俺を殺しにきた男2

「ロシアの亡命スパイだったとしても、今のミーシャは、俺の大切な人なんです……だから、どうかロシアには渡さないで……」

 絞り出すようにそう告げると、目の前の男は薄く笑った。

「君が我々に協力してくれるならば、対処しよう。……この列車は、陸路で君のお父さんの故郷へと向かっている。――我々は軍部の者で、秘密組織『自由民間防衛』のメンバーも密かに兼ねている。青年将校を中心に、君を正当な最高指導者として、これから首都でクーデターを起こす計画だ。ぜひ君に協力してもらいたい」

「おっ、俺がっ、最高指導者……!?」

 つい最近までラーメン屋の皿洗いだったのに!?

 俺はブルブルブルと大きく首を振った。

「いやいやいや、俺っ、そんなの無理です!」

「君にはその素養があるはずだ。パリ大学で政治学を専攻し、語学も堪能だと聞いている」

「そっ、それは国連職員を目指すためで……っ! 大体、あなた方の国の言葉も分からないし……っ」

「そんなものは、優秀な君ならすぐに習得できるだろう。我々ももちろん協力する。――これから発足する臨時政府が必要としているのは、人民の認める正当な血統で、かつ国際感覚に優れた指導者だ。人民は今、人民の痛みを知ろうともせず、己の快楽を貪る偽物の指導者の下で貧困と食糧不足に喘いでいる。しかも近々、かつて我々と一つの国であった隣国が、米国と共に軍事侵攻を開始するとの噂もある。――国家存続のためにはもう一刻の猶予もない。……頼む、君は我々にとって、最後の希望の星なのだ」

 買いかぶられ過ぎだけど、そこまで言われると俺の心は揺れに揺れた。

 俺がこの人たちの言うことを聞けば、ミーシャを助けることが出来る。

 国連職員にはなれないけど、一つの国の指導者として、飢えに苦しんでいる貧しい子供達を沢山、助ける事が出来るかもしれない……。

 この人達の願いを拒否したって、俺の命を狙う人たちが居なくなる訳じゃない。

 それならば――。

「分かりました……。お役に立てるかは分からないけど、貴方がたについて行きます。だから必ず、ミーシャを、自由にしてあげて下さい。それから、俺の拘束を解いて下さい。俺はどこにも逃げたりなんてしませんから」

 告げると、男はホッとしたような表情になり、部下に指で合図した。

 俺の腕と、足を拘束している布が解かれ、手足に一気に血流が戻って、ビリビリと痺れ始める。

 自由になったのに思ったよりも手足が全く動かなくて、たしかに三日も眠っていたんだろうなと実感した。

「眠っている間は点滴と尿道カテーテルを施していたから、しばらく違和感があるかもしれない」

「は、はぁ……」

「これから数日かけて大陸を横断する。今のうちに身体を休めておくといい」

「はい……」

 この人達、やり方が強引過ぎるけど、本当に約束通りミーシャを自由にしてくれるんだろうか。

 でも、今の俺はこの列車から降りるわけにはいかないし、彼らを信じるほかない。

 外は深い雪に包まれた針葉樹林の森で、遠くの空がなんとも言えない弱いオレンジ色に染まり、日照の弱さを感じる。

 ああ、ここはミーシャの国なんだと気付いた。

 そしてこの列車は、世界一の長距離を走る、シベリア鉄道に違いない。

 この光景が彼の育った国だと思うと、胸がしぼられるような不思議な懐かしさを感じる。

「ミーシャ……」

 ――景色に向かって密かに名前を呼び、その音を噛み締めた。

 

 

 

 拘束が解かれたものの、それ以降も俺にはいつも護衛と言う名の監視の目が常につきまとい、自由は無いに等しかった。

 逃げないって言ってるのに、トイレすら付き添いの人と一緒。

 他の乗客と口を利くのも禁止されて、明けても暮れても変わりばえのしない外の雪景色をぼんやりと眺める日が、もう三日は続いていた。

 食堂車はなく、食べ物は三食とも、ぼそぼそした饅頭みたいなものと、水筒入りのボルシチで、あまり美味しいとは言えない。

 食欲の湧かない夕飯を食べた後に、ミーシャと一緒に食べたご飯は全部美味しかったなぁ……なんて思い出した。

 彼はどうしてるんだろう。

 手術、上手くいったのかな。

 俺がこの電車に乗ってからも何日か経ったから、もしかしたらもう目覚めてるかもしれない。

 ……目覚めるのは、あのミーシャなのか、それとも最後に会った彼なのか、どっちなんだろうか。

 もう死ぬまで会うこともないのに、そんなことを考えてしまって、切なくなった。

 どっちだったとしても、幸せになってほしい。

 今までの分も取り返せるように。

 そんな事をぼんやり考えているうちに、雪が止み、徐々に空が晴れ始めた。

 弱いオレンジ色の光が徐々に消えてゆき、空が群青色に変わっていく。

 ミーシャの瞳と同じ色に……。

 その空を眺めた後で目を閉じると、彼に抱き締められているような気がする。

 思い出があって良かった。

 もしかしてクーデターがうまく行かずに、俺が死ぬのだとしても、こうして空を眺めて、目を閉じよう……。

 ――そんな感傷に浸っている内に、俺はいつのまにか眠り込んでしまっていたらしい。

 次に目が覚めた時――それは、尋常でない揺れと激しいブレーキ音がきっかけだった。

「!?」

 身体が斜めにフワッと浮き、手近にあった上の寝台用の梯子を両手で掴む。

 すぐ隣に座っていた監視の黒服の男の人が、俺を守るように被さってきたけれど、自分を守る方が疎かになってしまったのか、その体はすぐに離れて吹っ飛び、コンパートメントの扉にぶつかった。

「あーっ!!」

 叫んだ瞬間に物凄い衝撃音が上がり、俺も身体を振り回されながらどうにか手掛かりを掴み続けたけど、電車の車両自体がどんどん斜めに傾いてゆく。

「うわああぁっ……!!」

 耐えようもなく、激しい音を立てて横転する列車に身体が振り回される。

 ガラス窓が粉々に割れ、ついに列車が雪の地面に横倒しになった。

 しばらくの間引きずられるような不快な音が上がり続け、やがて、ギギイと不快な音を立てて列車が停止した。

 シーンとした途端、バチッ、バチッと照明が瞬いた後、完全に消えてしまい、辺りが真っ暗になる。

 身体中が痛いし、今度こそ死んだ……と確信したけど、どうにか俺は生きていた。

 震えて仕方ない手足を鞭打って身体を起こし、闇の中、手探りで周囲を探る。

 何が起こったのか、訳がわからない。

 何かがきっかけで列車が横転した……?

