼はアタッシュケースを上の寝台からずるっと取り出し、中から字の沢山書いてある数枚の紙を取り出し、俺の前に差し出した。

「結論を言えば、あの男は祖国を裏切った犯罪者だ。君のような人のそばにいるべき人間じゃない」

 その紙は英語で、ロシアの軍服を纏った、今よりもかなり若いミーシャの写真が貼り付けられていた。

 読んで驚いたのは、スパイとしての経歴よりも、生い立ちの部分だった。

「『12歳の時……孤児院より政府施設に移動の際、自動車事故に遭い、頭部外傷による記憶障害を負う』……?」

 ミーシャは出会った時、言っていたっけ……走っている自動車から飛び出して、それから先の記憶がないって。

「『12歳以前の記憶の喪失、それに伴う情緒の欠如……回復の見込みのないまま特別教練施設にて訓練を積み重ね、非合法諜報員候補として優秀な成績を収め…………まさか、自分の子供時代を思い出せないまま育った……?」

「そのようだな。彼が教練施設に入った時、辛うじて覚えていたのは、意味不明の日付のみだったとカルテの記録にある。その後彼は教練施設で育ち、スパイになってからは欧州で潜入活動をしていたが、ある日任務を放棄して姿を消してしまった。その後の末路はそこに書いてある通りだ」

 その紙面を眺めながら、涙が溢れた。

 ――そうか、そういう事だったんだ。

 彼は、俺の部屋で倒れて目覚めたあの時に、記憶を失ったというよりも――むしろ、失っていた子供時代の記憶を取り戻したんだ。

 唯一覚えていた日付は、多分、口座の暗証番号にしていたお母さんの命日だったのだと思う。

 そのお陰で、俺の命は助かった……。

『俺の過去よりも、今のマコトの命の方が大事だって言ったら?』

『探す過去なんか、俺にはなかったんだ。マコトと一緒に暮らしてからが俺の人生だ』

 そう言ってくれた彼の言葉は、生来の彼が俺に言ってくれた言葉だった。

 俺の愛した、俺を愛してくれた『ミーシャ』は、幻なんかじゃない。殺人マシーンでもない。

 無邪気で、本が好きで、観覧車に目を輝かせるような……確かにこの世に実在した少年、だったんだ。

next