 そして、とっさに庇ってくれた男の人のおかげと、壁に張ってあった背もたれや座席に置いてあった枕――そういったものがクッションになって、衝撃から俺は守られたようだった。

 そうだ、あの人は無事だったんだろうか……!?

「……っ、大丈夫ですか……!?」

 必死で声をかけると、足下の方からううっという痛々しいうめき声が聞こえた。

 生きてる……!

 寝台を掴みながら移動して、声のする方へ叫ぶ。

「こっちに来られますか!?」

 けど、その人はもう瀕死なのか、返事ではなく、くぐもった声が聞こえるだけだった。

 ああ、なんて事だろう。

 ショックで涙ぐみながら、俺は懸命に下にいる人に叫んだ。

「待ってて、いま、他の車両に行って誰か助けを呼んで来ますから!」

 窓のある足側を靴で踏んで探ると、割れた強化ガラスの粉々の破片が雪と混ざり、ジャリジャリと音を立てる。

 下から出るのは無理そうだ――。

 俺は顔を上げ、頭上のコンパートメントのドアを探った。

 少しずつ車内の温度が下がり始め、命の危険を益々感じる。

 今は天井になってしまっている、スライド式のドアの取っ手に手を掛けて、渾身の力で引っ張った。

「ぐぬぬぬぬ……っ!!」

 ガイドレールが歪んでしまっているのか、なかなか開いてくれなかったけど、何とか人一人が通る隙間が空き、痺れそうなほど冷たい外気がビュウと吹き込む。

 二段ベッドの上段を足がかりに、どうにかその隙間に手を掛け、這うように登った。

 頭の上は列車の外に面した通路だった場所で、今は窓が全て壊れ、冷たい風が吹きすさんでいた。

「誰か! 誰かいませんか!!」

 身体を半分個室の外に出し、割れた窓の外に叫ぶ。

 それでも何の反応もないので、更にドアに足を掛けてのぼり、窓だった場所から列車の外に這い出した。

 幸い雪は止んでいたけれど、氷点下何十度という寒さに襲われて身体がかじかむ。

「ううっ、寒い……!!」

 吹き付ける風が冷たいというより痛いレベルで、全身が凍りそうだ。

 こんな寒さの中にいたら俺自身、長くは持たない。

 横倒しになった列車の上から見ると、後ろの方の数両はかろうじて線路の上に残っているのが見えた。

 脱線したポイントだと思われる部分で不自然にレールが切れてグニャグニャに曲がっているのが見え、血の気が引く。

 明らかに事故じゃない。

 人為的に線路を破壊しなければあんなことにはならない……。

(テロ……!?)

 不吉なものを感じながら、深い雪の上にぼすっと音を立てて飛び降りた。

 ――残ってる車両の方には、無事な人がいるかもしれない……。

 列車の後ろの車両へと行こうとした時、夜空を裂くようなパアッという光が電車の向こう側を照らし、エンジン音が遠くで上がった。

 ――救助かもしれない。

 一縷の望みを抱きつつ、列車の底の部分にぴったりとくっついて様子をうかがう。

 車輪に足をかけてそっと顔を出すと、雪原の向こうから現れたのは、キャタピラで動く真っ白な雪上車と、何台もの黒いスノーモービルだった。

 モコモコしたロシア帽に雪用のゴーグル、暗い色の軍服を着た兵士達が銃を構えて散り散りになり、次々と車両に群がっていく。

 一瞬ロシアの軍隊かと思ったけど、顔立ちを見るとどうやら違うようだった。

 皆、俺と同じ黄色人種だ。

 彼らは聞いたことのない言語でお互いを呼び合い、列車の中を捜索し始めた。

 連続した銃声や悲鳴が次々と上がり始め、恐怖に寒ささえ忘れる。

 恐らく、彼らは俺を殺そうとしている側の人間たちだ……なんの罪もない人達を巻き込むなんて。

 どうにかしなくちゃいけないのに、手足が凍りついたように動かない。

 やがて兵士が一人、俺が隠れている車両のすぐそばまで来て、横倒しの列車の下から何かを引っ張り出し始めた。

 ――それが、さっき俺を守ってくれた監視役の男の人の身体だと気付いて、俺は思わず叫んでいた。

「や、やめ――」

 連射音と共に、目の前で血まみれの頭が撃ち抜かれる。

 恐怖とショックに吐き気と目眩がする中で、何者かが突然、俺の服の襟首を後ろから掴んだ。

 振り返ると、男たちの一人が背後に立ち、俺にサブマシンガンを突きつけている。

「お前、オカノマコトだな」

 独特の発音の英語で訊かれた。

 目の前では、さっき人を撃ち殺した兵士が列車の上にのぼり、俺に向かって黒々とした銃口を向けていた。

 ――ああ、もうダメだ。

 俺はもう、ここで終わりだ。

「お、俺は……っ」

 口を開きかけた時、ダン、ダンという発砲音が二発鳴り響き、列車の上の男と、俺の襟首をつかんでいた男が二人とも、眉間から血を流しながら雪上に吹っ飛んだ。

「あっ……あっ!!」

 飛び散った血と男の死に顔に絶句して、重く、既に感覚のない体を引きずるように後ずさる。

 銃弾が放たれた方向を見ると、男たちと全く同じ軍服とゴーグル、ロシア帽を身につけた、雪に溶けるような白い肌をした男が、数両先の列車の上で拳銃を構えていた。

 その男は長身で、眩しいくらいの月明かりをバックに列車から飛び降り、恐ろしい速さで俺の方へ走り寄ってくる。

「マコト! そいつから服を奪え、早く! 凍傷になるぞ!」

 その低く艶のある声に、俺は心底驚いた。

 そんなはずが無い……。こんな所に彼がいるはずが無い。

 俺は夢を見てるんだろうか。

 ぼんやりとする俺の目の前で、男が容赦なく死体から分厚い耐寒服と帽子を剥ぎ取ってゆく。

 手伝ってもらいながらそれらを身に付け、分厚い帽子とゴーグルを無理矢理被せられた時、初めて男が自分のゴーグルを額に上げた。

 その瞳は、凍てつく星空と同じ――。

「ミーシャ……?」

 雪が見せた幻だろうかと疑いながら、吹きすさぶ風の中で相手の顔をじっと見つめる。

 呆然とする俺の頰を、分厚い手袋の指が優しく撫でた。

「……俺はお前を守ると言った」

 その一言で、一瞬にしてゴーグルの中が洪水になるほど涙が溢れた。

「み、み……しゃ……」

 思い出してくれた。

 俺を、思い出してくれたんだ……っ。

 時が止まったようにその美貌と見つめ合い、俺はぎこちなく笑顔を作った。

「あ、ありがとう……」

 穏やかなミーシャの顔が近付いて、額と額が合わさるように一瞬くっつき、離れた。

「――さあ、奴らのスノーモービルで逃げるぞ。迎えがすぐそこまで来てる」

 手を引かれ、ザクザクと雪を踏んで走る。

「迎えって……!? それに、他の人達は……っ」

「詳しい話は後だ。――ロシア当局には匿名で通報した。この列車は外国籍の国際列車だし、すぐ来るかは分からないがな。――そんなことよりお前の命を優先しろ」

「う、うん……っ」

 グスグス泣きながら腕を引っ張られて、二人乗りの黒いスノーモービルの後ろに乗った。

 背後では、まだ、叫びと銃声、何か命令するような口調の会話が聞こえる。

「行くぞ、しっかりつかまれ!」

 頷き、ミーシャの広い背中にしっかりと腕を回した。

 エンジン音が高まり、激しい風が耳元で唸り始める。

 こんな状況で、しかもまだ明日をも知れない身だけれど、それでも心が温かい。

 再び雪の降り出した雪原の向こうへと疾走しながら、俺は両腕にぎゅっと力を込めた。

 ――吹雪に紛れ、もう永遠に離れなくて済む世界へゆけるように。[newpage]

 ――ロシアで起こった列車脱線事故は、世間的には殆ど報道される事がなかった。

 というのも直後に、俺の父さんの国に対して、テロ主導と大量破壊兵器保持を理由とする多国籍軍侵攻の機運が高まって、世界中のニュースがそれ一色になったからだ。

 けれど結局、大きな戦争は起きなかった。

 中国がここまでの事態を招いたあの国の政府を見限り、「自国民の保護と人道的支援」を表向きの理由に軍隊を派遣して、一時的に半島の北側を占拠してしまったからだ。

 俺の叔父に当たると思われる最高指導者は国外逃亡の末、東南アジアで謎の死を遂げた。

 そして政治的な空白はまもなく、中国の支援する政権によって埋められた。

 もちろん他の大国は一斉に抗議したけれど、そんな事で何がどうなるはずもなく……。

 新たな主導者は、先代の最高指導者の血を引く正当な後継者という触れ込みで、ついに歴史が動くかと思われた半島は結局、あっという間に元の木阿弥になった。

 後継者の名前は、李誠。

 「長い間中国に秘密裏に保護されていた、先代の最高指導者の孫」だ。

 つまりまさかの、俺の偽物だった。

 本物か、偽物かなんてことは、結局世界のリーダー達にとってはどうでもいいことだったらしい。

 大国同士のバランスを崩さない為には緩衝地帯が必要で、その為なら幾らでも新しい憎まれ役が連れて来られる――そんなカラクリだったみたいだ。

 でも皮肉な事に、そのお陰で、俺は命を狙われる生活から解放されることになった。

 最高指導者の血を引く「李誠」は、今、自分の父親の祖国に居るはずで、さらに言うと、日仏両国籍の「岡野誠」も、あのロシアの列車事故で死んだ事になったからだ。

 日本に逃げる必要もなくなり、ロシア国内で暫く潜伏して過ごしていた俺とミーシャは、一週間程度かけてパリへと帰国した。

 ミーシャは――あの列車事故の直後に知った事だけど――術後、奇跡的に12歳までの記憶と、それ以後の記憶、それに俺と一緒に過ごした時間のことも、全てを思い出したらしい。

 イタリアでの手術後に、彼は病院からロシアに送還された。

 その輸送役に雇われたのはまさかの、イタリアで出会った運び屋で(名前はイタリア風にマリオというらしい。偽名だろうけど)、ミーシャは逆に彼を買収して俺の行き先を吐かせ、かえってスムーズにロシアに入国したらしい。

 そして、二人で昔の仲間やネットワークを利用して、俺の居場所を突き止めてくれた。

 マリオさんは雪原でヘリコプターに乗って俺たちを迎えに来てくれて、何も知らなかった俺は死ぬほどビックリした。

 吊り梯子で中に乗り込んだ後、彼は肩を竦めながら笑っていて――。

「この悪魔が俺に頭下げて人助けなんかしたいって言うから、面白すぎて思わず助けちまったじゃねぇか。二度とこんな暗くて寒い国になんか、戻りたくなかったのによ」

 それを聞いて、この人たちもしかして、案外昔から仲が良かったのかも? なんて思った。

 俺の勘違いかもしれないけどね。

 そして、俺を助けに来てくれたミーシャは、殺し屋としての記憶も持ち、そして俺との生活の記憶も持つ、新しい大人の彼。

 それを知った時は、正直戸惑った。

 何故、わざわざそんなに危ない橋を渡ってまで、俺を助けてくれたのかなって……。

 だって、12歳のミーシャが俺を好きになってくれたのは殆ど思い込みみたいなものだったと思うし。

 実際、助けてくれてからロシアの田舎に1ヶ月ほど滞在してる間も、ミーシャはずーっと「怒ってる?」って感じの仏頂面をして、言葉数もとにかく少ないし、やっぱり12歳の彼とは全然違ってた。

 勿論、エッチなことどころかキスもハグも全然なく……寝起きする部屋も完全に別々で、一日中顔を見ることもない日もあるくらいだった。

 そりゃそうだよね……大人に戻ったミーシャが俺なんかを恋人にするはずがなくて……。

 そんなだから、パリに帰った後も当然、もう二度と会わない感じでサヨナラするのかなぁ、なんて思ってたんだ。

 でも、また何かあるといけないからって言われて、俺がミーシャの家にルームシェアみたいな感じでお世話になる事がいつのまにか決まっていた。

 オカノマコトは死んだはずだから、今の俺の名前は、マコト・マルタン。

 どんな手段だか分からないけど、新しい身分証とフランス国籍はマリオが用意してくれた。

 しかも、ミーシャの偽名と同じ姓とか……。完全に面白がってるとしか思えない。

 ミーシャは嫌がってるんじゃないかとビクビクしてたけど、大人の彼は寡黙過ぎて、何を考えてるのかサッパリ分からなかった。

 俺たちの関係って、一体何なんだろう……?

 未だによく分からないままなんだよね……。

 

 

「ただいまー」

 夏の訪れも近い、爽やかな五月のある日――。

 入り直した大学の授業から帰り、俺は16区にある高級アパルトマンの年代物のエレベーターで我が家にたどり着いた。

 扉を開けると、黒デニムに黒ニットのミーシャが玄関先に立っている(黒い服が元々、好きらしい)。

 腕を組んだまま、彼は相変わらずの無表情で俺をじろっと見下ろし、尋ねてきた。

「……誰にも尾行されていなかっただろうな?」

「ウン」

「声を掛けられたりは?」

「しないよ! 心配してくれなくても、もう大丈夫だから……」

 このやり取りを、実は一緒に暮らしてから毎日、帰宅のたびにしている。

 大人のミーシャも、随分心配性な性格だったらしい。

「……飯が出来てるから食え」

「あ、ありがとう」

 返事をしてデニムジャケットを脱ぎ、玄関先のコート掛けに掛けた。

「ミーシャは今日どうしてたの? ずっと仕事?」

「ああ」

 ミーシャは、記憶を全て取り戻してからは殺し屋業を辞めている。

 今まで稼いだお金を運用して十分生きていける収入を確保した上で、文筆業をしていくことに決めたらしい。

 リアルなスパイものの小説を書いて出版社に送ったら、即出版の打診があったとかで、今はその準備に忙しそうだ。

 会話しながら、俺たちはソファのあるリビングに隣接した広いダイニングに入り、二人には少し大きめの食卓の前に座った。

 テーブルの上には、大きなボールで色んな葉っぱを混ぜた豪快なサラダと、ビーフストロガノフっぽいグチャグチャした何かの皿、切らずに一本丸ごと載せられたバケット、そして独特の魚介の匂いのする、スープ・ド・ポワッソン(魚のスープ)……? と思われる液体が並んでいる。

 12歳のミーシャも料理が苦手そうだったけど、それは大人になっても変わらなかったらしい。

「あの、俺、家賃の代わりに家事をする約束だし、無理して作らなくても……」

 思わずそう言ってしまうと、凄く不機嫌そうな顔でミーシャがため息をついた。

「料理くらい俺にもできる。お前、勉強する時間が必要なんだろう」

「う、ウン……ありがとう」

 頷いて、俺はスプーンでビーフストロガノフを掬い始めた。

 うん、見た目はともかく味は美味しい……。

「美味しいよ」

 笑顔で感想を言うと、かすかに一瞬、ミーシャがニコリとした。

 表情筋、あったんだ……と思ってしまうくらいのレアな笑顔だ。

 彼の言う通り、大学の卒業に向けて勉強に身を捧げないといけない身なので、助けてもらえるのは凄く有難い。

 引き続きシーンとした食卓で食べ物を口に運んでゆく。

 食事をしながらなんとなくテレビニュースを見て、世界情勢や経済について真面目な話をした後、皿を片付けて別々に風呂を使うのがいつものパターンだ。

 食べ終えて、キッチンの家庭用食洗機にお皿を入れていたら、背後から声をかけられた。

「――風呂に湯を張ってやったから、お前が先に入れ」

 無愛想にそれだけ言って、ミーシャがさっさと自室に戻ってゆく。

「あ、うん」

 背中まで髪の伸びた後ろ姿を見ながら返事をして、片付けの手を止め、キッチンの隣の小さな自室に戻った。

 チェストを開けてパジャマと下着を取りながら、ひっそりと溜息をつく。

 ――ミーシャはあれから随分髪の毛が伸びたけど、もう俺に「洗って」なんて強要する事はない。

 それが、本当はさみしい。

 だって、彼にとって今の俺はただの同居人になってしまったかもしれないけど、俺は今でもミーシャの事が……性的な意味も含めて好きだから。

 そばにいる人にずっと片思いしてるみたいで、心も体も凄く苦しい。

 でも、イタリアで大人のミーシャは俺なんかに「欲情する訳がない」って言ってたし、本当にもう全然そういう対象じゃないんだと思う。

 助けてくれたのは、多分負い目とか義務感……?

 いやいや、それでも十分有難いよ、うん。お陰で大学を出られそうだし。

 辛い事を考えすぎた自分を反省して、服を脇に挟んでバスルームに入った。

 浴槽とビデ、それに洗面所が一体になっている、よくあるタイプだ。

 壁際に置かれた何もかかってないタオル掛けの上に服を乗せ、パーカーとズボン、それに下着を脱いで布製のランドリーボックスに放る。

 湯の張られた横長の浴槽に足を入れると、熱いお風呂が好きな俺用に温度が少し熱めになっていて、入るとポカポカして気持ち良かった。

 夕飯とか、お風呂とか、そういう気遣いの一個一個が心に沁みて……湯の中で膝を抱えて座りながら溜息が出た。

 あんまり優しくしないで欲しい。

 俺、勘違いするよ。

 もしかして前みたいに、ミーシャが俺を好きでしてくれてるのかなって……期待して辛くなる。

 お湯を流して、身体や頭を洗いながら、もしも俺が一緒に暮らしてるのが以前のミーシャだったらなぁ、と想像した。

 今は家の中で真反対にある別々の部屋で寝てるけど、もし彼なら、一緒に寝たがって、俺の布団に潜り込んでくるかも。

 読んだ本のことを話したり、お休みのキスをしたり……。

 俺と彼が一番、深く結ばれていた時のことを思い出して、下半身が熱く切なくなっていく。

 いつもはミーシャが寝た後に部屋でこっそりするけど……我慢、出来ない。

 俺はお湯の中で勃起しているペニスに指を絡ませて、足の指で風呂の栓を開けた。

 湯が排水管に流れていく音がバスルームに鳴り響く。

 その音で誤魔化しながら、俺は性器をゆっくり扱き始めた。

「んッ……、ミーシャ……っ」

 咥えて貰ったり、手でして貰った事を思い出しながら指を亀頭の表面に滑らせ、皮を上下させて、やらしい摩擦を加速していく。

 でも、全然足りない。

 俺の体はすっかり、前だけじゃイきづらくなっていて……。

 湯量が既にもう、脛が半分出るくらいになっている。

 音がしてる内に早く、イかなくちゃ。

 シャワーでも誤魔化せるけど、あんまり無駄遣いすると、ミーシャの番が来た時にお湯が無くなって水になってしまう。

 そんなことになったら、どう言い訳して謝っていいのか分からないから……。

 仕方なく、俺は唾を溜めて中指を根元までしゃぶった。

 浴槽の後ろの背もたれのようになっている場所に身体を寝かせて腰を浮かせ、後ろからはお尻に指をあてがい、前からはトロトロのちんぽを握って、両方で自分を追い詰めてゆく。

『愛してるよ、マコト……』

 今のミーシャが絶対言ってくれない言葉を脳裏に蘇らせて、惨めな気持ち良さに溺れた。

「はぁっ、好きっ、ミーシャ……っ、」

 僅かに残った湯の中で、次第に奥まで指を挿入する。

 もっと奥まで挿れて欲しい。

 あの時みたいに、俺をドロドロのぐちゃぐちゃにしていいから。

 ミーシャが欲しいっ、お尻がっ、切ない……。

「ん、ミーシャ、……きもちいい……っ、アッ」

 お尻の穴の気持ちいい所を指で触ると、ちんぽがビリビリ気持ちよくなって、恥ずかしいほど溢れる体液で手の滑りが良くなる。

 でも、太くて硬いペニスで一番奥を擦られた時程の衝撃的な……あの気が狂いそうな程の気持ち良さは絶対無理で、お腹の奥が毎回疼いて、辛い……。

「ンッ、奥まで、もっと、ミーシャ……っ」

 泣きながら腰を前後に振って、ヒクヒクする奥に向かって指を突き入れる。

 でも、そこには振動すら届かなくて……結局、前だけが指の中でびゅくびゅくと射精して果てた。

「はーっ、はーっ」

 目を閉じて浴槽に横たわったまま、しばらく荒い呼吸を繰り返す。

 あっ、そういえばお湯……っ、とっくになくなってる……っ。

 ヤバい、声……っ。

 ガバリと上体を浴槽から離して目を開けた時、俺は信じられないものを見た。

 開いた浴室のドアの前で、ミーシャがバスタオルを抱えてぼーっと立っている。

「うひゃあああ!? いっ、いっ、いっ、いつからいた!?」

 そ、そういえばこの人……ヤンミンに屋根裏部屋で襲われた時もそうだったけど、足音とか気配、完璧に消して歩く人なんだった……!

「……」

 ミーシャは質問には答えず、俺の着替えの上に手持ちのタオルをバサッと乱暴に置いた。

「……俺も入る」

 えっえっ、何。俺がオナニーしてて遅いから、シャワー浴びるの待ちきれなくなっちゃった!?

「待ってごめん、今出るからっ、待って待ってっ」

「待てない」

 ひええっ。

 俺、お腹に精液付いちゃってるし、指はドロドロだし、せめて洗いたいんだけど……っ!?

 というか、どこまで見たの、聞いたの、うわーっ。

 パニック状態になっている内に、ミーシャが薄手の黒ニットを脱ぎ捨て、黒デニムと下着を放り、逞しい裸体を露わにして同じ浴槽の中に入って来る。

「わあっ……わーっ!」

 全裸で腰の上を跨がれて、目のやり場がない。

 何とかどいて貰わなくてはとミーシャの顔を見上げた途端、俺は固まってしまった。

 あっ、……凄い……顔はいつもの冷静沈着なミーシャなのに、ガッチガチに勃起してる。

 目の前の血管の浮いた巨根と感情の見えない静かな顔が同じ視界で結びつかなくて、何度も視線を行き来させてしまった。

 えっと……何で?

 現実感が無いまま、とにかく彼に断る。

「お、俺……出るから……どいて……」

 ヘリを両手で掴んで浴槽から立ち上がろうとしたら、相手に肩をぐっと上から押さえつけられた。

「ちょっ」

 結局浴槽に膝を曲げて寝転んだ元の姿勢に戻る。

 せめて隅っこで縮こまるように膝を抱えると、浴槽の空いた部分にミーシャが腰を下ろし、同じ目線でじいっと見つめられた。

 うぅっ、裸で見つめ合うとか、心臓がドキドキし過ぎて痛い……。

「マコト、これ何」

 厳しい口調と共に、膝を抱えていた俺の右手首が無理矢理掴まれる。

 切れ長の冷たい目が、白い粘液で汚れた俺の指を見ていた。

「せ、せいえき……です」

 罪悪感で何故か敬語になってしまいながら、視線を外して答える。

「自慰をしてたのか?」

「は、はい……」

 恥ずかしすぎて膝頭に顔を埋めながら、俺はどうにか質問に答えた。

「誰の名前を呼んでた」

「そ、それはっ、言えません……っ、……」

「言え」

 ううっ、こ、これ完全にあれじゃないか。

 スパイ映画でよく見る、拘束して尋問するシーン。

 いや、俺はさっさと吐いて最初に殺されるチョイ役ってところだけど……。

「お前は俺の名前を呼んでただろう……違うか?」

 責めるように詰問されながら、俺の両膝が掴まれ、ぐーっと浴槽の頭側の壁に向かって押し開かれた。

「あっ……」

 左右のかかとが浮き、胸からお腹にかけてべっとりついた精液を見られて、恥ずかしくて死にそうになる。

「お前は前も後ろも両方いじりながら、いやらしく尻の穴を締め付けて俺を呼んでたな?」

「よ、呼びました……っ。ご、ごめんなさい……もう、許して下さい……」

 半泣きで謝ったその時、ミーシャが俺の両膝の間に顔を埋め、ヘソ上から胸にかけてをべろりと舌で舐めた。

「!!!」

 拷問からの突然の行為に、声にならない叫びを上げると、ミーシャが俺の両腿を掴んだまま覆い被さり、耳元に囁く。

「悪いが、もう一秒も我慢できない……っ」

「えっ」

 驚いて聞き返す暇すらなく、俺のお尻の穴に、凶暴なくらいに勃起したペニスの先端が押し付けられた。

「嘘、っア……! えっ……んぁ……っ、ンぐぅ……っ!」

 ギチギチと無理やり襞を押し開き、俺を犯していく、熱い欲望。

 ふた晩かけてそれに何度も穿たれたことが記憶の中で蘇り、すでに幾らかはほぐれているそこが、どうにかミーシャを受け入れていく。

「みっ……しゃ、はぁあ、大きいっ、あ……っ!」

 全然自覚は無かったけど、ミーシャの大きいのが最初から入っちゃうくらい、俺はやらしいカラダになっていたらしい。

「っふ……久々なのに、随分あっさり入るな……っ」

 痛いし苦しいし、あっさりではないと思うけど、確かにこんな太いのがいきなり入ってしまってるなんて、いたたまれない。

「あっ、う……俺……っ、一人で、よくしてたから……っ、ごめんなさい……っ」

「……っ。もっと奥まで入れるぞ……!」

「ん、うん……っ」

 はふっ、はふっと浅い呼吸を繰り返してソコを緩めて相手を迎え入れ、愛しさを込めて相手の首を抱く。

 ミーシャもまた、切迫した呼吸を俺の肩越しに繰り返し、そして直ぐに、腰を激しく打ちつけ始めた。

「んはぁっ、み、っしゃ、ンッ、はげし、ああああっ」

 愛撫もろくになく始まった獣みたいな交わりに、バスルーム中に響くような大きな喘ぎ声が止まらない。

 何よりミーシャが俺に欲情してくれたのが嬉しすぎて、そして久々の、奥まで無遠慮に突かれて擦られる堪らない感覚に、腰から下がずっと痺れてるくらい気持ちよくて……。

 気が付いたら後ろだけですぐに激しい絶頂に導かれて、俺はビクッビクッと痙攣しながらミーシャのペニスをお尻の穴でギュウギュウしぼっていた。

「はぁあ……っ、イク……っ、あぁ……すきっ、ミーシャ、好き……っ」

 そう叫んだ瞬間、相手も俺の奥を擦りながら脈打ち、ビュウッ、ビュウッと精液を長く、激しく注ぎ込んできた。

「ぁ……はぁっ、……俺の中に出てる……っ、う、嬉しい……」

 幸福感で涙が溢れる。

 本物の彼とセックスしてるなんて夢みたいで。

 いや、もしかしたらこれ、夢なのかも……だって、あんなに無表情でダンマリで、性欲なんか無さそうな大人のミーシャが、俺にこんなにがっついてるとか、あり得ない。

 ミーシャがどんな顔をしているのか気になって、俺は固く抱きついていた腕を解き、長い金色の髪の貼りついた美貌を覗き込んだ。

 白い肌が全部真っ赤に染まっていて、眉を寄せた、苦しそうな、でも、快楽に溺れかけた淫らな表情をしていて、あっと驚いた。

 それは、俺を限界まで抱いたあの夜のミーシャと同じだったから。

 やっと俺の知る彼に会えた気がしてむせび泣きそうになるのを我慢しながら、お願いした。

「ミーシャ、俺……っ、もっと、ベッドでちゃんと、したい……っ」

 ミーシャが僅かに頷き、萎えきらないペニスがずるりと俺の中から抜けてゆく。

 太く逞しい両腕が湯船の中で俺の膝をかかえ、しっかりと持ち上げた。

 運ばれた先は、ミーシャの部屋の広いベッドの上だった。

 優しく仰向けに横たえられて、部屋の中をぼんやりと見回す。

 ベッドとパソコン机以外に何もない、灰色のカーテンの殺風景な部屋。

 ミーシャがいない時に掃除で入ったことはあるけど、こうして二人でいるのは初めてだ。

「……急に乱暴にして悪かった……尻、大丈夫だったか」

 ギシリとベッドを軋ませ、ミーシャが俺の上に被さるように乗った。

「うん、その……大丈夫だから、俺のことは気にしないで……」

 長い髪が頰や首筋に触れて、距離の近さと恥ずかしさに今更ながら顔から火が出そうになりながら答える。

 と、ミーシャが俺のお尻を掴んで少し持ち上げ、アナルの周りを指で確かめるように触れた。

「気になる、お前のことは何でも」

 断言されて、胸の奥がほころぶような嬉しさが溢れる。

「……何度も一人でしてたのか、ここで?」

 訊かれながら指先を穴に押し当てられ、ひっと息を呑んだ。

「う……っ、ん……」

 ひだの周りをゆっくりなぞられて、恥ずかしいほどそこがヒクヒク疼く。

 自然にお尻が持ち上がって、ミーシャの指を食べたがるみたいに揺れた。

 でも、あくまで俺のソコが傷ついていないかを確認しただけで、指は離れていく。

「み、しゃ……」

 つい、強請るように名前を呼んでしまった。

 優しく囁くような声が近付き、俺の鼓膜を犯していく。

「じゃあ、このよくうねるやらしい尻は、一人で悪戯してこんなことになったのか? 誰かとしたんじゃなく……?」

 指を食い込ませるように尻たぶがぐっと掴まれた。

「っあ……、だ、誰ともしてな……っ、あなただけしか……っ」

「ずっと、俺としたかったのか……? どうして、言わなかった?」

 まだ続いていたらしい尋問に、涙ぐみながら首を振る。

「ミーシャはもうっ、俺のことなんて好きじゃないんだと思ってたから……。あなたが子供でいた時だって、あんなに好きって言ってもらえてたけど、ずっとただの思い込みじゃないかって、……考えてた」

 俺を見下ろすミーシャが驚いたように一瞬切れ長の目を見開き、ギュッと眉根を寄せた。

「……お前の方が、もう俺とは……ないんだと思ってた」

 低く小さなつぶやきが聞き取れずに、上体を起こして聞き返す。

「……っえっ、何……っ?」

 途端、腕が背中に回され、俺の身体がギュウッと強く抱きしめられた。

 掠れる声が耳元で囁く。

「……お前はもう、俺の事なんて嫌いになったかと思った」

「えっ……何で……!?」

 びっくりして、思わず素っ頓狂な声が出た。

「お前に本当に酷い事を言ったし、したし、……それに、俺は元々はお前を殺すために来た、人殺しだ。何の恨みもない人間も数えきれない程殺してきた……俺みたいな人間はお前の恋人にはふさわしくない……」

 暗い影を感じさせる言葉に、ズキンと胸の奥が痛む。

 確かにそれは、変えようのないミーシャの過去だ。

 でも、俺にずっとよそよそしかったのがそんな理由なのだとしたら、的外れだとしか思えない。

 俺はミーシャの肩をそっと押し、少し離れて目線を合わせた。

 いつの間にかミーシャはポーカーフェイスを崩し、グシャグシャの泣き顔になっていて、それが愛しすぎて心臓が苦しい。

 この人は確かに、俺の愛したミーシャだ。

 大人になっても……。

「ごめんね……本当はいけないことなのかも知れないけど、それでも俺はあなたのこと、愛してるし、ずっと一緒にいたい」

 両頬に触れて、初めて自分からキスした時のようにチュッと唇に口付けると、俺の上で大きな体がぶるっと震えた。

「マコト……! ……今度は、大事に抱く……」

「うっ、うん……っ」

 頷いたけれど、何だか急に凄く照れてしまった。

 だって、ずっとそういう空気じゃなかったのに、今日からいきなり恋人同士みたいな……。

 恥ずかしくて視線を外した途端、唇と舌の柔らかい感触が首に触れて、たくさんキスが落とされてゆく。

「は……あっ」

 脇腹やお尻をサワサワと撫でられながら、首筋を強めのキスで吸引されて、震えがくるほどの悦びの感覚が俺の身体を駆け巡った。

「ん……!」

 そのまま唇が徐々に下りて、乳首を乳輪ごと強く吸われ、そのくすぐったさと甘い痛みに、やらしい声が止められなくなる。

「ぁ……、おっぱい、されるの、気持ちい……っ」

 ひくっ、ひくっとお尻の穴が痙攣して、中から出されたものが溢れた。

 大きくて恥ずかしい乳首がますます膨張して、ヌルヌル舐めてくる舌や、歯で引っ張られる感触にますます過敏になっていく。

 なのに、ミーシャの愛撫はソフトで……焦らすみたいにもどかしくて――前にセックスした時より、ずっと時間をかけて俺の快感を育てていくような、遠回しな刺激で……。

 それは、彼が中身も大人の男になったからなんだと思うと、……胸が変にときめいて、ますます身体がおかしくなった。

「ンッ、んはぁ……っ、やめ、そこ、感じすぎるから……っ」

 ジュッジュッと乳首を交互に吸って両方とも限界まで勃起させられた挙句、指先で根元を強めにクリクリされて、甘い声が止まらない。

「乳首へん……っ! あぁあ!! だめ……っ」

 赤く少し腫れたそこはちんちんを扱かれてるのと同じくらい敏感になって、触られてもない性器が硬くなってビクビク揺れる。

 ミーシャは乳首を指先で強めに弾きながら、徐々に俺の腰の方にキスを移していって、ついには恥ずかしいほどずぶ濡れの俺の亀頭にクチュ、と口付けた。

「あっ、あ……!」

 ピクンっと腰を持ち上げると、ミーシャの長い髪の毛が俺のに触って、濡れて貼りつく。

 彼はそんなこと御構い無しに、長く舌を伸ばして側面からゆっくりと垂れた先走りを舐め上げた。

「はぁ……ぅっ」

 赤い舌の表面を見せつけるみたいに俺のにべっとりと這わせて、裏筋に強く押し付けるようにズルル……っとねぶられ、最後にくびれと尿道口をチロチロされて、また濡れた陰毛に包まれた根元に戻って、毛の中や、袋に何度もキスされて、ちんぽの先が切なくてパクパクする。

 その間も乳首を指先で転がされ続け、イク所までいかないギリギリの刺激に、焦れて気が狂いそうになった。

「ミーシャあ……っ」

 自分で両脚を開いて、ベッドに足の裏を付けて持ち上げ、ミーシャの唇におねだりするみたいにちんぽを擦り付けてしまう。

「はあっ、出したい……っ、ンッ、おかしくなるぅ……っ」

 先っぽだけを唇に含まれて、チュルルっと下品な音で吸われ、同時にぎゅーっと強く乳首を縦に摘まれて――。

「んあっ! あっあっ! 出ちゃ……口の中っ、でちゃう……っ!」

 まさか大人の彼の口の中でイかされるとは思ってなくて、でも、ミーシャの口の中にいやらしく擦り付けるのを止められなくて……。

 出してしまったものは、全部綺麗な形の唇の中に飲み込まれ、大きな喉仏が上下して、呑み下された。

「、はぁーっ、はあっ、口、汚し……っ、ご、ごめんなさ……っ」

 出してしまってからびっくりして、俺はミーシャに謝った。

 頰を紅潮させた美貌が滅多に見せない笑顔を浮かべ、ゾクゾクするような挑発的な視線で俺を見上げる。

「……俺の天使は、いつからこんなに淫乱になったんだ……?」

 舌でまだトロトロこぼれている精液を舐めとられて、恥ずかしさと動揺で泣きそうになった。

 だって、こういうことを俺に教えたのは、ミーシャなのに。

「ごめん……俺……前にいっぱいしてから、エッチなこと我慢出来なくなってて……」

 涙目でそう言うと、強い腕が俺の腰を掴んで引き寄せた。

「じゃあ、責任を取らなくちゃな……一生――」

 情熱的な硬さと熱を持つペニスが尻の間に押し当てられて、ぁあ……と甘いため息が漏れる。

 ミーシャの筋肉質な腰に自分から両脚を絡めて、目を閉じてそれが入ってくるのを促した。

「欲しい……は、ぁあ……っ、ア」

 太く猛ったモノが再び俺の中をこじ開け、濡れた敏感な肉を擦り始めて、それだけでまたイッてしまいそうになる。

 でも、ミーシャは俺を傷付けたくないのか、動くペースがゆっくりで……なかなか奥まで来てくれない。

 風呂場でははあんなに激しく求めてきたのに。

 中がジンジンして欲しがるの、止められない、もどかしい……。

「み、しゃ……俺、自分で動いていい……っ?」

 堪らなくなって懇願すると、彼は頷いて俺を抱いたままシーツに寝転がり、下になってくれた。

 ある程度動きが自由になって、膝で身体を支えながら手を伸ばしてミーシャの髪に指を絡め、自分で腰を振りたくり始める。

「アッ、はっあ、ン……っ、んっ」

 ミーシャは太くて長くて、俺のイイ所に全部当たるから、甘えるような喘ぎ声が止められない。

 下になって快楽を堪えているミーシャの表情も、愛おしくてたまらなかった。

 もう離したくない、俺の恋人……。

 夢中でお尻を揺らしていると、ミーシャが手を伸ばしてきて、俺の乳輪ごとぷっくり出てる乳首を周りからぎゅうっとつまんだ。

「ひぁ……っ、それ好き……ンっ!」

 だらしなくヨダレを垂らしながら、歓喜の悲鳴を上げてミーシャをギュッと締め付ける。

 感じすぎてうまく動けなくなり、途端にミーシャが下から突き上げるみたいに腰を使ってきて、もう堪らなくなった。

「ああああっ、だめ、また……はぁっ、ンッ、奥ヤバい……っ、ちんぽ来てる……っんあ、イきそう……ッ」

 我慢できず、揺れているペニスを自分で擦ろうとして、手を握って遮られた。

 あともう少し、なのに……っ。

「あっ……っ、はぁっ……っ、ミーシャ……?」

 訝しむ俺の下で、ミーシャが素早く上体を起こす。

 向かい合って膝に乗ってるような格好になり、戸惑う俺の唇がキスで塞がれた。

 お尻の間を深く貫かれたまま、熱くぬめった舌で歯列をこじ開けられて、じゅる、と舌を吸われる。

「ンッ……! んん……!」

 キス、嬉しい……大人のミーシャが自分から俺にキスしてくれるなんて。

 舌を優しく擦って愛撫されるたび、ミーシャのモノが入っている腹の奥の方にゾクンと快感が走る。

「ンッ! んくぅ……っ!」

 上下の唇の内側を無遠慮に舐め回されながら、指で乳首を捏ねられて、上がり過ぎてる感度に膝がガクガク震えた。

 キス、久しぶりで嬉しすぎて……、泣きそう……。

「ん、んぅ……」

 自分からも舌を伸ばして懸命に愛撫を返すけど、なかなか上手くいかない。

 そのうちに、自慰を阻んでいたミーシャの手が、指の股に近い場所で俺のペニスを挟んで、もどかしい擽ったさでヌルーッ、ヌルーッと裏筋を擦り始めた。

「ん……っ、んん……っ!」

 同時に舌先がクチュクチュ吸われて、お尻の奥のヒクヒクが止まらない。

 指に亀頭や裏筋を撫で回されてはパッと離され、咽び泣きながら快楽を探してお尻をキュンキュン締め付ける。

 最後に唇を強めに噛まれて、ついに俺はビクッ、ビクッと腰を跳ねさせながらペニスからトロトロの粘液を吐き、淫らな絶頂に達してしまった。

「あふっ! ……ッンはぁ……!」

「最後はキスでイッたな……?」

 からかうような口調で聞かれて、小さく頷いた。

「ンッ……、キス、好き……っ、ずっと、ずっとしたかったから……っ、んぁ……っ」

 無意識に吸い付く俺の肉の動きを楽しむようにミーシャが腰を使い始める。

「っ、俺だってそうだ」

「そんな……、全然そんな風に見えなかったのに……っ」

 ギュッと抱きつきながら首を振ると、ミーシャは徐々に奥を責めていきながら耳元で告白し始めた。

「――傷付けないように、ずっと我慢して……しきれなくて、お前の部屋に行って、寝てるお前の顔を見ながら扱いて、尻の上に出したこともある」

「うっ、嘘……っ!」

 俺、全っ然気付かないで寝てたんだ!?

 どれだけ気配消すのが上手いんだ……っ。

 いや、俺が鈍感すぎ……!?

「嘘じゃない。お前のこのでかい尻の中にハメて、よがり狂わせて……」

 徐々に動きが強く激しくなってきて、ミーシャの両手が俺のお尻をむずっと掴み開き、持ち上げる。

「あー……っ!」

 俺の身体が背中から倒れて、ミーシャが俺の尻に腰をぐんっと押し付けてきた。

「奥までねじ込んで、溢れて垂れるくらい注ぎ込むのを……想像してた、いつも……っ」

 ごつっ、ごつっと最奥をかき混ぜるように色んな角度で突かれて、シーツを掴みながら強すぎる悦びに堪える。

「あっはああっ、ミーシャ、……っ出してっ、ちゃんと俺の中にっ……っ!」

 涙ながらに懇願する俺に覆い被さるようにミーシャが俺をぴったりと抱き寄せ、繋がりが一層に深くなる。

「マコトは本当にいやらしいな……いやらしくて、綺麗で、可愛くて――愛してる……っ!」

 囁きながらまた中で放ち始めた大切な恋人を、俺は愛を込めてギュッと強く抱き締めた。

「ミーシャ、俺も愛してるよ……っ、愛してる……っ!」

 

 

 ――翌朝、目を覚ますと隣にミーシャの姿が見当たらなかった。

 俺が寝ている場所も、彼の部屋じゃなく、いつのまにか自分の部屋のベッドにいた。

 昨日のあれは、夢……?

 なんだ……。やっぱり、あんなことあるはずないもんな。

 イタリアの時みたいに、起きたら銃口を突きつけられてないだけ幸せだけど。

 でも……凄く、いい夢過ぎたから、起きるのが切ないな。

 もう一度眠ったらせめて続きが見られるかも……。

 ひどく落胆して目を閉じようとした時、ぱっと俺の部屋の扉が開いて、眩しい光が暗い部屋の中に飛び込んできた。

「マコト。サンドイッチ買ってきた、食べるか?」

 長い髪をなびかせた男が入ってきて近付き、ベッドのそばに跪いて俺の唇にキスを落とす。

「……昨日は無理させたな。まだ眠ってたいなら、寝ててもいい」

 優しく言われて、一気に目がぱっちりと覚めた。

 昨日のあれ、夢じゃない……!?

「ミーシャ!」

 ガバッと布団をめくって起きて、ベッドから落ちる勢いで太い首に両腕で抱きついた。

「? どうしたんだ、マコト……」

 ミーシャはビックリしたみたいに一瞬固まってたけど、すぐに全裸の俺の背中を抱きしめてくれた。

「そうだ、俺のベッドはシーツを洗濯したから、朝、勝手にここまで運んだぞ。……全然起きなくて、可愛かった」

 言われながらチュッチュッと頰に口付けされる。

「うん……うん、ありがとう……」

 涙ぐみながらお礼を言って、でも、なかなか離れることが出来なくて、ずっと抱きついてしまう。

「あー……。お前、今日は何か予定……あるか?」

 照れたみたいにミーシャが言うので、俺は大きく首を振った。

「何にもない、何にもないよ。一緒に、どこか出かけよう……!」

 

 ――こうして、俺とミーシャはやっとちゃんとした恋人同士になった。

 と言っても、日常生活はそう変わらない。

 ミーシャも俺も、夜遅くまで勉強や仕事があるから、相変わらず部屋は別々だ。

 でも、おはようとお休みのキスが加わって、そして時々は、甘い夜を一緒に過ごすことになりそう。

 パリはこれからがいい季節だし、ミーシャと一緒にしたいことがたくさんある。

 ネズミーランドパリに行くのと、そうだ、約束したラーメンを作ってあげる為に、ベルビルに食材も買いに行かなくちゃ。

 ――でも取り敢えず今日は、近くの公園を一緒に散歩して、カフェでサンドイッチを食べながら、今日の夕飯を何にするか、話し合おうかな。

 そしてきっとこれからも沢山の、何でもないけれど奇跡のような毎日を、ミーシャと過ごしてゆくんだ。

 ……俺と彼の人生が始まった、この懐かしくも愛おしい、光と影の街で。


end